東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
多発性硬化症(MS)では、6〜8割以上の方が経過のどこかで痙縮(筋の突っ張り・つっぱり感)を経験するとされ1、歩行や生活動作、睡眠、痛みにまで影響することがあります。「毎日しっかりストレッチをしないと悪化する」というイメージを持たれがちですが、2024年に発表された大規模なランダム化比較試験では、ストレッチを中心にした標準的なプログラムと、関節可動域運動を中心にしたプログラムとで、痙縮への影響に差がないという結果が示されました1。一方で、理学療法・運動療法全体としては一定の恩恵を示す報告がある一方、エビデンスの質は「低い」にとどまっています2,3。この記事では、研究で分かっていることと、まだはっきりしないことを整理します。
2. ストレッチは本当に必須か(2024年の大規模RCT)
3. 理学療法・運動療法全体では何が示されているか
4. ボツリヌス療法と理学療法の組み合わせ
5. エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
6. 何が変わりやすく、何は変わりにくいか
7. どんな人に注意が必要か
8. 訪問リハビリで検討するときの視点
9. よくある質問
10. 参考文献
痙縮とは、速く動かそうとするほど筋肉の抵抗が強くなる、不随意な筋緊張の異常のことです。MSでは、脳や脊髄の神経の伝わり方が障害されることで、下肢を中心に痙縮が現れやすいとされています。筋肉自体にも構造的な変化(線維化・弾力低下)が起こることがあり、痙縮は「神経の問題」と「筋・腱の問題」が絡み合った状態と考えられています1。歩行や着替え、睡眠、痛みなど生活のさまざまな場面に影響することがあるため、管理の方法が長年研究されてきました。

「痙縮にはストレッチ」という考え方は、長年、専門家の意見をもとにしたガイドラインで第一選択として推奨されてきました。しかし、この考え方を検証した質の高い研究はこれまでほとんどありませんでした。
下肢に痙縮のある歩行可能なMS患者231人を対象に、教育とストレッチ運動を組み合わせたプログラム(STC)と、教育と関節可動域(ROM)運動を組み合わせたプログラムを比較したRCTです(臨床試験登録番号NCT03166930)。主要評価項目のMultiple Sclerosis Spasticity Scale(MSSS)スコアは、介入1ヶ月後の時点で両群に有意差はありませんでした(群間差0.28、95%信頼区間−9.45〜10.01、p=0.955)。一方で、どちらの群でも1ヶ月・6ヶ月後にMSSSスコアやその他多くの評価指標が有意に改善しました。著者は「ストレッチを中心にしたプログラムと、関節可動域運動を中心にしたプログラムは、同程度にMSの痙縮を改善しうる」とし、「ストレッチが痙縮管理に必須であるという考え方には根拠が乏しい」と結論づけています1。
重要なのは、「ストレッチが無意味」という結果ではなく、「ストレッチでなければならない理由が確認できなかった」という点です。教育を受けながら体を動かす習慣そのものが、痙縮の自己申告に良い影響を与えていた可能性があります1。
運動療法・電気刺激・体外衝撃波・振動・立位練習など、理学療法的な介入がMSの痙縮に与える効果をまとめたレビューです。29試験(うち25試験でメタ解析)を統合した結果、指標によって効果あり・効果なしが分かれる結果でした。もっとも質の高いエビデンスが示されたのは、ロボット支援歩行練習が自己申告の痙縮に、外来運動プログラムが筋緊張(アシュワーススケール)に、それぞれ良い方向の効果を示した点です。著者は「理学療法は安全で有益な選択肢になりうるが、痙縮全体への効果については確固たる結論は出せない」としています3。
MSのリハビリに関する既存のコクランレビュー15件(RCT164件、参加者10,396人)を横断的にまとめた報告です。運動療法・身体活動は、移動能力や筋力といった機能面、疲労といった心身機能面、QOLといった参加面で「中程度の質」のエビデンスにより改善が支持されました。一方、痙縮に対する症状管理プログラムについては「低い質」のエビデンスにとどまり、一部のアウトカムで改善が示唆されるにとどまっています2。
つまり、運動療法・理学療法はMSのリハビリ全体としては比較的しっかりした根拠がある一方、「痙縮」という症状だけに絞ると、まだ研究の質が追いついていないのが現状です2,3。

局所的な痙縮が強い場合は、ボツリヌス毒素注射が用いられることがあります。理学療法を組み合わせることで、注射単独より効果が高まるかを検討した研究もあります。
進行型MSで局所的な痙縮のある38人を対象に、ボツリヌス毒素A型注射単独と、注射に理学療法(他動・自動運動とストレッチ)を追加した群を比較した単盲検RCTです。追加群は、Modified Ashworth Scale(筋緊張の指標)が注射単独群より改善し、2週・4週・12週いずれの時点でも統計的に有意な差が見られました(p<0.01)。視覚アナログスケールによる主観的評価でも、4週・12週時点で追加群がより効果的でした。著者は「ボツリヌス療法と理学療法の併用が、注射単独より全体的な反応を高める可能性がある」と結論づけています4。
この研究は38人規模のパイロット試験であり、結果は今後より大規模な研究での確認が必要です4。とはいえ、「薬物療法か理学療法か」という二択ではなく、組み合わせて考える視点は臨床的に参考になります。
2024年の大規模RCTは、事前に必要な参加者数を計算したうえで実施され、評価者盲検・臨床試験登録済みという、方法論的にしっかりした研究です1。一方で、単一施設での実施であり、コロナ禍で対面から遠隔に途中で切り替わった点、対象が「歩行可能で下肢の痙縮がある方」に限られる点には注意が必要です。理学療法全体のレビューも「痙縮というアウトカムに絞ると確固たる結論は出せない」としており3、コクランレビューの統合報告でも痙縮の症状管理プログラムは「低い質」のエビデンスと評価されています2。
1. 車椅子を使用する方や、より重度の痙縮がある方でも同じ結果になるかは、十分に検証されていません1。
2. どの運動療法の種類・強度・頻度が痙縮に最も効果的かは、研究間のばらつきが大きく定まっていません2,3。
3. ボツリヌス療法と理学療法の併用効果は、小規模なパイロット試験にとどまり、大規模な確認が必要です4。
4. ストレッチ以外の要素(教育・運動習慣づくり)のどの部分が症状改善に寄与しているかは、まだ分かっていません1。
研究の数値は集団の平均的な傾向です。MSの病型や進行度、痙縮の部位・強さ、他の症状(疲労・筋力低下など)との重なりによって、合う方法は一人ひとり異なります。この記事の内容を自己判断で当てはめず、主治医・リハビリ専門職と相談しながら進めることが大切です。
・ロボット支援歩行練習による自己申告の痙縮3
・外来運動プログラムによる筋緊張(アシュワーススケール)3
・ボツリヌス療法への理学療法の追加による反応の向上4
・痙縮というアウトカムに絞ったときの理学療法全体の確固たる効果2,3
・重度痙縮・非歩行者での効果の再現性1
大切なのは「ストレッチさえすればよい」と考えるのではなく、教育・運動習慣・必要に応じた薬物療法を組み合わせて考えることです。MS全体の運動療法の位置づけについては多発性硬化症の運動療法について解説した記事もあわせてご覧ください。
2024年の大規模RCTは、歩行が自立している方を対象としています1。歩行が難しい方や、痙縮に加えて強い疲労・バランス低下がある方は、疲労管理やバランス練習も含めて総合的に考える必要があります。疲労については多発性硬化症の疲労とリハビリについて解説した記事、バランス低下や転倒リスクについては多発性硬化症のバランスと転倒について解説した記事もご覧ください。
・熱に弱い体質(ウートフ現象)があり、運動で体温が上がりやすい場合
・強い痛みや、これまでと違う筋緊張の変化がある場合
・バランスが不安定で、転倒のリスクが高いと感じる場合
・ボツリヌス療法など医療処置を受けている、または検討している場合

痙縮の管理を検討するときは、まず主治医から出されている薬物療法(内服・ボツリヌス療法など)の状況を確認します。そのうえで、痙縮が生活のどの場面(歩行・着替え・睡眠など)に影響しているかを評価し、「研究で一定の効果が示されている部分(教育+運動習慣、ロボット支援歩行練習など)」と「まだはっきりしない部分(どの運動が最も優れているか)」を分けて説明することを大切にしています。ストレッチだけにこだわらず、本人が続けやすい運動の形を一緒に探し、熱や疲労への配慮も含めて全身の状態を見ながら調整する関わりを基本にしています。
本記事は、株式会社Journey Rehab代表の作業療法士・田中 光が執筆し、文献内容を2026年9月15日に確認しました。当社の訪問自費リハビリの案内を含みますが、特定の医療機器・治療メーカーから本記事作成に関する資金提供は受けていません。外部の医師による個別監修は受けていないため、診断や治療方針は主治医へご相談ください。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Amatya B, Khan F, Galea M. Rehabilitation for people with multiple sclerosis: an overview of Cochrane Reviews. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2019. doi:10.1002/14651858.CD012732.pub2. PMID: 30637728. PMCID: PMC6353175. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30637728/
3. Etoom M, Khraiwesh Y, Lena F, Hawamdeh M, Hawamdeh Z, Centonze D, Foti C. Effectiveness of Physiotherapy Interventions on Spasticity in People With Multiple Sclerosis: A Systematic Review and Meta-Analysis. Am J Phys Med Rehabil. 2018. doi:10.1097/PHM.0000000000000970. PMID: 29794531. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29794531/
4. Giovannelli M, Borriello G, Castri P, Prosperini L, Pozzilli C. Early physiotherapy after injection of botulinum toxin increases the beneficial effects on spasticity in patients with multiple sclerosis. Clinical Rehabilitation. 2007. doi:10.1177/0269215507072772. PMID: 17613573. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17613573/

