多発性硬化症の排尿トラブルと骨盤底筋トレーニング|研究・注意点

· 神経難病情報
田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立

多発性硬化症(MS)の排尿トラブルと骨盤底筋トレーニング|研究と限界を正直に解説

多発性硬化症(MS)では、トイレが近い、急に強い尿意が起こる、間に合わずもれる、尿が出にくい、出し切れない感じがするといった症状が起こることがあります。症状は同じように見えても、膀胱に尿をためる働きの問題と、尿を出す働きの問題では対応が異なります。

骨盤底筋トレーニングは、尿もれや尿意切迫などをやわらげる可能性が報告されています。ただし、残尿や排尿困難がある方に自己判断で行うものではなく、薬物療法や導尿の代わりにもなりません。まず症状の型を医療機関で確認し、必要に応じて組み合わせる方法です。

SECTION 01

排尿トラブルは「ためる」と「出す」に分けて考える

ためる働きの症状
頻尿、夜間頻尿、突然の強い尿意、尿意切迫に伴う尿もれなど。
出す働きの症状
尿が出始めにくい、勢いが弱い、途中で止まる、残っている感じがするなど。残尿が多いと感染や腎・尿路への影響につながることがあるため、評価が重要です。

MS全体の運動や生活上の注意は多発性硬化症の運動療法について解説した記事、疲労への対応は多発性硬化症の疲労とリハビリについて解説した記事も参考にしてください。

SECTION 02

骨盤底筋トレーニングとは

骨盤底筋は、骨盤の底で膀胱や直腸などを支え、尿道を閉じる働きに関わる筋肉群です。練習では、肛門と尿道の周囲を内側へやさしく引き上げるように意識し、息を止めずに数秒保ち、その後は十分にゆるめます。腹筋・お尻・内ももを強く固めることとは異なります。

専門職の説明を受けながら座位で呼吸と骨盤底筋を意識する練習
息を止めずにやさしく締め、同じくらい丁寧にゆるめます。感覚がつかみにくい場合は専門職に相談します。
注意:排尿中に尿を止める練習を繰り返すのは避けます。確認のため一度行う場合があっても、習慣化すると排尿が不完全になるおそれがあります。力の入れ方が分からない、痛みが出る、排尿後も残る感じが強い場合は中止し、医療職へ相談してください。
SECTION 03

研究でわかっていること

2022年のシステマティックレビュー・メタアナリシス

15研究をまとめた解析では、骨盤底筋トレーニングを含む介入により、尿もれ、過活動膀胱症状、骨盤底筋の筋力・持久力などの指標が良い方向へ変化する傾向が示されました。ただし、研究間で対象者や方法が異なり、主に短期の結果です1

2022年のレビュー

7研究・248人をまとめたレビューでは、排尿症状や生活の質の指標に良い変化が報告されました。一方、すべての研究に何らかのバイアスの懸念があり、結果を強く断定できないとされています2

遠隔指導を用いた比較試験

42人を対象にした試験では、8週間の遠隔骨盤底筋トレーニング群で排尿症状などの指標が改善し、生活上の助言だけの群では同様の変化がみられませんでした。小規模・短期間の試験であり、長期的な持続性は今後の検証が必要です3

また、理学療法や脛骨神経刺激などを含む21研究のレビューでは、介入ごとに結果が異なり、骨盤底筋トレーニングだけで排尿量が変わるとは限らないこと、尿を出しにくいタイプでは尿閉悪化に注意が必要なことが示されています4

排尿日誌を見ながら水分とカフェインのとり方を専門職に相談する様子
排尿日誌は、時間・量・尿意・もれと生活との関係を整理する手がかりになります。
SECTION 04

エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと

エビデンスの質と限界
研究全体では一定の傾向がありますが、参加人数が少ない研究が多く、練習の内容、併用療法、評価指標が統一されていません。盲検化が難しい介入でもあり、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
まだ分かっていないこと
最適な回数・保持時間・頻度・期間、どの排尿タイプに最も合うか、効果が長期に続くかは十分に確立していません。MSの重症度、疲労、感覚障害、男女差、併存疾患による違いも検証が限られています。
早めに医療機関へ相談する症状:
尿がほとんど出ない/下腹部が強く張る、発熱・悪寒・背中や脇腹の痛み、血尿、排尿時の強い痛み、急に悪化した排尿症状、新しいしびれや筋力低下がある場合は、運動より先に医療機関へ連絡してください。
SECTION 05

安全に実践するための考え方

1. まず評価する
症状、排尿日誌、服薬、尿検査、残尿測定などを必要に応じて確認し、ためる問題か出す問題かを整理します。
2. 正しい筋収縮を確認する
息こらえや腹部・お尻の過剰な力みを避けます。感覚がつかみにくい場合は、骨盤底リハビリに詳しい医療職へ相談します。
3. 疲労に合わせて分ける
MSでは疲労や温度の影響が大きいため、短いセットに分け、体調の良い時間帯を選びます。
4. 経過を記録し見直す
頻度、尿意、もれ、夜間の回数、出しにくさを記録し、悪化時は練習量を増やさず再評価します。
多発性硬化症の排尿症状について医師とリハビリ専門職に相談する様子
症状の型を確認し、泌尿器科・主治医・リハビリ専門職で対応を組み立てます。

骨盤底筋トレーニングは選択肢の一つです。薬物療法、間欠導尿、膀胱訓練、生活調整などが必要な場合があります。別の神経疾患に伴う尿もれの考え方は脳卒中後の尿もれについて解説した記事でも整理しています。

免責事項
本記事は一般的な医療情報の提供を目的とし、個別の診断や治療を代替するものではありません。排尿症状の原因と適切な対応は一人ひとり異なります。自己判断で治療や薬、導尿方法を変更せず、主治医・泌尿器科・専門職へ相談してください。
REFERENCES

参考文献

1. Kajbafvala M, et al. Pelvic floor muscle training in multiple sclerosis patients with lower urinary tract dysfunction: A systematic review and meta-analysis. Mult Scler Relat Disord. 2022. PMID: 35144089.

2. Yavas I, et al. Pelvic floor muscle training on urinary incontinence and sexual function in people with multiple sclerosis: A systematic review. Mult Scler Relat Disord. 2022. PMID: 35066277.

3. Bulbul SB, et al. Effects of pelvic floor muscle training applied with telerehabilitation in patients with multiple sclerosis having lower urinary track symptoms: A randomized controlled trial. Health Care Women Int. 2024. PMID: 37010419.

4. Vecchio M, et al. Management of bladder dysfunction in multiple sclerosis: a systematic review and meta-analysis of studies regarding bladder rehabilitation. Eur J Phys Rehabil Med. 2022. PMID: 35102733. PMCID: PMC9980558.
公開日:2026年8月29日/最終更新:2026年8月29日