
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「約束を忘れてしまう」「さっき聞いたことが思い出せない」「薬を飲んだか分からなくなる」——脳卒中の後に、こうした記憶の問題に戸惑う方やご家族は少なくありません。結論から正直にお伝えすると、記憶障害へのリハビリは、メモやアラームなどの工夫(代償的方法)を中心に役立つ可能性が示される一方、記憶そのものを元どおりにする方法の根拠はまだ限られています。この記事では、脳卒中後の記憶障害とリハビリについて研究で分かっていることと、生活での向き合い方の考え方を、患者さんとご家族に向けて整理します。

・米国の専門家チームによる網羅的な評価(2019年)では、軽い記憶の問題に対する代償的な方法(記憶を補う工夫)が、もっとも強い推奨区分(実践基準)に位置づけられています1。
・パソコンを使った認知トレーニングをまとめた解析では、作業記憶(短時間の覚えておく力)の一部の指標で良い傾向が報告されています2,3。
・一方、脳卒中後の認知障害への作業療法をまとめたコクラン・レビューでは、全体的な認知の指標は少し良い傾向があるものの、日常生活動作への効果ははっきりせず、確実性は低い〜非常に低いとされています4。
・記憶を完全に元どおりにする方法は確立されていません。生活の工夫と環境の調整を組み合わせ、医師やリハビリ専門職と相談しながら進めることが大切です1,4。
脳卒中の後には、手足の動かしにくさだけでなく、考える・覚える・注意を向けるといった「認知」の働きに変化が出ることがあります。そのひとつが記憶障害です。新しいことを覚えにくい、少し前のことを思い出しにくい、これからやることを覚えておけない(予定や約束を忘れる)など、現れ方はさまざまです。短い時間だけ情報を覚えておく力(作業記憶)が下がると、会話や手順の途中で内容を見失いやすくなります。
記憶障害へのリハビリには、大きく2つの考え方があります。ひとつは「回復的(かいふくてき)」な方法で、記憶課題やパソコンを使った練習で、記憶の働きそのものを鍛え直そうとするものです。もうひとつは「代償的(だいしょうてき)」な方法で、メモ帳・スマートフォンのアラーム・チェックリスト・置き場所を決めるといった工夫で、記憶の弱さを補い、生活の困りごとを減らそうとするものです1。研究では、この代償的な方法のほうが、生活への役立ちという点で根拠が比較的しっかりしているとされています1。
結論から正直にお伝えすると、記憶障害へのリハビリは、メモやアラームなどの工夫を中心に役立つ可能性が示される一方、記憶そのものを元どおりにする方法の根拠はまだ限られています。期待を一方向に強めすぎず、限界も合わせて知っておくことが大切です。
パソコンを使った認知トレーニングについては、9つのランダム化比較試験(461名)をまとめた2024年の解析で、作業記憶のうち「数字を逆の順で言う課題」(標準化された効果量0.39、95%信頼区間0.10〜0.67)や「図形を覚える課題」(同0.43)で良い傾向が報告されました3。脳卒中後の認知機能を対象にした別の解析でも、全体的な認知・作業記憶・注意で良い傾向が示されています2。
一方、脳卒中後の認知障害への作業療法をまとめたコクラン・レビュー(24試験1,142名)では、全体的な認知の指標は少し良い傾向があるものの、日常生活動作(食事や着替えなど)への効果ははっきりせず、エビデンスの確実性は低い〜非常に低いと評価されています4。また、記憶障害に絞った古いコクラン・レビューでは、対象となる研究自体が少なく、効果を支持も否定もできないとされていました5。
まとめると、記憶を補う生活の工夫には一定の根拠がある一方、記憶そのものを元どおりにする方法や、生活全体への効果については、まだはっきりしないことが多い、というのが現時点の見え方です1,4。

研究全体を見ると、比較的良い結果につながりやすいのは、メモ・アラーム・手順の工夫といった「記憶を補う方法」を生活に取り入れることです1。これは記憶そのものを治すというより、忘れても困らない仕組みをつくる考え方です。約束や服薬、持ち物など、忘れると困る具体的な場面に的をしぼると、効果を感じやすくなります。パソコンを使った練習でも、短時間覚えておく力(作業記憶)の一部の指標で良い傾向が報告されています2,3。
一方で、記憶の働きそのものを元どおりにすることや、訓練の効果が日常生活全体に広がることについては、まだはっきりしないことが多いのが現状です4,5。とくに、課題の中で上手になっても、それが家庭や仕事の場面にそのまま結びつくとは限りません。だからこそ、練習は「実際に困っている生活場面」と結びつけて行うことが大切だと考えられています。記憶は焦って鍛えるより、補う仕組みと環境の工夫で支えるほうが、生活の安心につながりやすい面があります。
記憶を補う工夫は、軽い〜中等度の記憶の問題で、生活の中で具体的に困っている方に取り入れやすい方法です1。メモやアラームを使う習慣そのものを練習で身につけられる方、ご家族の協力が得やすい方では、生活に定着しやすい傾向があります。一方で、注意の障害や、自分の状態に気づきにくい(病識が乏しい)場合、強い疲れやすさがある場合には、工夫の定着に時間がかかることがあり、進め方に配慮が必要です。
記憶を補う工夫には、生活の中ですぐ試せるものもあります。たとえば、予定やメモを一冊のノートやスマートフォンにまとめる、薬は曜日ごとのケースで管理する、よく使う物の置き場所を決める、玄関に持ち物リストを貼る、アラームやリマインダーで知らせるなどです1。大切なのは、あれこれ増やしすぎず、本人が続けやすい方法を、忘れて困る具体的な場面にしぼって取り入れることです。
専門職(作業療法士・言語聴覚士・公認心理師など)は、まず記憶のどの部分がどのくらい難しいかを評価し、その方の生活に合った補い方を一緒に組み立てます。研究でも、記憶への働きかけは単独の訓練だけでなく、実際の生活場面と結びつけて行うことが重視されています1,4。家族への説明や関わり方の助言も、工夫を生活に根づかせるうえで欠かせません。どの方法が合うか、どう続けるかは個別に異なるため、医療機関やリハビリ専門職と相談しながら進めることをおすすめします。
こうしたとき私たちが大切にしているのは、記憶そのものを無理に鍛えようとするより、忘れても困らない仕組みを生活の中につくることです。ご本人が続けやすいメモやアラームの使い方を、実際に困っている場面にしぼって一緒に試します。また、記憶の問題は本人のせいではないことをご家族にもお伝えし、叱責ではなく見守りや工夫で支える関わり方を一緒に考えます。変化はゆっくりなことも、はっきり見えにくいこともあります。できることと、まだはっきりしないことを正直にお伝えし、ご本人と生活に合わせて進めることを心がけています。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Zhou Y, Feng H, Li G, Xu C, Wu Y, Li H. Efficacy of computerized cognitive training on improving cognitive functions of stroke patients: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Int J Nurs Pract. 2022;28(3):e12966. DOI:10.1111/ijn.12966. PMID:34036682.
3. Kazinczi C, Kocsis K, Boross K, et al. The effect of computerized cognitive training and transcranial direct current stimulation on working memory among post-stroke individuals: a systematic review with meta-analysis and meta-regression. BMC Neurol. 2024;24(1):319. DOI:10.1186/s12883-024-03813-x. PMID:39232643. PMCID:PMC11373461.
4. Gibson E, Koh CL, Eames S, Bennett S, Scott AM, Hoffmann TC. Occupational therapy for cognitive impairment in stroke patients. Cochrane Database Syst Rev. 2022;3(3):CD006430. DOI:10.1002/14651858.CD006430.pub2. PMID:35349186. PMCID:PMC8962963.
5. Majid MJ, Lincoln NB, Weyman N. Cognitive rehabilitation for memory deficits following stroke. Cochrane Database Syst Rev. 2000;(3):CD002293. DOI:10.1002/14651858.CD002293. PMID:10908546.
