東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
認知症のあるご本人が転ぶことを心配し、「運動をさせたほうがいいのか、それとも危ないから控えたほうがいいのか」と悩むご家族は少なくありません。結論から先にお伝えします。運動は、バランスや歩行機能そのものには前向きな変化をもたらすと報告されていますが1、「転倒そのものを減らせるか」という一番知りたい問いへの答えは、研究によって結果が分かれています1,2,3。施設入所の方を対象にした研究では転倒が大きく減ったという報告がある一方4、在宅で暮らす方を対象にした大規模な研究では、全体としては転倒率に統計的な差が出ませんでした3。この記事では、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを、できるだけ正直に整理します。
2. 運動による転倒予防の研究では何が分かっているか
3. エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
4. 何が変わりやすく、何は変わりにくいか
5. どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要か
6. 頻度・期間の目安
7. 訪問リハビリで検討するときの視点
8. よくある質問
9. 参考文献
歩く・バランスを保つという動作は、筋力や関節の動きだけでなく、周囲の状況を認識し、注意を配分し、とっさに判断するという認知機能にも支えられています。認知症では、この認知機能の低下によって、段差や障害物への気づきが遅れたり、歩きながら会話するなどの「二重課題」で足元への注意がそれてしまったりしやすくなります。実際に、認知症のある高齢者は認知機能が保たれている高齢者と比べて2〜3倍転びやすく、認知症のある方の6〜8割が年間で少なくとも1回は転倒すると報告されています1。運動そのものについては認知症の方への運動療法について解説した記事もあわせてご覧ください。

おおまかにまとめると、「運動はバランスや歩行など転倒の危険因子には前向きな変化をもたらすが、転倒そのものが減るかどうかは、暮らす場所や研究によって結果が分かれる」という内容です。
地域で暮らす軽〜中等度の認知機能低下がある方509人(平均年齢67.5〜84.0歳)を対象にした12研究を統合しています。転倒への恐怖感(統合効果量−0.73)、バランス(0.66)、歩行にかかる時間(Timed Up and Go、−0.56)、歩き方の安定性(0.26)で、いずれも中程度の確実性(GRADE)をもつ改善がみられました。ただし、転倒そのものの件数や発生率については、統計的に意味のある改善は示されませんでした。運動介入かつバイアスリスクの低い研究に絞ると、バランスと転倒への恐怖感については改善が残りました。著者は「転倒という直接的なアウトカムへの効果ははっきりしない」と結論づけています1。
2013〜2020年に発表された、地域で暮らす認知機能低下がある方を対象にした9研究(12の比較)を統合しています。全体では、運動により転倒発生率がおよそ30%減少しました(発生率比0.70、95%信頼区間0.52〜0.95)。ただし研究間のばらつきは大きく(I²=74%)、12の比較のうち実際に効果が示されたのは4つの比較(3研究)にとどまり、残り8つの比較では減少がみられませんでした。転倒を経験した人数そのものには差がありませんでした。著者は「一部の研究に結果が引っ張られており、現時点のエビデンスは臨床での推奨を行うには不十分」と明記しています2。
地域で暮らす認知機能低下がある高齢者309人(平均82歳)を、住宅内の危険箇所の改善+個別運動プログラム群と、通常ケア群に分け、12か月間追跡しました。転倒率には統計的に意味のある差はみられませんでした(発生率比1.05)。ただし、複数回転倒した方の割合は介入群で26%少なく、また、開始時点で身体機能が比較的保たれていた方に限ると、介入群で転倒率が下がる傾向がみられました。著者は「このプログラムは全体としては転倒率を有意に減らさなかった」と正直に結論づけています3。
介護施設に入所している軽〜中等度の認知機能低下・認知症のある方148人を対象にしたサブグループ解析では、週2回・1時間の漸増的な筋力+バランストレーニングを25週間行い、その後は維持プログラムに移行しました。介入群では、転倒発生率が50%、転倒リスクが31%、複数回転倒が40%、けがを伴う転倒が44%、それぞれ減少したと報告されました。バランスや立ち上がり動作にも改善がみられ、重い有害事象は報告されませんでした4。ただし、これは一つの試験のサブグループ解析であり、すべての施設入所者や在宅の方に同じ結果が当てはまるとは限りません。
前向きな結果はありますが、根拠の質にはいくつかの弱点があります。地域在住者を対象にした2つのメタアナリシスでは、いずれも「転倒そのもの」への効果ははっきりせず、エビデンスの確実性は低い〜中程度と評価されています1,2。研究間で、認知機能低下の種類(軽度認知障害・アルツハイマー病・認知症全般)や診断基準、介入の場所(自宅・グループ)、運動の強度・頻度・期間が大きく異なり、これが結果のばらつきの一因とされています1,2。多くの研究が数十人規模の小規模なもので、転倒を検出するための十分な統計的検出力を持たない可能性も指摘されています1,2。転倒の記録方法も自己申告に頼る研究が多く、思い出し忘れによる過小評価の可能性があります2。一方、施設入所者を対象にしたSunbeamプログラムでは明確な転倒減少が示されており4、暮らす場所や運動の内容(漸増的な負荷設定かどうか等)によって結果が変わる可能性があります。
1. どの重症度・診断(軽度認知障害か、認知症のどのタイプか)の方に向くかは十分に検証されていません1,2。
2. 在宅と施設で結果が異なる背景に何があるのか(運動の負荷設定、見守りの有無、生活環境の違いなど)は十分に分かっていません3,4。
3. 最適な「量」。運動の種類・頻度・強度・期間の最適な組み合わせは定まっていません1,2。
4. 効果の持続期間。多くの研究は数か月〜1年程度の観察にとどまり、長期的な効果は十分に検証されていません2,3。
5. 家庭環境の改善(住宅改修)と運動を組み合わせる意味がどこまであるかも、研究によって結果が異なります3。
研究の数値は集団の平均的な変化です。認知機能の程度・生活環境・身体機能が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではなく、個人の結果を保証するものではありません。
・歩行にかかる時間・歩き方の安定性1
・転倒への恐怖感1
・立ち上がり動作の能力4
・施設入所者での転倒発生率・けがを伴う転倒(Sunbeamプログラムの場合)4
・転倒を経験した人数(研究間で差なし)2,3
・認知機能そのものへの効果(今回の研究群では検討されていません)
運動は「転倒の危険因子(バランス・歩行・恐怖感)に働きかける一つの手段」であり、認知症のある方の転倒予防をまとめて解決するものではありません。生活環境の見直し(住宅改修・照明・履物)や見守り体制、身体機能に合わせた運動の負荷設定を組み合わせることが前提です。高齢者全般のバランス運動の選び方は、高齢者のバランス運動の種目別比較について解説した記事も参考になりますが、認知機能低下がある方では、声かけの仕方や課題の複雑さなど別の配慮が必要です。


研究では、軽度〜中等度の認知機能低下があり、見守りのもとで運動指示に一定程度従える方が主な対象です1,2,3,4。重度の認知症で指示理解が難しい方や、運動中の安全確保が困難な方については、今回ご紹介した研究では十分に検証されていません。
・立位や歩行時に強いふらつきがあり、支えがあっても不安定
・コントロールされていない心疾患・不整脈がある
・興奮や混乱が強く、運動中の安全な誘導が難しい
・強い起立性低血圧(立ちくらみ)がある
研究では重い有害事象の報告は多くありませんが4、認知機能低下がある方は指示の理解や状況判断が難しい場合があるため、運動中は見守りを確保し、疲労や混乱のサインを見逃さないことが大切です。
下記は「研究でよく使われた設定」であって、「これが唯一の正解」という意味ではありません。実際の設定は、認知機能・身体機能・生活環境に合わせて専門職が判断します。
・期間:Sunbeamプログラムでは25週間の集中期間+6か月の維持期間という設定4
・内容:漸増的な負荷をかける筋力・バランストレーニング(Sunbeamプログラム)4、太極拳、二重課題トレーニングなど、研究によって幅がある1
・組み合わせ:住宅内の危険箇所の改善(環境調整)と組み合わせた研究もある3
・見守り:多くの研究で専門職やスタッフの見守りのもとで実施
大切なのは「運動をすること」自体ではなく、「その方の認知機能・身体機能に合わせて、安全に続けられる形にすること」です。介護をされているご家族の負担についても、認知症の介護者支援プログラムについて解説した記事で扱っていますので、あわせてご覧ください。
認知症のある方の転倒予防を検討するときは、「運動でバランスや歩行に前向きな変化が期待できても、転倒が確実に減るとは言い切れない」という要点を共有することが大切です。生活動線、段差、照明、履物を確認し、運動と環境調整を並行して進めます。認知機能に応じて、指示を短く区切る、目印を使う、同じ手順を繰り返すなど、伝え方も調整します。転倒を完全にゼロにすることだけを目標にせず、けがを小さくする体づくりと、家族が無理なく見守れる環境づくりをあわせて考えます。
本記事は、株式会社Journey Rehab代表の作業療法士・田中 光が執筆し、文献内容を2026年9月11日に確認しました。当社の訪問自費リハビリの案内を含みますが、特定の企業から本記事作成に関する資金提供は受けていません。外部の医師による個別監修は受けていないため、診断や治療方針は主治医へご相談ください。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Li F, Harmer P, Eckstrom E, Ainsworth BE, Fitzgerald K, Voit J, Chou LS, Welker FL, Needham S. Efficacy of exercise-based interventions in preventing falls among community-dwelling older persons with cognitive impairment: is there enough evidence? An updated systematic review and meta-analysis. Age and Ageing. 2021. doi:10.1093/ageing/afab110. PMID: 34120175. PMCID: PMC8437077. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34120175/
3. Taylor ME, Wesson J, Sherrington C, Hill KD, Kurrle S, Lord SR, Brodaty H, Howard K, O'Rourke SD, Clemson L, Payne N, Toson B, Webster L, Savage R, Zelma G, Koch C, John B, Lockwood K, Close JCT. Tailored Exercise and Home Hazard Reduction Program for Fall Prevention in Older People With Cognitive Impairment: The i-FOCIS Randomized Controlled Trial. The Journals of Gerontology: Series A (J Gerontol A Biol Sci Med Sci). 2021. doi:10.1093/gerona/glaa241. PMID: 32949456. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32949456/
4. Mak A, Delbaere K, Refshauge K, Henwood T, Goodall S, Clemson L, Hewitt J, Taylor ME. Sunbeam Program Reduces Rate of Falls in Long-Term Care Residents With Mild to Moderate Cognitive Impairment or Dementia: Subgroup Analysis of a Cluster Randomized Controlled Trial. Journal of the American Medical Directors Association. 2022. doi:10.1016/j.jamda.2022.01.064. PMID: 35196481. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35196481/
