多発性硬化症(MS)の疲労とリハビリとは?運動・エネルギー管理への研究と限界を正直に解説

· 神経難病情報
田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
多発性硬化症(MS)の疲労とリハビリとは?運動・エネルギー管理への研究と限界を正直に解説
公開日:2026年7月26日|最終確認日:2026年7月26日
「一日の後半になると全身が鉛のように重い」「見た目は元気なのに、疲れやすくて予定が組めない」——多発性硬化症(たはつせいこうかしょう、MS)の方の多くが、この「疲労」に悩まされます。MSの疲労は、休んでも取れにくく、周りから分かりにくい「見えない症状」です。結論から正直にお伝えすると、運動療法(うんどうりょうほう)や、エネルギーの使い方を整える関わりで、疲労がやわらぐ可能性が研究で示されています。ただし効果は中くらいで、すべての方に同じように当てはまるわけではありません。この記事では、作業療法士の立場から、運動と運動以外の方法それぞれで何が分かっていて、何がまだ分かっていないのかを整理します。
日中の疲れやすさについて作業療法士と落ち着いて話す場面
疲労は外から見えにくいため、時間帯・活動・休息との関係を言葉にして整理します。
SECTION 01
MSの疲労とは(見えない症状)
MSは、脳や脊髄の神経を包む「髄鞘(ずいしょう)」に炎症が起こり、神経の信号がうまく伝わりにくくなる病気です。手足の動かしにくさ、しびれ、ふらつき、目の見えにくさなど症状はさまざまですが、その中でも「疲労(fatigue)」は、最も多く、生活への影響が大きい症状の一つとされています。
MSの疲労は、いわゆる「頑張りすぎた後の疲れ」とは少し違います。十分に休んでも取れにくく、体温が上がる場面や午後にかけて強くなりやすい特徴があります。見た目では分かりにくいため、周囲に理解されづらいつらさもあります。運動や生活の全体像については、多発性硬化症の運動療法について解説した記事もあわせてご覧ください。
SECTION 02
運動療法は疲労に有用とされているのか
「疲れやすいのに運動して大丈夫?」——これはとても自然な不安です。しかし研究の結果は、むしろ逆の傾向を示しています。
コクランレビュー(複数の試験をまとめた最上位の研究)
MSの疲労を扱った研究をまとめたコクランレビュー(メタ解析は26試験)では、運動療法を行った群は、行わない群にくらべて疲労が中くらいの大きさでやわらいでいました(標準化平均差 SMD -0.53)1。とくに、持久系の運動(有酸素運動)や、複数の運動を組み合わせた「混合トレーニング」で、まとまった傾向が見られました。安全性についても、運動によってMSの再発が増えたという結果はなく、研究チームは「MSの人に運動療法は害なく処方できる」と述べています。
Heine 2015(Cochrane Database Syst Rev)
より新しいネットワークメタアナリシス(31試験・約1,232人)では、運動の種類を比べ、筋力トレーニング(レジスタンス運動)が疲労をやわらげる効果が最も大きい可能性(SMD -0.91)が示されました2。8週間より長く続けたときや、女性でとくにまとまった傾向でした。ただしこの研究では、生活の質(QOL)全体の底上げは、はっきりとは示されませんでした。運動の種類による差はまだ研究途上で、「これが唯一の正解」と言い切れる段階ではありません。
涼しい室内で休憩と水分を準備し、軽い自転車運動を行う場面
低〜中強度から始め、体温上昇や翌日に残る疲れを見ながら休憩を組み込みます。
SECTION 03
運動以外の方法(教育・エネルギー管理・CBT)
疲労への対応は、運動だけではありません。「エネルギーの使い方を整える」関わりも研究されています。
MSの疲労に対する患者教育プログラムをまとめたシステマティックレビュー(15試験・1,473人)では、認知行動療法(CBT)や、エネルギー節約法(energy conservation=一日の活動に優先順位をつけ、休息を計画的に挟む工夫)を中心とした教育により、疲労の重さがやわらぐ傾向(SMD -0.28、確実性は低い)と、疲労が生活に与える影響のやわらぎ(SMD -0.21、確実性は中程度)が報告されています4
また、行動的・運動的な介入を比べたレビュー(34試験)では、運動介入の疲労への効果(SMD -0.84)が、行動介入(-0.37)や両者の組み合わせ(-0.16)より大きめでした。一方で、専門職がかける時間あたりの効率という観点では、ウェブを使ったCBTや、バランス・複数要素の運動などが実行しやすい候補として挙げられています3
つまり、「運動」と「エネルギーの使い方の工夫」は、どちらか一方ではなく、組み合わせて考えるのが現実的です。自分でうまく付き合っていく視点については、セルフマネジメント(自己管理支援)について解説した記事も参考になります。
SECTION 04
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
研究結果を正しく受け取るために、限界もお伝えします。コクランレビューの著者らは、「多くの試験が、実際に強い疲労のある人を対象にしていなかった」「疲労を主要な目標に定めていなかった」ことを限界として挙げています1。また試験間のばらつき(異質性)が大きく、運動の種類・量が研究ごとに異なります。
まだ分かっていないこと
・どのタイプ・重症度の方に、どの運動が最も合うのかは十分に確立していません1,2
・最適な強度・時間・頻度・期間の「正解」は定まっていません。
・効果が長期間(数年)続くのか、疲労の再燃を防げるのかは、まだよく分かっていません4
・生活の質(QOL)全体への上乗せは、はっきりとは示されていません2
・教育・エネルギー節約の効果は、確実性が低〜中程度にとどまります4
SECTION 05
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
変わりやすいと報告されていること
・自分で感じる疲労の重さ(有酸素・筋トレ・混合運動で中くらいの変化)1,2
・疲労が生活や活動に与える影響(教育・エネルギー管理で小さめの変化)4
・体力や歩ける距離など、運動に伴う身体面
変わりにくい・運動だけでは難しいこと
・疲労そのものを完全になくすこと
・生活の質(QOL)全体の大きな底上げ2
・病気の進行そのものを変えること(疲労対策は症状への関わりで、根本治療ではありません)
SECTION 06
どんな人に向き、どんな人は注意が必要か
運動やエネルギー管理は、症状が落ち着いている時期に、生活のしやすさを保ちたい方に取り入れやすい選択肢です。一方で、次のような場合は主治医・リハビリ専門職に相談してから進めてください。
注意したい場面
・新しいしびれ・脱力・視力低下、症状の明らかな悪化が24時間以上続く場合は、疲労だけと決めつけず主治医へ連絡します
・発熱や感染が疑われるときは、運動を休み原因の確認を優先します
・体温が上がると症状が一時的に強くなりやすい方がいます。暑い環境や高強度の運動では、こまめな休憩・水分・体を冷やす工夫を取り入れます
・強いふらつき・転びやすさがある場合は、支えや環境を整えてから行います
・「疲れても頑張り続ける」進め方は避け、休息を計画に組み込みます
SECTION 07
頻度・強度の目安とペーシング
研究でよく用いられる進め方の目安です。体調・体温・その日の疲労に合わせた調整が前提です1,2
頻度:週に2〜3回、数週間以上続ける(長く続けるほどまとまった傾向)
強さ:低〜中強度から始め、翌日に強い疲れを持ち越さない範囲で少しずつ調整
内容:有酸素運動・軽い筋トレ・組み合わせのいずれか。続けやすさを優先
ペーシング:一日の活動に優先順位をつけ、休息を先回りして予定に入れる
通院が負担な方には、自宅やオンラインでの運動指導も選択肢です。MSでも遠隔での運動は研究が進んでいます。進め方の参考として、遠隔リハビリ(テレリハビリ)について解説した記事もご覧ください。
SECTION 08
研究を生活に当てはめるときの考え方
活動を減らすだけが目的ではありません
エネルギー管理では、やりたい活動をすべて諦めるのではなく、優先順位を決め、道具や姿勢を変え、疲れる前に短い休息を入れます。疲労の記録は、時間帯・活動内容・睡眠・暑さ・翌日の影響を簡単に残すと調整に役立ちます。運動量を増やすことだけを目標にせず、仕事や家事、家族との時間に使えるエネルギーを守る視点が大切です。
安定した椅子に座って家事を行い、活動量と休憩を作業療法士と整理する場面
座ってできる形に変えるなど、環境と手順を工夫して大切な活動へエネルギーを配分します。
まとめ
・運動療法は、MSの疲労を中くらいの大きさでやわらげる可能性が示されています(有酸素・筋トレ・混合)1,2
・再発を増やす結果はなく、体温上昇などに配慮すれば安全に行えるとされています1
・エネルギー節約法やCBTなどの教育も、疲労をやわらげる補助になります3,4
・効果の大きさ・最適な方法・長期の影響には、まだ分かっていない部分が残ります1,2,4
免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療などの医療行為を推奨するものではありません。症状や運動の可否は個人差が大きく、再発期などでは判断が変わります。実施の前に必ず主治医・リハビリ専門職にご相談ください。引用した研究データは執筆時点のものであり、今後の研究で見解が変わる可能性があります。
疲れやすさとの付き合い方を相談したい方へ
今の身体の状態や一日の過ごし方を一緒に確認しながら、運動と休息の組み立てを考えます。
田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
・2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
・第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
・田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1). 日本老年療法学会.
FAQ
よくある質問
Q. 疲れやすいのに運動して悪化しませんか?
研究では、運動によってMSの再発が増えた結果はなく、むしろ疲労がやわらぐ傾向が報告されています1。ただし体温上昇や再発期には注意が必要です。低〜中強度から、専門職と相談して始めるのが安全です。
Q. どの運動がいちばんよいですか?
有酸素運動・筋トレ・混合運動のいずれでも疲労がやわらぐ傾向があり、新しい解析では筋力トレーニングの効果が大きめでした2。ただし種類による差ははっきり定まっておらず、続けやすいものを選ぶのが現実的です。
Q. エネルギー節約法とは何ですか?
一日の活動に優先順位をつけ、休息を計画的に挟み、動作の無駄を減らす工夫のことです。教育プログラムとして提供され、疲労の重さや生活への影響がやわらぐ傾向が報告されています4
Q. 暑いと症状が強くなります。運動は避けるべき?
体温が上がると一時的に症状が強くなる方がいます。避けるより、涼しい時間帯・こまめな休憩・水分・体を冷やす工夫を取り入れて調整するのが現実的です。心配な場合は主治医に相談してください。
Q. どのくらい続ければよいですか?
研究では、8週間より長く続けたときにまとまった傾向が見られました2。数週間で判断せず、体調に合わせて続けることが大切です。感じ方には個人差があります。
Q. 運動と休息、どちらを優先すべき?
どちらか一方ではなく、両方を組み合わせるのが現実的です。運動で体力面を、エネルギー管理で生活面を支える形です3,4。休息を先回りして予定に入れると続けやすくなります。
REFERENCES
参考文献
1. Heine M, van de Port I, Rietberg MB, van Wegen EE, Kwakkel G. Exercise therapy for fatigue in multiple sclerosis. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2015;(9):CD009956. PMID: 26358158. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26358158/

2. Yang J, Li H, Zhang Y, Hu S, Yu Z. Effects of exercise on fatigue and quality of life in multiple sclerosis: a network meta-analysis and systematic review. Journal of Neurology. 2025;272(9):601. PMID: 40920222. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40920222/

3. Moss-Morris R, Harrison AM, Safari R, et al. Which behavioural and exercise interventions targeting fatigue show the most promise in multiple sclerosis? A systematic review with narrative synthesis and meta-analysis. Behaviour Research and Therapy. 2021;137:103464. PMID: 31780252. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31780252/

4. Wendebourg MJ, Poettgen J, Finlayson M, et al. Education for fatigue management in people with multiple sclerosis: Systematic review and meta-analysis. European Journal of Neurology. 2024;31(12):e16452. PMID: 39225447. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39225447/