東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
研究で分かっていることと限界を正直に解説
「歩けるようにはなったけれど、一人で買い物や料理をするのはまだ不安」——退院後の生活で、このようなお悩みを伺うことがあります。食事・排泄・着替えなど基本的な動作(基本的ADL)ができるようになっても、買い物・調理・洗濯・掃除・金銭管理・服薬管理といった、より段取りが必要な生活行為(IADL:手段的日常生活動作)には別の難しさがあります。
この記事では、脳卒中後のIADL(家事動作を含む手段的日常生活動作)の再獲得について、コクランレビューを含む複数のシステマティックレビュー・メタアナリシスの結果をもとに、どこまで効果が確認されていて、何がまだ分かっていないのかを正直に整理します。
最終更新日:2026年8月27日
最新レビュー日:2026年8月27日
家事動作の練習は、火や刃物を扱う調理など安全面の配慮が必要な場面を含みます。認知機能・注意機能の状態によって、どこまで一人で行ってよいかは個別に異なります。この記事は一般的な情報提供が目的で、特定の練習方法を保証するものではありません。実施を検討する場合は、必ず主治医・リハビリ専門職にご相談ください。
日常生活動作(ADL)には、大きく分けて2つの段階があります。食事・排泄・整容・着替え・入浴・移動といった、生きていくうえで基本となる「基本的ADL」と、買い物・調理・洗濯・掃除・金銭管理・服薬管理・交通機関の利用といった、より段取りや判断が必要な「IADL(Instrumental Activities of Daily Living、手段的日常生活動作)」です。IADLは、一人暮らしや社会生活を続けるうえで欠かせない生活行為の集まりといえます。
脳卒中後は、手足の麻痺や感覚障害だけでなく、注意力・記憶・遂行機能(段取りを立てて実行する力)など、目に見えにくい高次脳機能の変化によって、IADLに難しさが生じることがあります。段取りの難しさについては、当施設のブログでも脳卒中後の遂行機能障害について解説した記事で取り上げています。基本的ADLが自立しても、IADLの再獲得ができるかどうかは、退院後の生活の自立度や社会参加の広がりに直結する、とても実践的なテーマです。

2017年のコクランレビュー(9件のランダム化比較試験・994名を統合)では、日常生活動作の練習を中心とした作業療法によって、基本的ADLのパフォーマンススコアが平均的に向上し(標準化平均差0.17、95%信頼区間0.03〜0.31、P=0.02)、死亡・状態悪化・要介助といった好ましくない転帰が起こるオッズが下がったと報告されています(オッズ比0.71、95%CI 0.52〜0.96、P=0.03)1。
同じレビューでは、買い物・家事など、より複雑な生活行為(拡張的ADL、IADLを含む)についても、作業療法を受けた群の方がより自立していたという結果が示されています(標準化平均差0.22、95%CI 0.07〜0.37、P=0.005、5研究665名)1。研究に含まれた作業療法の内容は、いずれも作業療法士が個別に関わり、実際の生活行為そのものを繰り返し練習する形式が中心でした1。
訓練量そのものに着目した2004年のメタアナリシス(20研究・2686名)では、発症後6か月以内に通常のリハビリへ訓練時間を上乗せすることで、基本的ADLだけでなくIADL・歩行速度にも臨床的に意味のある効果が得られる可能性が示され、統計的に意味のある差を得るには少なくとも16時間の上乗せ訓練時間が必要と推定されています2。一方、発症から6か月以上経過した慢性期に行われた3研究では、統計的に意味のある上乗せ効果は確認されませんでした2。
これらの結果を総合すると、「実際の生活行為を反復して練習する作業療法は、IADLを含む生活の自立度に一定の関連がある」と言えそうですが、効果の大きさは決して大きいものではなく、発症からの時期によっても差がある、というのが現時点の研究から言える範囲です。脳卒中に限らず高齢者一般を対象とした2024年のネットワークメタアナリシス(129研究・約7万5000名)でも、生活行為の練習・環境調整・服薬管理などを組み合わせた多面的な支援がIADLの自立に関連する(標準化平均差0.11、95%CI 0.00〜0.21、中程度の確実性)と報告されており、生活行為そのものへの働きかけを含む支援の方向性は、脳卒中以外の分野でも一定支持されています4。
IADLには注意力・記憶・遂行機能といった認知面の働きが深く関わるため、「パソコンやアプリで行う認知トレーニングを追加すれば、IADLも良くなるのでは」と考える方もいらっしゃいます。しかし、2025年に発表されたシステマティックレビュー・メタアナリシス(21件のRCT、1476名)では、注意・記憶などの特定の認知領域の回復を目的とした「認知リトレーニング」をリハビリに追加しても、基本的ADL(標準化平均差0.48、95%CI -0.04〜1.01、非常に質の低いエビデンス)にも、IADL(標準化平均差-0.19、95%CI -0.65〜0.27、中程度の質のエビデンス)にも、明確な上乗せ効果は確認されませんでした3。
一方、前のセクションで紹介したコクランレビューで一定の効果が示された作業療法は、机上の認知課題ではなく、作業療法士とともに買い物・調理などの生活行為そのものを反復して練習する形式が中心でした1。この2つの結果を並べると、「認知機能そのものを鍛える練習」と「実際の生活行為を練習する(課題特異的な練習)」は必ずしも同じ効果を持つわけではなく、IADLの再獲得には後者のような、生活場面に近い形での反復練習が重要である可能性が考えられます。ただし、この点を直接比較した研究はまだ少なく、断定はできません。
コクランレビューでは、含まれた9研究のうち、適切なランダム化とその隠蔽の両方を報告していたのはわずか3件でした。参加者・セラピストの盲検化が事実上不可能な介入であるため、すべての研究で実行バイアス(介入内容が分かってしまうことによる偏り)のリスクが高いと判定されています。前向き試験登録の詳細を報告していた研究もありませんでした。著者らは、すべてのアウトカムについて「エビデンスの質は低い」とGRADE評価で結論づけています1。
同じコクランレビューでは、気分・心理的苦痛のスコアに統計的に意味のある差は見られず(標準化平均差0.08、95%CI -0.09〜0.26、P=0.35)、健康関連QOLについてはデータが不十分で結論が出せなかったとされています1。「生活行為が自立に近づくこと」と「本人が気持ちの面で楽になること」は、必ずしも同じように動くわけではない可能性があります。
また、認知リトレーニングのメタアナリシスでは、対象者の重症度・介入内容・アウトカムの測定方法が研究ごとに大きく異なり、これが結果の解釈を難しくしていると著者らが述べています3。訓練量の効果を検討した2004年のメタアナリシスも、発症からの時期によって効果の有無が分かれており、どの時期に、どのくらいの量の練習を行うのが最も効果的かという「量と時期」の最適解は、まだ十分に分かっていません2。

紹介した研究の対象者は、いずれも発症後1年以内に病院・施設を退院した方が中心です。どのような重症度・認知機能の方に最も向いているかは、まだ研究間で一致した結論が出ていません。ご自身に合うかどうかは、必ず主治医・リハビリ専門職と相談しながら判断することが大切です。生活の広がりという観点では、当施設のブログでも脳卒中後の地域・社会参加について解説した記事で取り上げています。
・コクランレビューの対象研究:作業療法士による個別セッションが中心だが、具体的な回数・時間は研究によって幅がある1
研究によって練習の頻度・期間・内容はさまざまで、「これが正解」という統一的な基準はまだありません。特に発症からの時期によって効果の出やすさが異なる可能性があるため、いつ、どのくらいの量で始めるかは、専門職と相談しながら決めることをおすすめします。
Journey Rehabは訪問型のリハビリのため、実際にご自宅のキッチン・洗濯機・収納場所などを使いながら、買い物や調理、金銭管理といった生活行為を一緒に確認できることが特徴です。机上の認知課題だけでなく、その方の生活動線に合わせた具体的な練習を組み立てることを大切にしています。安全面の配慮が必要な場面(火の管理など)については、ご本人・ご家族と相談しながら段階的に進めます。
IADLの再獲得は、一朝一夕にはいかないテーマです。訪問リハビリでは、今の生活環境の中でできることを一つずつ確認し、積み重ねていく視点を大切にしています。

脳卒中後のIADL(家事動作を含む手段的日常生活動作)の再獲得は、コクランレビューで、実際の生活行為を反復して練習する作業療法によって一定の改善が報告されています。一方、認知機能そのものを鍛える訓練だけでは明確な上乗せ効果が確認されておらず、研究の質にもばらつきがあり、気分やQOLへの効果ははっきりしていません。過度な期待をせず、専門職と相談しながら、実際の生活場面に即した練習を検討することが大切です。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、診断・治療・医療行為を推奨するものではありません。家事動作の練習における安全面の配慮は、認知機能・注意機能の状態によって個々に異なります。実施を検討する場合は、必ず主治医・リハビリ専門職へ相談してください。研究データは執筆時点のものであり、今後変わる可能性があります。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
