東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
心臓の手術(冠動脈バイパス術・弁膜症手術など)が決まったとき、「手術までの間、何かできることはないか」と考えるご本人・ご家族は少なくありません。特に高齢でフレイル(虚弱)が進んでいる方ほど、その不安は大きくなります。結論から先にお伝えします。手術前の運動(プレハビリテーション)は、術後の肺炎・無気肺といった呼吸器合併症を減らし、入院期間を短縮する可能性を示す研究が複数ありますが1,4,5、フレイルの高い方を対象にした研究では、身体機能や生活の質(QOL)への上乗せ効果がある一方で2、回復の質そのものには差がなかったという報告もあります3。この記事では、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを、できるだけ正直に整理します。
プレハビリテーション(prehabilitation)とは、手術が決まってから手術当日までの期間を使い、あらかじめ体力・筋力・呼吸機能を整えておく取り組みです。心臓手術の分野では、呼吸筋トレーニング(息を吸う力を鍛える器具を使ったトレーニング)、有酸素運動、レジスタンストレーニング(筋力トレーニング)、教育・栄養指導などが組み合わせて行われます1,4,5。手術後のリハビリ(心臓リハビリテーション)と対になる考え方で、「手術に向けて、少しでも体力の貯金をしておく」というイメージです。高齢者のフレイル・虚弱そのものについては、高齢者のフレイルと運動療法について解説した記事もあわせてご覧ください。
おおまかにまとめると、「呼吸器合併症や入院期間には、術前の運動・呼吸筋トレーニングで改善が期待できる報告が複数ある」という内容です。
心臓手術・主要腹部手術予定の成人を対象に、術前の呼吸筋トレーニング(IMT)の効果を検討したコクランレビューです。IMTは、通常ケアと比べて術後の無気肺(リスク比0.53、95%信頼区間0.34〜0.82)と肺炎(リスク比0.45、0.26〜0.77)を減らし、入院期間も平均1.33日短縮しました。ただし、肺炎の確実性は中程度、無気肺・全死亡・入院期間の確実性は低い〜非常に低いと評価されています。全死亡への効果は不確実(リスク比0.40、0.04〜4.23)でした。全12試験に盲検化不能などのバイアスリスクがあり、最大規模の試験1件が結果の約半分を占めている点にも注意が必要です1。
術前運動と心臓手術後の回復の関係を検討したメタアナリシスです。ICU滞在日数は運動群で有意に短縮し(平均差-1.35日、異質性I²=88%)、身体機能も運動群で有意に優れていました(異質性I²=12%)。一方、術後7日目の白血球数異常や精神的健康には、両群間で有意差がありませんでした。著者は「術前運動は術後回復に役立つ可能性がある」としつつ、サンプルサイズが小さい点への注意を促しています2。
冠動脈バイパス術・弁膜症手術予定の患者を対象に、術前の教育・呼吸筋トレーニング・運動などの介入を検討したレビューです。術前介入は抜管までの時間(平均差-0.14日)と術後肺合併症(リスク比0.39)を有意に減らしましたが、ICU・入院期間の短縮は、高齢者のサブグループを除いて有意ではありませんでした。介入の中でも呼吸筋トレーニングが、肺合併症と入院期間の両方を有意に減らしていました5。
冠動脈バイパス術(CABG)予定の患者を対象に、運動を中心としたプレハビリテーションの効果を検討したレビューです。抄録レベルでは、機能的な運動能力の改善に強いエビデンス、術後合併症・入院期間の減少に中程度のエビデンスが示された一方、QOLへの効果は研究間で結果が分かれ、不安・抑うつ・自己効力感・フレイル・血管内皮機能への効果は限定的なエビデンスにとどまるとされています6。
上記の研究は必ずしもフレイルの強い方に限定していません。フレイル(虚弱)そのものを対象にしたプレハビリテーション研究では、少し異なる結果も報告されています。
冠動脈・弁膜症手術を控えた軽〜中等度のフレイル患者(Fried基準)を対象に、教育・栄養最適化・ストレス管理・個別化した抵抗運動を組み合わせた4週間以上のプログラムを検証したRCTです。プレハビリ群は手術前日の身体機能(Short Physical Performance Battery)が有意に改善し(β=0.99)、フレイルの程度も有意に軽減、生活の質(MacNewアンケート)も改善しました(効果量Hedges' g=0.89〜1.18)。アドヒアランスは89%と高く、重大な有害事象もありませんでした。著者は「実施可能かつ安全」としつつ、本格的な検証試験が必要と結論づけています3。
よりフレイルの進んだ患者(Clinical Frailty Scale 4〜6)を対象に、週2回・5週間の運動プレハビリを検証したRCTです。実施率は82%と高く、運動中の有害事象もありませんでしたが、主要評価項目である術後3日目の回復の質(QoR-15スコア)には、通常ケア群との有意差がありませんでした。一方、術後90日時点の障害の程度(WHODAS 2.0)は、プレハビリ群で有意に低い(平均差-9%)という結果でした。著者は「回復の質のスコアは向上しなかったが、90日後の障害軽減には臨床的に意味のある差があった」と結論づけています4。
つまり、フレイルが強い集団を対象にした研究でも「安全に実施できる」という点では一致していますが、「どのアウトカムに効果が出るか」は研究によってばらつきがあります。抵抗運動を中心にした小規模RCTでも、CABG待機中の軽〜中等度フレイル患者において、6分間歩行距離や心不全重症度(NYHA分類)の改善が報告されています7。
呼吸器合併症・入院期間についてはコクランレビューを含む複数の一致した報告がありますが1,2,5、全体的なエビデンスの質は「中程度〜非常に低い」にとどまります1。フレイルに特化した研究はまだ数が少なく、多くが50〜150人規模の単施設研究またはパイロット試験です3,4。QoR-15という主要評価項目で有意差が出なかった研究がある一方、90日後の障害では差が出たという結果は4、「何を、いつ測るか」によって結論が変わりうることを示しています。
1. どの程度のフレイル(軽度〜重度)まで安全かつ有効に実施できるかは、まだ十分に検証されていません3,4。
2. 至適な運動の種類・強度・期間(今回の研究では4週間〜8週間とばらつきがあります)は確立していません1,3,4,7。
3. 死亡率や重大合併症への影響は、研究間で確実性が低く、はっきりした結論が出ていません1。
4. 手術までの待機期間が短い場合(緊急性が高い場合)に、どこまで実施可能かは十分に検証されていません。
研究の数値は集団の平均的な傾向です。心疾患の種類・重症度、フレイルの程度、手術までの残り時間によって、実施できる内容や見込める変化は一人ひとり異なります。自己判断で強い運動を始めることは想定されておらず、必ず医師・リハビリ専門職の評価のもとで行うものです。
・入院期間(特に高齢者のサブグループ)1,5
・手術前日時点の身体機能・フレイルの程度(フレイル特化プログラム)3
・術後90日時点の障害の程度4
・術後3日目時点の回復の質スコア(QoR-15)4
・精神的健康・不安/抑うつへの効果2,6
プレハビリテーションは「手術さえ乗り切れば終わり」という考え方ではなく、術後のリハビリ(心臓リハビリテーション)に橋渡しする準備期間と捉えることが大切です。すでに心血管疾患をお持ちの状態で運動する際の注意点は、心血管疾患がある高齢者の運動の進め方について解説した記事もご参照ください。
研究の多くは、冠動脈バイパス術・弁膜症手術が予定されており、手術まで数週間程度の準備期間がある方を対象としています1,3,4,5。フレイルが進んでいる方でも、医師の評価のもとで安全に実施できたという報告がありますが3,4、心不全症状が不安定な場合や、緊急手術が必要な場合はこの限りではありません。
・安静時にも息切れ・胸痛がある(心不全症状が不安定)
・手術までの期間が非常に短い、または緊急手術が予定されている
・運動中にめまい・胸痛・強い息切れが出たことがある
・骨粗鬆症や整形外科的な問題があり、転倒リスクが高い
プレハビリテーションを検討するときは、まず主治医・循環器チームと連携し、心疾患の重症度や手術までの残り期間、実施可能な運動強度を確認することが大切です。そのうえで、呼吸筋トレーニング・下肢筋力・歩行・生活動作を評価し、「合併症予防に上乗せ効果が期待できる部分」と「まだはっきりしない部分(死亡率・精神面への効果など)」を分けて説明することを心がけています。フレイルが強い方ほど、無理のない強度から始め、体調変化を都度確認しながら進める姿勢が基本です。
本記事は、株式会社Journey Rehab代表の作業療法士・田中 光が執筆し、文献内容を2026年9月12日に確認しました。当社の訪問自費リハビリの案内を含みますが、特定の医療機器・治療メーカーから本記事作成に関する資金提供は受けていません。外部の医師による個別監修は受けていないため、診断や治療方針は主治医へご相談ください。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Zheng YT, Zhang JX. Preoperative exercise and recovery after cardiac surgery: a meta-analysis. BMC Cardiovascular Disorders. 2020. doi:10.1186/s12872-019-01308-z. PMID: 31914929. PMCID: PMC6947961. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31914929/
3. Li PWC, Yu DSF, Chan DTL, et al. Prehabilitation for patients with mild to moderate frailty undergoing coronary artery and valve surgery: a pilot randomized controlled trial. European Journal of Cardiovascular Nursing. 2026. doi:10.1093/eurjcn/zvag084. PMID: 41860247. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41860247/
4. Yau DKW, Ng FF, Wong MH, et al. Effect of exercise prehabilitation on quality of recovery after cardiac surgery: a single-centre randomised controlled trial. British Journal of Anaesthesia. 2025. doi:10.1016/j.bja.2024.08.039. PMID: 39510897. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39510897/
5. Snowdon D, Haines TP, Skinner EH. Preoperative intervention reduces postoperative pulmonary complications but not length of stay in cardiac surgical patients: a systematic review. Journal of Physiotherapy. 2014. doi:10.1016/j.jphys.2014.04.002. PMID: 24952833. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24952833/
6. Yamikan H, Ahiskali GN, Demirel A, Kütükcü EC. The effects of exercise-based prehabilitation in patients undergoing coronary artery bypass grafting surgery: A systematic review of randomized controlled trials. Heart & Lung. 2025. doi:10.1016/j.hrtlng.2024.09.007. PMID: 39307000. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39307000/
7. Sahar W, Waseem M, Riaz M, Nazeer N, Ahmad M, Haider Z. Effects of prehabilitation resistance training in mild to moderate clinically frail patients awaiting coronary artery bypass graft surgery. J Investig Med. 2024. doi:10.1177/10815589231207795. PMID: 37804162. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37804162/
