
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「家に手すりを付けたほうがいいのでしょうか」「段差はどこまで直すべきですか」——退院を前にしたご本人やご家族から、とてもよくいただく質問です。住宅改修(手すりの設置、段差の解消、扉や床の変更など)や環境調整(家具の配置換え、照明、滑り止め、福祉用具の活用など)は、リハビリの中でも地味に見えますが、生活の土台を左右する大切な取り組みです。この記事では、住まいの環境に手を入れることについて、研究で分かってきたことと、まだはっきりしないことを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。結論から言うと、住まいの危険な箇所を専門職が確認して手を入れる取り組みは、転倒の起こりやすさを下げる方向の結果が示されています。ただし変化の幅は大きくはなく、単独よりも運動などと組み合わせたときのほうが良い結果が報告されています1,2。

・10件の研究・1,960人をまとめた分析では、住まいへの働きかけを行った群で転倒の起こりやすさが7%ほど低い結果でした(リスク比0.93、95%信頼区間0.87〜1.00)1。
・192件の研究・約98,000人を統合した大規模な分析では、住まいの評価と調整は単独ではなく、運動や福祉用具、危険因子の確認などと組み合わせた形で良い結果が報告されています2。
・一方で、研究の質は低〜中程度にとどまり、住まいに手を入れても変化がみられなかった研究もあります。実行できたかどうか(実際に手すりを使うか等)が結果を左右した可能性が指摘されています1。
・脳卒中の方だけを対象にした住宅改修の大規模な研究はまだ少なく、多くは高齢者全体を対象にしたものです。個別の状況に合わせて、リハビリ専門職やケアマネジャーに相談することをおすすめします1,5。
住宅改修とは、手すりの設置、段差の解消、床材の変更、扉の引き戸化など、住まいそのものに手を入れることを指します。環境調整はもう少し広い言葉で、家具の配置を変える、通り道の物をどける、照明を明るくする、滑り止めを敷く、シャワーチェアや歩行器などの福祉用具を取り入れる、といった工夫も含みます1。
研究の世界では、これらはまとめて「環境への働きかけ(home hazard modification/environmental intervention)」と呼ばれ、住まいの中の危険な箇所を専門職が確認したうえで、必要な変更を提案し、実際に手を入れるところまでを一連の流れとして扱います1。多くの研究で使われているのは、家の中の危険箇所をチェックしていく評価表(Westmead Home Safety Assessmentなど)です1。
脳卒中の後は、麻痺やバランスの不安定さ、視野や注意の問題、疲れやすさなどが重なり、以前は問題なかった場所が急に危ない場所に変わります。玄関の上がりかまち、浴室の出入り、夜間のトイレまでの通り道は、その代表です。住まいを整えることは、体そのものへの働きかけではありませんが、転びにくさや動作のしやすさに関わる土台づくりとして位置づけられます。転倒そのものへの取り組み全体については脳卒中後の転倒とその対策について解説した記事もあわせてご覧ください。
結論から正直にお伝えすると、「住まいに手を入れる取り組みは、転倒の起こりやすさを下げる方向の結果が示されている」一方で、「その幅は大きくなく、研究の質にも限界がある」というのが現状です。代表的な研究をみていきます。

研究をふまえると、住まいへの働きかけは「単独で大きな変化を生む手段ではないが、運動や生活動作の練習と組み合わせたときに土台として働く選択肢」と考えるのが現実的です1,2。動線の物をどける、夜間の照明を確保する、立ち上がる場所に手すりを置くといった調整は、費用も負担も比較的小さいわりに、日々の動作のしやすさに関わります。生活動作の面では、住まいの危険箇所の評価と福祉用具の助言を組み合わせることに、一定の根拠が示されています4。
一方で、「工事をすれば転ばなくなる」「手すりを付ければ歩行が安定する」ことは、現時点の研究でははっきり示されていません1。バランスそのものへの働きかけは、住まいを整えるだけでは代替できません。姿勢やバランスの練習については脳卒中後のバランス訓練について解説した記事で詳しく紹介しています。住まいの調整は、そうした練習と並べて考えるものであり、どちらか一方で足りるものではありません。
研究の対象を見ると、地域で暮らしていて、転びやすさに不安がある高齢者が中心です1,2。脳卒中の後では、次のような状況にある方で、住まいを見直す意味が大きいと考えられます。ひとつは、退院して生活の場が病院から自宅に変わる時期です。病院では平らで広い床だった環境が、一気に段差と狭さのある環境に変わります。もうひとつは、以前は問題なく通れていた場所でつまずく、ふらつく、途中で座りたくなる、といった変化が出てきた時期です。
また、ご家族が介助する場面が多い場合も、住まいの見直しが役立つことがあります。介助する側の姿勢や動線が窮屈だと、双方にとって負担が大きくなるためです。ご家族の負担については脳卒中後の家族・介護者の支援について解説した記事もご覧ください。

研究で行われている流れは、おおむね次のような順番です。まず専門職が実際に住まいを訪れ、生活動線をたどりながら危険な箇所を確認します。次に、優先順位をつけて変更を提案します。そして、変更を実行し、しばらく経ってから使われているかどうかを確認します1。著者らは、成果が出た研究の特徴として「十分に踏み込んだ内容であること」「目的がはっきりしていること」「その人と環境の相性を見ていること」「その後の追跡があること」を挙げています1。
実際の生活では、いきなり工事を考えるより、動かせるものから試すのが現実的です。通り道の物をどける、夜間の足元灯を置く、浴室に滑り止めを敷く、椅子の高さを変える、といった調整は、その日から試せて、合わなければ戻せます。そのうえで、繰り返し必要になる動作(トイレ、浴室、玄関)について、据え置き型の手すりや福祉用具、必要なら工事を検討していく流れが取り組みやすいでしょう。体の状態が変わる時期には、3〜6か月ごとを目安に、当時の調整が今も合っているかを見直すことをおすすめします。これは研究で定められた間隔ではなく、実務上の目安です。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Dautzenberg L, Beglinger S, Tsokani S, Zevgiti S, Raijmann RCMA, et al. Interventions for preventing falls and fall-related fractures in community-dwelling older adults: A systematic review and network meta-analysis. Journal of the American Geriatrics Society. 2021. DOI:10.1111/jgs.17375. PMID:34318929. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34318929/
3. Hopewell S, Adedire O, Copsey BJ, Boniface GJ, Sherrington C, et al. Multifactorial and multiple component interventions for preventing falls in older people living in the community. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2018. DOI:10.1002/14651858.CD012221.pub2. PMID:30035305. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30035305/
4. Steultjens EMJ, Dekker J, Bouter LM, Jellema S, Bakker EB, van den Ende CHM. Occupational therapy for community dwelling elderly people: a systematic review. Age and Ageing. 2004. DOI:10.1093/ageing/afh174. PMID:15315918. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15315918/
5. Marcheschi E, Von Koch L, Pessah-Rasmussen H, Elf M. Home setting after stroke, facilitators and barriers: A systematic literature review. Health & Social Care in the Community. 2018. DOI:10.1111/hsc.12518. PMID:29210130. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29210130/
