多発性硬化症の痛みとリハビリ|運動・非薬物療法の根拠と注意点

· 神経難病情報
田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
多発性硬化症の慢性的な痛みに悩む方へ
運動や非薬物的なケアは何をもたらすのか、研究と限界を正直に解説

「しびれのような痛みが、天気や体調で強くなったり弱くなったりする」「痛み止めを使っても、なかなかすっきりしない」——多発性硬化症(MS)の方から、こうした痛みの悩みをうかがうことがあります。MSの症状というと、麻痺やしびれ、疲労感、バランスの悪さが注目されがちですが、慢性的な痛みも多くの方が経験する、生活に大きく影響する症状の一つです。

この記事では、MSの慢性的な痛みに対する運動やその他の非薬物的なケアについて、研究で何が分かっていて、何がまだ分かっていないのかを正直に整理します。結論を先に言うと、電気刺激や水中運動、心理的なアプローチなど複数の方法が研究されていますが、現時点でのエビデンスの質はまだ非常に低く、「これをすれば痛みが軽くなる」と自信を持って言える段階ではありません。運動については、痛みをやや軽くする方向の傾向は示されていますが、研究間のばらつきが大きい状況です。

初回公開日:2026年8月20日
最終更新日:2026年8月20日
最新レビュー日:2026年8月20日
最初に大切なこと

MSの痛みには、しびれるような神経障害性の痛みや、筋肉のつっぱり(痙縮)に伴う痛みなど、複数のタイプがあります。原因によって適した対応は異なり、薬物療法が中心になる場合もあります。運動やケアの工夫は、薬物療法に置き換わるものではなく、そこに加えるものとして考え、痛みの評価や治療方針は必ず主治医と相談してください。

SECTION 01
多発性硬化症でなぜ痛みが起こりやすいのか

多発性硬化症は、脳や脊髄の神経を覆う組織(髄鞘)に炎症が起こる病気で、症状の現れ方は人によって大きく異なります。痛みについても、神経そのものの障害によって生じるしびれるような痛み(神経障害性疼痛)、筋肉のつっぱりに伴う痛み(痙縮性疼痛)、関節や筋肉に負担がかかることで生じる痛みなど、複数のタイプが混在することが特徴です。

3か月以上続く慢性的な痛みを持つ方を対象にした研究のレビューでは、電気刺激や心理療法、水中運動、脳への刺激療法など、さまざまな非薬物的アプローチが試されてきました1。多発性硬化症全般の運動療法については、多発性硬化症の運動療法について解説した記事もあわせてご覧ください。

多発性硬化症の人が自宅で専門職と個別に運動を確認する場面
体調と痛みに配慮しながら、個別に運動方法を確認する場面。
SECTION 02
研究で分かっていること
コクランレビュー(システマティックレビュー) 2018年
3か月以上続く慢性的な痛みがあるMS患者を対象にした10件のRCT、565名分のデータをまとめたコクランレビューでは、TENS(経皮的電気刺激)、心理療法(電話式セルフマネジメント・催眠・EEGバイオフィードバック)、経頭蓋電気刺激、水中運動(Ai Chi)、反射療法について検討されました。その結果、「痛みの強さに対するこれらの非薬物的介入の効果は、非常に低いレベルのエビデンスにとどまる」と結論づけられています1。研究間の違いが大きく、統計的な効果の統合(メタ分析)自体が行えませんでした1。個別には、水中運動(Ai Chi)を行った1件の研究で痛みが約50%軽減し30週間持続したという報告や、反射療法を行った1件の研究で治療群・対照群の両方で10週間後に約50%の痛みの軽減がみられたという報告もありますが、いずれも小規模な単一の研究に基づく結果です1
Amatya B, Young J, Khan F. Cochrane Database of Systematic Reviews, 2018.
システマティックレビュー・メタアナリシス 2019年
運動と痛みの関係だけに焦点を当てた別のレビューでは、10件の研究・389名分のデータを統合し、運動を行った群は、何もしない対照群と比べて痛みがやや軽くなる傾向(標準化平均差−0.46、95%信頼区間−0.92〜0.00)が示されました2。ただし信頼区間の上限が「効果なし」のライン(0)にほぼ接しており、研究間のばらつきも非常に大きいことが報告されています2
Demaneuf T, et al. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation, 2019.

2つの研究を並べると、「運動を含む非薬物的なケアは、痛みを軽くする方向に働く可能性はあるが、自信を持って『効果がある』と言い切れるだけの質の高い根拠はまだない」という、正直な構図が見えてきます。痛みとともに疲労感を抱えている方も多く、多発性硬化症の疲労とリハビリについて解説した記事もあわせて参考にしてください。

SECTION 03
まだ分かっていないこと

現在の研究でも、痛みのタイプ(神経障害性か、痙縮に伴うものかなど)や重症度によって、どのような運動やケアが最も合うのかは十分に分かっていません1。また、どのくらいの頻度・強さ・期間で行うのが良いかについても、研究ごとに条件が異なり、一致した見解は得られていません12。長期的に痛みの軽減が続くのかどうかも、多くの研究で追跡期間が短く、十分に検証されていません。

エビデンスの質と限界

1のコクランレビューは、研究間の臨床的・方法論的な違いが大きすぎて、数値を統合するメタ分析自体ができなかったと明記しており、GRADE評価も全体として非常に低い確実性にとどまります1。2の研究(運動と痛み)も、対象10件すべてがバイアスリスク高評価とされ、研究間のばらつき(異質性)が非常に大きく、小規模な研究ほど良い結果が出やすい「小規模研究バイアス」の可能性も指摘されています2

運動や物理的なケアは、参加者が「受けているかどうか」を隠すこと(盲検化)が難しいという構造的な限界もあります。研究全体では一定の傾向がありますが、対象者の痛みのタイプ、重症度、介入内容が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。

SECTION 04
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
変化が示唆されていること(ただし確実性は低い)
・運動を行った群での、痛みのやや軽くなる傾向2
・一部の個別研究(水中運動・反射療法など)での痛みの軽減報告1
現時点でははっきりしないこと
・どの非薬物的介入が最も効果的か(統合的な結論は出ていません)1
・効果がどのくらいの期間続くか1
・痛みのタイプ別にどの方法が向いているか1
「効果がまったくない」わけではなく、「まだ自信を持って特定の方法を勧められるだけの質の高い根拠が揃っていない」という段階だと理解しておくとよいでしょう。
多発性硬化症の人が専門職と運動計画を相談する場面
痛み・疲労・体温変化を踏まえ、運動量を専門職と相談する場面。
SECTION 05
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要か

研究で扱われた運動や非薬物的なケアは、比較的動ける状態の方を対象にしたものが中心です。バランスの不安がある方は、転倒予防の観点もあわせて考える必要があります。バランスや転倒予防については多発性硬化症のバランスと転倒対策について解説した記事で扱っています。

取り組みを検討しやすい場面
・主治医から運動の許可が出ている
・痛みのタイプが評価されたうえで取り組みたい
・無理のない強さから始められる環境がある
とくに注意が必要な場面
・運動によって痛みや疲労が強く悪化する
・体温上昇に伴って症状が一時的に悪化しやすい(ウートフ徴候)
・強い脱力や感覚障害があり、転倒の危険が高い
これらにあてはまるときは、自己判断で運動量を増やさず、必ず主治医・リハビリ専門職に相談してください。
SECTION 06
Journey Rehabの支援方針
Journey Rehabが支援で重視すること
痛みの強さだけでなく、疲労、感覚障害、筋緊張、睡眠、体温上昇による症状変化、転倒リスクを確認し、その日の状態に合わせて運動量を調整します。新しい痛みや急な神経症状がある場合は、運動で様子をみず、主治医への相談を優先します。

Journey Rehabでは、痛みの強さだけでなく、その日の体調や気温、疲労の状態にあわせて運動の内容や強さを調整することを大切にしています。痛みがあるからといって運動を一律にやめるのではなく、無理のない範囲で体を動かし続ける方法を、ご本人と一緒に探っていきます。

まとめ

多発性硬化症の慢性的な痛みに対して、電気刺激・心理療法・水中運動・反射療法など複数の非薬物的なケアが研究されていますが、コクランレビューは全体として「非常に低いレベルのエビデンス」と結論づけています。運動と痛みに絞った別のレビューでは、運動を行った群で痛みがやや軽くなる傾向が示されましたが、信頼区間は「効果なし」のラインに接しており、研究間のばらつきも大きい状況です。どの方法が、どの痛みのタイプに、どのくらいの量で効果的かは、まだ十分に分かっていません。痛みの評価と治療方針は主治医と相談しながら、運動はあくまで「加えるもの」として、無理のない範囲で取り組むことが大切です。

免責事項

この記事は一般的な情報提供を目的としており、診断・治療・医療行為を推奨するものではありません。多発性硬化症の痛みの評価・治療は主治医が中心となって行うものであり、運動やケアの工夫はそれに加えるものです。症状の急な変化があった場合は、運動量を増やす前に医療機関を受診してください。研究知見は執筆時点の情報であり、今後変わる可能性があります。

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田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
・2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
・第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
・田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1). 日本老年療法学会.
よくある質問
Q. 運動をすれば、MSの痛みは軽くなりますか?
A. 研究では、運動を行った群で痛みがやや軽くなる傾向が示されていますが、効果の大きさや確実性はまだ十分ではありません。個人差も大きいため、断定はできません。
Q. 水中運動は痛みに効果的ですか?
A. 1件の小規模な研究で痛みの軽減が報告されていますが、単独の研究結果であり、確実な効果として一般化することはできません。体温上昇に注意しながら試す選択肢の一つと考えるとよいでしょう。
Q. 痛み止めの薬と運動、どちらを優先すべきですか?
A. 痛みの評価と薬物療法の判断は主治医が行うものです。運動は薬物療法に置き換わるものではなく、そこに加えるものとして考えてください。
Q. 運動で痛みが悪化することはありますか?
A. 体調や痛みのタイプによっては、運動で症状が強まることもあります。無理のない強さから始め、痛みが強まる場合は中止して専門職に相談してください。
Q. どのくらいの期間で効果が分かりますか?
A. 研究ごとに条件が異なり、一定の目安はまだ確立していません。個別に専門職と相談しながら、無理なく続けられる期間で様子をみることが大切です。
Q. 心理的なアプローチ(催眠やセルフマネジメントなど)は効果がありますか?
A. 一部の小規模な研究で改善が報告されていますが、全体としてのエビデンスの質は非常に低いとされています。選択肢の一つとして、主治医と相談しながら検討するとよいでしょう。
参考文献
1. Amatya B, Young J, Khan F. Non-pharmacological interventions for chronic pain in multiple sclerosis. Cochrane Database Syst Rev. 2018;12(12):CD012622. DOI:10.1002/14651858.CD012622.pub2. PMID:30567012. PMCID:PMC6516893.

2. Demaneuf T, Aitken Z, Karahalios A, et al. Effectiveness of Exercise Interventions for Pain Reduction in People With Multiple Sclerosis: A Systematic Review and Meta-analysis of Randomized Controlled Trials. Arch Phys Med Rehabil. 2019;100(1):128-139. DOI:10.1016/j.apmr.2018.08.178. PMID:30240593.