東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「手術は無事に終わりましたが、前のように歩けるようになるのでしょうか」「退院後もリハビリを続けたほうがよいと言われましたが、何をどれくらいやればよいのか分かりません」。足の付け根を骨折された方やご家族が、こうした疑問を持つことは少なくありません。
結論から正直にお伝えします。コクランのレビュー(40件の試験・4,059名)では、退院後に行う運動プログラムは、通常のケアと比べて移動する力に小さいながら意味のある差がみられ、その根拠の確実性は「高い」と評価されています(標準化平均差 0.32、95%信頼区間 0.11〜0.54)1。とくに歩行・バランス・生活の動作そのものを練習する内容で差がはっきりしていました1。
一方で、その差は「小さい」ものであり、生活の質の指標では差がはっきりしません1。また研究の多くが、認知機能の低下がある方や、もともと歩けなかった方を対象から外しています1。この記事では、何が言えて何が言えないのかを、数字と一緒に整理します。
大腿骨近位部骨折は、太ももの骨の一番上、股関節に近い部分の骨折です。「足の付け根の骨折」「大腿骨頸部骨折」「大腿骨転子部骨折」と呼ばれることもあります。多くは転倒がきっかけで起こり、原則として手術が行われます。
コクランのレビューに含まれた40件の試験の参加者は、平均年齢80歳、80%が女性でした1。つまり、この分野の研究は「高齢で、多くは女性で、手術を受けた方」を前提にしたものだとご理解ください。
【退院後に行った場合】(22件・2,626名)
移動する力:標準化平均差 0.32(95%信頼区間 0.11〜0.54)、確実性は高い。「小さいけれども臨床的に意味のある差」と表現されています
歩く速さ:0.16(0.04〜0.29)、確実性は高い
生活の働き(機能):0.23(0.10〜0.36)、確実性は高い
生活の質:0.14(-0.00〜0.29)、確実性は中程度。はっきりした差はみられません
【入院中に行った場合】(18件・1,433名)
移動する力:0.53(0.10〜0.96)、確実性は低い
歩く速さ:0.16(-0.05〜0.37)、確実性は中程度。はっきりした差はみられません
死亡や再入院については、群間で差がみられていません(退院後の短期死亡:リスク比 1.01、95%信頼区間 0.49〜2.06)。有害事象も「群間でほとんど差がない」と報告されています1。
同じレビューで、練習の中身ごとの結果も報告されています。歩行・バランス・生活動作の練習は、退院後で標準化平均差 0.20(0.05〜0.36、確実性は高い)、入院中で 0.57(0.07〜1.06、確実性は中程度)。複数の種類の運動を組み合わせたプログラムは、退院後で 0.94(0.53〜1.34、確実性は中程度)と、この中では最も大きな差が報告されました1。著者らは「歩行・バランス・生活課題の訓練を含む介入がとくに有効」と結論づけています1。
身体機能:標準化平均差 0.74(0.25〜1.23)、確実性は中程度
歩く速さ:0.15(0.01〜0.30)、確実性は中程度
立ち上がって歩いて戻る時間(TUG):平均差 -4.34秒(-6.74〜-1.94)、確実性は中程度
日常生活動作の自立:0.55(0.24〜0.87)、確実性は中程度
6分間歩行距離:平均差 40.80メートル(-9.37〜90.96)、確実性は非常に低く、差ははっきりしません
サブグループの検討では、手術後3か月以内に始めた場合に差がはっきりし、開始が遅い場合には同じようには言えないと報告されています2。
内容は、椅子からの立ち上がりや段差昇降といった生活動作そのものを題材にした運動を、ゴムバンドと重りベストを使って週3回・6か月間自宅で行うもの。理学療法士による1時間の訪問が3回、あとは毎月の電話と映像教材で進めました。
結果は、身体機能の指標(SPPB、0〜12点)で群間差 0.8点(95%信頼区間 0.4〜1.2、p<0.001)、移動の指標で 1.3点(0.2〜2.4、p=0.03)、日常活動の指標で 3.5点(0.9〜6.0、p=0.03)。バランスの指標でも差がみられました。
実施率は70%(平均で週2.1回)。介入群の23名が48時間を超える軽度から中等度の痛みを経験しましたが、介入に関連した重い有害事象はありませんでした。著者ら自身が「この結果の臨床的な重要性は、まだ判断がついていない」と述べています3。
2. 70%の試験が認知機能の低下がある方を除外し、72%が動けない状態の方や移動に影響する病気のある方を除外しています1。実際に骨折される方の中には、こうした条件の方が多く含まれます
3. 退院後の移動能力の差(0.32)は、レビュー自身が「小さい」と表現している大きさです1
4. 入院中のリハビリについては、移動能力の確実性が「低い」、歩く速さは「はっきりした差なし」と評価されています1
5. 生活の質の指標では、退院後でも差がはっきりしていません(0.14、95%信頼区間 -0.00〜0.29)1
6. 強度の高い運動のレビューは、研究の質が中程度で、割り付けの隠蔽や盲検化の報告が不十分と述べられています。事前登録も行われていません2
7. JAMAの試験では、認知機能の低下がある方(MMSE 20点未満)、重いうつ、心肺の禁忌がある方が除外されています3
8. 転倒そのものを結果として測った解析は、コクランのレビューでは十分に報告されていません1
とくに2番目は重要です。研究の結果は「認知機能が保たれていて、骨折前はある程度動けていた方」に偏っています。認知症をお持ちの方や、もともと介助が必要だった方に、この数字をそのまま当てはめることはできません1。
2. どのくらいの量・強度が最適かが定まっていません。強度の高い運動のレビューでも、定義が研究ごとにばらばらでした2
3. 長期的にどうなるかがほとんど分かっていません。コクランは長期追跡を今後の課題としています1
4. 認知機能の低下がある方に同じことが言えるかが分かっていません。多くの試験が対象から外しています1
5. 生活の質が上がるかははっきりしていません1
6. いつ始めるのが最も適切かは確定していません。3か月以内という報告はありますが、サブグループの解析にとどまります2
7. 費用に見合うかの検討が十分ではありません1
・人工骨頭置換術・人工股関節の手術を受けた方は、脱臼を避けるために避けるべき姿勢があります。深くしゃがむ、足を組む、体をひねるなどの動作の可否は、必ず主治医・担当のセラピストにご確認ください
・傷の腫れ、発赤、熱感、急に強くなった痛み、脚のむくみがある場合は運動を中止し、速やかにご相談ください
・骨粗鬆症の治療については、リハビリとは別に主治医とご相談ください。この記事では扱っていません
・研究でも、介入群の23名が48時間を超える軽度から中等度の痛みを経験しています3。痛みが続く場合は量を見直す判断が必要です
股関節そのものの痛みが以前からあった方は、変形性股関節症を併せ持っていることもあります。その場合の運動の考え方は、変形性股関節症の運動療法について解説した記事をご覧ください。背骨の圧迫骨折を経験された方は、腰椎圧迫骨折後のリハビリについて解説した記事も参考になります。
次に確認するのが、「どの場面で困っているか」です。研究で差がはっきりしていたのは、歩行・バランス・生活動作そのものを練習した内容でした1。筋力の数値だけを追うより、トイレへの移動、玄関の上がりかまち、浴槽をまたぐといった実際の場面を練習の題材にするほうが、生活の変化につながりやすいと考えています。
もう一つ大切にしているのが、続けられる形にすることです。研究でも、週3回のプログラムで実際にできたのは平均週2.1回でした3。最初から完璧な回数を目指すより、生活の中に無理なく置ける量から始め、様子を見ながら調整するほうが現実的です。
正直にお伝えしている点もあります。この分野の研究は、認知機能が保たれていて骨折前にある程度動けていた方に偏っています1。ご本人の状況がその条件から離れているほど、「研究ではこうです」という説明の重みは軽くなります。分からないことは分からないままお伝えし、そのうえでご本人の目標に合わせて内容を決めています。
2. とくに歩行・バランス・生活動作そのものを練習する内容で差がはっきりしていました1
3. 複数の種類の運動を組み合わせたプログラムでは、より大きな差が報告されています(0.94)1
4. 生活の質の指標には、はっきりした差がみられていません1
5. 強度の高い運動は、手術後3か月以内に始めた場合に差がはっきりしたと報告されています2
6. リハビリを終えた後の在宅プログラムでも差がみられましたが、実施率は70%でした3
7. 研究の多くが認知機能の低下がある方を除外しており、すべての方に当てはめることはできません1
8. 荷重の許可と避けるべき姿勢の確認は、運動を始める前の必須条件です
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Bai F, Leng M, Zhang Y, Guo J, Wang Z. Effectiveness of intensive versus regular or no exercise in older adults after hip fracture surgery: A systematic review and meta-analysis. Brazilian Journal of Physical Therapy. 2023;27(1):100482. PMID: 36738661. PMCID: PMC9932354.
3. Latham NK, Harris BA, Bean JF, Heeren T, Goodyear C, Zawacki S, et al. Effect of a home-based exercise program on functional recovery following rehabilitation after hip fracture: a randomized clinical trial. JAMA. 2014;311(7):700-708. PMID: 24549550. PMCID: PMC4454368.
4. Diong J, Allen N, Sherrington C. Structured exercise improves mobility after hip fracture: a meta-analysis with meta-regression. British Journal of Sports Medicine. 2016;50(6):346-355. PMID: 26036676.
