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多発性硬化症の痙縮管理とリハビリとは?研究と限界を正直に解説

神経難病情報 読了目安 約12分 文・田中 光(作業療法士)
田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表

田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立

多発性硬化症の痙縮管理とリハビリとは?研究と限界を正直に解説
公開日:2026年9月15日/最終更新:2026年9月15日

多発性硬化症(MS)では、6〜8割以上の方が経過のどこかで痙縮(筋の突っ張り・つっぱり感)を経験するとされ1、歩行や生活動作、睡眠、痛みにまで影響することがあります。「毎日しっかりストレッチをしないと悪化する」というイメージを持たれがちですが、2024年に発表された大規模なランダム化比較試験では、ストレッチを中心にした標準的なプログラムと、関節可動域運動を中心にしたプログラムとで、痙縮への影響に差がないという結果が示されました1。一方で、理学療法・運動療法全体としては一定の恩恵を示す報告がある一方、エビデンスの質は「低い」にとどまっています2,3。この記事では、研究で分かっていることと、まだはっきりしないことを整理します。

SECTION 01
MSの痙縮とは何か

痙縮とは、速く動かそうとするほど筋肉の抵抗が強くなる、不随意な筋緊張の異常のことです。MSでは、脳や脊髄の神経の伝わり方が障害されることで、下肢を中心に痙縮が現れやすいとされています。筋肉自体にも構造的な変化(線維化・弾力低下)が起こることがあり、痙縮は「神経の問題」と「筋・腱の問題」が絡み合った状態と考えられています1。歩行や着替え、睡眠、痛みなど生活のさまざまな場面に影響することがあるため、管理の方法が長年研究されてきました。

多発性硬化症の方が専門職の見守りで座位の関節可動域運動を行う場面
ストレッチだけに偏らず、痛みや疲労を確認しながら関節可動域運動を組み合わせます。(場面イメージ)
SECTION 02
ストレッチは本当に必須か(2024年の大規模RCT)

「痙縮にはストレッチ」という考え方は、長年、専門家の意見をもとにしたガイドラインで第一選択として推奨されてきました。しかし、この考え方を検証した質の高い研究はこれまでほとんどありませんでした。

ランダム化比較試験(2024年・Multiple Sclerosis Journal・単一施設・評価者盲検・231人)

下肢に痙縮のある歩行可能なMS患者231人を対象に、教育とストレッチ運動を組み合わせたプログラム(STC)と、教育と関節可動域(ROM)運動を組み合わせたプログラムを比較したRCTです(臨床試験登録番号NCT03166930)。主要評価項目のMultiple Sclerosis Spasticity Scale(MSSS)スコアは、介入1ヶ月後の時点で両群に有意差はありませんでした(群間差0.28、95%信頼区間−9.45〜10.01、p=0.955)。一方で、どちらの群でも1ヶ月・6ヶ月後にMSSSスコアやその他多くの評価指標が有意に改善しました。著者は「ストレッチを中心にしたプログラムと、関節可動域運動を中心にしたプログラムは、同程度にMSの痙縮を改善しうる」とし、「ストレッチが痙縮管理に必須であるという考え方には根拠が乏しい」と結論づけています1

重要なのは、「ストレッチが無意味」という結果ではなく、「ストレッチでなければならない理由が確認できなかった」という点です。教育を受けながら体を動かす習慣そのものが、痙縮の自己申告に良い影響を与えていた可能性があります1

SECTION 03
理学療法・運動療法全体では何が示されているか
システマティックレビュー・メタアナリシス(2018年・AJPMR誌・29試験)

運動療法・電気刺激・体外衝撃波・振動・立位練習など、理学療法的な介入がMSの痙縮に与える効果をまとめたレビューです。29試験(うち25試験でメタ解析)を統合した結果、指標によって効果あり・効果なしが分かれる結果でした。もっとも質の高いエビデンスが示されたのは、ロボット支援歩行練習が自己申告の痙縮に、外来運動プログラムが筋緊張(アシュワーススケール)に、それぞれ良い方向の効果を示した点です。著者は「理学療法は安全で有益な選択肢になりうるが、痙縮全体への効果については確固たる結論は出せない」としています3

コクランレビューの統合報告(2019年・15件のコクランレビュー・RCT164件・10,396人)

MSのリハビリに関する既存のコクランレビュー15件(RCT164件、参加者10,396人)を横断的にまとめた報告です。運動療法・身体活動は、移動能力や筋力といった機能面、疲労といった心身機能面、QOLといった参加面で「中程度の質」のエビデンスにより改善が支持されました。一方、痙縮に対する症状管理プログラムについては「低い質」のエビデンスにとどまり、一部のアウトカムで改善が示唆されるにとどまっています2

つまり、運動療法・理学療法はMSのリハビリ全体としては比較的しっかりした根拠がある一方、「痙縮」という症状だけに絞ると、まだ研究の質が追いついていないのが現状です2,3

多発性硬化症の方が安定した台を支えに立位練習を行う場面
立位や歩行の練習は、転倒リスクとその日の体調に合わせて安全を確保します。(場面イメージ)
SECTION 04
ボツリヌス療法と理学療法の組み合わせ

局所的な痙縮が強い場合は、ボツリヌス毒素注射が用いられることがあります。理学療法を組み合わせることで、注射単独より効果が高まるかを検討した研究もあります。

単盲検ランダム化比較パイロット試験(2007年・Clinical Rehabilitation・38人)

進行型MSで局所的な痙縮のある38人を対象に、ボツリヌス毒素A型注射単独と、注射に理学療法(他動・自動運動とストレッチ)を追加した群を比較した単盲検RCTです。追加群は、Modified Ashworth Scale(筋緊張の指標)が注射単独群より改善し、2週・4週・12週いずれの時点でも統計的に有意な差が見られました(p<0.01)。視覚アナログスケールによる主観的評価でも、4週・12週時点で追加群がより効果的でした。著者は「ボツリヌス療法と理学療法の併用が、注射単独より全体的な反応を高める可能性がある」と結論づけています4

この研究は38人規模のパイロット試験であり、結果は今後より大規模な研究での確認が必要です4。とはいえ、「薬物療法か理学療法か」という二択ではなく、組み合わせて考える視点は臨床的に参考になります。

SECTION 05
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと

2024年の大規模RCTは、事前に必要な参加者数を計算したうえで実施され、評価者盲検・臨床試験登録済みという、方法論的にしっかりした研究です1。一方で、単一施設での実施であり、コロナ禍で対面から遠隔に途中で切り替わった点、対象が「歩行可能で下肢の痙縮がある方」に限られる点には注意が必要です。理学療法全体のレビューも「痙縮というアウトカムに絞ると確固たる結論は出せない」としており3、コクランレビューの統合報告でも痙縮の症状管理プログラムは「低い質」のエビデンスと評価されています2

まだ分かっていないこと

1. 車椅子を使用する方や、より重度の痙縮がある方でも同じ結果になるかは、十分に検証されていません1
2. どの運動療法の種類・強度・頻度が痙縮に最も効果的かは、研究間のばらつきが大きく定まっていません2,3
3. ボツリヌス療法と理学療法の併用効果は、小規模なパイロット試験にとどまり、大規模な確認が必要です4
4. ストレッチ以外の要素(教育・運動習慣づくり)のどの部分が症状改善に寄与しているかは、まだ分かっていません1

研究の数値は集団の平均的な傾向です。MSの病型や進行度、痙縮の部位・強さ、他の症状(疲労・筋力低下など)との重なりによって、合う方法は一人ひとり異なります。この記事の内容を自己判断で当てはめず、主治医・リハビリ専門職と相談しながら進めることが大切です。

SECTION 06
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
研究で前向きな変化が報告されているもの
・教育+運動(ストレッチでもROM運動でも)による痙縮の自己申告スコアの改善1
・ロボット支援歩行練習による自己申告の痙縮3
・外来運動プログラムによる筋緊張(アシュワーススケール)3
・ボツリヌス療法への理学療法の追加による反応の向上4
変わりにくい・はっきりしないもの
・ストレッチが他の運動より優れているという根拠1
・痙縮というアウトカムに絞ったときの理学療法全体の確固たる効果2,3
・重度痙縮・非歩行者での効果の再現性1

大切なのは「ストレッチさえすればよい」と考えるのではなく、教育・運動習慣・必要に応じた薬物療法を組み合わせて考えることです。MS全体の運動療法の位置づけについては多発性硬化症の運動療法について解説した記事もあわせてご覧ください。

SECTION 07
どんな人に注意が必要か

2024年の大規模RCTは、歩行が自立している方を対象としています1。歩行が難しい方や、痙縮に加えて強い疲労・バランス低下がある方は、疲労管理やバランス練習も含めて総合的に考える必要があります。疲労については多発性硬化症の疲労とリハビリについて解説した記事、バランス低下や転倒リスクについては多発性硬化症のバランスと転倒について解説した記事もご覧ください。

⚠ 次のような場合は、自己判断で運動量を増やさず、必ず主治医・専門職に確認してください

・急な症状の悪化(再発)が疑われる場合
・熱に弱い体質(ウートフ現象)があり、運動で体温が上がりやすい場合
・強い痛みや、これまでと違う筋緊張の変化がある場合
・バランスが不安定で、転倒のリスクが高いと感じる場合
・ボツリヌス療法など医療処置を受けている、または検討している場合
多発性硬化症の方と専門職が自宅で運動計画を相談する場面
痙縮だけでなく疲労、暑さへの反応、睡眠、生活目標を含めて計画を調整します。(場面イメージ)
SECTION 08
訪問リハビリで検討するときの視点
臨床判断で確認する視点

痙縮の管理を検討するときは、まず主治医から出されている薬物療法(内服・ボツリヌス療法など)の状況を確認します。そのうえで、痙縮が生活のどの場面(歩行・着替え・睡眠など)に影響しているかを評価し、「研究で一定の効果が示されている部分(教育+運動習慣、ロボット支援歩行練習など)」と「まだはっきりしない部分(どの運動が最も優れているか)」を分けて説明することを大切にしています。ストレッチだけにこだわらず、本人が続けやすい運動の形を一緒に探し、熱や疲労への配慮も含めて全身の状態を見ながら調整する関わりを基本にしています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療を推奨するものではありません。痙縮の管理方法は、MSの病型・進行度・症状の組み合わせによって異なります。実施を検討する際は、必ず主治医・担当のリハビリ専門職にご相談ください。研究データは執筆時点のもので、今後の研究で評価が変わる可能性があります。
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執筆・確認と運営上の立場

本記事は、株式会社Journey Rehab代表の作業療法士・田中 光が執筆し、文献内容を2026年9月15日に確認しました。当社の訪問自費リハビリの案内を含みますが、特定の医療機器・治療メーカーから本記事作成に関する資金提供は受けていません。外部の医師による個別監修は受けていないため、診断や治療方針は主治医へご相談ください。

田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表

執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
・2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
・第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
・田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1). 日本老年療法学会.

FAQ
よくある質問
Q. ストレッチをやめてもよいということですか?
A. 「やめてよい」という結論ではありません。2024年のRCTは、ストレッチと関節可動域運動のどちらも同程度に痙縮の自己申告を改善したという結果であり、「体を動かす習慣自体」が大切だと解釈されています1。今行っている運動をやめる前に、必ず担当のリハビリ専門職にご相談ください。
Q. 理学療法だけで痙縮は十分に管理できますか?
A. 理学療法・運動療法には一定の恩恵を示す報告がありますが、痙縮というアウトカムに絞ると、まだエビデンスの質は高くありません2,3。症状の程度によっては、薬物療法(内服・ボツリヌス療法など)との組み合わせが検討されます。
Q. ボツリヌス注射を受けたら、リハビリは不要ですか?
A. 小規模な研究ですが、ボツリヌス療法に理学療法を組み合わせた方が、注射単独より反応が良かったという報告があります4。注射後もリハビリを継続するかは、主治医と相談して決めることをおすすめします。
Q. 運動をすると熱っぽくなって症状が悪化する気がします。
A. MSでは体温上昇により一時的に症状が強く感じられること(ウートフ現象)があります。運動の強度や環境(室温・時間帯)を調整することで対応できる場合が多いため、担当のリハビリ専門職にご相談ください。
Q. 車椅子を使っていますが、この記事の内容は当てはまりますか?
A. 今回ご紹介した大規模RCTは、歩行が自立している方が対象です1。車椅子を使用する方や、より重度の痙縮がある方への効果は十分に検証されていないため、担当医・リハビリ専門職と個別に相談することをおすすめします。
Q. どのくらいの頻度で運動すればよいですか?
A. 研究では週1〜2回の教室形式のプログラムに加え、自宅での練習が組み合わされていますが、最適な頻度・強度は確立していません1,2。無理のない範囲で継続することを優先し、量の調整は専門職と相談してください。
REFERENCES
参考文献
1. Hugos CL, Joos SK, Perumean-Chaney SE, Cutter GR, Cameron MH. Stretching is not essential for managing MS spasticity: A randomized controlled trial. Mult Scler. 2024. doi:10.1177/13524585231215960. PMID: 38140847. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38140847/

2. Amatya B, Khan F, Galea M. Rehabilitation for people with multiple sclerosis: an overview of Cochrane Reviews. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2019. doi:10.1002/14651858.CD012732.pub2. PMID: 30637728. PMCID: PMC6353175. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30637728/

3. Etoom M, Khraiwesh Y, Lena F, Hawamdeh M, Hawamdeh Z, Centonze D, Foti C. Effectiveness of Physiotherapy Interventions on Spasticity in People With Multiple Sclerosis: A Systematic Review and Meta-Analysis. Am J Phys Med Rehabil. 2018. doi:10.1097/PHM.0000000000000970. PMID: 29794531. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29794531/

4. Giovannelli M, Borriello G, Castri P, Prosperini L, Pozzilli C. Early physiotherapy after injection of botulinum toxin increases the beneficial effects on spasticity in patients with multiple sclerosis. Clinical Rehabilitation. 2007. doi:10.1177/0269215507072772. PMID: 17613573. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17613573/

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