
先に結論
舌の力が強くなることと、安全に食べられることは同じではありません。舌圧が上がった研究でも誤嚥の指標が変わらない場合があります。医師・言語聴覚士の嚥下評価を受け、食形態や食べ物を使う練習を自己判断で変えないことを優先します。
「飲み込むときに食べ物が口に残る」「舌に力が入らない気がする」――脳卒中のあと、飲み込み(嚥下)についてこうした疑問をもつ方に向けて整理します。この記事では、舌を上あごに押し付けるなどして舌の力をきたえる「舌の筋力トレーニング(舌圧トレーニング)」について、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを作業療法士の立場から整理します。結論から言うと、舌の筋力トレーニングで「舌の力」が強くなることは比較的一貫して報告されています。一方で、それが「むせにくさ」や「安全に飲み込めること」にまでつながるかは、研究によって結果が分かれています1。
この記事で分かること
- 研究の対象・比較条件・結果と、分かっていないこと
- 検査の評価と、生活場面でできることを分けて考える視点
- 生活での相談例と、安全上の注意・中止や受診の目安
舌の筋力トレーニングとは何か
舌は、口の中で食べ物をまとめ、のどの奥へ送り込む「ポンプ」のような役割をしています。脳卒中のあとは、この舌の力(舌を上あごに押し付ける力=舌圧)が弱くなることがあり、口の中に食べ物が残る、送り込みに時間がかかる、といった飲み込みにくさの一因になると考えられています1。
入院・通院中の患者さんを対象にした研究をまとめた報告では、舌の力が低い方ほど飲み込みの回復が遅い、肺炎が多いといった傾向が報告されています2。ただし、これは「舌の力が低いこと」と「経過」の関係を見たもので、舌をきたえれば必ずそれらが変わるという意味ではありません2。
舌の筋力トレーニングは、舌を上あごに強く押し付ける運動をくり返し行う方法です。研究では、舌の上に小さな空気の入った風船(センサー)をのせ、押し付けた力を数値で確認できる専用の機器(IOPIなど)を使って、目標の強さを決めて練習することが多くなっています13。舌の前の方で押す練習と、奥の方で押す練習を組み合わせる方法や、決められた強さにぴったり合わせる「正確さ」の練習を加える方法もあります1。
飲み込みのリハビリには、口のまわりやのどの運動、姿勢の工夫など、ほかにもさまざまな方法があります。飲み込みと口の中の清潔の関係については、脳卒中後の口腔ケアについて解説した記事で紹介しています。

研究では何が分かっているか
先にまとめると、「舌の力そのもの」は多くの研究で強くなっていますが、「飲み込みの安全性」については結果がそろっていません。
舌の筋力トレーニングの前後で飲み込みのレントゲン検査(嚥下造影検査)を行った7件の研究(6〜29名、主に脳卒中の方)をまとめた研究では、機器を使って練習したすべての研究で舌の力が強くなっていました1。一方で、むせ・誤嚥(気管への入り込み)が少なくなったかどうかは研究によって結果が分かれ、口やのどに残る量が減ったという報告も一部の研究・一部の飲み物に限られていました1。研究方法がばらばらだったため、結果を統合する計算(メタ分析)はできませんでした1。
発症から4〜20週の、脳卒中による飲み込みにくさがある方14名を、2種類の舌のトレーニング方法に割り付けた研究では、言語聴覚士の指導のもとで1回60回の練習を週2〜3回、8〜12週間行いました3。解析した11名を合わせると、舌の奥の力は平均21kPaから41kPaに増え、さらっとした液体を飲んだあとにのどに残る量も減りました3。しかし、誤嚥などを検査で評価した指標は、はっきりとは変わりませんでした。無治療の対照群がないため、自然回復や併用した支援の影響を区別できません3。
韓国の小規模なランダム化比較試験(16名)では、通常の嚥下訓練に舌の力と正確さのトレーニングを加えたグループで、舌の力と、飲み込み評価のうち「舌の動き」の項目が、通常の嚥下訓練のみのグループより良い結果だったと報告されています4。また、嚥下障害のある65歳以上の方を対象にした研究の統合では、舌の抵抗運動で舌の力が平均で約4kPa強くなったと報告されています。一方、嚥下訓練全体としても、のどの入り口の開き具合や飲み込みに関する生活の質では、はっきりした差はみられませんでした5。
⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと:
飲み込みにくさがある方は、自己判断で食べ物や飲み物を使った練習を始めないでください。舌の筋力トレーニング自体は食べ物を使わない運動ですが、「どの程度の飲み込みにくさがあるのか」「どんな食事の形が安全か」は、医師や言語聴覚士による評価が必要です。食事中のむせが増えた、食後に声がガラガラする、原因のはっきりしない発熱がある、といった場合は早めに主治医に相談してください。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
舌の筋力トレーニングの研究には、次のような限界があります。
どのくらいの飲み込みにくさの方に最も合うのか、最適な回数・頻度・期間はどのくらいかは、まだ分かっていません1。舌の力が強くなることが、どのような条件で「むせにくさ」や「食べられる食事の形」の変化につながるのかも、十分に分かっていません13。研究の多くは数週間〜3か月程度で、トレーニングをやめたあとに舌の力がどのくらい保たれるのかといった長期的な経過も、今後の研究が必要です。
研究全体では「舌の力は強くなりやすい」という一定の傾向がありますが、発症からの時期や飲み込みにくさの原因は人によって異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
舌を上あごに押し付ける力(舌圧)は、多くの研究で強くなっています135。さらっとした液体を飲んだあとに、のどに残る量が減ったという報告もあります3。
むせ・誤嚥の程度は、研究によって結果が分かれています13。食事の形(普通食に戻れるかなど)や、飲み込みに関する生活の質については、はっきりした結論は出ていません15。
つまり、舌の筋力トレーニングは「舌の力」という土台づくりには役立つ可能性がありますが、それだけで飲み込みの問題が解決するとは限りません。飲み込みはのど・呼吸・姿勢などの多くの要素がかかわるため、他の練習や食事の工夫と組み合わせて考えることが大切です。のどの筋肉への電気刺激については、脳卒中後の飲み込みに対する電気刺激について解説した記事で紹介しています。
どんな人に検討され、どんな人は注意が必要か
研究で対象になってきたのは、脳卒中のあとに飲み込みにくさがあり、舌の力が低下している方です13。指示を理解して、舌を上あごに押し付ける動作をくり返し行える方が中心でした3。検査で「口の中に食べ物が残りやすい」「送り込みに時間がかかる」と言われている方では、専門職と相談しながら検討する場面があります。
重い飲み込みにくさがある方、のどの通り道がほとんど開かない方は研究の対象から外れていました3。言葉の理解が難しい方、疲れやすい方、口の中に傷や痛みがある方は、無理に行わないようにしましょう。飲み込みにくさの原因が舌の力以外(のどの感覚、呼吸との協調など)にある場合は、舌の練習だけでは不十分なことがあります。

回数・頻度・期間の目安
以下は研究で採用された条件や集団向けの目安です。個人への練習処方ではありません。体調、合併症、評価結果に合わせて、始め方・量・中止基準を担当の医療職と決めてください。
研究で使われた方法は幅があり、「1回30〜90回の押し付け」「週2〜5日」「4〜12週間」などが用いられていました1。カナダのランダム化比較試験では、1回60回・週2〜3回・合計24回(8〜12週間)が予定されていました3。ただし、これらは研究での一例であり、最適な量が決まっているわけではありません1。
自宅での練習を続けるための工夫として、タイの脳卒中の方44名を対象にしたランダム化比較試験では、スマートフォンなどで見られる動画で練習方法を示したグループのほうが、冊子で示したグループより練習を続けられた割合が高いと報告されています(中央値42.9%対19.4%)6。ただし、1か月後の飲み込み機能の評価には差がみられず、動画を使っても練習を続けられた割合は半分に満たない程度でした6。
飲み込みのリハビリは、呼吸と飲み込みのタイミングの練習など、他の方法と組み合わせることもあります。呼吸と飲み込みの協調練習について解説した記事もあわせてご覧ください。
中止・受診・救急の目安
口や顎の痛み、強い疲労、息苦しさがあれば練習を中止して相談してください。食事中のむせの増加、食後の湿った声、繰り返す発熱、体重減少、水分が取れない場合は早めに受診します。食べ物が詰まり声が出せない・呼吸できないときは窒息の緊急事態であり、周囲に助けを求め、日本では119番へ連絡してください。食品や水で試す自己練習、食形態の変更、機器の口腔内使用は自己判断で行わないでください。
作業療法士の視点と生活での工夫
生活の目標から考える
生活を支える視点では、食卓での姿勢、疲れ、口腔ケア、指示を理解しやすい説明方法、練習を行う時間帯などを整理します。舌圧の数字だけを目標にせず、食事時間、むせ、食後の声、体重や水分摂取の変化などを医療職に伝える材料にします。むせがなくても誤嚥を否定できません。嚥下機能の評価、食形態や直接訓練の判断は医師・言語聴覚士と相談し、サービス案内を専門的な嚥下訓練の提供やその代替と受け取らないようにしてください。

ご自宅の生活やリハビリについて相談したい方へ
舌の筋力トレーニングは、適切な嚥下評価と専門職による方法の確認を前提に検討する方法です。一方で、研究では「舌の力」の変化に比べて「飲み込みの安全性」の変化ははっきりしていません。飲み込みの評価を受けたうえで、食事の工夫や他の練習と組み合わせ、無理なく続けられる形を一緒に考えることが大切だと考えています。
まとめ
よくある質問
Q. 舌の筋力トレーニングは脳卒中後の飲み込みに役立ちますか?
Q. 専用の機器がなくても練習できますか?
Q. 1日に何回くらい行えばよいですか?
Q. むせがあるのですが、自宅で練習してもよいですか?
Q. どのくらいで変化が出ますか?
Q. 練習を続けるコツはありますか?
参考文献
ご自宅の生活やリハビリについて相談したい方へ


