
先に結論
腕こぎなどの運動で心肺持久力の指標が高まる研究があります。ただし、生活の質・気分・日常動作への影響と長期の安全性には不確かさが残ります。損傷の高さ、肩や皮膚、血圧・体温調節を確認し、研究の運動量をそのまま自分のメニューにしないことが大切です。
「車椅子の生活になってから体力が落ちた」「脊髄損傷があってもできる運動を知りたい」――脊髄損傷のある方やご家族から、こうした疑問をもつ方に向けて整理します。この記事では、脊髄損傷のある方の有酸素運動と体力づくりについて、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを作業療法士の立場から整理します。結論から言うと、2週間を超える運動を対象としたレビューでは、心肺の持久力(全身持久力)の指標が高まったという研究は多くあります。ただし、ランダム化比較試験の数は少なく、生活の質や気分への影響はまだはっきりしていません14。
この記事で分かること
- 研究の対象・比較条件・結果と、分かっていないこと
- 検査の評価と、生活場面でできることを分けて考える視点
- 生活での相談例と、安全上の注意・中止や受診の目安
脊髄損傷と体力の関係
脊髄損傷のあとは、動かせる筋肉が少なくなることや活動量が減ることから、心肺の持久力が低くなりやすいことが知られています。心肺の持久力の低さは、生活習慣病などのリスクとも関係するとされています1。
とくに首の高さで損傷した方(四肢まひ)では、胸や腰の高さの損傷の方(対まひ)に比べて、心肺の持久力が低い傾向があると報告されています1。一方で、心肺の持久力は運動によって変えられる部分もあるため、脊髄損傷のある方向けの運動の研究が進められてきました1。
脊髄損傷のある方の研究で多く使われているのは、腕でペダルをこぐ「腕こぎ運動(アームエルゴメーター)」、ハンドサイクル、車椅子こぎ、筋力トレーニング、水中運動などです123。歩行の練習については、脊髄損傷後の歩行トレーニングについて解説した記事で紹介しています。

研究では何が分かっているか
120件の研究(うちランダム化比較試験29件)をまとめた研究では、2週間を超える運動を行ったグループで、体重あたりの最大酸素摂取量(心肺の持久力の指標)が対照グループより平均2.9 mL/kg/分高く、こげる力の最大値も平均9ワット高い結果でした1。体重あたりの最大酸素摂取量の根拠の確かさは「中等度」と評価されています1。
RCTと前後比較などを含む全体の探索的な分析では、12週間までの運動で心肺の持久力の変化が大きかったこと、上半身の有酸素運動や筋力トレーニングで変化が大きかったこと、年齢が高い方の研究ほど変化が小さい傾向があったことも報告されています1。
発症から1年以上たった脊髄損傷のある方を対象に、腕こぎ運動だけを行った18件の研究(235名、首から腰までさまざまな損傷の高さ)をまとめた研究では、心肺の持久力が高まることについて「中等度」の確かさがあるとされました2。一方で、体組成、心臓や血管の病気のリスク、運動機能、生活の質への影響は、根拠の確かさが「非常に低い」とされています2。肩の痛みの増加を示す報告は限られていましたが、有害事象の報告不足から安全が保証されるわけではありません2。
水中運動を調べた8件の研究をまとめた研究では、身体機能や有酸素能力で良い結果が多く報告されましたが、質の高い研究は1件もなく、根拠は「弱い」とされています3。
脊髄損傷のある方では、呼吸の筋肉の力も体力に関わります。呼吸の練習については脊髄損傷後の呼吸筋トレーニングについて解説した記事もあわせてご覧ください。
⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと:
胸の上のほう(おおむね第6胸髄)より高い位置の損傷がある方では、運動中に急な血圧上昇・ひどい頭痛・顔の紅潮や汗などが起こる「自律神経過反射」に注意が必要です。研究でも、運動中の自律神経過反射、ふらつき(立ちくらみ)、足の床ずれなどが報告されています1。こうした症状が出たら運動を中止し、事前に主治医と対処方法を確認しておいてください。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
脊髄損傷のある方の運動の研究には、次のような限界があります。
運動の最適な強さ・時間・頻度や、損傷の高さ・発症からの時期によってどの運動が合うのかは、まだ十分に分かっていません12。2026年のコクランレビューでも、運動で心肺の持久力が高まる可能性は示されたものの確実性は低く、日常の動きやすさ、生活の質、気分、有害事象への影響は「非常に不確か」とされています4。長期的に運動を続けた場合の影響も、今後の研究が必要です。
心肺の持久力の指標では一定の傾向がありますが、体組成や生活習慣病のリスク、生活の質については根拠が弱い段階です24。研究結果をすべての方に同じように当てはめることはできず、損傷の高さや合併症に合わせた調整が欠かせません。
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
心肺の持久力の指標(最大酸素摂取量)12、こげる力の最大値1。
体組成や心臓・血管の病気のリスク2、生活の質や気分24、日常の動きやすさ4、長期的な経過。
どんな人に検討され、どんな人は注意が必要か
体調が安定していて、車椅子の生活などで活動量が減っている方、体力の低下が気になる方、自宅や地域で続けられる運動を探している方などでは、主治医と相談しながら取り入れる場面があります12。
自律神経過反射を起こしたことがある方、起き上がったときに血圧が下がりやすい方、床ずれや皮膚のトラブルがある方、肩の痛みがある方、体温の調節が難しく暑さで体調をくずしやすい方は、運動の内容や環境の調整が必要です。
運動中に座面やお尻の皮膚がこすれたり、長時間同じ姿勢が続いたりすると床ずれの原因にもなります。脊髄損傷後の褥瘡(床ずれ)とリハビリについて解説した記事もあわせてご確認ください。
運動の量・頻度・期間の目安
更新された国際ガイドラインの公式資料は、主に受傷1年以上・18〜64歳を対象としています。受傷後間もない方や高齢の方、合併症のある方は、下記の集団向け目安をそのまま使わず担当医療職と相談してください。
以下は研究で採用された条件や集団向けの目安です。個人への練習処方ではありません。体調、合併症、評価結果に合わせて、始め方・量・中止基準を担当の医療職と決めてください。
脊髄損傷のある成人向けに作られた運動ガイドラインでは、体力のために「中等度〜高強度の有酸素運動を少なくとも20分、週2回」と「主な筋肉の筋力トレーニングを週2回(1種目8〜10回を3セット)」が示されています5。その後の改訂版でも、体力のための目安は同じとされています1。
腕こぎ運動の研究では、1回30〜40分、軽い〜きつめの強さで週3〜5回、2〜16週間といった方法がとられていました2。2023年の研究では、週3回以上の運動でこげる力の変化が大きかったと報告されています1。
ただし、これらはあくまで研究やガイドラインの目安です。いきなり目標の量をめざすのではなく、短い時間・軽い強さから始め、体調を確認しながら少しずつ増やしていくことが大切です。

中止・受診・救急の目安
運動中に急な強い頭痛、顔の紅潮・発汗、血圧上昇などが起きた場合は、自律神経過反射などの可能性があるため直ちに中止し、事前に医療機関から示された対応を行ってください。重い症状が続く、対処法が分からない、胸痛や意識の変化がある場合は救急対応を優先し、日本では119番へ連絡してください。肩の痛み、立ちくらみ、皮膚の赤みや体温上昇も中止・相談の目安です。
作業療法士の視点と生活での工夫
生活の目標から考える
車椅子での生活では、運動の成績だけでなく、外出や移乗の後にどれくらい疲れるか、肩の痛みが残らないか、皮膚に赤みがないかを一緒に確認します。腕こぎの機器を使う場合も、座位や机の高さが合わないまま回数を増やすと、肩や手首に負担がかかることがあります。運動、休憩、除圧、気温への対策を生活の予定の中で考え、医学的な運動の適応と血圧への対処は主治医と共有します。水中運動は移乗、体温、皮膚の状態にも配慮が必要で、自宅での練習の代わりに一律に勧めるものではありません。

ご自宅の生活やリハビリについて相談したい方へ
脊髄損傷のある方でも、腕こぎ運動や筋力トレーニングなどで心肺の持久力の指標が高まったという研究は多くあります。一方で、生活の質や気分への影響はまだはっきりしておらず、自律神経過反射や床ずれなど、脊髄損傷ならではの注意点もあります。安全に続けられる量と方法を、体調を確認しながら一緒に考えることが大切だと考えています。
まとめ
よくある質問
Q. 脊髄損傷があっても有酸素運動はできますか?
Q. どのくらいの運動量が目安ですか?
Q. 四肢まひでも運動の意味はありますか?
Q. 腕こぎ運動で肩を痛めませんか?
Q. 水中運動はおすすめですか?
Q. 運動中に頭痛や汗が出たらどうすればよいですか?
参考文献
追加参考資料:国際SCI運動ガイドライン(2018年更新)の公式解説・FAQ。University of British Columbia 公開PDF(2019)
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