田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
脳卒中後の車椅子の操作練習(車椅子スキルトレーニング)とは?研究で分かっていることと限界を正直に解説
「歩く練習はたくさんしたけれど、車椅子の使い方はほとんど教わらなかった」。退院後にご相談をいただくとき、こうしたお話を伺うことがあります。段差でつまずく、スロープで怖い思いをした、玄関から道路に出るところで毎回介助が必要になる。移動の困りごとは、歩行だけの問題ではありません。
結論から正直にお伝えします。車椅子の操作そのものを練習するプログラム(車椅子スキルトレーニング)は、訓練直後の操作能力を高めるという点では複数のランダム化比較試験でくり返し確認されています1,2,4。一方で、脳卒中の方だけを対象にした研究は、参加者17名の小さな試験が1件あるにとどまります6。つまり「良い方向の結果は出ているが、脳卒中に絞った根拠は薄い」というのが今の状況です。
この記事では、何がどこまで分かっていて、どこからが分かっていないのかを整理します。
SECTION 01
車椅子スキルトレーニングとは何か
研究の世界でもっともよく使われているのが、カナダで開発された「車椅子スキルトレーニングプログラム(Wheelchair Skills Training Program、以下WSTP)」です。これは車椅子を使うために必要な動作を約30項目に分け、一つひとつを段階的に練習していく方法です3。
レベル 1:屋内レベル
ブレーキの操作、フットレストの上げ下ろし、前進・後退、その場での方向転換、机やベッドへの近づき方など。多くの方が入院中にひととおり教わる内容です。
レベル 2:地域レベル
砂利道や芝生などの不整地、傾いた路面、スロープの上り下り、5cm程度の段差、ドアの開閉、エレベーターの乗降など。屋外に出るときに必要になる動作です。
レベル 3:応用レベル
15cmの縁石の乗り越え、キャスター(前輪)を上げた状態の保持、階段の昇降など。難易度が高く、実施には安全の確保が欠かせません。
なお、脳卒中で片側に麻痺がある場合、動く側の手と足の両方を使って進む「片手片足駆動」という方法をとることが多くあります。両手で駆動する場合とは体の使い方が異なるため、練習の内容も本来は変わってきます。ただし、この点に絞った質の高い試験はほとんど見当たりません。
屋内の基本操作から、スロープや段差など屋外で必要な動作へ段階的に練習します。
SECTION 02
研究で分かっていること
システマティックレビュー・メタアナリシス 2019年
13件のランダム化比較試験、計581名をまとめた検討です。訓練を受けなかった群・通常のケアのみの群・教育のみの群と比べて、車椅子操作能力の合計点が14.0%高く(95%信頼区間 7.4〜20.8、p<0.0001)、開始前と比べた相対的な増加は21.2%と報告されています。車椅子を使い始めて間もない方でより大きな差がみられ、訓練後から追跡時点までに成績が有意に下がることはありませんでした。重い有害事象の報告はありません1。
Keeler L ら, Disability and Rehabilitation: Assistive Technology, 2019
ランダム化比較試験 2012年
カナダ・モントリオールの3施設で、手動車椅子を使う39名を訓練群と対照群に分けた試験です。訓練群は平均5.9回・合計336分の練習を受けました。訓練後の合計点は訓練群77.4%、対照群69.8%(p=0.0296)。差がはっきり出たのは屋外で使う「地域レベル」で、80.2%対64.7%(p=0.0018)でした。一方、屋内レベルは両群とも90%以上で差がなく(p=0.575)、もともと点数が高く伸びしろが小さい状態でした2。
Routhier F ら, Archives of Physical Medicine and Rehabilitation, 2012
ランダム化比較試験 2015年
電動車椅子を使う116名を対象に、6施設で行われた試験です。30分の個別練習を最大5回実施しました。「できるかどうか」の得点には差がなく(p=0.600)、「実際にどれくらいしているか」の得点でのみ差がみられました(p=0.016)。ただしこの差は3か月後には保たれていませんでした。一方で、本人が立てた目標の達成度は92.8%と高く、92%の方が練習は役に立ったと答えています3。
Kirby RL ら, Archives of Physical Medicine and Rehabilitation, 2015
ランダム化比較試験 2016年
在宅で暮らす脊髄損傷の方106名に対し、自宅で30〜45分の練習を5回行った試験です。対照群は同じ回数の健康教育を受けました。合計点は訓練群が+5.9%、対照群が+1.5%(p<0.001)。応用レベルでは+15.6%対+4.4%(p<0.001)と差が大きく、外出のしやすさを測る指標でも差がみられました(+3.0対-0.7、p=0.021)。この試験では1年後も成績が保たれていました。訓練・評価中に参加者の事故はありませんでした4。
Kirby RL ら, PLoS One, 2016
別のレビューでも、手動車椅子の練習は訓練直後から1週間以内の時点で合計点を13.26%高めたと報告されています。ただし同じレビューは、電動車椅子の練習の有効性と、3〜12か月後まで差が続くかどうかについては、根拠が不十分だと結論づけています5。
脳卒中の方に絞った試験は、電動車椅子を対象にした17名の小規模なものが1件です。この試験では、最大5回・30分の練習を受けた群の操作得点が30%高くなり、練習を受けなかった群は0%でした。半側空間無視のある方が9名含まれていましたが、無視の有無で伸び方に差はみられなかったと報告されています6。半側空間無視については、プリズム適応療法について解説した記事もあわせてご覧ください。
SECTION 03
エビデンスの質と限界
⚠ 数字を読むときに知っておいていただきたいこと
1. 参加者の多くは脊髄損傷・切断・多発性硬化症の方で、脳卒中の方が中心の試験はほとんどありません2,4
2. 練習をしていることは本人にも分かるため、参加者を盲検化できません。訓練群は5〜6時間ぶん多く関わりを受けており、その分の影響は分けられません2
3. 脱落が少なくありません。39名の試験では21%が脱落し、しかも対照群に偏っていました(35%対5%)2。106名の試験でも24名が脱落しています4
4. 屋内レベルはもともと90%以上の得点で、差が出にくい状態(天井効果)でした2
5. 評価する人が訓練も担当していた試験があり、評価の偏りが残ります4
レビュー全体としての評価は「中等度の質の根拠」とされています1。「効果がないことが示された」わけではありませんが、「強い根拠がある」と言い切れる段階でもありません。
安全面については、重い有害事象の報告はないという点で複数のレビューが一致しています1,5。ただし、39名の試験では104回の評価のうち3回(3%)で転倒などの出来事が起き、うち1件は頭部のけがでした2。応用レベルの練習は、環境を整えたうえで専門職とともに行うべき内容です。
SECTION 04
まだ分かっていないこと
1. 脳卒中の方にどこまで当てはまるかが分かっていません。片麻痺の方に特有の片手片足駆動を扱った質の高い試験は見当たりません
2. 差がどれくらい続くかが研究間で一致していません。39名の試験では3か月後に群間差が統計的に有意でなくなり2、電動車椅子の試験でも3か月後に差が保たれませんでした3。一方、在宅で行った106名の試験では1年後も保たれています4。レビューでも、長期の差については根拠が不十分とされています5
3. 操作が上手になることが、実際の外出や生活の広がりにつながるかは、はっきりしていません。116名の試験では、生活空間の広がりを測る指標に差はみられませんでした(p=0.532)3
4. 最適な回数・1回あたりの時間・実施場所は決まっていません。研究では5回前後が多く用いられていますが、それが最適だからではありません
5. 費用に見合うかの検討はされていません。自宅で行う方式は病院で行うより費用がかかる可能性があると指摘されています4
SECTION 05
変わりやすい部分と、変わりにくい部分
差が出やすかったもの
屋外で使う地域レベルの動作(スロープ、不整地、段差)2と、応用レベルの動作4。具体的には「15cmの縁石を上る」が34%から55%へ、「30秒間キャスターを上げたまま保つ」が56%から81%へと変化した報告があります4。
差が出にくかったもの
屋内レベルの基本操作(もともと高得点のため)2、自信の指標(p=0.503)、生活空間の広がり(p=0.532)3。
数字には出にくいが記録されていたこと
本人が立てた目標の達成度は92.8%と高く、92%の方が練習は役に立ったと答え、100%が他の方にも勧めると回答しました3。得点の変化が小さくても、本人の困りごとに合わせた練習は評価されていた、という読み方ができます。
段差やスロープの練習は、安全を確保して専門職と行うことが重要です。
SECTION 06
回数・頻度・期間の目安と安全上の注意
研究で用いられた量
1回30〜45分、合計5回前後、週1〜2回のペースで4〜8週間3,4。39名の試験では合計336分(約5.6時間)を27日間かけて行っています2。あくまで研究で用いられた量であり、最適な量として確立されたものではありません。
実施する場所
病院内で行った研究と、自宅で行った研究の両方があります2,3,4。実際に使う場所で練習するほうが、その環境に合った動作を確認しやすくなります。屋外での動作は、住まいの周辺の道路や玄関まわりで確認する意義が大きい部分です。
⚠ ご自宅で試す前に必ずご確認ください
・キャスターを上げる動作や段差の乗り越えは、後方への転倒につながります。専門職の同伴と、後ろで支える人の確保が前提です
・車椅子が体に合っていないと、どれだけ練習しても操作は安定しません。座面の高さ、車軸の位置、クッションの状態を先に確認してください
・脳卒中後は、血圧の変動や起立時のふらつきが起こることがあります。体調の変化があればすぐに中止し、主治医にご相談ください
・けいれん発作の既往がある方、心臓・呼吸の状態に制限がある方は、実施前に必ず主治医の許可を得てください
なお、車椅子だけでなく杖や歩行器を併用している方も多くいらっしゃいます。移動手段全体の組み立てについては、脳卒中後の杖の選び方と使い方について解説した記事もあわせてご覧ください。また、玄関の段差や廊下の幅など住まいの条件によって、練習すべき動作は変わります。この点は住宅改修と環境調整について解説した記事で整理しています。
SECTION 07
Journey Rehabでの考え方と正直なまとめ
🏥 当施設で確認しているポイント
Journey Rehabでは、車椅子を使っている方のご相談で、まず「どこで、何をするときに困っているか」を具体的に伺うところから始めます。研究でも差が出やすいのは屋内の基本操作ではなく屋外の動作でした2,4が、実際のご相談でも、困りごとは玄関から外に出るまでの数メートルに集中していることが少なくありません。
もう一つ大切にしているのは、練習の前に車椅子そのものを確認することです。座面が高すぎて足が届かない、車軸の位置が体格に合っていない、クッションがへたっている。こうした状態のまま操作の練習だけを重ねても、うまくいかないことがあります。
正直にお伝えしている点もあります。操作が上手になることと、外出が増えることは別の話です。116名を対象にした試験でも、生活空間の広がりには差がみられませんでした3。外出の頻度には、天候、同行者の有無、行き先そのものなど、操作以外の要素が大きく関わります。そこまで含めて一緒に考えないと、練習だけが増えて生活は変わらない、ということが起こります。
外出の機会そのものをどう組み立てるかについては、地域・社会参加について解説した記事もご覧ください。
この記事のまとめ
1. 車椅子の操作練習は、訓練直後の操作能力を高めることが13件の試験・581名のまとめで示されています1
2. 差が出やすいのは屋内の基本操作ではなく、屋外で使う動作と応用動作です2,4
3. 車椅子を使い始めて間もない方でより大きな差がみられました1
4. 差がどれくらい続くかは研究によって結果が分かれています2,3,4,5
5. 操作能力が上がっても、生活空間の広がりには差がみられませんでした3
6. 脳卒中の方だけを対象にした試験は17名の1件にとどまります6
7. 重い有害事象の報告はありませんが、応用動作の練習には転倒の危険があります1,2,5
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。実施の可否や内容については、必ず担当の医師・リハビリテーション専門職にご相談ください。掲載している研究データは執筆時点のものであり、今後の研究によって解釈が変わる可能性があります。
Journey Rehabの訪問自費リハビリについて知りたい方へ
お住まいの環境で、移動の困りごとと今の身体の状態を一緒に確認しながら進め方を考えます。
執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
・2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
・第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
・田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1). 日本老年療法学会.
FAQ
よくある質問
Q. 車椅子の練習をすると、歩く練習の時間が減ってしまいませんか?
A. どちらを優先するかは、目標と今の状態によって変わります。歩行練習と車椅子練習を直接比べた試験は見当たりません。移動手段は一つに絞る必要はなく、屋内は歩行、屋外は車椅子という組み合わせで生活している方も多くいらっしゃいます。配分については担当のリハビリ専門職にご相談ください。
Q. 何回くらい練習すればよいですか?
A. 研究では1回30〜45分を5回前後としたものが多いです3,4。ただしこれが最適な量として確かめられているわけではありません。必要な回数は、どの動作を目標にするかによって大きく変わります。
Q. 発症から何年も経っていますが、今からでも練習する意味はありますか?
A. 研究では、車椅子を使い始めて間もない方でより大きな差がみられました1。長く使っている方は、すでに得点が高く伸びしろが小さい場合があります。ただし、在宅で暮らす方を対象に自宅で行った試験では、発症から1年以上経過した方でも合計点と応用動作の得点に差がみられています4。現在の状態を評価したうえで判断するのが現実的です。
Q. 電動車椅子でも練習は役に立ちますか?
A. 手動車椅子ほどはっきりしていません。116名の試験では「できるかどうか」の得点に差がなく3、レビューでも電動車椅子については根拠が不十分と結論づけられています5。一方、目標の達成度や満足度は高く記録されており3、脳卒中の方17名の試験では操作得点に差がみられました6。
Q. 半側空間無視があると練習は難しいですか?
A. 17名の小さな試験では、半側空間無視のある方9名を含めて解析したところ、無視の有無で伸び方に差はみられませんでした6。ただし参加者が非常に少ないため、これだけで判断はできません。実際の場面では、見落としやすい側の安全確認をどう補うかが重要になります。担当の専門職にご相談ください。
Q. 家族が介助する場合、家族も練習したほうがよいですか?
A. 介助する方を対象にした試験も行われています。段差やスロープでの介助は、やり方によって介助する側の腰への負担が変わります。ご本人の練習と合わせて、介助方法も一緒に確認されることをお勧めします。
Q. 練習中に転ぶことはありませんか?
A. 重い有害事象の報告はありませんが1,5、39名の試験では104回の評価のうち3回で転倒などの出来事が起きており、うち1件は頭部のけがでした2。応用レベルの動作はとくに危険が伴います。ご自宅で自己判断で試さず、専門職の同伴のもとで行ってください。
運営主体・利益相反について
本記事は、自費リハビリサービスを運営する株式会社Journey Rehabが作成しています。記事内には当社サービスの案内を含みますが、文献の選定と研究結果の記載では利益だけを強調せず、根拠が乏しい点、研究間で結果が一致しない点、安全上の注意も併記しています。外部医師による監修記事ではありません。最終更新:2026年8月8日。
REFERENCES
参考文献
1. Keeler L, Kirby RL, Parker K, McLean KD, Hayden JA. Effectiveness of the Wheelchair Skills Training Program: a systematic review and meta-analysis. Disability and Rehabilitation: Assistive Technology. 2019;14(4):391-409. PMID: 29616832.
2. Routhier F, Kirby RL, Demers L, Depa M, Thompson K. Efficacy and retention of the French-Canadian version of the wheelchair skills training program for manual wheelchair users: a randomized controlled trial. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation. 2012;93(6):940-948. PMID: 22494946. PMCID: PMC3708861.
3. Kirby RL, Miller WC, Routhier F, Demers L, Mihailidis A, Polgar JM, et al. Effectiveness of a Wheelchair Skills Training Program for Powered Wheelchair Users: A Randomized Controlled Trial. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation. 2015;96(11):2017-2026. PMID: 26232684. PMCID: PMC4674291.
4. Kirby RL, Mitchell D, Sabharwal S, McCranie M, Nelson AL. Manual Wheelchair Skills Training for Community-Dwelling Veterans with Spinal Cord Injury: A Randomized Controlled Trial. PLoS One. 2016;11(12):e0168330. PMID: 28002472. PMCID: PMC5176312.
5. Tu CJ, Liu L, Wang W, Du HP, Wang YM, Xu YB, et al. Effectiveness and safety of wheelchair skills training program in improving the wheelchair skills capacity: a systematic review. Clinical Rehabilitation. 2017;31(12):1573-1582. PMID: 28580801.
6. Mountain AD, Kirby RL, Smith C, Eskes G, Thompson K. Powered wheelchair skills training for persons with stroke: a randomized controlled trial. American Journal of Physical Medicine & Rehabilitation (Am J Phys Med Rehabil). 2014;93(12):1031-1043. PMID: 25353194.