東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「言語の訓練が週1回だけになりました。この量で足りているのでしょうか」「もっと集中的にやったほうがよいと聞きましたが、本当ですか」。脳卒中後に失語症のある方やご家族が、こうした疑問を持つことは少なくありません。
結論から正直にお伝えします。2025年に公表された欧州脳卒中機構(ESO)の失語症リハビリのガイドラインは、合計20時間以上の言語聴覚療法を「強く推奨」し、週3時間以上の頻度と週4日以上の実施を「提案」しています1。ただし、これらの推奨を支える根拠の質は、いずれも「低い」と評価されています1。
さらに、発症してすぐの時期に集中的な訓練を行った大規模な試験では、通常のケアと比べて差がみられませんでした3。「多ければ多いほどよい」という単純な話ではありません。この記事では、量に関する数字と、その限界を整理します。
「もっとやったほうがよい」と言うとき、実は別々の3つのことが混ざっています。研究でも、この3つは分けて検討されています1。
この「量をどう考えるか」という問題は、失語症に限った話ではありません。手や腕のリハビリでも同じ議論があります。関心のある方は、リハビリの量と在宅練習について解説した記事もあわせてご覧ください。
【総量】20時間以上を推奨(強い推奨/根拠の質は低い)
5件の試験・520名が対象。多い群は24〜30時間、少ない群は4〜14時間でした。日常のやりとりの力について、感度分析で標準化平均差 0.79(95%信頼区間 0.51〜1.07、2試験・215名)1
【強度】週3時間以上を提案(弱い提案/根拠の質は低い)
8件の試験・863名。多い群は週4〜15時間、少ない群は週0.67〜2.3時間。日常のやりとりの力で 0.76(0.52〜1.01、4試験・280名)、生活の質で 0.29(0.08〜0.51、3試験・351名)1
【頻度】週4日以上を提案(弱い提案/根拠の質は低い)
3件の試験・246名。ただし直接の比較では、週4〜5日の群と週4日未満の群で、測定したどの項目にも有意な差がみられませんでした。この提案は、大規模な個別データの解析(RELEASE)で週5日のときに最も大きな変化がみられたことを根拠にしています1
同じガイドラインが引用している大規模な個別データの解析では、合計20〜50時間の範囲で最も大きな変化がみられたと報告されています(総合的な言語の指標で18.37点、95%信頼区間 10.58〜26.16、4試験)1。聞いて理解する力については、週9時間を超える強度で最も大きな変化がみられたとされています(5.23点、1.51〜8.95、7試験)1。
量について見ると、高い強度と低い強度の比較では、日常のやりとりの力で平均差 11.75(95%信頼区間 4.09〜19.40、2試験・84名)と高い強度に有利な結果でした。ただしレビュー自身が、この結果は高い強度の群で脱落が有意に多かったことに影響されていると述べています。根拠の質は「低い」です2。
総量の多い・少ないの比較では、症状の重さの指標で 0.35(-0.16〜0.85、3試験・145名)と差がはっきりしませんでした。期間の長短の比較では 0.81(0.23〜1.40、2試験・50名)でしたが、質は「非常に低い」です2。
著者らの結論は「高い強度・多い総量・長い期間が有益である可能性を示す所見はあるが、高い強度・多い総量の介入は、すべての方に受け入れられるとは限らない」というものです2。
通常のケア群(81名):4週間で合計平均9.5時間(週2.3時間、週3.1回、1回37分)
通常のケア+追加群(82名):45〜60分の訓練を20回、4週間で15〜20時間(週4〜5時間)
VERSE群(83名):同じ量で、内容を定めた訓練
結果は、12週後の言語の指標で、集中群 50.3%(95%信頼区間 45.7〜54.8)に対し通常ケア群 52.1%(46.1〜58.1)。差は -1.8(-8.7〜5.0、p=0.59)で、有意な差はみられませんでした。呼称・談話・生活の質・気分の指標も、12週・26週のいずれでも差はありませんでした。
安全性については、有害事象に有意な差はなく(p=0.72)、集中的な訓練は82%が予定どおり実施できました。著者らは「発症早期の集中的な失語症訓練は、通常のケアと比べて12週以内のコミュニケーションの回復を高めなかった」と結論づけ、早期の段階では訓練量を増やしても得られるものが目減りしていく可能性を指摘しています3。
この結果は、ガイドラインの推奨と矛盾しているように見えるかもしれません。ただし、両者は「時期」が違います。ESOのガイドラインが引用しているコクランの所見でも、発症から3か月以内の方では高い強度に有利な結果が出た一方、その結果は脱落の多さと実施できた割合の低さに影響されていたとされ、発症から2年以上経った方ではそうした傾向がみられなかったと報告されています1。
2. 頻度については、直接の比較でどの項目にも有意な差がみられませんでした。推奨は別の解析にもとづくものです1
3. コクランのレビューで高い強度に有利だった結果は、高い強度の群で脱落が有意に多かったことに影響されていると、レビュー自身が述べています2
4. 総量の多い・少ないの直接比較では、症状の重さの指標に差がはっきりしませんでした2
5. 実際に週5時間を予定した試験で、達成できたのは平均で週2.97時間にとどまりました。疲労、訓練の拒否、試験からの脱落が理由とされています1
6. 発症早期に集中的な訓練を行った246名の試験では、通常のケアと差がみられませんでした3
7. 訓練の内容そのものが試験ごとに大きく異なり、「量」だけを切り出して比べることの難しさが残っています2
8. 参加者の年齢、発症からの期間、症状の重さの幅が広く、比較が難しいとレビューが指摘しています2
5番目はとくに大切です。「週◯時間が望ましい」という目安と、「実際にその量を続けられるか」は別の問題です。研究の中でも、計画した量が実行できないことは珍しくありませんでした1。
2. 上限があるのかが分かっていません。20〜50時間の範囲で大きな変化がみられたという報告はありますが、それ以上が同じように役立つのかは不明です1
3. どのような方に多い量が向いているかが分かっていません。ガイドライン自身が「個人の能力と希望も考慮すべき」と述べています1
4. 量と内容のどちらがより重要かが切り分けられていません2
5. 訓練を終えた後にどうなるかは、小規模な検討にとどまり、追跡時点での効果はほとんど示されていません2
6. 日本の医療・介護の体制でどの量が現実的かを検討した研究はありません。上記の数字はすべて海外の研究にもとづくものです1,2,3
7. ご家族が担う練習を「量」に数えてよいかが定まっていません
・疲労は大きな要因です。研究でも、疲労・訓練の拒否・脱落によって計画した量が実行できていません1
・脳卒中後の疲れやすさ、注意の持続の難しさ、気持ちの落ち込みが重なっている場合、量を増やすことが逆に負担になることがあります
・発症からの時期によって、適した進め方が変わる可能性があります1,3
・失語症のある方ご本人の希望を確認する工夫(絵・写真・選択肢の提示など)を、量の相談の場でも行ってください
そのうえで、私たちが関われる部分として大切にしているのが、「言葉を使う場面が生活の中にどれだけあるか」を一緒に見直すことです。訓練の時間を増やす話の前に、日中どなたとどんなやりとりをしているか、外出や電話の機会がどのくらいあるかを確認します。研究でも、実際に確保できた訓練量は計画を下回ることが多く1、時間の枠だけを増やす発想には限界があります。
もう一つ確認しているのが、疲れやすさとの兼ね合いです。ESOガイドラインが引用している試験でも、疲労と訓練の拒否によって予定した量が実行できていません1。ご本人が「もう十分だ」と感じているサインを、量の議論より優先するようにしています。
正直にお伝えしている点もあります。「週何時間やれば言葉が戻る」と言える根拠は、現時点ではありません。ESOのガイドラインが示す目安も、根拠の質は「低い」と明記されています1。発症早期の集中的な訓練で差がみられなかった試験もあります3。分かっていないことは分かっていないままお伝えし、担当の言語聴覚士の方針を軸に、生活の側から支える形を考えています。
2. 強度は週3時間以上、頻度は週4日以上が「提案」されていますが、こちらも根拠の質は「低い」です1
3. 頻度については、直接の比較でどの項目にも有意な差がみられませんでした1
4. コクランのレビューで高い強度に有利だった結果は、脱落の多さに影響されています2
5. 発症早期に集中的な訓練を行った246名の試験では、通常のケアと差がみられませんでした3
6. 週5時間を予定した試験で、実際に達成できたのは平均週2.97時間でした1
7. 慢性期の集中的な訓練については、疲労が最小限だったという報告もあります4
8. 訓練量は「望ましい目安」と「続けられるか」を分けて考える必要があります
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Brady MC, Kelly H, Godwin J, Enderby P, Campbell P. Speech and language therapy for aphasia following stroke. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2016;2016(6):CD000425. PMID: 27245310. PMCID: PMC8078645.
3. Godecke E, Armstrong E, Rai T, Ciccone N, Rose ML, Middleton S, et al. A randomized control trial of intensive aphasia therapy after acute stroke: The Very Early Rehabilitation for SpEech (VERSE) study. International Journal of Stroke (Int J Stroke). 2021;16(5):556-572. PMID: 33019888. PMCID: PMC8267088.
4. Pierce JE, Cavanaugh R, Harvey S, Dickey MW, Nickels L, Copland D, et al. High-Intensity Aphasia Intervention Is Minimally Fatiguing in Chronic Aphasia: An Analysis of Participant Self-Ratings From a Large Randomized Controlled Trial. Stroke. 2024;55(7):1877-1885. PMID: 38836352.
