
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「手足は動くようになってきたのに、段取りよく家事ができない」「作業の途中で次に何をするか分からなくなる」「予定を立てて動くのが難しい」——脳卒中の後に、こうした「頭の中で計画を立てて動く力」の困りごとをいただくことがあります。これは遂行機能(実行機能)と呼ばれる働きの低下と関係していることがあります。結論から正直にお伝えすると、遂行機能に対するリハビリは臨床の現場で行われていますが、遂行機能そのものだけを取り出して確実に良くする方法は、まだ研究でははっきり確立されていません。一方で、生活の場面と結びつけた練習や、運動と組み合わせた取り組みなど、手がかりになる知見も報告されています。この記事では、脳卒中後の遂行機能障害について、研究で分かっていること・分かっていないこと、向いている人、進め方の考え方を、患者さんとご家族に向けて整理します。

・脳卒中や脳の損傷後の遂行機能障害に対する認知リハビリを集めた解析では、遂行機能そのものを確実に良くするという十分な質の根拠はまだ得られていない、と整理されています1。
・作業療法をまとめた解析では、遂行機能の課題成績で良い方向の傾向(標準化平均差0.49)が報告されましたが、根拠の確実性は「とても低い」とされています2。
・注意・記憶・遂行機能・全体的な認知など、生活と結びつけた認知リハビリを支持する知見も別の総説では示されています3。運動と認知課題を組み合わせる取り組みが遂行機能に関係する可能性も報告されています4。
・全体として「遂行機能だけを取り出して確実に上げる方法」は未確立で、生活場面に合わせた個別の工夫が中心になります。
遂行機能(実行機能)とは、「これをやろう」と目標を決め、手順を計画し、順番に実行し、途中で問題が起きたときにやり方を切り替える、といった一連の「段取りの力」をまとめた働きです。たとえば料理では、献立を決める・材料をそろえる・複数の作業を並行して進める・焦げそうになったら火を弱める、といった判断が必要になります。こうした場面をうまく進めるのに、遂行機能が関わっています。
脳卒中で前頭葉やそれをつなぐ回路が影響を受けると、この段取りの力が下がることがあります。手足の麻痺のように見た目で分かりにくい一方で、「作業の途中で止まってしまう」「二つのことを同時に進められない」「思い込みで進めて修正できない」「約束や予定を管理しづらい」といった形で、生活のあちこちに影響が出ることがあります。遂行機能は、注意(気を向け続ける力)や記憶と重なり合う部分も多く、これらは切り離しにくい関係にあります。関連して、脳卒中後の注意障害のリハビリについては脳卒中後の注意障害のリハビリについて解説した記事で、記憶の困りごとについては脳卒中後の記憶障害について解説した記事でも整理しています。
結論から正直にお伝えすると、遂行機能障害に対するリハビリは、「効果がはっきり確立した」とまではいえない段階です。研究の結果は方法や指標によってばらつき、確実性の高い根拠はまだ限られています。それでも、いくつかの手がかりは報告されています。
脳卒中後の認知障害に対する作業療法をまとめた解析(24試験・1142名)では、遂行機能の課題成績全体で良い方向の傾向(11試験・550名、標準化平均差0.49、95%信頼区間0.31〜0.66)が示されました。ただし、この結果の確実性は「とても低い」と評価されています。全体的な認知機能でも小さな良い傾向(9試験・432名、標準化平均差0.35)が報告されました2。
より広く脳損傷後の認知リハビリを検討した総説では、注意・記憶・遂行機能・全体的な認知リハビリを支持する相当量の根拠があると整理されています3。また、2026年に報告された比較的新しい解析では、運動が遂行機能に与える影響を検討し、運動と認知課題を組み合わせる方法が、幅広い運動量の範囲で安定した関係を示したと報告されています4。ただし、この知見も「どの人に、どの量で行えばよいか」を個別に判断するための補助情報として捉える必要があります。

このテーマは、期待できる部分と不確かな部分をていねいに分けて知っておくことが大切です。研究には次のような限界があります。
・脳卒中だけでなく外傷性脳損傷など、原因の異なる人がまとめて研究されていることがあり、脳卒中の方だけにそのまま当てはめにくい面があります1。
・どの方法を、どのくらいの頻度・期間・強さで行うのが最も良いのかは、まだはっきり定まっていません1,4。
・検査室での成績が上がっても、それが実際の家事・仕事・外出といった生活の場面にどこまで結びつくかは、十分に検証されていません1,2。
・重症度や発症からの時期、併存する注意・記憶の問題によって結果が変わる可能性があり、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
こうした限界があるからこそ、「これをやれば必ず良くなる」と一方向に期待するのではなく、その方の生活で困っている具体的な場面に合わせて、工夫を試しながら確かめていく姿勢が現実的です。
研究や現場の経験から見えてくるのは、「遂行機能という能力そのものを底上げする」よりも、「困っている生活場面を、工夫や環境調整で回しやすくする」ほうが、変化を実感しやすいということです。たとえば、手順を紙やスマートフォンのメモにする、作業を一度に一つずつに区切る、始める前に段取りを声に出して確認する、といった補い方(代償手段)は、その場面での「できる」を増やしやすい方向です。
一方で、練習した課題とは大きく違う場面へ効果が自然に広がる「般化」は、起こりにくいことが知られています。検査の点数が上がっても、家事や仕事の段取りがそのまま楽になるとは限りません。だからこそ、練習は最初から「実際に困っている生活場面」に近い形で行い、生活へつなげる視点が大切になります。段取りと関係が深い二つの作業を同時に行う練習については、脳卒中後の二重課題トレーニングについて解説した記事も参考になります。
「手順が多い家事でつまずく」「仕事や外出の段取りが負担」「予定の管理がしづらい」といった、生活の具体的な困りごとがある方は、遂行機能に配慮したリハビリや環境調整の相談に向いています。目標がはっきりしているほど、練習を生活に結びつけやすくなります。
研究で用いられた方法や量はさまざまで、「これが最適」という頻度・期間はまだ定まっていません1,4。そのうえで現場で意識されているのは、次のような考え方です。まず、本人が本当に困っている生活場面を一緒に選び、目標を具体的にします。次に、その場面を手順に分け、紙やアプリのチェックリスト、始める前の段取り確認、一度に一つに区切る、といった補い方を試します。うまくいったやり方を、少しずつ実際の生活の中に移していきます。
比較的新しい研究では、運動と認知課題を組み合わせる取り組みが遂行機能に関係する可能性も示されています4。そのため、体調に合わせて、歩行や軽い運動と段取りの練習を組み合わせる形も選択肢になります。いずれの方法も、体調・持病・疲れやすさに配慮しながら、主治医やリハビリ専門職と相談して、無理のない範囲で進めることが大切です。
また、どの認知機能が比較的保たれていて、どの部分が苦手になりやすいのかを、ご本人だけでなくご家族にも分かりやすく伝えることを大切にしています。高次脳機能障害は、家事や外出だけでなく、復職や仕事の段取りにも大きく関わります。そのため、生活行為や役割、職場復帰まで含めて整理できる作業療法士の支援は重要だと感じています。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Gibson E, Koh CL, Eames S, Bennett S, Scott AM, Hoffmann TC. Occupational therapy for cognitive impairment in stroke patients. Cochrane Database Syst Rev. 2022;3(3):CD006430. DOI:10.1002/14651858.CD006430.pub3. PMID:35349186. PMCID:PMC8962963.
3. Cicerone KD, Langenbahn DM, Braden C, et al. Evidence-based cognitive rehabilitation: updated review of the literature from 2003 through 2008. Arch Phys Med Rehabil. 2011;92(4):519-530. DOI:10.1016/j.apmr.2010.11.015. PMID:21440699.
4. Zheng S, Pan Q, Chen L. The effects of exercise modality and dose on improving executive function in stroke patients: a systematic review and Bayesian network dose-response meta-analysis. Arch Gerontol Geriatr. 2026;131:106117. DOI:10.1016/j.archger.2025.106117. PMID:41406852.
