人工股関節全置換術(THA)後のリハビリテーションとは?研究と限界を正直に解説

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田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
人工股関節全置換術(THA)後のリハビリテーションとは?研究と限界を正直に解説
公開日:2026年9月12日/最終更新:2026年9月12日

「手術で人工関節に入れ替えたのだから、あとは安静にしていれば良くなる」と思われがちですが、股関節の変形性関節症などで人工股関節全置換術(THA)を受けたあとは、リハビリテーションの進め方によって回復の実感が変わってきます。結論から先にお伝えします。運動を中心としたリハビリは、痛みや筋力、歩行能力の回復を後押しする研究がある一方で1,3、自己申告の身体機能そのものを大きく押し上げるという明確な上乗せ効果は、質の高いメタアナリシスでは示されていません1。さらに近年の研究では、長年言われてきた「脱臼予防のための動作制限(hip precautions)」についても、後方アプローチ・関節包修復を伴う手術では必ずしも必要ないとする報告が増えています4,5。この記事では、研究で分かっていることと、まだはっきりしないことを、できるだけ正直に整理します。

SECTION 01
THA後のリハビリで行われること

人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty:THA)は、変形性股関節症や大腿骨頭壊死などで傷んだ股関節を人工関節に置き換える手術です。術後のリハビリは、手術直後の早期離床・歩行練習から始まり、股関節周囲の筋力トレーニング(特に中殿筋・大殿筋など)、バランス練習、階段昇降や靴下の着脱といった生活動作(ADL)練習へと段階的に進みます1,2。多くの施設では入院中に理学療法士・作業療法士が介入し、退院後は外来通院やご自宅での自主トレーニング、あるいは訪問リハビリへと引き継がれます7。似た手術である人工膝関節全置換術(TKA)についても、TKA後のリハビリについて解説した記事で研究状況を整理していますので、あわせてご覧ください。

専門職の見守りでTHA後の歩行練習を行う高齢者
歩行練習は、術式・荷重条件・痛み・ふらつきを確認しながら段階的に進めます。(場面イメージ)
SECTION 02
研究では機能・回復にどう報告されているか

おおまかにまとめると、「運動を中心としたリハビリには痛みや筋力への良い報告がある一方、通常ケアと比べた自己申告の身体機能への明確な上乗せ効果は、大規模なメタアナリシスでは確認されていない」という、やや意外な内容です。

システマティックレビュー・メタアナリシス(2021年・JAMA Network Open・26試験・1,004人)

股関節形成術(主にTHA)の前後に行われた運動介入を統合したレビューです。術後の自己申告身体機能について、通常ケアと比べた標準化平均差(SMD)は4週時点0.01、12週時点-0.08、26週時点-0.04、1年時点0.01と、いずれも信頼区間が0をまたぐ「有意差なし」の結果でした。術前運動の入院期間への影響も平均差-0.21日で有意差はありませんでした。著者は中等度の確実性で「術後運動介入は自己報告身体機能の改善と関連していなかった」と結論づけ、監督下での術前・術後運動が必ずしも必要ではない可能性を指摘しています1

システマティックレビュー・メタアナリシス(2021年・進行性抵抗運動)

早期回復(ファストトラック)プロトコルのTHA・TKA患者を対象に、術後早期の進行性抵抗運動トレーニングの効果を検討したレビューです。抄録レベルでは、通常のリハビリに抵抗運動を追加することで、下肢筋力や歩行能力の指標に一定の改善が報告されていますが、研究間で運動プログラムの内容・強度にばらつきがあり、効果量は指標によって差があります2

システマティックレビュー(2013年・理学療法士主導の外来・在宅運動)

退院後の外来・在宅で行う理学療法士主導のリハビリ運動について検討したレビューです。抄録レベルでは、これらの運動が筋力・歩行速度・歩行率(ケイデンス)の改善につながることが報告されていますが、著者はエビデンスの質にばらつきがあることも指摘しています3

つまり、「筋力や歩行の一部の指標には運動の上乗せ効果を示す報告がある一方、自己申告の身体機能全体で見ると通常ケアとの差がはっきりしない」という、一見矛盾するような結果が並んでいるのが現状です。これは、術式の進歩(低侵襲手術・早期離床プロトコルの普及)によって、そもそも通常ケアだけでも回復が良くなっていることが一因として指摘されています1

SECTION 03
脱臼予防の動作制限(hip precautions)は本当に必要か

「股関節を深く曲げない」「足を組まない」「内側にひねらない」——こうした「hip precautions(股関節の動作制限)」は、長年THA後の標準指導として広く行われてきました。しかし近年、この考え方を見直す研究が相次いで発表されています。

コクランレビュー(2016年・3試験・492人・530件のTHA)

補助具・hip precautions・環境改修・トレーニングが脱臼予防や機能改善に有効かを検討したコクランレビューです。1件の試験(38対43名)では両群とも12ヶ月間に脱臼はゼロでした。もう1件の試験(303名)では、動作制限群と非制限群の脱臼率に統計的な有意差はなく(リスク比2.98、95%信頼区間0.12~72.59)、制限群で1件の脱臼が報告されています。すべての比較が「非常に低い質」のエビデンスと評価され、著者は「hip precautionsや装具・動作制限がTHA後の脱臼予防・機能改善に効果的かどうかは不確実」と結論づけています6

システマティックレビュー・メタアナリシス(2024年・後方アプローチ)

後方アプローチによるTHAを対象に、hip precautionsの有無による脱臼率などを比較したレビューです。抄録レベルでは、術中の安定性が十分に得られた症例や関節包修復を伴う術式では、動作制限を設けない群と設けた群とで脱臼率に明確な差が見られなかったことが報告されています4。同様の結論は、複数の無作為化比較試験(体重の90°/45°/0°の術中安定性が得られた症例、関節包修復を伴う症例など)でも繰り返し示されています5,7,8,9

ただし、これらの研究の多くは「後方アプローチ」かつ「術中に十分な安定性が確認できた」症例、あるいは「関節包修復を行った」症例が対象です。前方アプローチや、術中の安定性評価が異なる場合、高齢で骨質が弱い場合など、条件が変わると結論も変わる可能性があります6,7。動作制限を緩めるかどうかは、執刀医・担当のリハビリ専門職が、手術方法や術中所見に基づいて個別に判断することです。

SECTION 04
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと

2021年のJAMA Network Openのメタアナリシスは、比較的大規模で方法論的にも整理されたレビューですが、「低リスクと評価された研究がない」「出版バイアスの評価が研究数不足で実施できない」「有害事象の報告が約3分の2の研究で不足」といった限界が明記されています1。また、水中運動を検索から除外している点にも注意が必要です1。hip precautionsに関するコクランレビューも、含まれる試験がわずか3件・非常に低い質のエビデンスにとどまっており、「安全に動作制限をなくせる」と断定できる段階ではありません6

まだ分かっていないこと

1. どの運動プログラム(種類・強度・頻度)が最も効果的かは、研究間でばらつきが大きく定まっていません1,2
2. hip precautionsを省略できる条件(アプローチ方法・術中安定性・年齢・骨質など)の線引きは、まだ研究が少なく確立していません4,6
3. 前方アプローチや骨質が弱い高齢者、再置換術(リビジョン)など、条件が異なる場合の結論は十分に検証されていません6,7
4. 自己申告の機能に上乗せ効果が出にくい理由が、手術・周術期ケアの進歩によるものか、評価指標の限界によるものかは、はっきりしていません1

研究の数値は集団の平均的な傾向です。手術方法、術中所見、年齢や骨質、併存疾患によって、リハビリの進め方や動作制限の要不要は一人ひとり異なります。この記事の内容は、ご自身の術式・状態に自己判断で当てはめるためのものではありません。

安定した台を支えにTHA後の股関節周囲筋を練習する高齢者
自主練習の内容や可動範囲は、手術方法と個別の指示に合わせて調整します。(場面イメージ)
SECTION 05
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
研究で前向きな変化が報告されているもの
・下肢筋力(特に術後早期の進行性抵抗運動)2
・歩行速度・歩行率(ケイデンス)3
・術中の安定性が確認された症例での、動作制限を減らした場合の生活の自由度4,5,7,8,9
変わりにくい・はっきりしないもの
・自己申告による身体機能全体の、通常ケアと比べた明確な上乗せ改善1
・術前運動による入院期間の短縮1
・hip precautionsの有無による脱臼率の明確な差(エビデンスの質が非常に低い)6

大切なのは「手術=自動的に元通り」ではなく、「手術後の限られた期間に、筋力・歩行・生活動作の練習を積み重ねること」です。股関節の変形性関節症そのものへの運動療法については、変形性股関節症の運動療法について解説した記事もあわせてご覧ください。

SECTION 06
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要か

研究の多くは、変形性股関節症などでTHAを受けた成人〜高齢者を対象としています1,2,3。骨折後に緊急で手術を受けた方や、再置換術(リビジョン手術)を受けた方は、対象条件が異なる場合があるため、担当医・リハビリ専門職の個別の判断が優先されます。似た状況として、大腿骨近位部骨折の術後リハビリについては大腿骨近位部骨折の術後リハビリについて解説した記事もご覧ください。

⚠ 次のような場合は、自己判断で動作制限を緩めず、必ず主治医・専門職に確認してください
・執刀医から個別の動作制限(脱臼予防姿勢)を指示されている場合
・術後まもなく、創部の痛み・腫れ・熱感が強い場合
・骨質が弱い、骨粗鬆症が進んでいると言われている場合
・再置換術(リビジョン)や複雑な症例と説明を受けている場合
・股関節に急な激しい痛みや、「外れた感覚」がある場合(緊急性が高いため速やかに医療機関へ)
THA後の生活動作について専門職と相談する高齢者
退院後は、歩行だけでなく着替え・家事・外出など本人が大切にする生活目標も確認します。(場面イメージ)
SECTION 07
訪問リハビリで検討するときの視点
臨床判断で確認する視点

THA後のリハビリを検討するときは、まず執刀医から指示されている動作制限の有無・内容を必ず確認します。そのうえで、筋力・歩行・生活動作(着替え・入浴・階段など)を評価し、「研究で上乗せ効果が示されている部分(筋力・歩行速度など)」と「まだはっきりしない部分(自己申告の身体機能全体・動作制限の要不要)」を分けて説明することを大切にしています。動作制限の緩和は自己判断せず、執刀医の見解を確認したうえで、生活動作への不安を段階的に減らしていく関わりを基本にしています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療を推奨するものではありません。動作制限の要不要やリハビリの進め方は、手術方法・術中所見・骨質・併存疾患によって異なります。実施を検討する際は、必ず執刀医・担当のリハビリ専門職にご相談ください。研究データは執筆時点のもので、今後の研究で評価が変わる可能性があります。
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執筆・確認と運営上の立場

本記事は、株式会社Journey Rehab代表の作業療法士・田中 光が執筆し、文献内容を2026年9月12日に確認しました。当社の訪問自費リハビリの案内を含みますが、特定の医療機器・治療メーカーから本記事作成に関する資金提供は受けていません。外部の医師による個別監修は受けていないため、診断や治療方針は主治医へご相談ください。

田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
・2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
・第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
・田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1). 日本老年療法学会.
FAQ
よくある質問
Q. 「脚を組んではいけない」「深く曲げてはいけない」という指導は、もう古い考え方なのですか?
A. 一概には言えません。後方アプローチで術中の安定性が十分だった場合には、動作制限を設けなくても脱臼率に差がなかったという報告が増えていますが4,5,7,8,9、これは執刀医が個別に判断することです。自己判断で指導内容を変えず、必ず担当医に確認してください。
Q. リハビリの運動をすれば、必ず動きやすくなりますか?
A. 筋力や歩行速度など一部の指標には運動の上乗せ効果を示す報告がありますが2,3、自己申告の身体機能全体で見ると、通常ケアと比べた明確な差は大規模なメタアナリシスでは確認されていません1。個人差が大きい領域です。
Q. 退院後、自主トレーニングだけでリハビリを続けても良いですか?
A. 外来・在宅での理学療法士主導の運動が筋力・歩行の改善につながるという報告がありますが3、質にばらつきもあります。自主トレーニングの内容や量は、担当のリハビリ専門職と相談しながら決めることをおすすめします。
Q. 脱臼が怖くて、動くこと自体が不安です。
A. お気持ちはよく分かります。脱臼予防の考え方は術式や術中所見によって異なるため、まずは執刀医に「自分の場合はどこまで動いて良いか」を具体的に確認することが大切です。そのうえで、リハビリ専門職と一緒に少しずつ生活動作を練習していきます。
Q. 骨折で緊急手術になった場合も、同じ内容が当てはまりますか?
A. 今回ご紹介した研究の多くは変形性股関節症などによる待機的なTHAが中心です。骨折後の手術や再置換術は条件が異なる場合があるため、担当医・リハビリ専門職の個別の判断を優先してください。
Q. 手術前から運動をしておいたほうが良いですか?
A. 術前運動が入院期間を明確に短縮するという結果は、大規模なメタアナリシスでは確認されていません1。ただし、体力や筋力を維持しておくこと自体は、術後の生活動作の再開に役立つ可能性があるため、担当医・専門職に相談してみてください。
REFERENCES
参考文献
1. Saueressig T, Owen PJ, Zebisch J, Herbst M, Belavy DL. Evaluation of Exercise Interventions and Outcomes After Hip Arthroplasty: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Network Open. 2021. doi:10.1001/jamanetworkopen.2021.0254. PMID: 33635329. PMCID: PMC7910817. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33635329/

2. Chen X, Li X, Zhu Z, Wang H, Yu Z, Bai X. Effects of progressive resistance training for early postoperative fast-track total hip or knee arthroplasty: A systematic review and meta-analysis. Asian Journal of Surgery. 2021. PMID: 33715964. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33715964/

3. Coulter CL, Scarvell JM, Neeman TM, Smith PN. Physiotherapist-directed rehabilitation exercises in the outpatient or home setting improve strength, gait speed and cadence after elective total hip replacement: a systematic review. Journal of Physiotherapy. 2013. PMID: 24287215. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24287215/

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5. Dietz MJ, Klein AE, Lindsey BA, et al. Posterior Hip Precautions Do Not Impact Early Recovery in Total Hip Arthroplasty: A Multicenter, Randomized, Controlled Study. The Journal of Arthroplasty. 2019. PMID: 30975478. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30975478/

6. Smith TO, Jepson P, Beswick A, et al. Assistive devices, hip precautions, environmental modifications and training to prevent dislocation and improve function after hip arthroplasty. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2016. doi:10.1002/14651858.CD010815.pub2. PMID: 27374001. PMCID: PMC6458012. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27374001/

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8. Peters A, Ter Weele K, Manning F, Tijink M, Pakvis D, Huis In Het Veld R. Less Postoperative Restrictions Following Total Hip Arthroplasty With Use of a Posterolateral Approach: A Prospective, Randomized, Noninferiority Trial. The Journal of Arthroplasty. 2019. PMID: 31248711. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31248711/

9. Yadav AS, Potluri AS, Dandamudi S, et al. Do Hip Precautions Matter After Posterior Approach Total Hip Arthroplasty With Capsular Repair? A Randomized Control Trial. The Journal of Arthroplasty. 2026. PMID: 42055222. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42055222/