東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「手足の麻痺はほとんどないと言われて退院したのに、以前のようには生活できません」「疲れやすくて、何をするにも億劫になりました」。くも膜下出血のあと、ご本人やご家族からこうしたご相談をいただくことがあります。
結論から正直にお伝えします。くも膜下出血の後遺症は、手足の麻痺よりも「疲れやすさ」「記憶や段取りの難しさ」「意欲の低下」といった外から見えにくいものとして残ることが少なくありません2,3,4,5。そして、この見えにくい後遺症に対するリハビリの研究は、脳梗塞や脳出血に比べて圧倒的に少ないのが現状です。
この記事では、入院中の離床の時期に関する研究と、退院後に問題になりやすい見えにくい後遺症について、分かっていることと分かっていないことを整理します。
くも膜下出血は、多くの場合、脳の血管にできたこぶ(動脈瘤)が破れて、脳を包む膜の隙間に血液が広がる病気です。脳梗塞や脳出血が「脳のある場所が傷つく」病気であるのに対し、くも膜下出血は脳全体が広く影響を受けやすい点が異なります。

ご家族から最も多くいただく質問です。長く寝たままでいると体力や筋力が落ちるため早く動かしたい、しかし血管が細くなる合併症が怖い。この板挟みについて、近年まとまった検討が出ています。
・退院時の生活自立度(mRS):平均差マイナス1.39(95%信頼区間マイナス2.51〜マイナス0.28、異質性86%)
・3か月後の生活自立度:平均差マイナス1.10(95%信頼区間マイナス1.54〜マイナス0.66、異質性7%)
・画像で確認された脳血管攣縮:オッズ比0.66(95%信頼区間0.45〜0.96)
・症状を伴う脳血管攣縮:オッズ比0.44(95%信頼区間0.27〜0.72)
・水頭症:オッズ比0.59(95%信頼区間0.30〜1.14、統計的な差なし)
安全性については、900回の離床のうち有害事象は24件(6%)で、その多くは血圧や脈拍の変動でした。転倒は0件でした。
別の研究グループが10研究1,292名を対象に行った検討では、退院時の生活自立度に統計的な差はなく(平均差マイナス0.86、95%信頼区間マイナス2.93〜1.20)、入院期間は短く(平均マイナス6.56日、95%信頼区間マイナス10.64〜マイナス2.47)、画像上の脳血管攣縮は少ない(オッズ比0.65、95%信頼区間0.44〜0.97)という結果でした6。
両者に共通するのは、「早く動き始めても、脳血管攣縮が増えるという結果は出ていない」という点です。ただし、含まれた研究の大半は小規模な単施設の観察研究であり、離床の定義も研究ごとに大きく異なります1,6。「何日目から何をしてよいか」を一律に決められる段階ではありません。安静度は主治医の指示に必ず従ってください。
脳卒中全般における離床の時期の考え方については、こちらもあわせてご覧ください(脳卒中後の早期離床について解説した記事)。ただし、くも膜下出血には固有の合併症があるため、そのまま同じとは考えないでください。
ここが、退院後に最も問題になりやすい部分です。ご本人が記入する形式の調査を集めた検討では、およそ半数の方が、記憶・気分・神経心理面の問題が続いていると報告しているとされ、こうした問題は一般的な粗い評価尺度では捉えられにくいことが指摘されています2。
関連するとされたもの:睡眠の乱れ、不安、抑うつ、心的外傷後ストレス、認知面・身体面の困難3
注意:これらだけでは説明しきれない場合も多いと述べられています3
関連するとされたもの:認知面の困難がある方でリスクが高い。脳室内の出血や水頭症との関連も指摘されています5
生活への影響:趣味・余暇活動などへの参加が減ると述べられています5
注意:時間経過とともにどう変わるかは分かっていません5
意欲の低下は「怠けている」と誤解されやすい症状です。ご家族が努力不足と受け止めてしまうと、ご本人がさらに孤立します。脳卒中全般でも同様の症状が知られており、段取りの難しさや注意の問題については別の記事でも扱っています(脳卒中後の遂行機能障害について解説した記事)。
正直にお伝えすると、くも膜下出血の方だけを対象とした退院後の運動プログラムの研究は、ごくわずかしかありません。
数少ない例として、くも膜下出血後の方15名、髄膜腫の手術を受けた方16名、健康な方17名を比べ、12週間の中等度の有酸素運動を行った研究があります7。抑うつ・不眠・言語の学習に良い方向の変化が報告された一方、ストレスの感じ方については、くも膜下出血の方では逆に上昇していました。著者らは、安全面に配慮したために運動強度が限られた可能性を述べています7。
この研究は参加者が少なく、ランダム化もされていません。「くも膜下出血のあとにこの運動をすればよい」と言える段階ではないということです。運動を始める際は、血圧の管理や動脈瘤の治療後の状態を踏まえた判断が必要になるため、必ず主治医にご確認ください。
2. 別の検討では、質の高い研究が乏しく、実施内容が研究ごとに大きく違うため、推奨の根拠水準は「低い」と明記されています6
3. 退院時の自立度については、2つの検討で結果が一致していません(一方は差あり、一方は差なし)1,6
4. ご本人が記入する評価尺度については、内容の妥当性に関する現在の基準を満たしたものが一つもなく、根拠の質は非常に低いと結論づけられています2
5. 疲れやすさ・意欲の低下に関する検討では、研究デザインや評価時期がばらばらで、対象者の選び方にも偏りがあり、サンプルサイズも小さいと指摘されています3,5
2. 離床に関する研究では、認知面や生活の質のデータが不足していると著者らが述べています1
3. 疲れやすさが時間とともにどう変わるのか、何が原因で生じるのかは、さらなる研究が必要とされています3
4. 意欲の低下についても、経過は分かっておらず、この症状を対象としたランダム化比較試験が求められている段階です5
5. 退院後の運動プログラムについては、くも膜下出血の方に特化した質の高い試験がほとんどありません7
6. 重症度や治療方法(開頭手術か血管内治療か)、年齢による違いが、リハビリの進め方にどう影響するかは十分に検証されていません

研究が乏しい領域であることを前提に、リハビリの現場で相談に上がりやすい工夫を整理します。いずれも効果を保証するものではなく、担当の専門職と相談しながら試す性質のものです。
・「疲れてから休む」ではなく、疲れる前に区切りを入れる
・睡眠、不安、気分の落ち込みが関連しうると報告されているため、これらを別々に相談する3
・一度に複数のことを行わず、順番に一つずつ進める
・退院時に問題なしと判定されても困りごとが残る場合があると報告されているため、気になることは遠慮なく相談する4
・ご本人が始めるのを待つのではなく、一緒に始める形をとる
・趣味や外出の機会が減りやすいと報告されているため、参加の機会を意識的に残す5
もう一つ大切にしているのは、ご本人の困りごとを「体の動き」と「見えにくい後遺症」に分けて整理することです。手足の動きに大きな問題がなくても、疲れやすさや段取りの難しさで生活が回らなくなっている場合があります3,4。そのときは、運動量を増やすことよりも、1日の組み立て方や手順の外部化を優先することがあります。
ご家族には、意欲の低下が症状として起こりうるものであること5を、はじめにお伝えしています。ご本人の性格や努力の問題として扱われてしまうと、関わり方がうまくいかなくなるためです。研究が少ない領域であることも、そのままお伝えしています。
お仕事への復帰を考えている方も多い領域です。復職に関する一般的な考え方については、こちらもご覧ください(脳卒中後の復職・職場復帰について解説した記事)。
2. 発症7日以内の離床について、脳血管攣縮が増えるという結果は出ていません1,6
3. ただし研究の大半は小規模な観察研究で、根拠の水準は高くありません1,6
4. 疲れやすさは31〜90%、意欲の低下は15〜68%(重みづけ38%)と報告されています3,5
5. ご本人記入式の評価尺度は、内容の妥当性の基準を満たすものがありません2
6. 退院後の運動プログラムに関する質の高い試験は、ほとんどありません7
7. 安静度・運動の可否は必ず主治医の指示に従ってください
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Nobels-Janssen E, van der Wees PJ, Verhagen WIM, Westert GP, Bartels RHMA, Boogaarts JD. Patient-reported outcome measures in subarachnoid hemorrhage: A systematic review. Neurology. 2019. PMID: 31076533.
3. Kutlubaev MA, Barugh AJ, Mead GE. Fatigue after subarachnoid haemorrhage: a systematic review. Journal of Psychosomatic Research. 2012. PMID: 22405226.
4. Nussbaum ES, Mikoff N, Paranjape GS. Cognitive deficits among patients surviving aneurysmal subarachnoid hemorrhage. A contemporary systematic review. British Journal of Neurosurgery. 2021. PMID: 33345644.
5. Tang WK, Wang L, Tsoi KKF, Yasuno F, Kim JS. Apathy after subarachnoid haemorrhage: A systematic review. Journal of Psychosomatic Research. 2022. PMID: 35168165.
6. Morello A, Spinello A, Staartjes VE, Lo Bue E, Garbossa D, Germans MR, et al. Early versus delayed mobilization after aneurysmal subarachnoid hemorrhage: a systematic review and meta-analysis of efficacy and safety. Neurosurgical Focus. 2023. PMID: 38262007.
7. Colledge F, Brand S, Pühse U, Holsboer-Trachsler E, Zimmerer S, Schleith R, et al. A Twelve-Week Moderate Exercise Programme Improved Symptoms of Depression, Insomnia, and Verbal Learning in Post-Aneurysmal Subarachnoid Haemorrhage Patients: A Comparison with Meningioma Patients and Healthy Controls. Neuropsychobiology. 2017. PMID: 29694980.
