東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「薬の調整だけでなく、他にできることはないか」——パーキンソン病のご本人やご家族から、そうしたご相談を受けることがあります。近年、耳や首の皮膚の上から電気刺激を当てる「経皮的迷走神経刺激(tVNS)」という、注射や手術を伴わない方法が研究されています。結論から先にお伝えします。システマティックレビュー・メタアナリシスでは、服薬中の状態で、運動症状の重さ(統合効果量 −0.48)や歩行(−0.48)に小さめの改善がみられた一方1、別のメタアナリシスでは歩く速さには明確な差が出ませんでした2。不安症状についても改善を示した小規模な研究がありますが4,5、言葉を思い出す課題の成績が一時的に下がったという報告もあります1。この記事では、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを、できるだけ正直に整理します。
2. 運動症状・歩行への研究では何が分かっているか
3. 不安症状への研究では何が分かっているか
4. エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
5. どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要か
6. 頻度・期間の目安
7. 訪問リハビリで検討するときの視点
8. よくある質問
9. 参考文献
迷走神経は、脳と内臓・自律神経系をつなぐ太い神経で、心拍・消化・覚醒レベルなど幅広い機能に関わっています。もともとはてんかんやうつ病に対して、首の神経に電極を巻きつけて刺激する「植込み型」の迷走神経刺激が行われてきました。近年研究が進んでいるのは、手術をせず、耳(耳介)や首の皮膚の上から電気刺激を当てる「経皮的迷走神経刺激(tVNS:transcutaneous vagus nerve stimulation)」です。耳に当てる方式は「taVNS」、首に当てる方式は「tcVNS」と呼ばれます。パーキンソン病では、ドパミンの働きだけでなく、アセチルコリンなど別の神経伝達物質の変化も症状に関わるとされており、迷走神経刺激がこうした経路に働きかけることで、運動症状や自律神経症状、不安などの非運動症状に影響する可能性が研究されています3。パーキンソン病の非運動症状全般については、パーキンソン病の起立性低血圧について解説した記事もあわせてご覧ください。

おおまかにまとめると、「小規模なランダム化比較試験(RCT)を統合すると、服薬中の状態で運動症状の重さや歩幅・歩く速さの一部に小さな改善がみられるが、研究間で結果にばらつきがあり、確実性は高くない」という内容です。参加人数はいずれの研究も数十人以下です。
taVNSのパーキンソン病への効果を統合しています。服薬中の状態では、運動症状の重さ(統合効果量 −0.48、95%信頼区間 −0.93〜−0.04)、歩行(−0.48、95%信頼区間 −0.85〜−0.1)、患者さん自身が報告する非運動症状(−0.4、95%信頼区間 −0.78〜−0.03)で、統計的に意味のある改善がみられました。一方、言葉を思い出す課題(言語流暢性)の成績はむしろ低下し、睡眠関連の困りごとや疲労感が悪化する傾向もみられました。著者は「エビデンスの質は低く、さらなる研究が必要」と結論づけています1。
より新しい研究を加えて再解析したものです。運動症状の重さ(MDS-UPDRS運動スコア、平均差 −2.64、95%信頼区間 −4.23〜−1.05)と歩幅(平均差 0.13m、95%信頼区間 0.05〜0.22)で統計的に意味のある改善がみられましたが、歩く速さには明確な差がみられませんでした。研究全体のバイアスリスクは低めと評価された一方、参加人数が少ないため、GRADEという基準でのエビデンスの確実性は「中程度」にとどまるとされています2。
1週間・1日2回のtaVNSで、歩幅や歩く速さの変動が改善したとする小規模なパイロット研究(22人)があります6。刺激の周波数によって効果が変わる可能性を示した研究(30人)では、100Hzでは腕の振りの速さや歩幅が、25Hzでは歩幅や歩く速さ、方向転換にかかる時間が、それぞれ改善したと報告されています7。3週間の在宅taVNSで運動症状スコアが改善し、脳の画像検査上の変化も確認されたとする研究もありますが8、いずれも参加人数は数十人規模にとどまります。
パーキンソン病では、運動症状だけでなく不安症状を伴う方が少なくありません。不安は脳卒中後の不安について解説した記事でも扱っていますが、パーキンソン病でも運動・非運動の両面に影響することが知られています。tVNSはこの不安症状への働きかけとしても研究されています。
不安を伴うパーキンソン病の方30人を、本物のtaVNS群と偽刺激群に分け、2週間の治療を行いました。不安の重さを表すHAMAスコアは、本物のtaVNS群で治療後・追跡時ともに、開始時や偽刺激群と比べて統計的に意味のある低下がみられました(いずれもp<0.01)。あわせて行った脳機能検査でも、言語流暢性課題中の前頭葉の活動パターンに変化がみられたと報告されています5。
「せまい場所で体重を左右に移す」という、不安が高まりやすい場面を想定した課題を使い、本物のtaVNSと偽刺激を比べています。せまい条件では、本物のtaVNSのほうが、体重移動の誤差が小さく、皮膚の発汗反応(生理的な不安の指標)も小さくなりました。ただし、せまさの制約がない条件では差がみられませんでした。著者は「予備的な結果であり、即時的な効果のみを検討したもの」としています4。
前向きな結果はありますが、根拠の質にはいくつかの弱点があります。研究に含まれた対象者はいずれも数十人規模で、含まれた研究の半数以上で、割り当ての隠蔽や盲検化など何らかのバイアスリスクの懸念が指摘されています1。刺激する部位・周波数・強度・期間は研究ごとに異なり、どの設定が最も効果的かは定まっていません1,3。運動症状に関するメタアナリシスでも、GRADE基準でのエビデンスの確実性は「中程度」にとどまっています2。移動障害学会などの専門家によるレビューも「より大規模で標準化されたRCTが必要」と明記しています3。
1. どの病期・重症度の方に向くか。研究対象は軽度〜中等度が中心で、進行期や認知機能低下がある方でのデータは十分ではありません。
2. 最適な「量」と設定。刺激部位、周波数、1回の時間、期間の組み合わせが研究ごとに異なり、最適解は定まっていません1,3。
3. 効果の持続期間。多くの研究は数日〜数週間の短期観察で、数か月・数年単位で効果が続くかは分かっていません3。
4. 言語流暢性や睡眠・疲労への悪影響が生じる仕組みと、これを避ける方法1。
5. 服薬治療や運動療法と組み合わせたときに、上乗せの意味があるかどうか。
研究の数値は集団の平均的な変化です。対象者の病期・重症度・服薬状況、刺激の設定が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではなく、個人の結果を保証するものではありません。
研究では、軽度〜中等度のパーキンソン病で、運動症状や不安症状があり、植込み型の刺激のような侵襲的な治療をまだ望まない方が主な対象です1,2,5。taVNS・tcVNSは病院や研究施設で行われる方法で、機器や条件は研究ごとに異なります。市販の家庭用電気刺激機器を自己判断で使うことは想定されていません。
・不整脈やその他のコントロールされていない心疾患がある
・妊娠中である
・耳や首の皮膚に傷、炎症、感覚障害がある
・てんかんの既往がある
・認知機能の低下が進んでおり、刺激中の体調変化を自分で伝えることが難しい
研究では重い有害事象の報告は多くありませんが8、言語流暢性の低下や睡眠・疲労の悪化といった好ましくない変化も一部で報告されています1。体調の変化があれば早めに担当者へ伝えることが大切です。
下記は「研究でよく使われた設定」であって、「これが唯一の正解」という意味ではありません。実際の設定は、症状や体調に合わせて専門職が判断します。
・期間:短いもので1週間、長いもので3週間程度の研究が中心1,6,8
・刺激部位:耳介(taVNS)または首(tcVNS)3
・周波数:研究により20Hz前後〜100Hzまで幅があり、周波数で効果の出方が変わる可能性が示されている7
・組み合わせ:多くの研究は通常の服薬治療を継続した上での上乗せ効果を検討している1,2


tVNSについてご相談がある場合は、まず「研究段階の方法で、現時点で確認された効果は小さく、確実性も高くない」という要点を共有することが大切です。そのうえで、運動症状・不安・生活のどの部分に困っているかを整理し、運動療法や、パーキンソン病のバランス運動の進め方について解説した記事のような根拠の厚い選択肢から優先して組み立てます。新しい方法は、既存の治療を止めず、主治医と相談しながら検討します。「機器を試すこと」自体を目的にせず、生活のどこをどう変えたいかを確認することが出発点です。
本記事は、株式会社Journey Rehab代表の作業療法士・田中 光が執筆し、文献内容を2026年9月11日に確認しました。当社の訪問自費リハビリの案内を含みますが、特定の医療機器メーカーから本記事作成に関する資金提供は受けていません。外部の医師による個別監修は受けていないため、診断や治療方針は主治医へご相談ください。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Liu C, Jin Y, Lin H, Zheng Y, Gao Q, Huang T. Effects of transcutaneous auricular vagus nerve stimulation on motor and gait performance in Parkinson's disease: a meta-analysis of randomized controlled trials. Journal of Neurology (J Neurol). 2026. doi:10.1007/s00415-026-13738-9. PMID: 41805933. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41805933/
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8. Wang R, Liu M, Liu Q, You Y, Li X, Chen Y, Liu Y, Wang J, Wang M, Wang X, Yin Z, Chen JD, Li X, Wang H. Home-based transcutaneous auricular vagus nerve stimulation (taVNS) improves motor and non-motor symptoms by improving autonomic and brain functions in patients with Parkinson's disease: A randomized clinical trial. Neurotherapeutics. 2026. doi:10.1016/j.neurot.2026.e00832. PMID: 41549029. PMCID: PMC12976552. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41549029/
