東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
パーキンソン病のリハビリでは、太極拳や八段錦といった中国由来の運動がよく話題になりますが、「五禽戯(ごきんぎ、Wuqinxi)」という気功体操もあります。結論から先にお伝えすると、ランダム化比較試験やネットワークメタアナリシスで、五禽戯は歩行速度・歩幅・バランス能力・生活の質の指標で前向きな変化が報告されています1,2。ただし、他の気功(太極拳や八段錦など)と比べて五禽戯だけが特別に優れているとまでは言い切れず、研究の質にも限界があります2。この記事では、研究で分かっていることと、まだはっきりしないことを、できるだけ正直に整理します。
五禽戯(ウーチンシー)は、中国の伝統的な気功体操の一つで、虎・鹿・熊・猿・鳥の5種類の動物の動きを模した10の型からなります1。ゆっくりとした全身運動の中に、体重移動・姿勢の切り替え・上下肢の協調運動が含まれており、太極拳や八段錦と同じ「気功(Qigong)」というカテゴリーで研究されています2。
パーキンソン病では、すくみ足や姿勢反射障害、歩幅の減少、二重課題(考えながら歩くなど)でのつまずきやすさが問題になります。気功体操は、ゆっくりとした重心移動と姿勢調整を繰り返す性質から、こうした症状への運動療法として研究の対象になってきました1,2。パーキンソン病のバランス運動全体の考え方は、パーキンソン病のバランス運動と転倒への対応について解説した記事でも整理しています。

五禽戯そのものを対象にした研究はまだ多くありませんが、代表的なランダム化比較試験と、複数の気功を比較したネットワークメタアナリシスがあります。
軽度〜中等度のパーキンソン病患者40人(平均67〜70歳、Hoehn&Yahr重症度分類1〜3)を、五禽戯群とストレッチ群に無作為に割り付け、12週間・週2回・1回90分のプログラムを行いました。評価者は盲検化されています。単純に歩くときの歩行速度は五禽戯群で有意に速くなり(p=0.000)、歩幅も伸びました(p=0.001)。計算をしながら歩く、障害物をまたぐといった二重課題の状況でも歩幅が伸び(p=0.021)、両脚で支える時間の割合が減りました(p=0.004)。立ち上がって歩いて戻る動作(TUGT)は11.43秒から10.05秒に短縮し(p=0.005)、バランス能力の検査(MiniBESTest)は4.48点改善して臨床的に意味のある変化とされる基準に達し(p=0.023)、パーキンソン病専用の生活の質の質問票(PDQ-39)も改善しました(p=0.043)1。
八段錦・気功一般・太極拳・六字訣・易筋経・五禽戯など複数の気功を、通常治療と比較しながら順位づけした解析です。五禽戯は、バランス評価(バーグバランススケール)で改善(平均差2.94点、95%確信区間0.85〜5.04)、TUGTで改善(平均差−3.49秒、95%確信区間−5.67〜−1.44)、生活の質(PDQ-39)で改善(平均差−5.45点、95%確信区間−8.58〜−2.44)と関連づけられました。ただし著者は「ほとんどの気功の種類のあいだで信頼区間が重なっており、統計的に明確な優劣はつけられない」と結論づけています。運動症状全体(UPDRS-III運動スコア)では、八段錦・気功一般・太極拳のほうが良好な順位で、五禽戯は中位という結果でした2。
別の系統的レビューでは、パーキンソン病に対するストレッチ運動の効果は、太極拳や五禽戯といった気功系の運動と比べると相対的に小さい傾向がある、とも報告されています3。全体として、五禽戯は「歩行とバランスに関しては前向きな報告が複数ある」「気功の中で突出して優れているというより、他の気功と同程度に位置づけられる」という段階の運動だと考えられます1,2。
ネットワークメタアナリシスでは、59試験を統合してもエビデンスの確実性は「中程度〜低い」にとどまり、「高い確実性」と評価された比較はありませんでした。個々の試験では、運動という性質上、参加者や実施者を盲検化できない研究が多く、ランダム化比較試験の約半数で盲検化に関する高いバイアスリスクが指摘されています2。五禽戯単独のランダム化比較試験(ref1)も、評価者盲検化はされていますが単施設・40人という小規模な試験です1。
1. 五禽戯が他の気功(太極拳・八段錦など)より優れているといえるか。ネットワークメタアナリシスでは信頼区間が重なっており、明確な優劣は示されていません2。
2. 進行期(Hoehn&Yahr重症度分類4〜5)のパーキンソン病への効果。代表的な試験は重症度1〜3が中心で、進行期での効果は確認されていません1。
3. 長期的な効果の持続。多くの試験が短期アウトカムにとどまり、数か月〜数年単位の追跡は不足しています2。
4. すくみ足や転倒回数そのものへの直接的な効果。歩行速度やバランス検査値の改善は報告されていますが、転倒回数を主要評価項目にした試験は確認できていません1,2。
5. 最適な型の数・頻度・強度。研究間で介入期間・頻度・強度にばらつきがあります2。
研究の数値は、参加した集団の平均的な変化です。パーキンソン病は症状の出方や進行速度に個人差が大きい病気のため、ある研究で報告された改善が、そのままご自身に当てはまるとは限りません。
・TUGT、MiniBESTest、バーグバランススケールなどバランスの検査値1,2
・パーキンソン病専用の生活の質の指標(PDQ-39)1,2
・運動症状全体(UPDRS-III)への効果の大きさ(気功の中では中位)2
・転倒そのものの回数や、進行期での効果1,2
・効果の長期的な持続
全体としては、「五禽戯だから特別」というより「ゆっくりとした重心移動と姿勢調整を繰り返す気功系の運動全般に、歩行・バランス面での一定の効果が期待されている」と捉えるのが実情に近いといえます2。二重課題での練習については、パーキンソン病の二重課題トレーニングについて解説した記事もあわせてご覧ください。

研究の対象は、Hoehn&Yahr重症度分類1〜3の軽度〜中等度のパーキンソン病患者が中心です1。立位や歩行がある程度保たれている段階の運動として研究されており、道具を使わず自宅でも練習しやすい点が利点として挙げられます。有酸素運動全般の効果については、パーキンソン病の有酸素運動について解説した記事もご覧ください。
・強いすくみ足やウェアリングオフ(薬の効果が切れる時間帯の症状悪化)が頻繁にある
・過去半年で複数回転んでいる、転倒でけがをしたことがある
・強いめまい、起立性低血圧(立ちくらみ)、コントロールされていない不整脈がある
・関節や腰・膝に強い痛みがあり、大きな重心移動の動きがつらい
紹介した研究では重い有害事象の報告はありませんが1、片脚に体重を移す・上肢を大きく動かすといった動作が含まれるため、ふらつきが強い時期は、椅子や手すりの支えを使う、座ったままできる範囲から始める、といった配慮が必要です。
下記は研究でよく使われた条件であり、「これが唯一の正解」という意味ではありません。実際の内容は、本人の重症度・体力・生活に合わせて調整します。
・1回の時間:90分程度(準備・整理運動を含む)1
・期間:少なくとも12週間1
・内容:虎・鹿・熊・猿・鳥の動きを模した10の型を、体調に合わせて選んで練習1
大切なのは「型を正確に覚えること」よりも「重心移動と姿勢調整を繰り返す運動を、無理のない範囲で続けること」です2。地域の教室や動画を使った自宅練習など、続けやすい形を選ぶとよいでしょう。

気功系の運動では、型の完成度よりも、安全に体重移動や姿勢の立て直しを練習できることが大切です。すくみ足、疲労、薬の効き方による動きの変化を確認し、支持物のある環境で無理のない範囲から始めます。
本記事は、株式会社Journey Rehabの医療情報記事として作成し、文献内容を2026年9月16日に確認しました。当社の訪問自費リハビリの案内を含みますが、特定の気功教室・運動指導事業者から本記事作成に関する資金提供は受けていません。外部の医師による個別監修は受けていないため、診断や治療方針は主治医へご相談ください。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Xu S, Sun Y, Chen W. Comparative efficacy of traditional Chinese medicine qigong exercise on motor and non-motor outcomes in Parkinson’s disease: a network meta-analysis. Frontiers in Neurology (Front Neurol). 2026. doi:10.3389/fneur.2026.1836123. PMID: 42529480. PMCID: PMC13417681. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42529480/
3. Duñabeitia I, González-Devesa D, Blanco-Martínez N, Ayán-Pérez C. The effects of stretching in Parkinson’s disease: A systematic review of randomized controlled trials. Parkinsonism & Related Disorders (Parkinsonism Relat Disord). 2025. doi:10.1016/j.parkreldis.2025.107796. PMID: 40122719. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40122719/

