
田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
脳卒中後の転倒予防とは?運動でできること・まだ分からないことを正直に解説
「退院してから家で転びそうになることが増えた」「また転ぶのが怖くて外出をひかえている」——これは脳卒中の後、ご本人やご家族からとてもよく聞かれる不安です。転倒は脳卒中後に起こりやすい合併症のひとつで、報告によっては発症後1年間で7割前後の方が一度は転ぶともされています1。では、運動や生活の工夫で転倒はどこまで減らせるのでしょうか。この記事では、転倒予防のためのリハビリについて研究で分かっていること、期待しすぎないほうがよい点、それでも大切にしたい取り組みを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。

自宅環境と動作を一緒に確認し、転びやすい場面を整理していくことが大切です。
この記事の要点
・転倒は脳卒中後に起こりやすく、発症後1年間で報告により7〜73%の方が経験するとされます1。
・研究をまとめた解析では、運動には「転ぶ回数」を減らす働きがある可能性が示されていますが、確実性は低い段階です1。
・一方で「一度でも転ぶ人の割合」を減らすかどうかは、はっきりしていません1。
・近年の大きな試験では、運動・住まいの環境調整・外出の目標づくりを組み合わせた在宅支援で、転ぶ回数が約33%少なかったと報告されています2。
・効果には自信の回復や歩く力・バランスの変化が関わると考えられ、痛みや無理のない範囲で続けられる形を選ぶことが大切です2。
SECTION 01
脳卒中後になぜ転びやすいのか
脳卒中の後は、手足の麻痺や筋力の低下、バランスの取りにくさ、感覚の変化、注意の向け方の変化など、いくつもの要因が重なって、転びやすい状態になりやすいことが知られています。実際に、転倒は脳卒中後にもっとも多い合併症のひとつで、報告によっては発症後1週間で7%、発症後1年間では最大73%の方が一度は転ぶともされています1。数字に幅があるのは、研究ごとに「転倒」の数え方や、脳卒中からどのくらいの時期を見ているかが違うためです。
転倒そのものだけでなく、「また転ぶのが怖い」という不安(転倒恐怖)から活動をひかえ、その結果さらに動く量が減って体力や自信が落ちていく、という悪循環も起こりやすくなります。だからこそ、転倒予防は「転ばないようにする」だけでなく、「安心して動ける範囲を保つ」という視点でも大切になります。立ち座りや歩行の安定にはバランスや脚の力も関わるため、脳卒中後のバランス訓練について解説した記事もあわせて参考にしてください。
SECTION 02
研究で分かっていること
結論から正直にお伝えすると、「運動で転倒がゼロになる」とは言えませんが、「転ぶ回数」を減らせる可能性は示されています。ただし、その確実性はまだ高くありません。以下に、質の高い研究をまとめた解析と、近年報告された大きな試験の結果を紹介します。
研究から読み取れること
脳卒中後の転倒予防を調べた研究をまとめたコクラン・レビュー(14件・1358名)では、運動を8件(765名)でまとめて解析したところ、運動をした群では転ぶ回数(率)が約28%少ない傾向が示されました(率比0.72、95%信頼区間0.54〜0.94)。ただし、この結果の確実性は「低い(low)」と評価されています1。一方で「一度でも転んだ人の割合」については、10件(969名)をまとめても運動群と対照群で差ははっきりせず(リスク比1.03、95%信頼区間0.90〜1.19)、確実性は「非常に低い(very low)」でした1。
近年オーストラリアで行われた大きな試験(FAST試験・370名)では、退院後に自宅で暮らす歩ける脳卒中の方を対象に、生活に運動を組み込む練習・住まいの転びやすい場所の見直し・外出の目標づくりを6か月間組み合わせて行いました。その結果、12か月間の転ぶ回数は通常のケアより約33%少なくなりました(発生率比0.67、95%信頼区間0.48〜0.94)。ただし、この試験でも「一度でも転んだ人の割合」には差がありませんでした2。
エビデンスの質と限界
コクラン・レビューの著者らは、転倒に関する研究は「転倒の定義」や「脳卒中からの時期」の扱いがそろっておらず、方法の質にばらつきが大きいと指摘しています1。実際、バイアスの少ない研究だけに絞って解析すると、転ぶ回数の差ははっきりしなくなりました1。FAST試験は質の高い大規模な試験ですが、対象は「50歳以上」「発症から5年以内」「10メートルを歩ける」community在住の方に限られ、重い言語障害のある方などは含まれていません2。そのため、すべての脳卒中の方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
まだ分かっていないこと
現在の研究でも、「どのような方に、どの運動が、どのくらいの量で最も向いているのか」は十分に分かっていません。とくに発症から時間がたった慢性期の方だけに絞った解析では、転ぶ回数の差ははっきりしませんでした1。運動以外の方法(退院前の家庭訪問、眼鏡の工夫、歩行器の工夫、頭に微弱な電気を流す方法など)については研究がさらに少なく、確かなことはほとんど言えない段階です1。転倒予防は、研究の平均だけで判断せず、目の前の身体や生活に合わせて考えることが大切です。
SECTION 03
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
研究の結果をていねいに読むと、「転ぶ回数(頻度)」と「一度でも転ぶかどうか(転倒者の割合)」は、分けて考える必要があることが見えてきます。運動や組み合わせの支援は、転ぶ回数を減らす方向に働く可能性がある一方で、「転ぶ人を一人も出さない」ことまでは示せていません1,2。言いかえると、ときどき転んでいた方の転ぶ頻度が下がる、という形で役立つ可能性はありますが、転倒を完全になくすことは難しい、というのが正直なところです。
FAST試験では、転ぶ回数が減った背景に、自分の動きへの自信(自己効力感)、歩く速さ、外出のしやすさ、バランスといった面での変化があったと報告されています2。つまり、転倒予防は「転ばない練習」だけでなく、「安心して動ける力を取り戻す」ことと切り離せません。脚の力や立ち座りの安定も関わるため、立ち上がり練習の進め方を解説した記事や脳卒中後の筋力トレーニングについて解説した記事もあわせて確認すると、全体像がつかみやすくなります。
SECTION 04
どんな人に向いているか・注意したい人
研究で転ぶ回数が減る傾向が示されたのは、主に自分で歩ける、あるいは見守りや軽い介助で動ける方を対象にした運動や在宅支援です1,2。「最近ふらつきや転びかけが増えてきた」「外出への不安が出てきた」という方は、バランスや歩行、生活の中での動作を専門職と一緒に確認していくことが、安心して動ける範囲を保つ助けになります。運動は、脚やバランスの練習を、生活の場面(立ち座り、方向転換、段差など)と結びつけて行うと、日常につながりやすくなります。
⚠ 注意したい人・気をつけたいこと
バランスを崩しやすい方が一人で負荷の高い練習を行うと、練習中に転ぶ心配があります。手すりや壁のある場所で、はじめは見守りのもとで行うことが大切です。また、めまいや立ちくらみ、血圧の変動、強い痛み、骨のもろさ(骨粗しょう症)などがある方は、動き方によっては注意が必要です。転びかけが急に増えた、意識が遠のく感じがある、といった変化があるときは、運動を続ける前に主治医へ相談してください。「どの運動を・どのくらいの強さで・どこまで一人で行ってよいか」は人によって大きく異なります。開始前に、主治医や担当のリハビリ専門職に相談しながら進めてください。
SECTION 05
回数・頻度・進め方の目安
研究では、運動の内容・回数・期間は試験ごとにさまざまで、「これだけやれば転倒が減る」という一律の正解は示されていません1。FAST試験のように効果がみられた取り組みでは、運動を生活動作の中に無理なく組み込み、住まいの環境調整や外出の目標づくりと組み合わせて、数か月単位で続けていました2。ここから言えるのは、「短期間に強い運動をがんばる」よりも、「痛みのない範囲で、生活に結びついた運動を、続けられる形で習慣にする」ことが現実的だということです。
また、転倒予防は運動だけの問題ではありません。滑りやすい床や段差、暗い廊下、合わない履物といった環境の要因、薬の影響、見え方の変化なども関わります。運動とあわせて、こうした生活の要因も一緒に見直していくことがすすめられます。ご家庭で行う場合は、まずやり方と強さ、一人で行ってよい範囲を専門職に確認しておくと、無理なく安全に続けやすくなります。
SECTION 06
Journey Rehabでの現場経験
当施設での経験
弊社は訪問型の自費リハビリのため、実際に生活しているご自宅で、どこで転びやすいか、どんな動作で不安が出るかを一緒に確認できるのが特徴です。現場では、転倒そのものよりも「また転ぶのが怖くて動かなくなる」ことで活動が狭まっていく方を多く見てきました。手すりの位置や履物、方向転換のしかたを少し変えるだけで、ご本人が安心して動ける場面が増えることもあります。一方で、運動を続けても転びかけが完全になくなるわけではなく、環境の工夫や見守りの体制と組み合わせて考える必要があると感じています。強い運動を無理に増やすより、生活の中で安心して続けられる形を一緒に探すことを大切にしています。
Journey Rehabの訪問自費リハビリについて知りたい方へ
転びやすさや外出への不安について、身体の状態やご自宅の環境を一緒に確認しながらリハビリの内容を考えます。
免責事項
この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。診断、治療、医療行為の推奨ではありません。転倒のリスクや安全に行える運動は人によって異なり、めまい・血圧の変動・骨のもろさ・強い麻痺などがある場合は特に注意が必要です。運動や環境の見直しを始める前に、行ってよい状態かどうかややり方を含め、主治医や担当専門職に相談しながら進めてください。研究知見は執筆時点の情報であり、今後変わる可能性があります。

執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
FAQ
よくある質問
運動をすれば転倒はなくなりますか?
研究では、運動には転ぶ回数を減らす働きがある可能性が示されていますが、確実性は低く、転倒を完全になくせるとは言えません。一度でも転ぶ人の割合を減らすかどうかもはっきりしていません。安心して動ける力を保つ取り組みとして続ける意味があります。
どんな運動が向いていますか?
研究で用いられた運動はさまざまで、一律の正解はありません。効果がみられた取り組みでは、バランスや脚の運動を、立ち座りや方向転換など生活の動作と結びつけて行っていました。何が向いているかは状態によって異なるため、専門職と相談して決めるのが安心です。
転ぶのが怖くて外に出られません。どうすればよいですか?
「また転ぶのが怖い」という不安はとても自然なものです。ただ、不安から動かなくなると体力や自信がさらに落ちやすくなります。まずは安全な範囲で動ける場面を少しずつ確保することが大切です。無理のない目標を専門職と一緒に立てていくと進めやすくなります。
運動以外に家でできることはありますか?
滑りやすい床や段差、暗い廊下、合わない履物などの環境を見直すこと、薬や見え方の変化を主治医と確認することも大切です。運動と環境の工夫を組み合わせると、生活の中での転びやすさに向き合いやすくなります。
一人で運動しても大丈夫ですか?
バランスを崩しやすい方が一人で負荷の高い練習をすると、練習中に転ぶ心配があります。はじめは手すりのある場所で、見守りのもとで行うのが安心です。一人で行ってよい範囲は人によって異なるため、事前に専門職へ確認してください。
慢性期(発症から時間がたった時期)でも意味はありますか?
慢性期だけに絞った解析では、転ぶ回数の差ははっきりしませんでした。ただ、これは「意味がない」というより「まだよく分かっていない」に近い状態です。安心して動ける力を保つ取り組みとして、状態に合わせて続ける価値はあります。専門職と相談しながら進めましょう。
REFERENCES
参考文献
1. Denissen S, Staring W, Kunkel D, Pickering RM, Lennon S, Geurts AC, Weerdesteyn V, Verheyden GS. Interventions for preventing falls in people after stroke. Cochrane Database Syst Rev. 2019;10(10):CD008728. DOI:10.1002/14651858.CD008728.pub3. PMID:31573069. PMCID:PMC6770464.
2. Clemson L, Scrivener K, Lannin N, Ada L, Day S, Lin I, Isbel S, Cusick A, Gardner B, Preston E, Heller G, Dean CM. Home based, tailored intervention to reduce rate of falls after stroke (FAST): randomised trial. BMJ. 2026;392:e085519. DOI:10.1136/bmj-2025-085519. PMID:41876122. PMCID:PMC13010266.