田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学) 東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍 初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
脳卒中後のプリズム適応療法(半側空間無視)とは?研究で分かっていること・限界を正直に解説
「左側の食事に気づかず残してしまう」「左の壁によくぶつかる」——脳卒中の後、片側の空間に注意が向きにくくなる「半側空間無視」が起こることがあります。その対応のひとつとして知られているのが、プリズム眼鏡を使う「プリズム適応療法」です。特殊な眼鏡で見え方を少しずらし、簡単な動作を繰り返すことで、注意の偏りにはたらきかける方法です。この記事では、プリズム適応療法について、研究で分かっていること、期待しすぎないほうがよい点を、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。
プリズム適応療法では、プリズム眼鏡を用いて見え方をずらし、目標物へ手を伸ばす練習を行います。
この記事の要点
・プリズム適応療法は、見え方をずらす眼鏡をかけて目標に手を伸ばす動作を繰り返し、注意の偏りにはたらきかける方法です。 ・研究をまとめた解析では、無視の検査(線を消す課題など)の成績が短期的に良くなる傾向が示されています1 。 ・とくにプリズムの角度が大きい(10度を超える)条件で、検査成績への働きが大きい可能性が報告されています1 。 ・一方で、日常生活動作の評価(キャサリン・バーゴ尺度など)や生活の自立度への働きは、はっきり示されていません1,2 。 ・大規模なコクラン・レビューでは、生活の自立度を高めるという点では、まだ証明されていないと結論づけられています2 。
SECTION 01
半側空間無視とプリズム適応療法とは
半側空間無視とは、脳卒中などのあとに、まひ側(多くは左側)の空間に注意が向きにくくなる状態です。見えていないわけではないのに、左側の物や人、食べ物、文字に気づきにくく、食事を左半分残す、左側にぶつかる、といったことが起こります。日常生活に大きく関わるため、リハビリでは重要なテーマのひとつです。半側空間無視そのものについては半側空間無視と視覚探索訓練について解説した記事 もあわせてご覧ください。
プリズム適応療法は、この無視に対する方法のひとつです。プリズム(光を曲げるレンズ)が入った眼鏡をかけると、見える位置が実際より右にずれます。その状態で、正面や左右の目標に手を伸ばす動作を繰り返すと、はじめは的を外しますが、だんだん正確に届くように身体が調整していきます。眼鏡を外したあとには、逆に注意が左(無視されがちな側)へ向かいやすくなる「後効果」が生じるとされ、これを無視の対応に応用します。
SECTION 02
研究で分かっていること
結論から正直にお伝えすると、プリズム適応療法は「無視の検査の成績」を短期的に良くする方向に働く可能性が示されています。ただし、「日常生活そのもの」への働きや、長く続く効果については、はっきりしていません。以下に、複数の研究をまとめた解析を紹介します。
検査成績の変化と、食事・移動・身の回り動作など生活場面の変化は分けて考える必要があります。
研究から読み取れること
右脳の脳卒中による半側空間無視を対象に、プリズム適応療法を調べた研究をまとめた解析(7件のランダム化比較試験、227名、2025年)では、無視の検査成績に短期的な働きがみられました(標準化平均差 0.49、95%信頼区間0.07〜0.92、p=0.02)。ただし、日常生活動作の評価(キャサリン・バーゴ尺度)でははっきりした差がみられませんでした(標準化平均差 -0.38、95%信頼区間-1.27〜0.51、p=0.40)。さらに、プリズムの角度が10度を超える条件では、検査成績・生活動作の評価のどちらでも働きが大きい傾向が示されました1 。 別の解析(8件・244名)でも、プリズム群は無視の検査(BIT、線を消す課題)で対照群より良い成績を示した一方、生活動作の評価(キャサリン・バーゴ尺度)では差がみられず、1か月を超える追跡では検査成績の差もはっきりしなくなりました3 。
エビデンスの質と限界
脳卒中後の無視に対する非薬物的な方法を幅広く調べた大規模なコクラン・レビュー(65件・1951名)では、プリズム適応療法は8件・257名で検討されました。しかし、日常生活動作への短期的な働き(標準化平均差 0.20、95%信頼区間-0.12〜0.51)も、生活動作への持続的な働き(標準化平均差 -0.29、95%信頼区間-0.93〜0.35)も、はっきりした効果は示されませんでした。エビデンスの確実性は、いずれも「非常に低い」と評価されています2 。研究の多くは人数が少なく、バイアスの少ない質の高い試験は限られていました1,2 。
まだ分かっていないこと
コクラン・レビューの著者らは、プリズム適応療法を含め、無視に対する非薬物的な方法が「日常生活の自立度を高める」という点では、まだ証明されていないと結論づけています2 。検査の成績が上がっても、それが実際の生活(食事・移動・身のまわりのこと)にどれだけつながるかは、十分に確かめられていません。また、どのくらいのプリズム角度・回数・期間が最も合うのか、どのような方に向いているのか、効果がどのくらい続くのかも、まだはっきりしていません。研究の平均だけで判断せず、目の前の生活の困りごとに合わせて考えることが大切です。
SECTION 03
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
研究をていねいに読むと、「変わりやすいこと」と「変わりにくいこと」が分かれて見えてきます。比較的変わりやすいのは、線を消す課題やBITといった「机の上で行う無視の検査」の成績で、とくにプリズムの角度が大きい条件で働きが大きい傾向がありました1 。一方で、変わりにくい(はっきり示されていない)のは、キャサリン・バーゴ尺度のような「日常生活動作の評価」や、生活の自立度です1,2,3 。
この「検査は変わっても生活の評価は変わりにくい」という差は、プリズム適応療法を理解するうえでとても大切です。つまり、紙の上のテストで良くなったことが、そのまま「食事を左まで食べられる」「左にぶつからない」といった生活の変化に必ずつながるとは限らない、というのが正直なところです。だからこそ、プリズム適応療法を試す場合も、生活の困りごとに直接向き合う練習や、環境の工夫、周囲の声かけと組み合わせて考えることが現実的です。注意の向け方そのものへの取り組みについては脳卒中後の注意障害のリハビリについて解説した記事 もあわせて参考になります。
SECTION 04
どんな人に向いているか・注意したい人
プリズム適応療法は、特別な機器がなくてもプリズム眼鏡と簡単な動作で行え、身体への負担が少ない方法です。研究の多くは右脳の脳卒中による無視を対象にしており1 、そうした方の選択肢のひとつになり得ます。ただし、前述のとおり生活そのものへの働きははっきりしていないため、「これだけで無視がなくなる」と考えるのではなく、いくつかの取り組みのひとつとして位置づけるのが現実的です。
⚠ 注意したい人・気をつけたいこと
プリズム眼鏡をかけると一時的に見え方がずれるため、立って行う場合や、めまい・ふらつきがある方では、転倒に注意が必要です。はじめは座って、安全な環境で、専門職の指導のもとで行うことが大切です。また、無視の状態や併存する症状(視野の障害、注意や記憶の問題など)は人によって異なり、プリズム適応療法が合うかどうかも変わります。目の症状や強い認知機能の低下がある場合は、事前に主治医や担当のリハビリ専門職に相談してください。自己流で市販のプリズム眼鏡を使うのではなく、まず専門職に相談し、適応と進め方を確認することをおすすめします。
SECTION 05
進め方の目安と生活での工夫
研究では、プリズムの角度や回数、期間はさまざまで、「これだけ行えばよい」という一律の正解は定まっていません。ただ、角度が10度を超える条件で検査成績への働きが大きい傾向が報告されており1 、条件によって結果が変わりうることがうかがえます。実施にはプリズム眼鏡や専門的な設定が関わるため、自己判断で行うより、専門職と一緒に進めるのが安心です。
同時に、生活の中の工夫も大切です。無視されやすい側に色の目印を置く、食器の向きを変える、大事な物を気づきやすい側に置く、周囲がまひ側からも声をかける、といった環境調整は、日々の安全につながります。プリズム適応療法を試す場合も、こうした生活の工夫や、まひ側に注意を向ける練習と組み合わせて考えると、生活の困りごとに向き合いやすくなります。何を優先するかは、ご本人の生活で何に困っているかによって変わるため、専門職と相談しながら決めていきましょう。
SECTION 06
Journey Rehabでの現場経験
当施設での経験
弊社は訪問型の自費リハビリのため、実際の生活の場で、どこで無視による困りごとが起きているかを確認できるのが特徴です。現場では、机の上の検査は良くなっても、食事や移動といった生活の場面ではなかなか変わりにくい、という難しさを感じることがあります。だからこそ、注意を向ける練習だけでなく、物の置き方や声かけといった生活の工夫を、ご家族と一緒に組み立てることを大切にしています。プリズム適応療法のような方法も、単独ではなく、生活の困りごとに直接向き合う取り組みと合わせて考えるようにしています。効果には個人差が大きく、期待どおりに変化しない時期もあることも、正直にお伝えしています。
Journey Rehabの訪問自費リハビリについて知りたい方へ
半側空間無視による生活の困りごとについて、今の状態やご自宅の環境を一緒に確認しながらリハビリの内容を考えます。
免責事項
この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。診断、治療、医療行為の推奨ではありません。半側空間無視の状態や合う対応は人によって異なり、プリズム適応療法が適するかどうかも個別に異なります。市販のプリズム眼鏡を自己判断で使うのではなく、始める前に主治医や担当のリハビリ専門職に相談してください。研究知見は執筆時点の情報であり、今後変わる可能性があります。
執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格 修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836 東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍 経歴 2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事 2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立 2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中 研究活動 第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表 論文執筆 田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
FAQ
よくある質問
プリズム適応療法をすれば無視はなくなりますか?
研究では、机の上で行う無視の検査の成績が短期的に良くなる傾向は示されていますが、日常生活の自立度への働きははっきり示されていません。「これだけで無視がなくなる」とは言えず、いくつかの取り組みのひとつとして考えるのが現実的です。
検査は良くなったのに生活が変わらないのはなぜですか?
研究でも、無視の検査成績は変わっても、生活動作の評価ははっきり変わらないという結果が多くみられます。紙の上のテストと実際の生活は同じではないためです。だからこそ、生活の工夫や声かけと組み合わせて考えることが大切です。
市販のプリズム眼鏡を自分で使ってもよいですか?
自己判断での使用はおすすめしません。角度の設定や進め方、合うかどうかは人によって異なり、立って行うと転倒の心配もあります。まず主治医や担当のリハビリ専門職に相談し、適応と方法を確認してください。
効果はどのくらい続きますか?
長く続く効果については、まだはっきりしていません。ある解析では、1か月を超える追跡で検査成績の差がはっきりしなくなったと報告されています。持続的な働きは十分に確かめられていない段階です。
家族は何を手伝えばよいですか?
無視されやすい側に目印を置く、大事な物を気づきやすい側に置く、まひ側からも声をかける、といった生活の工夫が日々の安全につながります。何を優先するとよいかは状態によって異なるため、専門職と一緒に決めていくと進めやすくなります。
他の方法とどう組み合わせればよいですか?
プリズム適応療法だけに頼るのではなく、まひ側に注意を向ける練習や視覚探索の練習、生活の工夫と組み合わせるのが現実的です。どの組み合わせが合うかは、生活で何に困っているかによって変わります。専門職と相談して決めましょう。
REFERENCES
参考文献
1. Naito Y, Koshino Y, Ota H, Piano M, et al. Short-term effect of prism adaptation treatment on severity of unilateral spatial neglect following right hemispheric stroke: a systematic review and meta-analysis. J Rehabil Med. 2025;57:jrm42542. DOI:10.2340/jrm.v57.42542. PMID:40126425. PMCID:PMC11959829. 2. Longley V, Hazelton C, Heal C, Pollock A, et al. Non-pharmacological interventions for spatial neglect or inattention following stroke and other non-progressive brain injury. Cochrane Database Syst Rev. 2021;7(7):CD003586. DOI:10.1002/14651858.CD003586.pub4. PMID:34196963. PMCID:PMC8247630. 3. Li J, Li L, Yang Y, Chen S. Effects of Prism Adaptation for Unilateral Spatial Neglect After Stroke: A Systematic Review and Meta-Analysis. Am J Phys Med Rehabil. 2021;100(6):584-591. DOI:10.1097/PHM.0000000000001598. PMID:32969965.