東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「もう少し入院していたほうが安心なのに、退院の話が出てきました」「家に帰ってから、誰がリハビリを見てくれるのでしょうか」。退院が近づいた時期に、ご本人やご家族から最も多く寄せられるのがこの二つの不安です。
じつは「早めに家へ帰り、その代わりに専門職チームが自宅へ入る」という仕組みは、早期支援退院(Early Supported Discharge:ESD)という名前で、1990年代から国際的に検証が積み重ねられてきたテーマです。結論から言うと、条件がそろった場合には研究で一定の結果が示されている一方、条件が外れると差が見えなくなる、というのが正直なところです。この記事では、その「条件」を数字とともに整理します。
早期支援退院とは、脳卒中で入院した方の退院を通常より早め、その代わりに自宅で専門職チームがリハビリと生活の支援を続ける仕組みのことです。単に「早く退院させる」だけの取り組みではありません。国際的な研究で検証されてきたESDには、次の3つの要素が含まれます1。
2. 医師・看護師・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士などの多職種チームが関わる
3. そのチームが、退院後も自宅で引き続きリハビリと支援を担当する
後で見るように、この3番目、つまり「同じチームが退院後もつながる」という部分が、研究結果を大きく左右していました。逆に、退院の調整だけを行い、あとは地域の別のサービスへ引き継ぐ形では、結果が変わってきます1。
なお「退院後のリハビリをいつまで、どう続けるか」という論点そのものについては、脳卒中後のリハビリを続ける期間について解説した記事でも整理しています。あわせてご覧いただくと、この記事の位置づけが分かりやすくなります。
この分野で最もまとまった資料は、コクラン・レビューと呼ばれる国際的な検証報告です。
急性期の脳卒中で入院した方を対象に、17件の試験・計2,422名をまとめた解析です。参加者は60〜80歳が中心で、入院初期のバーセルインデックス(日常生活動作の指標、20点満点)の中央値は14点。つまり中等度の介助を要する段階の方が主でした。追跡期間の中央値は6か月です。
主要な指標である「死亡または人の助けが必要な状態」は、オッズ比0.80(95%信頼区間0.67〜0.95、確実性は中程度)でした。著者らは、100人がESDを受けた場合に、この好ましくない状態になる方が5人少ない計算になると述べています。入院期間は平均で約6日短く(平均差−5.5日、95%信頼区間−3〜−8日)、「死亡または施設入所」もオッズ比0.75(0.59〜0.96)でした。
一方、死亡そのもの(オッズ比1.04、0.77〜1.40)と再入院(1.09、0.79〜1.51)には差がありません。バーセルインデックスにも有意差はなく、家事や外出を含む応用的な生活動作でわずかな差(標準化平均差0.14、0.03〜0.25)が示された程度です。介護者の気分・主観的健康感にも差はありませんでした。1
この解析で最も実務的に重要なのは、サブグループの結果です。多職種チームが退院前後を通して担当した9試験ではオッズ比0.73(0.60〜0.89)でしたが、チームによる調整がなかった試験群では1.11(0.75〜1.62)で、差が消えていました1。「早く帰る」こと自体ではなく、誰がどう関わり続けるかが結果を分けていた、と読むのが妥当です。
重症度による違いもありました。入院初期のバーセルインデックスが9点を超える(比較的軽度から中等度の)方では死亡・要介助のオッズ比0.77(0.61〜0.98)でしたが、重度の方では1.40(0.83〜2.36)と、良い方向を示していません(交互作用のp=0.04)。ただし入院期間の短縮は、重度の方のほうがむしろ大きく(平均28日短縮 対 3日短縮)、指標によって向き・大きさが違う点は押さえておく必要があります1。
こうした知見を受けて、カナダの脳卒中診療ガイドライン(2025年更新版)は、軽度から中等度の脳卒中の方についてESDを検討すべきとし、これを「強い推奨・エビデンスの質は高い」と位置づけています。あわせて、急性期病院からの退院後48時間以内(回復期リハ病棟からは72時間以内)にサービスを開始し、入院中と同じ強度で週5日提供することを推奨しています(いずれも強い推奨・エビデンスの質は中程度)2。
良い結果だけを並べるのは公平ではないので、差が示されなかった報告も紹介します。
韓国の研究チームが、ESDと移行期ケアを扱った20の報告(うちランダム化比較試験19件)を集め、17件を統合しました。結果は、入院期間の標準化平均差−0.13(95%信頼区間−0.31〜0.04)、日常生活動作0.29(−0.04〜0.61)、modified Rankin Scale −0.11(−0.38〜0.17)、死亡のオッズ比0.80(0.56〜1.17)、介護者負担−0.66(−1.93〜0.61)。いずれも統計的に有意な差には届きませんでした。研究間のばらつきも大きく、日常生活動作でI²=90%、modified Rankin ScaleでI²=71%です。3
この著者らは、各研究で介入の定義があいまいで、種類・期間・実施時期がそろっていないことを限界として挙げています。そのうえで、欧米で作られたESDの仕組みをアジア圏へ持ち込むときは、それぞれの国の医療・リハビリの流れに合わせて準備する必要がある、と結んでいます3。日本で読むうえでは、この指摘はそのまま当てはまります。
スウェーデンで行われた試験の解析です。対象は104名(平均75歳)。NIHSS 0〜16点、入院2日目のバーセルインデックス50〜100点、病院から30分圏内に住んでいる方が条件で、95%が軽症の脳卒中でした。介入群には作業療法士・理学療法士・看護師のチームが、4週間で週2〜4回(中央値11回)自宅を訪問し、身のまわりの動作、移動、家事、余暇活動を目標に沿って一緒に組み立てました。
結果は、発症3か月時点の応用的な生活動作の指標で介入群のほうが良く(中央値3 対 4.5、p=0.013)、脳卒中インパクトスケールの移動の項目でも差がありました(97 対 86、p=0.040)。ただし12か月時点では有意差が消えており(p=0.071)、入院期間にも有意差はありませんでした(中央値10日 対 12日)。4
在宅でのリハビリそのものを比べた2025年のシステマティックレビュー(46研究を検討、34研究を統合)では、日常生活動作の自立度について、在宅リハビリと病院でのリハビリの間に有意差はなく(標準化平均差0.17、−0.00〜0.34)、通常のケアと比べた場合には差が示されています(1.24、0.69〜1.79、I²=91%)5。つまり「家か病院か」よりも「専門職の関わりがあるかどうか」のほうが、数字の上では大きく効いている可能性があります。
移行期のケアを扱った別のメタアナリシス(4,437名)でも、バーセルインデックスでは差が示された一方、日常生活動作の指標、介護者負担、modified Rankin Scale、死亡では有意な差に届いていません。研究間のばらつきも大きく報告されています6。報告によって結論が揺れている領域だとお考えください。
・患者満足度や応用的な生活動作といった副次的な指標は、確実性が「低い」と評価されています1
・そもそも試験に参加できたのは、入院した脳卒中患者さんの中央値で33%にすぎません。条件に合わない方のほうが多かったという点は重要です1
・入院期間の解析では、研究間のばらつきがかなり大きいことが指摘されています1
・別のメタアナリシスでは、日常生活動作でI²=90%など極端なばらつきがあり、統合結果の解釈には慎重さが必要です3
・介入の定義そのものが研究ごとに異なり、比較できる形になっていないという限界が指摘されています3
・訪問の回数・1回の時間・続ける期間について、「これが最適」と言える基準はまだありません1,3
・コクラン・レビューの著者らは、1年後・5年後の追跡では差が弱くなると述べています。長期的にどうなるかは分かっていません1
・スウェーデンの試験でも、3か月では差があった指標が12か月では有意差を失っています4
・研究の多くは欧州・北米の医療制度を前提としており、日本の回復期リハビリテーション病棟や介護保険の仕組みの中で同じ結果になるかは検証されていません3
・独居の方、認知機能の低下がある方、ご家族の支援が得にくい方について、どこまで当てはまるかは十分に分かっていません
研究全体としては一定の方向性が見えますが、対象者の条件や提供体制が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。とくに「病院と同じ密度で専門職が自宅に入る」という前提が崩れると、研究結果はそのまま参照できなくなります。
研究に参加していた方の条件と、ガイドラインの記載を合わせると、次のような状況が想定されています。
2. 入院初期の日常生活動作が、全介助ではない段階にある方(バーセルインデックス9点超が目安)1
3. 自宅での生活に、具体的な目標(トイレ、入浴、家事、外出など)がある方4
4. 多職種のチームが、退院後も継続して関われる体制が確保できる方1
5. 自宅の環境が、当面の生活動作に対応できる状態にある方
5番目に挙げた住まいの条件は、実際には準備が要る部分です。段差、手すり、動線の見直しについては脳卒中後の住宅改修と環境調整について解説した記事で扱っていますので、退院前の検討材料としてご覧ください。
この住まいの整えという要素については、米国で行われた試験(183名)で、作業療法士が退院後に4回訪問し、住宅の調整と自己管理の練習を行う群と、同じ回数の脳卒中の学習を行う群を比べた報告があります。介護施設への入所や死亡に関する数値に群間差が示されましたが、単一の試験であり、この結果だけで一般化することはできません7。
また、退院の時期と方法を決めるのは主治医とリハビリテーションチームです。ご本人・ご家族が不安を感じている場合は、退院前カンファレンスの場でその不安をそのまま伝えていただくことが、いちばん確実です。
「これが最適」と言える量は決まっていません。ここでは研究とガイドラインで実際に用いられた条件を紹介します。ご自身に当てはめる際は、必ず主治医・リハビリ専門職とご相談ください。
頻度:入院中と同じ強度で週5日
退院後の外来・地域リハビリ:1職種あたり1回60分、週2〜5日
位置づけ:いずれも強い推奨(エビデンスの質は中程度)2
量:4週間で週2〜4回、訪問回数の中央値11回
内容:身のまわりの動作、移動、家事、余暇活動を目標に沿って組み立てる
結果の解釈:3か月時点の応用的な生活動作で差がありましたが、12か月時点では有意差が消えています4
位置づけ:いずれも強い推奨(エビデンスの質は中程度)2
補足:ただしコクラン・レビューでは、介護者の気分・主観的健康感に群間差は示されていません1
ご家族側の負担については、脳卒中後のご家族・介護者への支援について解説した記事で別途扱っています。退院直後は、ご本人だけでなく支える側の負担も一気に増える時期です。
正直にお伝えすると、日本にはESDという名前の制度はありません。回復期リハビリテーション病棟があり、その後は介護保険の訪問リハビリや通所へつながる、という別の流れになっています。ですから海外の数字をそのまま持ち込むことはできません。
それでも、これらの研究から読み取れる原則には、日本でも通用する部分があります。ひとつは「退院後もチームがつながっているかどうか」で結果が変わっていたこと1。もうひとつは、家か病院かという場所の違いよりも、専門職の関わりの有無のほうが数字に表れていたこと5です。退院の日付を決めることと同じくらい、退院した翌週から誰が何をするのかを具体的に決めておくことが大切だ、という読み方ができます。
短期間で動作が変わる方がいる一方、環境調整や支援者間の情報共有に時間を要し、変化がゆるやかな方もいます。早く退院したかどうかだけで判断せず、「自宅で何に困っているか」「誰と連携する必要があるか」を具体化し、課題を小さく分けて進めることを大切にしています。
2. 一方、死亡そのものと再入院には差がなく、バーセルインデックスにも有意差はありません1
3. チームによる調整がない場合、死亡・要介助の差は消えていました1
4. 別のメタアナリシスでは、いずれの指標も統計的に有意な差に届いていません3
5. 重い麻痺のある方、独居の方への当てはまりは確認されておらず、日本の制度での検証もこれからです1,3
6. 退院の時期と進め方は主治医・リハビリチームが判断する事柄です。不安はカンファレンスの場でご相談ください
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Nelson M, Shi J, Lindsay MP, Salbach NM, Yao JK, Timpson D. Canadian Stroke Best Practice Recommendations: Rehabilitation, Recovery and Community Participation Following Stroke. Part One: Stroke Rehabilitation Planning for Optimal Care Delivery, 7th Edition Update 2025. American Journal of Physical Medicine & Rehabilitation. 2026;105(1):59-75. PMID: 41257448.
3. Jee S, Jeong M, Paik NJ, Kim WS, Shin YI, Ko SH. Early Supported Discharge and Transitional Care Management After Stroke: A Systematic Review and Meta-Analysis. Frontiers in Neurology. 2022;13:755316. PMID: 35370909.
4. Björkdahl A, Rafsten L, Petersson C, Sunnerhagen KS, Danielsson A. Effect of very early supported discharge versus usual care on activities of daily living ability after mild stroke: a randomized controlled trial. Journal of Rehabilitation Medicine. 2023;55:jrm12363. PMID: 37615492.
5. Do Y, Lim Y, Jin S, Lee H. Effectiveness of home-based Rehabilitation on Activities of Daily Living in Patients With Stroke: Systematic Review and Meta-Analysis. Physical Therapy. 2025;105(6). PMID: 40167208.
6. Liang S, Xie H, Ye L, Huang C, Yuan F, Tang Y. Supported transitional care applied to stroke survivors: A meta-analysis. Advances in Clinical and Experimental Medicine. 2025;34(4):479-486. PMID: 38860713.
7. Krauss MJ, Holden BM, Somerville E, Blenden G, Bollinger RM, Barker AR. Community Participation Transition After Stroke (COMPASS) Randomized Controlled Trial: Effect on Adverse Health Events. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation. 2024;105(9):1623-1631. PMID: 38772517.
