
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「座っていると麻痺側にぐっと傾いてしまう」「まっすぐにしようとすると、かえって手足で押し返してしまう」——脳卒中の後、こうした様子がみられることがあります。これは「プッシャー症候群」または「ラテロパルジョン(contraversive lateropulsion)」と呼ばれる状態で、麻痺していない側の手足で体を麻痺側へ押し、まっすぐの姿勢に戻そうとすると抵抗してしまうことが特徴です。座る・立つ・移る(移乗)といった動作が不安定になりやすく、ご本人もご家族も不安を感じやすい状態です。この記事では、プッシャー症候群について研究で分かっていること、回復の見通し、リハビリの進め方を、患者さんとご家族に向けて整理します。

・複数の研究をまとめたレビューでは、この状態がある方も、ない方と同じくらいの機能の回復に至り、自宅へ戻れる可能性も高まると報告されています1。
・ただし、同じ回復に至るには、平均して3〜4週間ほど長いリハビリ期間が必要とされています1。
・ロボットを使った歩行練習など、姿勢やバランスに良い変化を示した小規模な研究もありますが、研究の数や規模はまだ限られています2,3。
・あせらず、安全に、時間をかけて取り組むことが大切で、進め方は担当の専門職と相談しながら決めます1。
プッシャー症候群(pusher syndrome)は、ラテロパルジョン(contraversive lateropulsion)とも呼ばれ、脳卒中の後にみられる姿勢のコントロールの問題です。麻痺していない側の手や足で体を麻痺側(弱いほうの側)へ押し、介助者がまっすぐの姿勢に戻そうとすると、かえって押し返して抵抗してしまうことが特徴です1。本人は傾いていることに気づきにくく、「自分ではまっすぐのつもり」でも、実際には体が片側に傾いていることがあります。
この状態があると、座る・立つ・車いすやベッドへ移る(移乗)といった動作が不安定になりやすく、転倒の心配も増えます。そのため、リハビリでは姿勢のコントロールやバランスに重点を置くことが多くなります。プッシャー症候群は決してまれなものではなく、脳卒中後にしばしばみられる状態のひとつです1。次の章では、この状態がその後の回復にどう関わるのかを、研究をもとに見ていきます。
結論から、できるだけ前向きに、かつ正直にお伝えします。プッシャー症候群があると回復が難しいと思われがちですが、研究では「時間はかかるものの、ない方と同じくらいの回復に至れる」ことが示されています。あせらず、安全に、時間をかけて取り組むことが大切です。
リハビリの方法については、まだ研究の数が限られています。亜急性期(発症から数週〜数か月)の患者さんを対象にした小規模なランダム化試験(36名)では、ロボットを使った歩行練習を行った群が、通常の理学療法の群より、ラテロパルジョンの程度やバランスの指標で良い変化を示したと報告されています2。一方、脳を磁気で刺激する方法(反復経頭蓋磁気刺激・rTMS)を調べた試験(34名)では、押す動きや移動の能力に明らかな変化は示されませんでした3。これらは小規模な研究であり、どの方法が最も良いかを結論づけるには、さらに質の高い研究が必要です。

良い見通しとして、プッシャー症候群そのものは、多くの場合リハビリの中で時間とともに和らいでいく傾向があり、最終的な機能の回復も、この状態がない方と同じくらいに至れることが報告されています1。座る・立つ・移るといった動作も、姿勢のコントロールが整ってくるにつれて安定しやすくなります。
一方で、時間がかかりやすいのが、まさにこの「回復までの期間」です。研究では、同じ回復に至るのに平均3〜4週間ほど長くかかると報告されています1。そのため、周囲が早い変化を期待しすぎると、ご本人もご家族も焦りや不安を感じやすくなります。大切なのは、「変わらない」のではなく「人より少し時間がかかっている」ととらえ、転倒に注意しながら、安全に練習を積み重ねていくことです。回復のしかたには個人差があり、すべての方が同じ経過をたどるわけではありません。
座位や立位で体が片側に傾く、まっすぐにしようとすると押し返してしまう、という様子がある方は、姿勢のコントロールやバランスに重点を置いた練習が中心になります。鏡や垂直の目印を使って「まっすぐ」を目で確認しながら姿勢を整える、安定した座位・立位を少しずつ練習する、といった取り組みが行われます。本人が傾きに気づきにくいことが多いため、周囲がさりげなく姿勢を確認できるとよいでしょう。
プッシャー症候群のリハビリでは、「まっすぐ」を目で確かめながら姿勢を整える練習がよく行われます。鏡や垂直の柱・枠などを目印にして、自分の体がどちらに傾いているかを視覚で確認し、まっすぐな座位・立位を少しずつ覚えていく、という考え方です。研究では、ロボットを使った歩行練習がバランスや姿勢の指標で良い変化を示した例もありますが2、まだ小規模で、どの方法が最も良いかは定まっていません2,3。
期間については、この状態がない方と同じ回復に至るまでに、平均3〜4週間ほど長くかかると報告されています1。そのため、短期間での結果を求めるより、安全を確保しながら、姿勢とバランスの練習を地道に続けることが現実的です。座位や立位の安定を考える際は、脳卒中後の体幹トレーニングについて解説した記事も関連します。回数や強さに一律の正解はなく、転倒のリスクや疲れやすさをみながら、担当の専門職が個別に調整していきます。退院後に自宅で練習を行う場合も、安全な環境とやり方を、事前に専門職と確認しておくことが大切です。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Yun N, Joo MC, Kim SC, Kim MS. Robot-assisted gait training effectively improved lateropulsion in subacute stroke patients: a single-blinded randomized controlled trial. Eur J Phys Rehabil Med. 2018;54(6):827-836. DOI:10.23736/S1973-9087.18.05077-3. PMID:30507899.
3. Meng L, Ge Y, Tsang RCC, Zhang W, Liu X, Li S, Zhao J, Zhang X, Wei Q. rTMS for Poststroke Pusher Syndrome: A Randomized, Patient-Blinded Controlled Clinical Trial. Neurorehabil Neural Repair. 2024;38(9):685-695. DOI:10.1177/15459683241268537. PMID:39104197.
