東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「歩いていてバランスを崩したとき、足が思うように出ず、そのまま転んでしまう」。脳卒中の後遺症がある方から、よくうかがうお悩みです。こうした「とっさの立ち直り反応」をねらって練習するのが、バランス反応トレーニング(英語ではperturbation-based balance training、外乱を用いたバランス練習)です。この記事では、専門職が研究データと現場での実感をもとに、何がわかっていて、何がまだわかっていないのかを正直に整理します。
結論から言うと、外乱を用いた練習で「とっさのステップ反応」や「バランスへの自信」は変化しうることが複数の研究で示されています1,3,4。一方で、「日常生活での転倒そのものを減らせるか」については、まだ結論が出ていません1,2。
2. 研究では何が示されているのか
3. エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
4. 何が変わりやすく、何は変わりにくいか
5. どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要か
6. 回数・頻度・期間の目安
7. 当施設での経験・正直なまとめ
よくある質問
参考文献
私たちは立っているときも歩いているときも、無意識のうちに小さくバランスを崩し、そのつど立て直しています。とっさにバランスを崩したときに出る反応は、大きく2つに分けられます。ひとつは、動作の前にあらかじめ身構える「予測的な姿勢調整」。もうひとつは、崩れたあとに素早く足を踏み出したり手を伸ばしたりして立て直す「反応的な(リアクティブな)バランス反応」です。バランス反応トレーニングは、この後者、つまり「崩れたあとの立て直し」を重点的に練習する方法です。
具体的には、床(支持面)を前後・左右に急に動かす装置、トレッドミル上で急な加速・減速を加える方法、歩行中に脚を横方向へ引っぱる装置、セラピストが安全を確保したうえで軽く押す・引く、といったやり方で、わざと「予測できないバランスの崩れ」をつくり出します。そのうえで、素早く一歩踏み出して立て直す反応を、安全帯(ハーネス)などで守られた環境で繰り返し経験します2,3,4。転びそうな状況をあえて安全につくり、体に「立て直し方」を学習させる、という考え方です。
これは、ゆっくり重心を移動させたり、片脚立ちを保ったりする一般的なバランス練習とは目的が異なります。一般的なバランス訓練の位置づけについては脳卒中後のバランス訓練について解説した記事もあわせてご覧ください。バランス反応トレーニングは、その中でも「不意の崩れへの対応」に特化した練習と考えると整理しやすいです。

脳卒中の方を対象にした研究は少しずつ増えていますが、規模が小さいものが多く、方法もばらついています。現時点でわかっていることを、慎重に見ていきます。
脳卒中の方を対象にした9件の研究(合計364人)をまとめたレビューでは、外乱を用いたバランス練習が「転倒を減らす」ことを支持する十分な根拠は、現時点では得られていないと結論づけられました。バランスやステップ反応など、転倒に関わる要素への影響も、研究によって結果がまちまちでした。著者らは、対象人数が少ないことと、練習のやり方(回数・期間・使う装置)が研究間で大きく違うことを理由に挙げ、質の高い研究がさらに必要だとしています1。
発症から6か月以上たった慢性期の脳卒中の方83人を、外乱を用いた練習と、従来型のバランス練習に分けて比較した試験です。週2回・1時間を6週間、加えて追跡期間中に2回の補講を行いました。訓練後12か月間の転倒回数は、外乱練習群で1人あたり年1.45回、従来練習群で年1.72回と差がはっきりせず(発生率比0.85、95%信頼区間0.42〜1.69)、統計的な差はありませんでした。一方で、崩れに素早く反応する能力(反応的バランス制御の指標)は外乱練習群で高まり、その差は12か月後まで保たれていました。著者らは「結果は結論を出せる段階ではない。日常生活での転倒予防に役立つ可能性はあるが、効果を保つには継続的な練習が必要かもしれない」と述べています2。
回復期病院に入院中の亜急性期(発症から平均6週間ほど)の脳卒中の方34人を対象に、立位・トレッドミル歩行中の予測できない外乱を含む練習を、重心移動と歩行練習を行う群と比較しました。12回(1回30分)を約2週半で実施したところ、外乱練習群では前後方向の外乱に対して「複数歩ステップを踏まずに立て直せる範囲」が広がり(効果量は大きめ)、バランスへの自信の指標も中等度の改善が見られました。一方、バランス評価尺度(Berg Balance Scale)や6分間歩行・10m歩行では、群間の差は見られませんでした3。
慢性期の脳卒中の方54人を、歩行中に脚を「正しい位置から遠ざける向きに」引っぱる外乱群、「正しい位置へ近づける向きに」助ける群、ほとんど力を加えない対照群の3群に分けました。週2回・最大30分を12週間、その後12週間追跡しています。外乱群だけで、麻痺側の足を置く位置の調整(歩隔の調整)が4週目から増え、追跡期間まで保たれました。研究期間全体の転倒発生率は外乱群のほうが対照群より低かった(発生率比0.53)ものの、著者らは「サンプルサイズが小さいため慎重な解釈が必要」とし、機能的な歩行評価などの臨床指標では群間差がなかったと報告しています4。
このほか、1回だけの「つまずき特化型」や「屋外での滑り特化型」の練習でも、崩れたあとの体幹の倒れ込みが小さくなる、立て直しの指標が半年〜1年後まで保たれる、といった報告があります5,6。ただしいずれも人数が少なく、「だから転倒が減る」とまでは言い切れません。転倒への対策全体の考え方は脳卒中後の転倒とリハビリについて解説した記事で整理しています。
・研究の多くは参加者が10〜50人程度と小規模で、結果の確からしさは高くありません1。
・外乱の与え方(床を動かす/トレッドミル/脚を引く/セラピストが押す)、回数、期間、比較する相手が研究ごとに大きく異なり、結果をひとまとめにしにくい状況です1。
・転倒は自己申告で数えることが多く、数え漏れが起きやすい点にも注意が必要です2。
・日常生活での転倒そのものを減らせるかどうかは、現時点でははっきりしていません1,2。
・どのくらいの回数・頻度・期間で行うのがよいか、装置を使わない方法でどこまで代替できるかは定まっていません1。
・発症からの時期(急性期・回復期・生活期)や麻痺の重さによって向き不向きが変わる可能性がありますが、十分に検証されていません3。
・崩れに対応する力が高まっても、それが実生活の複雑な場面(人混み、暗い場所、ペットや荷物)にどこまで生きるかは、まだ十分に確かめられていません4。
つまり現段階では、「とっさの立て直し反応という“部品”は変わりうるが、それが転倒という“最終結果”を減らすかは未確定」という理解が妥当です。研究結果は執筆時点のもので、今後変わる可能性があります。
・複数歩ふまずに立て直せる「余裕の範囲」3
・バランスへの自信(活動時のバランス自信スケールなど)3,6
・歩行中の足の置き場所の微調整4
・Berg Balance Scaleなど、ゆっくりした課題中心のバランス評価3
・日常生活での転倒回数1,2
・麻痺側の脚そのものの動き4
とっさの立て直しには、脚だけでなく体幹の働きも関わります。姿勢の土台づくりについては脳卒中後の体幹トレーニングについて解説した記事もあわせて参考にしてください。

・つまずき・ふらつきのあとの立て直しが遅いと指摘されている方
・転倒への不安から外出や活動範囲が狭くなっている方
・安全帯やセラピストの介助で、安全を確保できる環境が用意できる場合
・起立性低血圧やめまいがあり、急な動きで血圧が下がりやすい方
・重い骨粗しょう症、最近の骨折、人工関節など、転倒時のけがのリスクが高い方
・重度の感覚障害や、痛み・強い痙縮(つっぱり)がある方
・立位保持がまだ不安定で、安全帯なしでは崩れを止められない方
・けいれん発作の既往がある方、著しい疲労がある方(過去の試験では、まれに発作や関節の痛み・筋肉痛の報告があります2)
こうした場合は、外乱の強さや方向を落とす、まず一般的なバランス練習や筋力づくりから始めるなど、主治医・リハビリ専門職と相談しながら進めます。
研究で使われたやり方には幅がありますが、目安として次のような設定が報告されています。あくまで研究の条件であり、最適な量は決まっていません1。
週2回・1回30〜60分を、2週半〜12週間2,3,4
1セッションで数十回(研究によっては1人あたり合計で数百回)2
崩れへの反応の変化が、訓練後6〜12か月まで保たれたとする報告がある一方2,6、維持のために継続や補講が必要かもしれないとされています2
実際には、一般的なバランス練習・筋力づくり・歩行練習と組み合わせ、その一部として少しずつ外乱の要素を取り入れる形が現実的です。

Journey Rehabでも、「歩行はできるのに、ふらついた瞬間に足が出ず怖い」という方を担当することがあります。訪問リハビリでは大型の外乱装置は使えないため、平行棒や壁・手すりで安全を確保したうえで、セラピストが方向を予告せずに軽く体を押す・引く、バランスマットの上で不意に体重を移す、といった形で「崩れて立て直す」経験を少しずつ増やしています。
数週間続けると、「とっさに足が出るようになった気がする」「外を歩くときの怖さが減った」とおっしゃる方がいる一方で、変化がはっきりしない方、疲れやすさや痛みで強度を上げられない方もいます。全員に同じ手応えが出るわけではありません。
※この体験ボックスの内容は、担当者の記録をもとに今後さらに具体化していく予定です。
まとめると、外乱を用いたバランス反応トレーニングは「とっさの立て直し反応」や「バランスへの自信」を変えうる練習として、研究でも現場でも一定の手応えがあります。ただし、日常生活の転倒を減らせるかは未確定で、単独の方法というより、他の練習と組み合わせて使うものと考えるのが現実的です。始める際は、安全の確保と個別のリスク評価が欠かせません。
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、特定の治療法や医療行為を推奨・保証するものではありません。診断・治療・リハビリの方針は、体の状態によって一人ひとり異なります。実施の前に、必ず主治医やリハビリ専門職にご相談ください。記載した研究データは執筆時点(2026年8月)のもので、今後の研究で結論が変わる可能性があります。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Mansfield A, Aqui A, Danells CJ, et al. Does perturbation-based balance training prevent falls among individuals with chronic stroke? A randomised controlled trial. BMJ Open. 2018. PMID: 30121600. PMCID: PMC6104758. DOI: 10.1136/bmjopen-2018-021510
3. Handelzalts S, Kenner-Furman M, Gray G, et al. Effects of Perturbation-Based Balance Training in Subacute Persons With Stroke: A Randomized Controlled Trial. Neurorehabil Neural Repair. 2019. PMID: 30767613. DOI: 10.1177/1545968319829453
4. Krause AA, Reimold NK, Embry AE, et al. Effect of mediolateral leg perturbations on walking balance in people with chronic stroke: A randomized controlled trial. PLoS One. 2024. PMID: 39378234. PMCID: PMC11460716. DOI: 10.1371/journal.pone.0311727
5. Schinkel-Ivy A, Huntley AH, Aqui A, Mansfield A. Does Perturbation-Based Balance Training Improve Control of Reactive Stepping in Individuals with Chronic Stroke? J Stroke Cerebrovasc Dis. 2019. PMID: 30630753. DOI: 10.1016/j.jstrokecerebrovasdis.2018.12.011
6. Purohit R, Gangwani R, Dusane S, Bhatt T. Long-term retention effects of overground walk-slip training on clinical outcomes among people with hemiparetic stroke. Top Stroke Rehabil. 2026. PMID: 40879108. DOI: 10.1080/10749357.2025.2547614
