
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
多発性硬化症(MS)と診断されると、「運動はしてもいいの?」「動くと悪化しないか心配」「だるさが強くて続けられない」といった不安をよく聞きます。以前は"安静が大切"と言われた時期もありましたが、いまは考え方が変わってきています。この記事では、多発性硬化症の運動療法・リハビリについて、研究で分かってきたこと、何が変わりやすく何がまだはっきりしないのかを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。

・運動療法は、歩きやすさ・筋力・持久力、そしてMSでもっともつらい症状の一つである強い疲労(だるさ)に対して、一定の良い方向の変化が報告されています1,2。
・ただしエビデンスの確からしさは中程度で、研究ごとに対象者・運動内容・強さがばらついており、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません1,2。
・最適な種類・強さ・時間・頻度はまだ十分に定まっていません1。
・体温が上がると症状が一時的に強まりやすい方もいるため、運動の内容や強さは主治医・リハビリ専門職と相談しながら決めることが大切です。
多発性硬化症(Multiple Sclerosis、MS)は、脳や脊髄などの中枢神経で、神経を包む「髄鞘(ずいしょう)」という部分に炎症が起きる病気です。症状が出たり治まったりを繰り返すタイプ(再発寛解型)や、ゆっくり進むタイプなどがあり、手足の動かしにくさ、しびれ、歩きにくさ、バランスのとりにくさ、目の見えにくさ、そして強い疲労(だるさ)など、人によって現れ方が大きく異なります。
かつては「疲れると悪くなるから安静に」と考えられた時期もありました。しかし近年は、動かないことによる筋力や体力の低下、気分の落ち込みなど、"活動しないことで二次的に起きる問題"のほうが生活に影響することも分かってきました。そこで、症状や体調に合わせて安全に体を動かす運動療法が、リハビリの中心的な手段の一つとして位置づけられるようになっています1。運動によって歩く力やバランス、持久力に働きかけ、生活のしやすさを保つことが目的です。バランスや歩行への働きかけという点は、原因は違っても脳卒中後のバランス訓練について解説した記事と共通する考え方が多くあります。
結論から正直にお伝えすると、多発性硬化症の運動療法は「安全に行える範囲では、歩きやすさ・筋力・持久力・疲労に良い方向の変化が期待できそう」だが、「どのくらい・どの方法が最適かはまだはっきりしていない」というのが現時点の見方です。信頼性の高い研究をまとめた検討を順にみていきます。
また、入院・外来での多職種による総合的なリハビリは、活動や社会参加のレベルで12か月ほどまで続く良い変化につながると、こちらも中程度の確からしさで示されています1。安全性については、運動がMSの再発や有害事象を明らかに増やすという証拠は見つかっていません1。
MSでもっともつらい症状の一つである疲労(だるさ)に絞った2015年のコクラン・レビュー(45件の試験、69の運動プログラム、合計2,250名)では、運動をしない場合と比べて疲労が軽くなる方向の効果(標準化平均差 −0.53、95%信頼区間 −0.73〜−0.33)が示されました。ただし研究間のばらつきは大きめ(I²が58%超)で、確からしさは中程度でした2。運動の種類別では、持久系の運動や複数を組み合わせた運動で効果がみられた一方、筋力トレーニング単独では、はっきりした差は出ていません2。

研究をていねいに読むと、運動療法で「比較的期待しやすい部分」と「まだ確からしさが低い部分」が見えてきます。比較的期待しやすいのは、歩きやすさ、筋力、運動に対する持久力、そして疲労(だるさ)の軽さです1,2。これらは中程度の確からしさで良い方向の変化が報告されており、「動く力や体力を保つ」という点では取り組む価値があると考えられます。筋力面での考え方は脳卒中後の筋力トレーニングについて解説した記事とも重なる部分があります。
一方で、運動療法は病気そのものの進行を止める治療ではありません。しびれや目の症状など、運動で直接変わりにくい症状もあります。また、効果の大きさは人によって幅があり、「統計的に良い傾向がある」ことと「自分にもはっきり実感できる」ことは別物です2。バランスがとりにくく転びやすい方は、運動と同時に転ばない工夫も大切です。転倒への備えについては脳卒中後の転倒への備えについて解説した記事もあわせて確認すると、全体像がつかみやすくなります。
研究で対象になったのは、多くが歩行がある程度可能で、症状が比較的落ち着いている段階の方です1,2。すでにある程度動ける方が、歩く力・体力・疲れにくさを保ちたい場面で、体調に合わせて運動を続ける、という使い方が想定されます。進行したタイプの方や重い障害のある方でも、多職種による総合的なリハビリが役立つ可能性はありますが、内容は一人ひとり大きく変わります1。
研究では、運動の内容や量は試験ごとにさまざまで、「これだけやれば良い」という決まった正解はまだありません1,2。多くの研究では、有酸素運動・筋力トレーニング・それらを組み合わせた運動を、週に数回、数週間から数か月続けていました。ここから言えるのは、一度に頑張りすぎるよりも、疲れが翌日に強く残らない範囲で、短めの運動をこまめに続けるという進め方が現実的だということです。疲労が強い方では、高すぎない強さでも効果が報告されており、体調に合わせて量を調整する考え方が大切です2,4。
進め方としては、まず座って行える運動や短時間の歩行から始め、慣れてきたら時間や回数を少しずつ増やす段階づけが役立ちます。通院が負担な方には、オンラインで運動を指導する遠隔リハビリという選択肢もあります。遠隔での運動指導の考え方は脳卒中後の遠隔リハビリ(テレリハビリ)について解説した記事もあわせてご覧ください。ご家庭で行う場合は、やり方・強さ・一人で行ってよい範囲を専門職に確認しておくと、無理なく安全に続けやすくなります。


修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Heine M, van de Port I, Rietberg MB, van Wegen EEH, Kwakkel G. Exercise therapy for fatigue in multiple sclerosis. Cochrane Database Syst Rev. 2015;(9):CD009956. DOI:10.1002/14651858.CD009956.pub2. PMID:26358158. PMCID:PMC9554249.
3. Corrini C, Gervasoni E, Perini G, et al. Mobility and balance rehabilitation in multiple sclerosis: A systematic review and dose-response meta-analysis. Mult Scler Relat Disord. 2023;69:104424. DOI:10.1016/j.msard.2022.104424. PMID:36473240.
4. Englund S, Piehl F, Kierkegaard M. High-intensity resistance training in people with multiple sclerosis experiencing fatigue: A randomised controlled trial. Mult Scler Relat Disord. 2022;68:104106. DOI:10.1016/j.msard.2022.104106. PMID:36037752.
