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田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
脳卒中後の学習性不使用(使わないクセ)とは?麻痺した手を使わなくなる仕組みと研究を正直に解説
内容確認日:2026年7月25日
「本当は少し動かせるのに、気づくと麻痺した手をまったく使っていない」「何をするのも、つい良いほうの手だけで済ませてしまう」——脳卒中のあと、こうした状態に気づく方は少なくありません。これは、やる気や努力の問題ではなく、学習性不使用(がくしゅうせいふしよう)と呼ばれる、脳とリハビリの分野で古くから知られている現象です。結論から正直にお伝えすると、使う機会を意識的に増やすことで、この「使わないクセ」を巻き戻せる可能性は研究で示されています。ただし効果には個人差があり、まだはっきりしていない点も多くあります。この記事では、作業療法士の立場から、学習性不使用の仕組みと、研究で分かっていること・まだ分かっていないことを整理します。
この記事の内容
SECTION 01
学習性不使用(使わないクセ)とは何か
学習性不使用とは、脳卒中などで手足に麻痺が残ったあと、「本当は少し動かせるのに、その手足を使わなくなってしまう」状態を指します1。もともとは、動物の実験から生まれた考え方で、脳卒中後の手のリハビリを考えるうえで大切な概念として研究されてきました2。
なぜ「使わないクセ」がつくのでしょうか。麻痺した手は、思うように動かず、うまくいかない経験が重なります。すると「この手は使えない」という感覚が強まり、無意識のうちに良いほうの手だけで用事を済ませるようになります。その結果、麻痺した手を使う機会がさらに減り、動かしにくさが固定していく——という悪循環が起こると考えられています1。研究では、この背景に、患者さんが「失敗すること」に敏感になり、自分の手への自信(自己効力感)が下がることが関わっている、と説明されています1。また、感覚の障害や半側空間無視があると、学習性不使用がより強く出やすい可能性も指摘されています2。大切なのは、これは本人の努力不足ではなく、脳と経験の仕組みから自然に起こる現象だということです。
麻痺した手に無理のない小さな役割を持たせ、使う機会を少しずつ増やします。
SECTION 02
研究で分かっていること
まず全体像です。学習性不使用への基本的な考え方は、「使わないから使えなくなる」という悪循環を、「使う機会を増やす」ことで逆向きに回していく、というものです。麻痺した手を意識して使うよう促すアプローチ(拘束をともなう方法や、成功体験を増やす方法など)が、この悪循環を巻き戻すことをねらいに研究されてきました1,2,3。
研究紹介|ランダム化比較試験(2016年・慢性期の脳卒中18名)
Rubio Ballesterらの研究1では、発症から時間がたった慢性期の脳卒中患者18名を対象に、麻痺した手の「使う量」を増やすことをねらった訓練(バーチャルリアリティを使い、手の動きを画面上で少し大きく見せて成功体験を後押しする方法)と、同じ訓練で手の動きを強調しない方法(対照群)を比べました。1回30分の訓練を6週間続けたところ、訓練直後は両群とも腕の運動機能(Fugl-Meyer評価)が上がりましたが、12週後の追跡では、成功体験を後押しした群だけがさらに得点を伸ばし、対照群との差が統計的に意味のあるものになりました(p<0.05)。訓練中に麻痺手を使う量も、この群で増えていました。著者らは「自分の手への自信の低さに働きかけることで、学習性不使用を巻き戻せる可能性がある」と述べています。
別の慢性期の脳卒中を対象にした研究3でも、麻痺手の使用を促す訓練の後に、腕の運動機能や「日常で腕をどれだけ・どのくらいうまく使えたか」の指標が上がり、著者らは「繰り返し行う課題に沿った練習こそが機能の再獲得に重要だ」と結論づけています。麻痺した手を「どれだけ使えているか」を客観的に測る取り組みも進んでおり、その考え方は麻痺した手をどれだけ使えているか測るウェアラブルデバイスについて解説した記事でも紹介しています。手の動きを補助する機器を使った訓練の一つとして、脳卒中後の手のロボットリハビリについて解説した記事もあわせてご覧いただくと、全体像がつかみやすいと思います。
SECTION 03
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
エビデンスの質と限界
正直にお伝えすると、学習性不使用への働きかけに関する研究は、一つひとつの参加人数が少なく、方法も研究ごとに異なります1。学習性不使用の考え方をもとにした代表的なアプローチ(拘束をともなう方法)について、初期の複数の試験をまとめて検討した総説2では、条件をそろえて計算すると統計的にはっきりした差が出ないものもあり、「学習性不使用の理論はさらに検討が必要で、この治療の効果はまだ確定的とはいえない」と結論づけられています。研究全体では良い方向の傾向がありますが、対象者や方法が異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
まだ分かっていないこと
・どの程度の麻痺の方に最も向くのかは十分に確立していません。重度の麻痺の方に当てはまるかは、まだ明らかではありません1。
・腕の運動機能の得点は上がっても、日常生活の自立度(着替えや家事など)まで大きく変わるとは限りません1。
・最適な訓練の量・時間・期間ははっきり決まっていません1,2。
・感覚障害や半側空間無視との関係は指摘されていますが、どんな条件で学習性不使用が強まるかは、まだ検証の途中です2。
・腕の運動機能の得点は上がっても、日常生活の自立度(着替えや家事など)まで大きく変わるとは限りません1。
・最適な訓練の量・時間・期間ははっきり決まっていません1,2。
・感覚障害や半側空間無視との関係は指摘されていますが、どんな条件で学習性不使用が強まるかは、まだ検証の途中です2。
痛みや強い代償が出ない、達成しやすい課題から始めることが大切です。
SECTION 04
何が期待でき、何は変わりにくいか
正直に整理します。期待しやすいのは、麻痺した手を「使う量」が増えること、そして腕の運動機能の得点や、手への自信が少しずつ変わっていくことです1,3。「使わないクセ」に気づき、生活の中で意識して使う場面を増やすこと自体が、悪循環を止める第一歩になります。
一方で、変わりにくい・はっきりしないのは、日常生活すべての自立度や、重い麻痺の場合の大きな回復です1。腕の得点が上がっても、着替えや調理などの動作がすぐに一人でできるようになるとは限りません。学習性不使用への働きかけは「使う機会を増やして、持っている力を眠らせない」ための考え方であり、麻痺そのものを完全に元どおりにするものではない、という点は誤解のないようお伝えしています。
SECTION 05
どんな人に向いているか
研究の多くは、手や指がある程度動かせる方を対象にしています1,3。発症から時間がたった慢性期の方でも、使う量を増やす取り組みで変化がみられた例が報告されています1。良いほうの手だけで用事を済ませる習慣がついている方、麻痺手を「どう使っていいか分からない」と感じている方は、使う場面を作る工夫が取り入れやすい傾向があります。両手を組み合わせて使う練習も、日常につなげやすい方法の一つで、脳卒中後の両手を使うリハビリについて解説した記事もあわせて参考になります。一方、重い麻痺の方や感覚障害の強い方は、向き不向きや進め方に個別の配慮が必要です。
⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと:
「使う機会を増やす」ことは大切ですが、無理な酷使は逆効果になることがあります。痛みが出るほど頑張る、正しくない動かし方を繰り返す、肩や手首に負担をかけ続ける、といった状態は避けたいところです。とくに肩の痛みや手のむくみがあるときは注意が必要です。学習性不使用は本人の努力不足ではありません。できない自分を責めず、成功しやすい課題から始めることが大切です。痛みや違和感があるとき、進め方に迷うときは、担当の医師やリハビリ専門職にご相談ください。
「使う機会を増やす」ことは大切ですが、無理な酷使は逆効果になることがあります。痛みが出るほど頑張る、正しくない動かし方を繰り返す、肩や手首に負担をかけ続ける、といった状態は避けたいところです。とくに肩の痛みや手のむくみがあるときは注意が必要です。学習性不使用は本人の努力不足ではありません。できない自分を責めず、成功しやすい課題から始めることが大切です。痛みや違和感があるとき、進め方に迷うときは、担当の医師やリハビリ専門職にご相談ください。
急な変化は「使わないクセ」と決めつけない
それまでより急に手足が動かしにくくなった、顔がゆがむ、ろれつが回らない、見え方がおかしい、激しい頭痛がある場合は、脳卒中の再発を含む緊急症状の可能性があります。練習で様子を見ず、ためらわず119番へ連絡してください4。
それまでより急に手足が動かしにくくなった、顔がゆがむ、ろれつが回らない、見え方がおかしい、激しい頭痛がある場合は、脳卒中の再発を含む緊急症状の可能性があります。練習で様子を見ず、ためらわず119番へ連絡してください4。
家庭では熱い物や刃物を避け、軽く安全な物から役割を作ります。
SECTION 06
日常での取り入れ方の目安
研究や現場でよく用いられる考え方を、生活に落とし込むと次のようになります。いずれも「目安」であり、その方の状態に合わせた調整が必要です1,3。
1. 使う場面を決める … 「タオルを押さえる」「コップを支える」など、麻痺手に役割を持たせる場面を生活の中で決める。
2. 成功しやすい課題から … いきなり難しい動作ではなく、少しの手助けでできる課題から始めて、成功体験を積む。
3. 良いほうの手だけで済ませない … 気づいたときに、まず麻痺手を使えないか考える習慣をつける。
4. 使った量を見える化する … どれだけ使えたかを記録したり、機器で測ったりして、変化に気づけるようにする。
5. 無理をしない … 痛み・疲れ・代償的な動きが強くなるときは量を調整し、専門職に相談する。
2. 成功しやすい課題から … いきなり難しい動作ではなく、少しの手助けでできる課題から始めて、成功体験を積む。
3. 良いほうの手だけで済ませない … 気づいたときに、まず麻痺手を使えないか考える習慣をつける。
4. 使った量を見える化する … どれだけ使えたかを記録したり、機器で測ったりして、変化に気づけるようにする。
5. 無理をしない … 痛み・疲れ・代償的な動きが強くなるときは量を調整し、専門職に相談する。
大切なのは、一気に頑張ることではなく、生活の中に「麻痺手を使う小さな役割」を増やしていくことです。
SECTION 07
専門職と確認したい実践上のポイント
専門職が確認する主な項目
麻痺手の動く範囲や力だけでなく、生活の中で実際にどれだけ使えているか、どんな場面で避けているか、感覚障害や無視の有無、肩や手の痛み、疲れやすさを確認します。成功しやすい課題を選び、代償的な動かし方や痛みが強くならないよう量を調整します。ご本人の「できた」という手ごたえと自信を大切にしながら、生活の中で使う役割を少しずつ増やしていきます。
まとめると、学習性不使用は「使わないから使えなくなる」悪循環で、本人の努力不足ではありません。使う機会を意識的に増やすことで悪循環を巻き戻せる可能性は研究で示されていますが、効果には個人差があり、日常の自立や重い麻痺への効果ははっきりしていません。だからこそ、成功体験を大切にしながら、その方に合う形で生活の中に麻痺手の役割を増やしていくことが大切だと考えています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、特定の治療・診断を推奨したり、医療行為に代わるものではありません。麻痺の程度や向き不向きには個人差があります。実施の前には、必ず担当の医師やリハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点のもので、今後の研究で評価が変わる可能性があります。
Journey Rehabの訪問自費リハビリについて知りたい方へ
麻痺した手を生活の中でどう使っていくか、身体の状態を一緒に確認しながら考えます。
執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
・2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
・第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
・田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1). 日本老年療法学会.
Q & A
よくある質問
Q. 麻痺した手を使わないでいると、どんどん使えなくなりますか?
使う機会が減ると、動かしにくさが固定していく「悪循環」が起こると考えられています1。ただし、意識して使う機会を増やすことで、この流れを巻き戻せる可能性も研究で示されています。まずは無理のない範囲から、専門職と進め方を確認しましょう。
Q. 使わないのは、私の頑張りが足りないからでしょうか?
いいえ。学習性不使用は、うまくいかない経験が重なって自然に起こる現象で、努力不足ではありません1。自分を責めず、成功しやすい課題から始めることが大切です。
Q. 発症からかなり経っていますが、今からでも意味はありますか?
研究では、慢性期の方でも使う量を増やす取り組みで変化がみられた例が報告されています1。時期だけで判断せず、今の状態に合う進め方を専門職と相談するのがおすすめです。
Q. 良いほうの手を縛らないと意味がないのですか?
縛る方法はよく研究されてきた一つのやり方ですが、それだけが唯一の方法ではありません2。生活の中で麻痺手に役割を与える、成功体験を増やすなど、無理のない形から始める方法もあります。合う進め方を専門職と選びましょう。
Q. どのくらいやれば変化がありますか?
最適な量や期間ははっきり決まっていません1,2。研究では数週間の継続で変化がみられた例がありますが、個人差が大きいため、目安として捉え、負担にならない範囲で続けることが大切です。
Q. 手を使うと痛みが出ます。続けても大丈夫ですか?
痛みが出るほどの酷使は避けてください。肩や手の痛み・むくみがあるときは、量や動かし方の見直しが必要です。無理をせず、担当の医師やリハビリ専門職に相談しましょう。
REFERENCES
参考文献
1. Rubio Ballester B, Maier M, San Segundo Mozo RM, Castañeda V, Duff A, Verschure PFMJ. Counteracting learned non-use in chronic stroke patients with reinforcement-induced movement therapy. J Neuroeng Rehabil. 2016;13(1):74. PMID: 27506203.
2. van der Lee JH. Constraint-induced movement therapy: some thoughts about theories and evidence. J Rehabil Med. 2003;35(Suppl 41):41-45. PMID: 12817656.
3. Page SJ, Sisto S, Levine P, McGrath RE. Efficacy of modified constraint-induced movement therapy in chronic stroke: a single-blinded randomized controlled trial. Arch Phys Med Rehabil. 2004;85(1):14-18. PMID: 14970962.
4. 公益社団法人 日本脳卒中協会. 脳卒中の主な症状. 公式ページ(2026年7月25日閲覧).
2. van der Lee JH. Constraint-induced movement therapy: some thoughts about theories and evidence. J Rehabil Med. 2003;35(Suppl 41):41-45. PMID: 12817656.
3. Page SJ, Sisto S, Levine P, McGrath RE. Efficacy of modified constraint-induced movement therapy in chronic stroke: a single-blinded randomized controlled trial. Arch Phys Med Rehabil. 2004;85(1):14-18. PMID: 14970962.
4. 公益社団法人 日本脳卒中協会. 脳卒中の主な症状. 公式ページ(2026年7月25日閲覧).
