東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
多発性硬化症(MS)の方やご家族から、「ヨガは疲れやすさやふらつきに役立つのか」という質問をよく受けます。結論から先にお伝えします。複数のシステマティックレビュー(多くの研究を集めてまとめた論文)とメタアナリシス(結果を数量的に統合した解析)では、ヨガは「何もしない・通常のケア」と比べて、MSの疲労感や気分(抑うつ)の指標を中くらいの差で軽くしたと報告されています1,2。一方で、ウォーキングや有酸素運動などの「他の運動」と比べると差はなく1、生活の質や歩行そのものへの上乗せ効果ははっきりしません1,4。含まれる研究は数が少なく、質の高い研究ばかりではないため、エビデンスの確実性は「非常に低い〜中程度」とされています1,4。この記事では、研究で分かっていることと分かっていないことを、できるだけ正直に整理します。
ヨガは、ポーズ(姿勢の保持や重心の移動)、呼吸法、リラクセーション・瞑想を組み合わせた運動です。研究では、アイアンガーヨガ、アナンダヨガ、椅子を使ったチェアヨガなど、MSの方向けに動きを調整したプログラムがよく使われます6,8。MSでは、疲れやすさ(易疲労性)、ふらつき、気分の落ち込み、つっぱり(痙縮)などが生活に影響しやすく、ヨガはこれらに働きかけられないかという観点で長く取り上げられてきました1。
MSでは体温が上がると一時的に症状が強く出やすい「ウートフ現象」があるため、暑い部屋で行うホットヨガのような形は研究では扱われておらず、体温が上がりすぎない環境で行うことが前提になります。暑さ対策の考え方は、多発性硬化症とウートフ現象(暑さ対策)について解説した記事で扱っています。MSの運動療法全体の位置づけは、多発性硬化症(MS)の運動療法について解説した記事もあわせてご覧ください。
おおまかにまとめると、「通常のケアと比べると疲労感や気分の指標が中くらいの差で軽くなる。ただし他の運動と比べると差はなく、生活の質や歩行への上乗せははっきりしない」という内容です。
通常のケアと比べて、疲労は標準化平均差 −0.52(95%信頼区間 −1.02〜−0.02、p=0.04)、気分は −0.55(95%信頼区間 −0.96〜−0.13、p=0.01)で、ヨガ群のほうが軽くなりました。生活の質(0.06、p=0.64)と移動能力(−0.20、p=0.42)でははっきりした差はありませんでした。運動(トレッドミル歩行・有酸素/筋トレ・スポーツクライミング)と比べると、疲労・生活の質・移動能力のいずれも差はありませんでした。重い有害事象との関連はありませんでした。著者は「無作為化や割り付けの隠蔽を適切に報告した研究がそれぞれ1件のみで、内部妥当性は限られる。疲労と気分への効果はバイアスに対して頑健ではなかった」とし、「MSへの日常的な介入としてヨガを推奨できる根拠はない。推奨される運動が続けにくい方には選択肢になりうる」と結論づけています1。
MSの疲労について、ヨガ群は通常のMSケア群より有意に軽くなりました(標準化平均差 −0.87、95%信頼区間 −1.47〜−0.28、p=0.004)。著者は「ヨガはMSの疲労を軽くしうる、負担の少ない運動」とまとめています2。
MSを含む5つの自己免疫疾患を対象に、8週間以上のヨガを調べています。ヨガは疲労・バランス・生活の質などの面で前向きな傾向が示されました。26件中、方法の質が「良い」は12件、「まあまあ」は8件、「低い」は2件でした。著者は「ヨガは自己免疫疾患の通常の管理に補助的に加える選択肢になりうる」としています3。
MSに対するヨガ・ピラティス・太極拳などの心身運動をまとめたレビューでは、ヨガはバランスや痛みで通常のケア・実対照より良い傾向、疲労は「まちまち」、生活の質・身体機能は通常のケアや他の運動と同程度でした。ヨガのGRADE評価(エビデンスの確実性)は「非常に低い〜中程度」で、含まれたレビュー28件の多くは方法の質が「非常に低い」と評価されました。著者は「実対照群を置いた、より大規模で報告の整った試験が必要」としています4。
MSのバランス・歩行への運動の種目別の比較で、バーグバランススケール(BBS)はヨガが最も上位(順位確率 79.7%、平均差 5.50、95%信頼区間 2.55〜8.45)でした。一方、立ち上がって歩いて戻る時間(TUG)では水中運動が上位で、ヨガは上位に入りませんでした。著者は「含まれた研究数が少なく、直接比較の証拠も限られるため、結果は慎重に解釈すべき」としています5。
障害度が軽〜中等度(EDSS 6.0以下)のMS 69人を、週1回のアイアンガーヨガ、週1回の自転車運動、待機(対照)の3群に6か月間分けた試験では、注意・覚醒度という主要評価に差はありませんでしたが、疲労の副次評価(SF-36の活力、多次元疲労尺度)は、ヨガ群・運動群のいずれも対照群より軽くなりました。重い有害事象はありませんでした6。八段錦とヨガと対照を比べた24週間の試験では、BBS・体幹の評価は両運動群で改善し、八段錦のほうが伸びが大きく、疲労は両群で軽くなりました7。ヨガ未経験のMS 12人を対象にした pilot 試験では、6か月間のヨガでBBSが改善し、バランスの自己評価や日常生活動作への影響も良くなりました8。ヨガと有酸素運動と対照を12週間比べた試験でも、両運動群で疲労・身体機能などが良くなりました9。
前向きな結果はありますが、根拠の質にはいくつかの弱点があります。含まれる試験は数が少なく、参加人数が数十人規模で、無作為化や割り付けの隠蔽を適切に報告した研究がわずかで、内部妥当性が限られると指摘されています1。参加者に「どちらの群か」を伏せる盲検化が難しく、ヨガの流派・1回の時間・頻度・期間、比べる相手(無治療・通常ケア・別の運動)が研究ごとに異なります1,4。研究間のばらつき(異質性)は大きく、疲労と気分への効果は「バイアスに対して頑健ではなかった」とされています1。心身運動全体をまとめた overview でも、ヨガの確実性は「非常に低い〜中程度」で、レビュー自体の質が低いものが多いと評価されています4。対象は障害度が軽〜中等度(EDSS 6.0以下)の方が中心で、介入期間が短いものが多く、脱落が目立つ研究もあります6,8。
1. どの人に最も向くか。病型、障害度、疲労の重さ、進行の程度による向き不向きは十分に検証されていません4。
2. 最適な「量」。流派、1回の時間、週あたりの回数、期間の最適な組み合わせは定まっていません1,4。
3. 他の運動より優れているか。現時点では、ヨガが有酸素運動や筋トレより優れているという根拠はありません1。
4. 効果がどのくらい続くか。介入をやめた後も効果が残るかを長期に追った研究は限られます。
5. 進行期・重度の障害がある方への効果。対象がEDSS 6.0以下に偏っており、より障害の重い方でのデータは不足しています1,4。
研究の数値は集団の平均的な変化です。対象者の病型・障害度・疲労の程度、プログラムの内容が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではなく、個人の結果を保証するものではありません。ヨガはMSの病気そのものの進行に働きかけるものではなく、薬物治療の代わりになるものでもありません。
・気分・抑うつの指標(通常のケアと比べて)1
・バランスの検査値(バーグバランススケールなど)3,5,7,8
・歩行そのもの・移動能力(TUGなど)1,5
・他の運動と比べたときの上乗せ分(差がない)1
・つっぱり(痙縮)・認知機能・長期的な効果の持続
ヨガは「疲労や気分、バランスの土台づくり」に近く、MSの症状をまとめて解決するものではありません。ふらつき・転倒への対策は、バランス練習や環境の見直しも合わせて考える必要があります。詳しくは多発性硬化症のバランスと転倒対策について解説した記事もご覧ください。
研究では、障害度が軽〜中等度(EDSS 6.0以下)で、疲れやすさやふらつき、気分の落ち込みが気になる方が主な対象です1,6。道具が少なく、椅子や壁を支えに使えば座位中心でも行えるため、推奨される運動が続けにくい方の選択肢の一つになりえます1。指導者から習う機会があると、姿勢や呼吸が整えやすくなります。
・体温が上がると症状が強く出やすい(ウートフ現象)。暑い部屋・ホットヨガは避ける
・立位でふらつきが強い、支えなしで数歩あるくのが不安
・強いつっぱり、関節の痛み、骨粗鬆症、めまい、起立性低血圧がある
・視力の低下やしびれで、片脚立ちやバランスのポーズが取りにくい
ヨガの研究では重い有害事象の報告はほとんどありません1。ただし、疲労が強い日は無理をしない、涼しい環境で行う、こまめに休む、水分をとる、バランスのポーズは支えを使う、といった配慮が必要です。疲労に合わせて活動量を調整する考え方(ペーシング)と組み合わせると続けやすくなります。
下記は「研究でよく使われた条件」であって、「これが唯一の正解」という意味ではありません。実際の内容は、疲労の程度・障害度・生活に合わせて調整します。
・1回の時間:60分程度8
・期間:8〜24週間以上。週1回×6か月という設定の研究もある3,6,8
・流派:アイアンガーヨガ、アナンダヨガ、チェアヨガなど、MS向けに調整したものが使われる6,8
・環境:体温が上がりすぎない涼しい環境。ホットヨガの形は研究では扱われていない
大切なのは「どの流派か」よりも「疲労と相談しながら、無理のない範囲で続けること」です1。地域の教室、オンラインのクラス、動画を使った自宅練習など、続けやすい形を選ぶとよいでしょう。
訪問リハビリでヨガについて相談を受けたときは、まず「ヨガは疲労や気分、バランスの面で選択肢になりうるが、推奨される運動を上回るものではなく、補助的に加えるもの」という研究の要点をお伝えします。そのうえで、疲労が1日のどの時間に強いか、体温の上昇で症状が出やすいか、立位バランスや視力・感覚がどうか、再発の時期でないかを確認します。プログラムは、椅子座位でのポーズや呼吸を中心に、疲労に合わせて休憩をはさむ形にし、涼しい環境・水分・冷却グッズの使い方も一緒に整えます。目標は「型を覚えること」ではなく、更衣・入浴・家事など生活動作の合間に、呼吸を整える・重心を意識するといった要素を取り入れることです。「新しい習い事を足す」ことより、「疲労と折り合いをつけて生活の中に残す」ことを中心に考えます。
本記事は、株式会社Journey Rehab代表の作業療法士・田中 光が執筆し、文献内容を2026年9月10日に確認しました。当社の訪問自費リハビリの案内を含みますが、特定のヨガ教室・団体から本記事作成に関する資金提供は受けていません。外部の医師による個別監修は受けていないため、診断や治療方針は主治医へご相談ください。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
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