東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
研究で分かっていることと限界を正直に解説
「首を痛めてから、少し話しただけで息が切れる」「咳がうまく出せず、痰が絡む」——頸髄損傷(首の部分の脊髄損傷)の後、このようなお悩みを伺うことがあります。脊髄損傷では、手足の麻痺だけでなく、呼吸に関わる筋肉(横隔膜・肋間筋・腹筋)にも麻痺の影響が及ぶことがあり、肺活量や咳の強さが低下しやすくなります。
この記事では、脊髄損傷後の呼吸筋トレーニング(呼吸リハビリテーション)について、コクランレビューを含む複数のメタアナリシス・システマティックレビューの結果をもとに、どこまで効果が確認されていて、何がまだ分かっていないのかを正直に整理します。
最終更新日:2026年8月27日
最新レビュー日:2026年8月27日
呼吸筋トレーニングは、専用の器具(吸気筋トレーナーなど)を用いて医療機関・専門職の指導のもとで実施することが基本です。人工呼吸器の使用や気管切開の有無、全身状態によって実施できるかどうかは異なります。この記事は一般的な情報提供が目的で、特定の方法を保証するものではありません。実施を検討する場合は、必ず主治医・呼吸器の専門職にご相談ください。
呼吸には、横隔膜・肋間筋(あばら骨の間の筋肉)・腹筋など、複数の筋肉が関わっています。頸髄損傷(首の部分の脊髄損傷)では、これらの筋肉を動かす神経の伝わり方が障害され、息を吸う力・吐く力(咳の強さを含む)が弱くなることがあります。損傷の高さが首の上の方(高位頸髄)であるほど、影響を受ける呼吸筋の範囲が広くなる傾向があります。
呼吸筋トレーニング(Respiratory Muscle Training, RMT)は、専用の器具を使って「吸う力」に抵抗をかける吸気筋トレーニング(IMT)や、「吐く力」に抵抗をかける呼気筋トレーニング(EMT)を反復して行う訓練法です。目的は、呼吸筋力や肺活量を維持・向上させ、痰の排出(咳の強さ)や息切れのしやすさに関わる体力を底上げすることにあります。手足や体幹のリハビリと同様に、呼吸に関わる筋肉も「使うことで変化しうる」という考え方が背景にあり、2006年の初期のシステマティックレビューの時点からすでに呼気筋力・肺活量への関連が報告され、その後20年近くにわたって研究が積み重ねられてきました7。当施設のブログでも脊髄損傷後の痙縮管理について解説した記事で身体面のリハビリを取り上げていますが、呼吸面のリハビリも生活の土台として重要視されています。

頸髄損傷を対象とした2013年のコクランレビュー(11件のランダム化比較試験・212名を統合)では、呼吸筋トレーニングによって肺活量が平均0.40L向上(95%信頼区間0.12〜0.69L)、最大吸気圧(MIP、息を吸う力の指標)が平均10.66cmH₂O向上(95%CI 3.59〜17.72)、最大呼気圧(MEP、息を吐く力の指標)が平均10.31cmH₂O向上(95%CI 2.80〜17.82)したと報告されています1。
より新しいメタアナリシス(25件のRCT、679名、脊髄損傷全般が対象)では、1秒量(FEV1)・努力性肺活量(FVC)・最大吸気圧・最大呼気圧・ピークフロー(PEF)・最大換気量(MVV)・肺活量(VC)で統計的に意味のある改善が確認されました(いずれもP<0.05)。一方、全肺気量(TLC)は境界的な有意水準(P=0.05)、機能的残気量に近い指標である最大吸気量(IC)には有意差が見られませんでした2。
2025年に発表されたネットワークメタアナリシス(17件のRCT、625名、8種類の呼吸訓練法を比較)では、最大吸気圧の改善には「経皮的脊髄刺激+抵抗性呼吸筋訓練」の組み合わせが最も有望という結果でしたが、単独で行う抵抗性呼吸筋訓練(RRMT)でも平均13.25cmH₂O(95%信用区間7.51〜18.92)の改善が示されています3。1秒量の改善には「反復磁気刺激+腹部電気刺激+通常呼吸訓練」の組み合わせが最も高いランキングでしたが、統計的に明確な有意差は示されませんでした3。
これらの結果を総合すると、「呼吸筋トレーニングは呼吸筋力・肺活量の指標に一定の関連がある」と言えそうですが、効果の大きさは指標によって差があり、研究間でも用いられている器具・方法が様々である点には注意が必要です。
呼吸筋トレーニングにはいくつかの方法があります。器具に抵抗をかけて息を吸う・吐く「抵抗性トレーニング」、表面筋電図で筋肉の働きを画面で見ながら行う「バイオフィードバック訓練」、あらかじめ設定した圧をこえないと空気が通らない「閾値負荷訓練」などです。前述の25RCTのメタアナリシスのサブグループ解析では、FEV1・FVCの改善には抵抗性トレーニングとバイオフィードバック訓練が統計的に意味のある効果を示した一方、閾値負荷訓練では明確な有意差が出ませんでした。逆に、最大換気量(MVV)の改善では、閾値負荷訓練とバイオフィードバック訓練に有意な効果が見られ、抵抗性トレーニング単独では有意差が出ていません2。
頻度・強度・時間・種類(FITTの原則)から呼吸筋トレーニングを整理した系統的レビュー(17研究)では、吸気筋訓練と呼気筋訓練を組み合わせた方が、どちらか一方だけを行うよりも呼吸機能への変化が大きい傾向があると報告されています。ただし、著者ら自身が「どの訓練法・プロトコルを使うべきかは依然として明確ではない」と述べており、指標や訓練法によって最も効果が出やすい組み合わせが異なる可能性がある、というのが現時点での研究から言える範囲です6。
コクランレビューでは、含まれた11研究のうち、割り付けの隠蔽(治療の割り当てを事前に分からなくすること)を適切に報告していたのはわずか18%(2件)、参加者・評価者への盲検化を実施していたのは36%(4件)にとどまり、脱落率が高くバイアスのリスクが高いと判定された研究が55%(6件)ありました。著者らは「バイアスリスクの報告の質は全体的に低い」と明記しています1。より新しい25RCTのメタアナリシスでも、適切なランダム化の方法を報告していたのは12件、割り付け隠蔽を報告していたのは5件のみでした2。
QOLに着目したメタアナリシス(2023年、4研究150名)では、呼吸筋トレーニングによって最大吸気圧は改善したものの、身体機能・精神的健康・活力など生活の質のどの領域にも統計的に意味のある変化は見られませんでした5。別のシステマティックレビュー(2023年、6RCT124名)でも、最大吸気圧は平均15.72cmH₂O改善した一方、身体的QOL・精神的QOLのいずれにも有意差はありませんでした4。「呼吸筋の数値が良くなること」と「生活の質が上がると感じられること」は、必ずしも同じではない可能性があります。
また、肺炎など呼吸器合併症そのものへの効果を検証した研究はまだ非常に少なく、コクランレビューでは合併症の発生率をメタ分析に含めることができなかったと記載されています1。ネットワークメタアナリシスでも、全体のエビデンスの確実性は「低い〜非常に低い」と評価され、研究数・サンプルサイズの小ささ、受傷レベルや訓練プロトコルの違いによる異質性が限界として挙げられています3。受傷からの経過時期(急性期・回復期・慢性期)や、完全麻痺・不全麻痺の違いによって効果がどう変わるのかも、現時点では十分に検証されていません。

紹介した研究の多くは、専用の器具と医療者の指導のもとで実施されています。どの受傷レベル・重症度の方に最も向いているかは、まだ研究間で一致した結論が出ていません。ご自身に合うかどうかは、必ず主治医・呼吸器の専門職と相談しながら判断することが大切です。手・腕の機能面については、当施設のブログでも頸髄損傷後の手・腕のリハビリについて解説した記事で取り上げています。
・FITT原則のレビュー:吸気筋訓練と呼気筋訓練を組み合わせた方法の方が単独訓練より変化が大きい傾向6
・ネットワークメタアナリシスの対象研究:訓練期間・頻度は研究ごとに幅があり統一されていない3
研究によって使用する器具・頻度・期間はさまざまで、「これが正解」という統一的な基準はまだありません。市販の吸気筋トレーナーも種類が多く、どの器具・強度設定が自分に合うかは、専門職に相談しながら決めることをおすすめします。
Journey Rehabでは、現時点で呼吸筋力を数値化する専用のバイオフィードバック機器は導入していませんが、姿勢調整や呼吸のしかたの確認、生活場面での息切れへの対応など、呼吸に関わるアプローチはご利用者様の状態に合わせて取り入れています。呼吸筋トレーニング専用のプログラムにご関心がある場合は、呼吸器科・リハビリテーション科など実施している医療機関への相談も選択肢の一つとしてお伝えしています。歩行や姿勢など身体全体のリハビリについては脊髄損傷後の歩行トレーニングについて解説した記事もあわせてご覧いただけます。
呼吸は生活の土台であり、体力・咳の強さ・話しやすさなど、多くのことに関わります。訪問リハビリでは、呼吸の状態も含めて、今ある環境の中でできることを一つずつ積み重ねていく視点を大切にしています。

脊髄損傷後の呼吸筋トレーニングは、コクランレビューを含む複数のメタアナリシスで、肺活量・最大吸気圧・最大呼気圧などの指標に一定の改善が報告されています。一方で、研究の質にはばらつきがあり、生活の質(QOL)や呼吸器合併症そのものへの効果ははっきりと確認されておらず、最適な頻度・強度・訓練法もまだ十分に分かっていません。過度な期待をせず、専門職と相談しながら検討することが大切です。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、診断・治療・医療行為を推奨するものではありません。呼吸筋トレーニングの適応・安全性は、人工呼吸器の使用有無や全身状態によって個々に異なります。実施を検討する場合は、必ず主治医・呼吸器の専門職へ相談してください。研究データは執筆時点のものであり、今後変わる可能性があります。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
