東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「歩くことより、まず手が使えるようになりたい」。頸髄を損傷された方から、こうしたお話をうかがうことがあります。食事、歯みがき、スマートフォンの操作、車いすの操作。手が少し使えるかどうかで、一日の過ごし方が大きく変わるからです。
では、手や腕のリハビリは、何を、どのくらい行えばよいのでしょうか。結論から正直にお伝えすると、「これが最も良い」と言い切れる方法は、現時点では示されていません。ただし「まったく分かっていない」わけでもありません。この記事では、実際にどんな訓練がどのくらいの量で行われてきたのか、そしてその結果がどうだったのかを、数字のまま整理します。
頸髄(首の高さの脊髄)を損傷すると、腕や手にも麻痺が及びます。四肢麻痺(テトラプレジア)と呼ばれる状態です。損傷の高さと程度によって、肘は曲がるが手首は動かない、手首は動くが指が握れない、といったように残る機能が変わります。
頸髄損傷のある方を対象とした国際的な調査では、生活のなかで向上を望む機能として手の機能が高い優先度で挙げられることが報告されています1。歩行に注目が集まりがちですが、当事者の優先順位はまた別だということです。歩行に関する研究の整理は脊髄損傷後の歩行トレーニングについて解説した記事にまとめていますので、あわせてご覧ください。
「どのくらいやればよいのか」を知るには、まず研究で実際にどのくらい行われてきたかを見るのが早道です。この点を丁寧に整理したレビューがあります。
ベルギー・オランダの研究チームが、亜急性期および慢性期の頸髄損傷のある方に対する腕・手の訓練を整理したレビューです。12件の研究(15の訓練プログラム、計234名)を検討し、うち7件(10プログラム、169名)を数量的に統合しました。参加者の平均年齢は40.7歳、受傷からの平均期間は18か月です。
行われていた訓練の量は、次のとおりでした。
・期間:8週間が5プログラムで最多。次いで5〜6週間、3〜4週間
・頻度:週3日が8プログラムで最多。週5日、週7日のものもあり
・1回の時間:30分が5プログラム、60分以上が3プログラム、120分・180分という報告も各1件
・繰り返し回数:30回から1,000回まで、5プログラムが報告
内容としては、実際の作業を練習する技能訓練を中心に、筋力訓練や持久力訓練を組み合わせた形が多く見られました。2
「週3日、1回30分、8週間」あたりが研究で最も多く行われてきた形、と読むことができます。ただしこれは「この量が最適だと証明された」という意味ではなく、「研究者たちが現実的に組んだ量がこのあたりだった」という意味です。ここは混同しないようにしたい部分です。
同じレビューは、結果の大きさも報告しています。
腕・手を使った実際の動作の遂行:効果量 0.55(7プログラム、p<0.001)=中程度
訓練の種類別
・実際の作業を練習する技能訓練のみ:0.55(中程度)
・技能訓練+筋力・持久力訓練:0.53(中程度)
・特定の動きを取り出して繰り返す訓練:0.35〜0.41(小さい)
訓練期間別
・8週間以上:0.60〜0.69(中程度)
・5〜6週間:0.44(小さい)
・3〜4週間:0.41(小さい)
読み取れることは2つあります。ひとつは、動きを取り出して繰り返すよりも、実際の作業として練習したほうが数字が大きいこと。もうひとつは、短期間より8週間以上のほうが数字が大きいことです。ただし後者については、レビューの著者ら自身が重要な注意を述べています。研究デザインの制約から、自然な回復による変化と、訓練による変化を切り分けることができないという点です2。期間が長い研究ほど自然な回復も進むため、「長くやったから良かった」とは断言できません。
では、訓練の量をさらに増やせばもっと変わるのか。これを正面から検証した試験があります。結果は、期待とは違うものでした。
オーストラリアとニュージーランドの7施設で行われた試験です。受傷から6か月以内の頸髄損傷(C2〜T1、完全麻痺・不全麻痺を含む)のある方70名を、コンピュータで作成した割り付け表により2群に分けました。
両群とも通常のケアに加え、1対1の手のリハビリを1回15分・週3回受けます。そのうえで介入群には、専用の練習機器と電気刺激を組み合わせた集中的な訓練を、1日1時間・週5日・8週間追加しました。主要な評価は、腕と手の働きをみる修正版ARATです。
結果は、介入群36.5点(標準偏差16.0)、対照群33.2点(同17.5)。調整後の群間差は0.9点(95%信頼区間−4.1〜5.9)で、差は示されませんでした。66名(94%)が評価を完了しています。著者らは「集中的な課題特異的訓練と電気刺激を追加しても、亜急性期の四肢麻痺のある方の手の機能に差は示されなかった」と結論しています。3
週5時間の訓練を8週間、つまり40時間の追加です。それでも差が示されなかったという結果は、この分野を考えるうえで無視できません。「たくさんやれば必ず変わる」という単純な話ではない、ということです。
フランスの研究チームが、四肢麻痺のある方への上肢の介入を検証したランダム化比較試験を集めた解析です。168件から29件(C2〜T1の四肢麻痺、計647名)が選ばれ、うち1件を除きすべて単一施設の研究でした。介入時間は66分から40,320分(672時間)まで幅がありました。
「訓練量を増やす介入」と「脳や神経へのはたらきかけ(運動イメージ、VR、電気・磁気刺激)」に分けて統合されましたが、統合できたのは各5件のみ。方法論が適切と判定されたのは、量の比較で5件中3件、神経へのはたらきかけで5件中1件でした。いずれの指標でも統合結果のp値は0.05を超え、エビデンスの質は「非常に低い」から「低い」と評価されています。
著者らの結論は「四肢麻痺のリハビリにおいて、集中的な介入と通常の介入のどちらか、あるいは神経へのはたらきかけと偽刺激のどちらかを推奨することはできない」というものでした。4
大切なのは、「差がない」ことと「効果がないと証明された」ことは別だという点です。統合できた研究がわずか5件ずつで、多くが小規模・単一施設という状況では、本当に差がないのか、それとも差を検出できるだけの規模がないのかを区別できません。著者らも、方法論の質が高い多施設研究が必要だと述べています4。
機器を使った方法についても、まとめた報告があります。
スペインの研究チームが、頸髄損傷のある方の上肢に対する非侵襲的な電気・磁気の刺激を整理したレビューです。25件(横断研究7件、ランダム化比較試験18件)が対象で、内訳は経頭蓋磁気刺激4件、経頭蓋直流電気刺激4件、経皮的脊髄刺激2件、機能的電気刺激10件、経皮的電気神経刺激4件、神経筋刺激1件。参加者は多くが1群あたり3〜37名でした。
結果は方法によって分かれます。脳への磁気刺激・直流電気刺激では、偽刺激との比較で統計的な差は示されませんでした。一方、経皮的脊髄刺激では訓練単独との比較で差が報告され、機能的電気刺激は作業療法と組み合わせた2件で、経皮的電気神経刺激は多量の練習と組み合わせた3件で差が報告されています。
研究の質はPEDro尺度(10点満点)で、磁気刺激と直流電気刺激が平均6.5点、機能的電気刺激5.1点、経皮的脊髄刺激4.5点、経皮的電気神経刺激4.3点、神経筋刺激2点でした。評価指標が研究ごとにばらばらで、メタアナリシスは実施できなかったと報告されています。5
ここでも見えてくるのは、機器を単独で使うより、実際の練習と組み合わせた場合に差が報告されているという傾向です。電気刺激そのものについては、脳卒中の領域でも同じ論点があり、脳卒中後の手の電気刺激について解説した記事やロボットを使った手のリハビリについて解説した記事で整理しています。ただし脳卒中と脊髄損傷では損傷部位も回復の仕組みも異なるため、結果をそのまま置き換えることはできません。
・自然な回復による変化と、訓練による変化を切り分けることができません2
・8件の研究では通常のケアが追加されていましたが、その量が記載されておらず、実際の訓練量は報告値より多かった可能性があります2
・29件の解析では1件を除きすべて単一施設で、方法論が適切と判定されたのは一部にとどまりました。エビデンスの質は「非常に低い」から「低い」です4
・機器を用いた研究は多くが1群あたり数名から数十名と小規模で、偽刺激を用いた盲検化ができていないものが多いと指摘されています5
・評価に使う指標が研究ごとに異なり、統合ができないという問題が繰り返し指摘されています4,5
・1回の練習のうち実際に動いている時間がどれだけ必要かを報告した研究は1件のみでした2
・損傷の高さや程度によって合う方法が違うのかは、十分に検証されていません2,4
・慢性期に入ってから訓練量を増やした場合にどうなるかは、亜急性期ほど検証されていません3,4
・本人の意欲や目標設定が結果にどう関わるかについて、報告した研究は1件のみでした2
・日本の医療・介護制度のもとで同じ量を確保できるかは、これらの研究からは分かりません
2. 研究で多く行われてきたのは、週3日・1回30分・8週間程度。ただし最適量として証明されたものではない2
3. 機能的な目標を具体的に決める。複数の関節を使う動き、両手を使う練習、実際の物を使う練習は、比較的大きな数字が報告されている2
4. 機器を使う場合も、単独ではなく実際の練習と組み合わせる形で差が報告されている5
5. 量を増やせば必ず変わるとは限らない。追加40時間でも差が示されなかった試験がある3
損傷高位・完全性・受傷時期・合併症によって適した方法は異なり、この記事の研究結果を個人の見通しに直接当てはめることはできません。訓練量や機器を変更するときは、脊髄損傷の診療経験がある医師・リハビリ専門職に評価を受けてください。
2. 研究で多く行われてきた量は、週3日・1回30分・8週間程度でした。最適量として証明されたものではありません2
3. 動きを取り出して繰り返すより、実際の作業として練習した形のほうが大きな数字が報告されています2
4. 8週間で40時間を追加した試験では、群間差0.9点(95%信頼区間−4.1〜5.9)で差は示されませんでした3
5. 29件をまとめた解析でも、集中的な介入と通常の介入のどちらかを推奨することはできないと結論されています4
6. 機器は単独ではなく、実際の練習と組み合わせた場合に差が報告されています5
7. 「差が示されていない」ことは「効果がない」ことの証明ではありません。研究の規模と質が足りていないというのが現状です4
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Bertels N, Seelen H, Dembele J, Spooren A. Essential training variables of arm-hand training in people with cervical spinal cord injury: a systematic review. Journal of Rehabilitation Medicine. 2023;55:jrm7147. PMID: 37930130.
3. Harvey LA, Dunlop SA, Churilov L, Galea MP. Early intensive hand rehabilitation is not more effective than usual care plus one-to-one hand therapy in people with sub-acute spinal cord injury ('Hands On'): a randomised trial. Journal of Physiotherapy. 2016;62(2):88-95. PMID: 27008910.
4. Mateo S, Di Marco J, Cucherat M, Gueyffier F, Rode G. Inconclusive efficacy of intervention on upper-limb function after tetraplegia: A systematic review and meta-analysis. Annals of Physical and Rehabilitation Medicine. 2020;63(3):230-240. PMID: 31233828.
5. García-Alén L, Ros-Alsina A, Sistach-Bosch L, Wright M, Kumru H. Noninvasive Electromagnetic Neuromodulation of the Central and Peripheral Nervous System for Upper-Limb Motor Strength and Functionality in Individuals with Cervical Spinal Cord Injury: A Systematic Review. Sensors. 2024;24(14):4695. PMID: 39066092.
