
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
不全脊髄損傷のあと、「トレッドミルで体重を吊って歩く練習がよいのか」「ロボットを使ったほうが速く進むのか」「結局どのやり方が一番よいのか」は、よくある疑問です。装置の見た目は大きく違うので、どれかが明らかに優れているように感じてしまうのも自然なことです。この記事では、脊髄損傷後の歩行トレーニングについて、研究で分かってきたこと、そしてまだはっきりしないことを、当事者の方とご家族に向けて正直に整理します。

・体重免荷トレッドミル歩行、ロボット支援、電気刺激の併用のいずれも、歩く速さで他を上回るという結果は出ていません(体重免荷トレッドミルで平均差0.03m/秒、95%信頼区間−0.05〜0.11)1。
・ロボット支援については、歩ける距離がむしろ短くなった解析結果(平均差−10.29m)もあり、確認が必要と指摘されています1。
・2024年の比較試験(41名)でも、仮想現実を用いた「歩き方を調整する練習」と、従来型の練習との間に差はありませんでした。ただし、どちらの群も練習後に歩く速さが伸びています2。
・慢性期を対象にした2011年の試験(74名)では、床の上を歩く練習に電気刺激を組み合わせた群で、歩ける距離の伸びがもっとも大きい傾向でした3。
・重い有害事象の報告は少なく、いずれの方法も安全性の面では概ね許容されています1,2。
脊髄損傷は、背骨の中を通る神経の束が傷つくことで、傷ついた高さから下の運動や感覚に支障が出る状態です。神経の伝わりが一部残っている「不全損傷」の場合、歩く力がある程度残ることがあり、その力を生活で使える形にしていくのが歩行トレーニングの目的です。
よく用いられる方法は、大きく4つに整理できます。1つめは、体をハーネスで吊って体重の一部を支えながらベルトの上を歩く「体重免荷トレッドミル歩行」。2つめは、脚に装着した機械が動きを補助する「ロボット支援歩行」。3つめは、麻痺した筋に電気を流して動きを助ける「電気刺激の併用」。4つめは、装置を使わず床の上を実際に歩く「地上歩行練習」です。同じ体重免荷トレッドミルは脳卒中の領域でも用いられており、脳卒中後のBWSTTについて解説した記事もあわせて読むと、装置の考え方が理解しやすくなります。
結論から正直にお伝えすると、「どの方法が他より優れているか」は、現時点でははっきりしていません。装置が新しいほど良い、という単純な話にはなっていない、というのが研究を読んだうえでの実感です。
注意が必要なのはロボット支援で、歩ける距離がむしろ短くなる方向の結果(平均差−10.29m、95%信頼区間−0.15〜−20.43)が示されており、著者らは今後の確認が必要な点として挙げています。ただしこれは74名の1試験に基づく限られた結果です1。
より新しい2024年の比較試験では、6か月以上経過した歩ける不全脊髄損傷の方41名を、仮想現実を用いて「またぐ・よける・とっさに踏み出す」といった歩き方の調整を練習する群と、トレッドミルと筋力練習を組み合わせた従来型の群に分け、6週間で11回の練習を行いました。結果は、練習後の歩く速さに群間差がなく(平均群間差−0.05m/秒、95%信頼区間−0.12〜0.03)、バランスへの自信や社会参加の指標でも差はありませんでした。ただし、群にかかわらず歩く速さは0.10m/秒伸びており、これは生活で意味を感じられる大きさの目安を満たす変化でした2。
やり方の違いを4群で比べた2011年の試験(受傷から1年以上経過した74名、週5日・12週間)では、床の上を歩く練習に電気刺激を組み合わせた群で、歩ける距離の伸びがもっとも大きい傾向がみられ(効果量0.40)、ロボット支援による練習では明確な伸びがみられませんでした3。
2024年の試験も41名と小規模で、評価する人が群を知らない状態ではありませんでした。また、想定した練習量が一部の参加者には足りなかった可能性や、「歩き方の調整力」という狙いを歩く速さだけでは捉えきれなかった可能性が、著者ら自身によって指摘されています2。2011年の試験でも、最適な練習量は分かっていないこと、対象の多くが普段は車いすを使う方であったことが限界として挙げられています3。なお、コクランのレビューは公表からかなり年月が経っており、その後に登場した機器や方法は含まれていません。この点も踏まえて読む必要があります。
また、練習で得られたものがどのくらい保たれるのかも、十分には分かっていません。2011年の試験では、その後の状態を追えた方は10名にとどまっています3。最後に、歩く速さや距離といった数値が伸びたとして、それが外出のしやすさや生活の広がりにどこまでつながるのかも、これから検証されるべき部分です。2024年の試験では、社会参加の指標に群間差はみられませんでした2。

研究をていねいに読むと、「歩行トレーニングを続けること自体」には、歩く速さや距離が伸びる方向の結果が繰り返し観察されています。2024年の試験では、どちらの群でも歩く速さが0.10m/秒伸び、これは生活で意味を感じられる大きさの目安を満たしていました2。つまり、変わりやすいのは「歩く量をきちんと確保したこと」による部分であり、装置の種類そのものではない可能性が高い、と読むのが素直です。
一方で、変わりにくい・はっきりしないのが「どの方法が他より優れているか」です。コクランのレビューでも、5件の試験のどこにも明確な優劣はみられませんでした1。ロボット支援については、歩ける距離が短くなる方向の結果が出ており、慎重に扱う必要があります1,3。歩く「量と強度」をどう確保するかという観点は脳卒中の領域でも共通しており、歩く量と強度について解説した記事の考え方も参考になります。また、装置の位置づけについては外骨格ロボットを用いた歩行練習について解説した記事もあわせて確認すると、判断の材料が増えます。
研究で対象となったのは、神経の伝わりが一部残っている不全脊髄損傷(AIS分類でC・D)の方が中心でした1,2,3。2024年の試験では、支えなしで10m以上歩ける、歩く速さが0.3〜1.0m/秒という条件で参加者が選ばれています2。つまり、「なんとか歩けるが、外での歩行に不安がある」という段階の方が、研究の想定に近いといえます。完全損傷の方や、まったく立てない段階の方については、歩行トレーニングそのものの位置づけが変わるため、別の考え方が必要です。
骨がもろくなっている場合は骨折の心配もあり、体重をかける練習の可否は個別に判断されます。膀胱・腸の管理、体温調節、疲れやすさなども、練習の組み立てに関わります。何をどこまで行ってよいかは、必ず主治医や担当のリハビリ専門職と相談して決めてください。
研究で用いられた練習量には幅があります。コクランのレビューに含まれた試験は4〜12週間1、2024年の試験は6週間で計11回・1回60分2、2011年の試験は週5日・12週間で平均49回3でした。ここから言えるのは、「数回で変わるものではなく、数週間から数か月の単位で、ある程度の回数を重ねる前提の取り組みである」ということです。ただし「これだけやれば必ずこうなる」という決まった正解はまだありません1,3。
進め方としては、専門職の評価をもとに、安全に行える範囲で歩く量を確保することが土台になります。装置を使える環境であればそれも選択肢ですが、研究の結果からは、装置がないと進められないわけではありません。床の上を歩く練習、段差やよけ動作を含む練習、そのあいだの休憩の取り方を、生活の場面に合わせて組み立てていくのが現実的です。ご自宅で行う場合は、一人で行ってよい範囲、中止の目安、皮膚と血圧の確認方法を、事前に専門職と決めておくと安心して続けられます。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Zwijgers E, van Dijsseldonk RB, Vos-van der Hulst M, Hijmans JM, Geurts ACH, Keijsers NLW. Efficacy of Walking Adaptability Training on Walking Capacity in Ambulatory People With Motor Incomplete Spinal Cord Injury: A Multicenter Pragmatic Randomized Controlled Trial. Neurorehabil Neural Repair. 2024;38(6):413-424. DOI:10.1177/15459683241248088. PMID:38661122. PMCID:PMC11097615.
3. Field-Fote EC, Roach KE. Influence of a locomotor training approach on walking speed and distance in people with chronic spinal cord injury: a randomized clinical trial. Phys Ther. 2011;91(1):48-60. DOI:10.2522/ptj.20090359. PMID:21051593. PMCID:PMC3017322.
