東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
脳卒中のあとの歩き方について、「左右の歩幅がそろわない」「片方だけ歩く時間が短い」と気になる方は多いと思います。左右で違う速さに動く2本のベルトを持つ「スプリットベルトトレッドミル」は、この左右差(歩行の非対称性)に働きかける研究用の装置です。結論から先にお伝えします。1回のスプリットベルト歩行のあとには、一時的に歩幅の左右差が小さくなる「後効果」が現れます1。数週間くり返す訓練でも歩幅の左右差やバランス・歩く速さが上向きに動いた小規模なランダム化比較試験(RCT)がありますが3,4、システマティックレビュー(多くの研究を集めてまとめた論文)とメタアナリシス(結果を数量的に統合した解析)では、訓練を通した「持続的な効果」ははっきりせず、確認には質の高いRCTが必要だとされています1。また、装置による操作をしなくても、言葉での声かけだけで歩幅の左右差が同じ程度に小さくなったという報告もあります4。この記事では、研究で分かっていることと分かっていないことを、できるだけ正直に整理します。
脳卒中のあとの歩行では、麻痺側と非麻痺側で歩幅がそろわない(空間的な非対称性)、片脚で体重を支える時間が左右で違う(時間的な非対称性)といった左右差がよくみられます。左右差が大きいと、歩く効率が落ちたり、麻痺側で地面を蹴り出す力(推進力)が使いにくくなったりすると考えられています。歩行の左右差は、麻痺側の運動・感覚の障害、脚の筋力、つっぱり(痙縮)などと関連することが、システマティックレビュー・メタアナリシスで報告されています7。時間的な左右差は運動・感覚障害や筋力と、空間的な左右差はつっぱりや拘縮と、それぞれ強く関連したとされます7。
スプリットベルトトレッドミルは、左右のベルトを別々の速さで動かせるトレッドミルです。たとえば麻痺側を遅いベルト、非麻痺側を速いベルトにして歩くと、神経系が左右のずれに合わせて歩き方を調整し(適応)、ベルトを元に戻したあとに、それまでとは逆向きの左右差(後効果)が一時的に現れます。この後効果を、もともとの左右差を打ち消す方向に使えないか、という発想で研究が行われてきました。歩行の左右差そのものの原因と対応は、脳卒中後のぶん回し歩行の原因と進め方について解説した記事でも扱っています。トレッドミルを使った歩行練習全般については、脳卒中後のBWSTT(免荷式トレッドミル歩行練習)について解説した記事もご覧ください。
おおまかにまとめると、「1回のセッションのあとには左右差が一時的に小さくなる。数週間くり返す訓練でも小さくなった研究はあるが、まとめて解析すると持続的な効果ははっきりしない」という内容です。参加人数は数十人以下の研究が中心です。
脳卒中後の歩幅の左右差(対称性)への影響をまとめています。訓練中の「適応の後半」では、左右差の変化はまとまった差になりませんでした(統合効果量 0.060、p=0.701)。一方、1回のセッション直後(効果量 1.04、p<0.01)や、複数セッション後(効果量 −0.70、p=0.01)には大きな差がみられました。著者は「麻痺側の歩幅が短い場合に、速いベルト側を麻痺側にする方法で、長期に訓練を行えば歩幅の左右差を小さくできる可能性がある。ただし有効性の確認にはRCTが必要」と結論づけています1。
どんな条件だと、後効果が保たれて新しい歩き方の学習につながりやすいかを整理しています。二重課題(別の課題を同時に行う)、傾斜をつける、速度をゆっくり変える、といった条件では後効果や地上歩行への引き継ぎが大きくなった一方、誤差を大きく/小さくする操作、速度の変え方の工夫、高強度運動との組み合わせでは、はっきりした効果がなかったと報告しています。含まれた研究は6件で、うち3件のRCTは方法の質が高いと評価されています2。
発症からおよそ1か月・軽度の歩行障害がある27人を、スプリットベルト訓練群(14人、麻痺側0.5m/秒・非麻痺側1.5m/秒)と、通常のトレッドミル訓練群(13人)に分け、いずれも24分・週5回・4週間(計20回)行いました。両群とも同じ通常リハビリを受けています。4週間後、空間的な左右差(0.14→0.09、p=0.024)、歩く速さ(0.45→0.70m/秒、p=0.047)、バーグバランススケール(40.07→47.33、p=0.030)、立ち上がって歩いて戻る時間(Timed Up and Go、25.20→15.87秒、p=0.044)で、スプリットベルト群のほうが差が大きくなりました。有害事象の報告はありませんでした。著者は「少人数・単施設で、対象が軽度に限られる」ことを限界に挙げています3。
左右差のある慢性期の47人を、左右差を大きくする操作・小さくする操作・通常のトレッドミル訓練の3群に分け、18回の訓練を行いました。訓練後、歩幅の左右差はどの群でも小さくなり、群による差(相互作用)はありませんでした。片脚支持時間の左右差は変わりませんでした。歩く速さはどの群でも上向きになりました。歩幅の左右差の変化と歩く速さの変化には、中程度の関連がありました。著者は「誤差を大きくする操作は、小さくする操作や声かけだけの通常訓練より優れてはいなかった。全員に共通していた言葉での声かけだけで、歩幅の左右差を小さくするには十分と考えられる」と述べています4。
慢性期の脳卒中を対象にした pilot 研究では、スプリットベルト歩行をくり返すことで歩行能力が上向きに変化したと報告されています5。慢性期の32人を、一定の速度比で練習する群と、複数の速度比で練習する群に分けた研究では、練習の組み立て方(一定か・変化させるか)による適応・保持の差はみられませんでした6。なお、外骨格ロボットなどによる歩行訓練の生体力学的な指標をまとめたレビューでは、歩行の左右差への効果の確実性は非常に低いとされています8。
前向きな結果はありますが、根拠の質にはいくつかの弱点があります。研究の多くは参加人数が数十人以下で、対象は慢性期・軽〜中等度で、トレッドミルの上を支持ありで歩ける方に限られます1,2,3。参加者や評価者に「どちらの群か」を伏せる盲検化が難しく、研究間で速度比・どちらの脚を速いベルトにするか・訓練回数・比べる相手が異なります1,2。システマティックレビュー・メタアナリシスでは、訓練を通した持続的な効果はまとまった差にならず、有効性の確認にはRCTが必要とされています1。「1回のセッションの後効果」は、そのまま「歩き方が学習された」ことを意味しません。訓練の場(トレッドミル上)で小さくなった左右差が、実際の屋外歩行や生活の歩行にどこまで引き継がれるかも、十分には分かっていません2。
1. 誰に向くか。空間的な左右差がある方に向くとされますが1、発症時期・重症度・左右差のタイプによる向き不向きは十分に検証されていません。
2. 最適な「量」と設定。速度比、どちらの脚を速いベルトにするか、1回の時間、回数、期間の最適な組み合わせは定まっていません1。
3. 装置がどこまで必要か。言葉での声かけだけでも歩幅の左右差が同程度に小さくなったという報告があります4。
4. 生活の歩行への引き継ぎ。訓練の場で小さくなった左右差が、屋外歩行や日常の歩行にどこまで残るかは、はっきりしていません2。
5. 転倒やけがへの影響。「歩幅の左右差が小さくなること」が転倒やけがの減少につながるかは、この方法単独では検証されていません。
研究の数値は集団の平均的な変化です。対象者の発症時期・重症度・左右差のタイプ、訓練の設定が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではなく、個人の結果を保証するものではありません。
・歩く速さ(多くの群で上向き。ただし群による差は一定しない)3,4
・バランスの検査値(Timed Up and Go、バーグバランススケール)3
・訓練を通した「持続的な」歩幅の左右差の改善(まとめると有意差なし)1
・訓練の場から屋外・生活の歩行への引き継ぎ2
・転倒・けが・最初に転ぶまでの時間
スプリットベルトは「歩き方の左右バランスに働きかける一つの手段」であり、歩行の問題をまとめて解決するものではありません。装置での練習に加えて、地上での歩行練習、麻痺側の筋力やつっぱり・関節の動く範囲への対応、実際の生活場面での歩行を組み合わせることが前提です。歩く量と強度そのものの考え方は、脳卒中後の高強度歩行トレーニングについて解説した記事も参考になります。
研究では、慢性期で、麻痺側の歩幅が短いなど空間的な左右差がはっきりしていて、トレッドミルの上を手すりや免荷装置を使って歩ける方が主な対象です1,3,4。スプリットベルトトレッドミルは病院や研究施設にある装置で、監視のもとで行う方法です。自宅で一人で行うものではありません。
・立位や歩行でふらつきが強く、支えがあっても数分の歩行が難しい
・強いめまい、起立性低血圧(立ちくらみ)がある
・下肢の強いつっぱりや痛み、最近の骨折、体重を支えられない関節の状態がある
・トレッドミルの動きに合わせるのが難しい、指示の理解や集中の維持が難しい
研究では重い有害事象の報告はほとんどありませんが3、トレッドミル歩行では転倒・つまずきに注意が必要です。手すりや免荷装置、監視を確保し、疲労や血圧、痛みの変化を確認しながら進めます。
下記は「研究でよく使われた条件」であって、「これが唯一の正解」という意味ではありません。実際の設定は、左右差のタイプや体調に合わせて調整します。
・頻度・回数:週5回・4週間で計20回、または計18回といった設定3,4
・ベルトの設定:麻痺側の歩幅が短い場合は、非麻痺側(速いベルト側)と麻痺側(遅いベルト側)を分け、速度比はおおむね2対1〜3対11
・後効果を残しやすい条件:二重課題、傾斜、速度をゆっくり変える2
・組み合わせ:地上での歩行練習や言葉での声かけを併用する4
大切なのは「装置で左右差を一時的に小さくすること」ではなく、「小さくなった歩き方を、地上での練習や生活の歩行につなげること」です。装置がない環境でも、鏡・足形マーカー・メトロノーム・言葉での声かけなど、左右差に気づいて修正する練習は行えます4。
訪問リハビリではスプリットベルトトレッドミルは使えないため、相談を受けたときは、まず「装置は左右差に働きかける一つの手段で、装置でなくても声かけや地上での練習で左右差に取り組める」という研究の要点をお伝えします。そのうえで、左右差が歩幅(空間的)なのか支持時間(時間的)なのか、麻痺側の蹴り出しや振り出しがどうか、筋力・つっぱり・関節の動く範囲がどうかを確認します。練習では、足形マーカーや鏡、メトロノーム、言葉での声かけを使って左右差に気づいてもらい、廊下・屋外・段差など実際の歩く場面につなげます。左右差を「必ずゼロにする」ことを目標にせず、疲れにくさ、つまずきにくさ、続けられる歩き方を優先します。「新しい機器を探す」ことより、「今の環境でできる練習を生活に残す」ことを中心に考えます。
本記事は、株式会社Journey Rehab代表の作業療法士・田中 光が執筆し、文献内容を2026年9月10日に確認しました。当社の訪問自費リハビリの案内を含みますが、特定のリハビリ機器メーカーから本記事作成に関する資金提供は受けていません。外部の医師による個別監修は受けていないため、診断や治療方針は主治医へご相談ください。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Fragoso-Espinosa P, Alguacil-Diego IM, Molina-Rueda F. Locomotor adaptation on a split-belt treadmill in adults with stroke: a systematic review. Anales del Sistema Sanitario de Navarra (An Sist Sanit Navar). 2023. doi:10.23938/ASSN.1035. PMID: 37166234. PMCID: PMC10212213. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37166234/
3. Wang C, Zhang Q, Hou S, Guo D, Han X, Huo W, Zhang Y. Split-belt treadmill training improves gait symmetry and lower limb function in patients with stroke. Scientific Reports (Sci Rep). 2025. doi:10.1038/s41598-025-98322-3. PMID: 40341197. PMCID: PMC12062375. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40341197/
4. Lewek MD, Braun CH, Wutzke C, Giuliani C. The role of movement errors in modifying spatiotemporal gait asymmetry post stroke: a randomized controlled trial. Clinical Rehabilitation (Clin Rehabil). 2018. doi:10.1177/0269215517723056. PMID: 28750549. PMCID: PMC5748372. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28750549/
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6. Helm EE, Pohlig RT, Kumar DS, Reisman DS. Practice Structure and Locomotor Learning After Stroke. Journal of Neurologic Physical Therapy (J Neurol Phys Ther). 2019. doi:10.1097/NPT.0000000000000260. PMID: 30883495. PMCID: PMC6424135. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30883495/
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