
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「脳卒中の後、口の中のケアはどこまで大切なの?」「肺炎を防ぐために家でできることはある?」——飲み込みに不安がある方やご家族から、よくいただく質問です。脳卒中の後は、麻痺や飲み込みのしにくさから口の中が汚れやすく、誤嚥性肺炎(食べ物やだ液が気管に入って起こる肺炎)が心配されます。この記事では、脳卒中後の口腔ケアについて、研究で分かっていることと、まだはっきりしないことを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。結論から言うと、口腔ケアは大切な習慣ですが、「これだけで肺炎を確実に防げる」と言い切れるほど研究がそろっているわけではありません。

・口の中を清潔に保つことは、肺炎のリスクを下げることを目指す基本的なケアとして重視されています。
・15件の研究(約3,631名)をまとめた大規模な総説では、口腔ケアの取り組みで入れ歯の汚れや知識は良くなった一方、自分の歯の汚れや肺炎の予防については、はっきりした結論を出せる十分な質のデータがないとされました1。
・飲み込みに障害のある方を対象にした近年の試験では、口腔ケアを強化したグループで肺炎の割合が低かったとの報告があります(10.3%対32.4%)2。
・研究の質はまだ低く、最適なケアの方法・頻度は定まっていません1,3。それでも、口腔ケア自体は本人の快適さや尊厳のためにも意味のある習慣です。
・家族が口腔ケアの方法を学ぶことも研究されており、家庭での実践に役立つ視点です4。
口腔ケアとは、歯みがき・入れ歯の手入れ・舌や粘膜の清掃・保湿など、口の中を清潔で健康な状態に保つケアの総称です。脳卒中の後は、手の麻痺で歯みがきがしにくくなったり、顔や口の動きが弱まったり、飲み込みがしにくくなったりして、口の中に汚れやだ液がたまりやすくなります。すると、細菌の混じっただ液や食べ物が気管に入り込み、誤嚥性肺炎という肺炎につながることがあります。誤嚥は、むせて分かる場合だけでなく、むせずに静かに起こること(不顕性誤嚥)もあります。
こうした背景から、口の中を清潔に保つことは、肺炎のリスクを下げることを目指す基本的なケアとして、医療・介護の現場で重視されています。飲み込みの機能そのものや、むせ・肺炎との関わりについては脳卒中後の呼吸筋トレーニングについて解説した記事もあわせてご覧ください。ただし、「口腔ケアをすれば肺炎を確実に防げる」と言えるほど、研究がそろっているわけではありません。次に、実際の研究を見ていきます。
結論から正直にお伝えすると、口腔ケアには良い報告がある一方で、肺炎を防ぐ効果を確実に示すほどの質の高いデータはまだそろっていません。代表的な研究をみていきます。
肝心の肺炎については、通常のケアと比べた場合の差ははっきりせず(オッズ比4.17、95%信頼区間0.82〜21.11)、プラセボと比べた場合も統計的にははっきりしませんでした(オッズ比0.39、95%信頼区間0.14〜1.09)。ただし、口の中の細菌を減らすジェルを使った一部の研究では、肺炎が少ない傾向が示されました(オッズ比0.20、95%信頼区間0.05〜0.84)1。さらに、飲み込みに障害のある方を対象にした近年の試験では、口腔ケア・口の運動・飲み込みの教育などを組み合わせて強化したグループで、肺炎の割合が10.3%(39人中4人)と、通常ケアの32.4%(37人中12人)より低かったと報告されています2。集中治療の場でも、口腔ケアを強化して肺炎が減ったとする報告があります3。

研究をふまえると、口腔ケアに現実的に期待できるのは、まず「口の中を清潔に保ち、入れ歯の汚れを減らし、口の健康や快適さを支える」ことです1。これらは肺炎の有無にかかわらず、食べる楽しみや会話、生活の質にとって大切です。そのうえで、口の中を清潔に保つことが肺炎のリスクを下げる方向に働く可能性は、いくつかの研究で示唆されています1,2,3。とくに飲み込みに障害のある方では、口腔ケアを大切にする意味が大きいと考えられます。
一方で、「口腔ケアだけで誤嚥性肺炎を確実に防げる」ことは、現時点の研究でははっきり示されていません1。肺炎は、飲み込みの状態・全身の体力・持病・栄養など、さまざまな要因が関わります。口腔ケアはそのうちの大切な一つですが、飲み込みの評価や姿勢・食形態の工夫、体力づくりなどと組み合わせて考えるのが現実的です。ご家族が関わる場面が多いテーマでもあり、家族が体調や生活を支える視点は脳卒中後の介護者支援について解説した記事もあわせて参考になります。
研究では「これだけやればよい」という決まった方法は定まっていませんが、家族が口腔ケアの方法を学ぶことは研究でも扱われており、家庭での実践に役立つ視点です4。以下は一般的な工夫の例です。安全なやり方は飲み込みの状態によって異なるため、実施前に専門職に確認してください。
・水分を使いすぎない:うがいが難しい方は、水を含ませすぎず、スポンジブラシや口腔ケア用ウェットシートで汚れをからめ取ります。
・毎日こまめに:食後や就寝前など、生活の流れの中に組み込みます。麻痺側は汚れが残りやすいので意識します。
・入れ歯も清潔に:外して洗い、口の粘膜も清掃・保湿します。
・保湿する:口が乾きやすい方は、保湿剤で乾燥を防ぎます。
・無理をしない:本人が嫌がるとき、出血や痛みがあるときは中止し、専門職に相談します。
食事中や食後によくむせる、飲み込みに時間がかかる、微熱や痰が続く、体重が減ってきた、といったときは、飲み込みや肺炎について主治医・歯科・言語聴覚士などの専門職に相談することをおすすめします。口腔ケアの安全な方法や、口の状態のチェック、必要に応じた歯科の受診についても、専門職に確認すると安心です。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Li Q, Li Y, Tian Y, Xiang J, Xu T, Tang E, He J. Effectiveness of the "CEME" oral health intervention program for preventing stroke-associated pneumonia in patients with post-stroke dysphagia: a randomized controlled trial. BMC Oral Health. 2025. DOI:10.1186/s12903-025-07190-w. PMID:41345604. PMCID:PMC12676861.
3. Yuan D, Zhang J, Wang X, Chen S, Wang Y. Intensified Oral Hygiene Care in Stroke-Associated Pneumonia: A Pilot Single-Blind Randomized Controlled Trial. Inquiry. 2020;57:46958020968777. DOI:10.1177/0046958020968777. PMID:33124506. PMCID:PMC7607750.
4. Kuo YW, Yen M, Fetzer S, Lee JD, Chiang LC. Effect of family caregiver oral care training on stroke survivor oral and respiratory health in Taiwan: a randomised controlled trial. Community Dent Health. 2015;32(3):137-142. PMID:26513847.
