
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「脊髄損傷のあと、脚や腕がつっぱるようになった」「夜中に脚がピクッと跳ねて眠れない」――こうしたご相談は、訪問リハビリの現場でとても多く聞かれます。この「つっぱり」「突っ張り感」は医学的には痙縮(けいしゅく/スパスティシティ)と呼ばれ、脊髄損傷後にかなりの割合でみられる症状です。この記事では、脊髄損傷後の痙縮とは何か、どのように評価するか、そして薬物療法・装具・リハビリという複数の管理の選択肢について、研究で分かっていることと、まだはっきりしないことを正直に整理します。
結論から言うと、痙縮の管理には「これが唯一の正解」という方法はありません。症状の重さ、痙縮が出る筋肉の範囲、そして生活への影響に応じて、複数の選択肢を組み合わせ、専門職と相談しながら調整していくのが現実的です。

・薬物療法には、ボツリヌス毒素の筋肉内注射、バクロフェンなどの内服薬、髄腔内バクロフェン療法(ITB)があり、痙縮スコアの低下が報告されています2,4,6。
・非薬物療法には電気刺激(TENS/FES)、ストレッチ、装具などがあり、補助的な効果を示す研究がありますが、質の高い研究はまだ限られます7,8。
・「痙縮スコアが下がること」と「生活動作がしやすくなること」は必ずしも一致せず、どの方法が誰に最も向くかは十分に確立していません3,6。
・強い痙縮は痛みや姿勢の崩れ、皮膚トラブルにつながることがあります。一方で、立ち上がりや移乗を助けている痙縮もあり、我慢だけでなく専門職への相談が大切です。
痙縮とは、脳や脊髄からの信号の伝わり方が損傷によって変化し、筋肉の緊張(張り)が異常に高まった状態を指します。脊髄損傷では、脳から脊髄を通って手足の筋肉へ届く「動きを抑える・調整する」信号がうまく伝わらなくなることで、反射が過敏になり、手足を他動的に動かそうとしたときの抵抗感が強くなったり、じっとしていても筋肉がピクッと収縮したり(痙攣・クローヌス)することがあります。損傷から数週間〜数か月ほど経ってから目立ってくることが多く、慢性期になっても続く方は少なくありません。
痙縮は「あるだけで悪いもの」ではありません。脚の突っ張りが立位や移乗の際に体を支える助けになっている方もいます。一方で、強すぎる痙縮は、関節が固まる拘縮、姿勢の崩れ、痛み、睡眠の妨げ、着替えや姿勢保持のしにくさ、皮膚のこすれによる褥瘡(床ずれ)のリスクにつながることがあります。痙縮は歩行のしやすさにも関わるため、歩行練習の考え方については脊髄損傷後の歩行トレーニングについて解説した記事もあわせてご覧ください。
痙縮の重さを評価する代表的な指標が、Modified Ashworth Scale(MAS、改良Ashworthスケール)です。関節をゆっくり他動的に動かしたときの抵抗感を0(抵抗なし)から4(動かしにくい)までの段階で評価する、臨床で広く使われている簡便な方法です。ただし、脊髄損傷の方30名を対象に、医師と理学療法士がそれぞれ下肢の痙縮を評価した研究では、評価者間の一致度(Cohen's Kappa)は0.21〜0.61(平均0.37)にとどまり、筋肉や部位によってばらつきが大きいことが報告されています1。この研究の著者らは「MASは脊髄損傷の下肢の痙縮評価としては限界がある」と述べており、より標準化された評価方法の必要性を指摘しています1。同じ評価者が同じ方法で継続的にみることや、Tardieu Scale(角速度を考慮した評価法)など他の指標もあわせて用いることが、変化を捉えるうえで役立ちます。
痙縮の管理には、大きく分けて「薬物療法」と「非薬物療法(リハビリ・物理療法・装具)」があります。それぞれの代表的な選択肢について、研究で示されていることを紹介します。
ボツリヌス毒素は、特定の筋肉に注射することで、その筋肉の過剰な緊張を弱める薬剤です。全身にではなく、痙縮が強く出ている特定の筋肉(股関節を閉じる筋肉やふくらはぎの筋肉など)に限定して作用させられるのが特徴です。
脊髄損傷後の痙縮に対するボツリヌス毒素やフェノール・アルコールによる化学的除神経療法をまとめたシステマティックレビューでは、対照群を置いた研究が見つからず、19件の観察研究(レベル4〜5のエビデンス)が対象になりました。ボツリヌス毒素を扱った6件全てと、フェノール・アルコールを扱った4件中3件でMASの1ポイント以上の低下が報告された一方、「MASの改善が必ずしも動作の改善につながるわけではない」ことも指摘されています3。
髄腔内バクロフェン療法(ITB)は、お腹の皮下に埋め込んだポンプから、脊髄を包む髄液の中へ直接バクロフェンを持続的に送り込む治療法です。内服薬では十分に効果が得られない、広範囲・全身的な重い痙縮に対して検討される、外科的処置を伴う選択肢です。
内服薬は、手軽に始められる一方、全身に作用するため眠気やだるさなどの副作用が出やすいという特徴があります。脊髄損傷後の痙縮に対する薬物療法をまとめたコクランレビューでは、対象となったランダム化比較試験はわずか9件でした。このうち、髄腔内バクロフェンとプラセボを比較した2件(14名)では痙縮スコアの有意な低下がみられ、内服のチザニジンとプラセボを比較した1件(118名)ではAshworthスコアの改善がみられたものの、日常生活動作の指標には差がなく、眠気や口の渇きなどの副作用が高い割合(81%)で報告されました。内服バクロフェンをプラセボと比較した試験は1件(6名)にとどまり、ガバペンチンやクロニジンなどその他の薬剤も、明確な有効性を示すデータは不足していました。著者らは「脊髄損傷後の痙縮治療について、臨床家が合理的な判断を下すための十分な証拠はまだない」と結論づけています6。

薬を使わない方法としては、経皮的電気神経刺激(TENS)や機能的電気刺激(FES)、ストレッチ、関節の位置を保つ装具(スプリント)などがあります。これらは「注射や手術に抵抗がある」「軽度〜中等度の痙縮」「薬物療法と組み合わせたい」といった場面でよく用いられます。
脊髄損傷による下肢痙縮のある10名を対象に、TENSとFESをそれぞれ1回ずつ実施して比較した二重盲検クロスオーバー試験では、どちらの刺激も股関節内転筋・膝伸展筋の痙縮指標を刺激後4時間まで有意に低下させました(P<0.01)。ただし、この研究は1回のみのセッションを調べたもので、著者ら自身が「複数回のセッションでの検証が必要」「MASは信頼性の高いアウトカム指標とは言えない」「盲検化された割付ではない」といった限界を明記しています8。電気刺激と筋萎縮・痙縮の関係を扱った別の系統的レビュー&メタアナリシスでも、一定の効果を示す報告がある一方、研究間で刺激条件や対象がそろっておらず、結果の一般化には慎重さが必要とされています9。装具やポジショニングによる関節可動域の維持は、こうした電気刺激や薬物療法と組み合わせて行われることが多く、上肢の痙縮が強い場合は手や腕の機能訓練とあわせて考えることもあります。詳しくは頸髄損傷後の手・腕のリハビリについて解説した記事もご覧ください。なお、電気刺激以外の物理的手段として体外衝撃波治療(ESWT)を痙縮に用いる研究もありますが、こちらは主に脳卒中後を対象とした報告が中心で、脊髄損傷での研究はまだ少ない段階です。脳卒中後のESWTについて解説した記事もあわせて参考にしてください。
髄腔内バクロフェン療法は、外科的処置を伴う選択肢であるにもかかわらず、これまでの根拠はランダム化比較試験のない観察研究(エビデンスレベル4)が中心です4。電気刺激の研究も、TENS・FESを比較した試験は参加者10名の1回セッションにとどまり、著者ら自身が測定指標や盲検化の限界を認めています8。加えて、評価に使われるModified Ashworth Scale自体が、脊髄損傷の下肢では評価者間の一致度が十分でない(Kappa平均0.37)ことも分かっており1、「痙縮が減った」という報告そのものの確からしさにも一定の幅があることを念頭に置く必要があります。損傷の部位・完全性・発症からの時期が研究ごとに異なる点も、結果を一般化しにくくしている要因です。
痙縮の管理方法は「これが一番強力だから誰にでも使う」というものではありません。痙縮の範囲、重さ、そしてそれが生活のどこに困りごとを生んでいるかによって、検討する選択肢が変わります。
・電気刺激は、皮膚の感覚障害が強い部位への使用で、やけどや皮膚トラブルに注意が必要です。
・髄腔内バクロフェン療法はポンプ植え込みの手術を伴うため、感染リスクや全身状態を含めた総合的な判断が必要です。
・妊娠中の方や特定の持病がある方は、薬剤の種類によって使用できないことがあります。
・どの方法も、導入・調整・中止は必ず医師・リハビリ専門職と相談のうえで行ってください。
正直にお伝えすると、「これが最適な頻度・期間」と言い切れる基準は、脊髄損傷後の痙縮管理ではまだ確立していません。それでも、研究や臨床で目安として使われている情報を紹介します。
いずれの方法も、体調や痙縮の変化に合わせて頻度・量を調整していくものであり、「多ければ多いほど良い」とは限りません。担当医・リハビリ専門職と相談しながら進めることが大切です。


修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Yan X, Lan J, Liu Y, Miao J. Efficacy and Safety of Botulinum Toxin Type A in Spasticity Caused by Spinal Cord Injury: A Randomized, Controlled Trial. Med Sci Monit. 2018;24:8160-8171. DOI:10.12659/MSM.911296. PMID:30423587. PMCID:PMC6243868.
3. Lui J, Sarai M, Mills PB. Chemodenervation for treatment of limb spasticity following spinal cord injury: a systematic review. Spinal Cord. 2015;53(4):252-264. DOI:10.1038/sc.2014.241. PMID:25582713.
4. McIntyre A, Mays R, Mehta S, Janzen S, Townson A, Hsieh J, Wolfe D, Teasell R. Examining the effectiveness of intrathecal baclofen on spasticity in individuals with chronic spinal cord injury: a systematic review. J Spinal Cord Med. 2014;37(1):11-18. DOI:10.1179/2045772313Y.0000000102. PMID:24089997. PMCID:PMC4066544.
5. Dietz N, Wagers S, Harkema SJ, D'Amico JM. Intrathecal and Oral Baclofen Use in Adults With Spinal Cord Injury: A Systematic Review of Efficacy in Spasticity Reduction, Functional Changes, Dosing, and Adverse Events. Arch Phys Med Rehabil. 2023;104(1):119-131. DOI:10.1016/j.apmr.2022.05.011. PMID:35750207.
6. Taricco M, Adone R, Pagliacci C, Telaro E. Pharmacological interventions for spasticity following spinal cord injury. Cochrane Database Syst Rev. 2000;(2):CD001131. DOI:10.1002/14651858.CD001131. PMID:10796750. PMCID:PMC8406943.
7. Khan F, Amatya B, Bensmail D, Yelnik A. Non-pharmacological interventions for spasticity in adults: An overview of systematic reviews. Ann Phys Rehabil Med. 2019;62(4):265-273. DOI:10.1016/j.rehab.2017.10.001. PMID:29042299.
8. Sivaramakrishnan A, Solomon JM, Manikandan N. Comparison of transcutaneous electrical nerve stimulation (TENS) and functional electrical stimulation (FES) for spasticity in spinal cord injury - A pilot randomized cross-over trial. J Spinal Cord Med. 2018;41(4):397-406. DOI:10.1080/10790268.2017.1390930. PMID:29067867. PMCID:PMC6055976.
9. Thomaz SR, Cipriano G Jr, Formiga MF, Fachin-Martins E, Cipriano GFB, Martins WR, Cahalin LP. Effect of electrical stimulation on muscle atrophy and spasticity in patients with spinal cord injury - a systematic review with meta-analysis. Spinal Cord. 2019;57(4):258-266. DOI:10.1038/s41393-019-0250-z. PMID:30696926.
