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高齢者の多因子的転倒予防|個別リスク評価の研究と限界

自費リハビリ情報 読了目安 約10分 文・田中 光(作業療法士)
地域で暮らす高齢者が作業療法士と自宅の転倒リスクを確認する場面
田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表

田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立

結論:個別の転倒リスクに合わせて運動、住環境、服薬、視力・足部などを組み合わせる多因子的介入は、地域在住高齢者の転倒回数を減らす可能性があります。一方、転倒する人の割合を明確に減らすとは言えず、脳卒中・パーキンソン病の集団はレビュー対象外です。評価だけで終わらせず、実行可能な対策を本人と選びます。

転倒予防というと「運動」をイメージする方が多いと思いますが、実は「一人ひとりの転倒リスクを詳しく調べたうえで、必要な対策を個別に組み合わせる」という、より丁寧なアプローチも研究されています。これは「多因子的介入(たいんしてきかいにゅう)」と呼ばれ、2026年9月に更新された最新のコクランレビュー(110件のRCT・約49,000名を統合)でその効果が検証されました1。結論から言うと、転倒の回数を減らす効果はわずかに期待できるものの、「転倒する人の割合」自体を減らす効果ははっきりしないという、やや複雑な結果が出ています。この記事では、その内容を正直に整理します。

多因子的介入・複合的介入とは何か

転倒予防の方法は、大きく3つに分けて研究されています。1つ目は「単一介入」で、運動だけ、環境改修だけなど一つの対策に絞るものです。2つ目は「複合的介入」で、対象者全員に同じ組み合わせ(例えば運動+栄養指導)を一律に提供するものです。3つ目が今回取り上げる「多因子的介入」で、一人ひとりの転倒リスク(歩行・バランス・視力・薬の副作用・住環境など)を詳しく評価したうえで、必要な対策の組み合わせを個別に決めていく方法です2。例えば、Aさんは運動と住環境の改修を受け、Bさんは運動と薬の見直しを受ける、というように内容が一人ひとり異なるのが特徴です。
脳卒中後の方やパーキンソン病の方の転倒については、それぞれ脳卒中後の転倒とリハビリについて解説した記事、パーキンソン病のバランス運動について解説した記事で取り上げています。実は、今回ご紹介するコクランレビューは、脳卒中・パーキンソン病の方は対象から除外し、地域で生活する一般の高齢者を対象としています2。この点は後ほど「まだ分かっていないこと」で詳しく触れます。
作業療法士と高齢者が自宅の段差や敷物を確認する場面

コクランレビューの研究では何がわかっているか

2026年9月に更新されたコクランレビュー(2018年版の更新)では、地域で生活する60歳以上の高齢者を対象にした110件のRCT・約48,919名のデータが統合されました1。通常ケア・注意喚起対照と比較した結果は次のとおりです。
コクランレビュー 2026年更新版

多因子的介入は、通常ケアと比べて「転倒が起きる回数(転倒率)」をわずかに減らす可能性があり(29件・9,442名の統合、確実性は低い)、「2回以上の転倒(再発転倒)」のリスクもわずかに下げる可能性があります。一方で、「転倒する人の割合」自体には、ほとんど差がないという結果でした1。
コクランレビュー 2026年更新版

興味深いことに、「運動プログラムなど転倒予防のアドバイス・教育」と比較した場合には、多因子的介入は追加の利益を示さず、むしろ転倒率がわずかに増える可能性があるという結果でした(確実性は中程度)1。「複合的介入」(全員に同じ組み合わせを提供する方法)については、通常ケアと比べて「転倒する人の割合」をわずかに減らす可能性がある一方、「転倒回数」自体への効果ははっきりしませんでした。いずれの介入でも、報告された有害事象はおおむね軽度で、安全性の面では大きな問題は見られていません1。
⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと:
「転倒回数は減る可能性があるが、転倒する人の割合はあまり変わらない」というのは一見矛盾しているようですが、これは「繰り返し転ぶ人の転倒回数を減らす効果はあっても、そもそも転ばない体質の人を増やすほどの効果は確認されていない」と理解すると分かりやすくなります。また、教育・アドバイスと比べて追加の利益がなかった、という結果も正直にお伝えしておく必要があります1。

エビデンスの質と限界

今回のコクランレビューは、110件という非常に多くの研究を統合した信頼性の高い手法(システマティックレビュー)ですが、著者ら自身がいくつかの重要な限界を挙げています1。
1.研究間のばらつき(異質性)が非常に大きく(統計指標I²が90%前後の項目もある)、評価した介入の中身・強度が研究ごとに大きく異なること
2.バイアスリスク(研究の方法論上の偏り)が一定数の研究で確認されており、全体としてのエビデンスの確実性は「低い」評価にとどまっていること
3.一部の比較(研究出版バイアスの可能性がある比較を含む)では、結果の解釈に注意が必要であること
まだ分かっていないこと
最も重要な点として、このコクランレビューは脳卒中・パーキンソン病の方を対象から明確に除外しています1。つまり、脳卒中後やパーキンソン病の方に、この結果がそのまま当てはまるとは限りません。脳卒中後の転倒予防、パーキンソン病のバランス運動と転倒予防については、それぞれ別の研究の蓄積があるため、上記の記事もあわせてご確認ください。また、どのリスク評価項目を組み合わせるのが最も効果的か、どのくらいの期間続けるべきかについても、研究間でばらつきが大きく、統一的な結論はまだ出ていません。
エビデンスの質と限界
多因子的介入は、対象者ごとに内容が異なるという性質上、研究間で「同じ介入」を比較しているとは言い切れない部分があります。研究全体では転倒回数へのわずかな効果が示されていますが、対象者の年齢層・リスク評価の方法・提供された対策の組み合わせが研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません1。

何が変わりやすく、何は変わりにくいか

変わりやすいと報告されているもの
一定期間内の転倒の「回数」(特に繰り返し転倒している方の再発転倒リスク)1。過去の2018年版レビューでは、多因子的介入により転倒に関連する骨折のリスクがわずかに下がる可能性も示唆されていました2。

変わりにくい・研究ごとに差があるもの
「転倒する人の割合」自体、入院や医療機関受診が必要な転倒の割合。運動単独と比較した場合の優劣も、現時点では「非常に不確実」と評価されています1。

どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要か

検討する場面があるケース
過去1年間に複数回転倒したことがある方、歩行・バランス・視力・服薬内容・住環境など複数のリスクが重なっていると考えられる地域生活の高齢者では、専門職による包括的な評価を受けたうえで、多因子的なアプローチを検討する場面があります1。
注意が必要なケース
脳卒中後・パーキンソン病の方は、今回ご紹介したコクランレビューの対象に含まれていないため、同じ内容がそのまま当てはまるとは限りません。それぞれの疾患に特化した転倒予防のアプローチについて、主治医・担当セラピストに相談することをおすすめします。また、認知機能の低下が大きく、リスク評価や生活指導の内容を十分に理解・実行することが難しい場合は、ご家族や介護者を含めた支援体制の調整が必要です1。

実施の目安

多因子的介入は、内容が一人ひとり異なるため、「週◯回・◯ヶ月間」という一律の目安を示すことが難しいプログラムです。過去のレビューに含まれた研究では、リスク評価後にケアプランを作成し、運動・住環境改修・服薬見直しなどを組み合わせて数ヶ月〜1年程度継続するものが多く見られました2。実際には、生活状況や過去の転倒歴を確認し、必要に応じて医師・薬剤師・ケアマネジャー等と連携して個別の計画を考えます。
高齢者が手すりの近くで見守りを受けながらバランス運動を行う場面
高齢者と家族が医療・介護専門職と服薬や視力や履物を確認する場面

まとめ|作業療法士の視点と安全上の注意

作業療法士の視点

作業療法士の視点では、筋力やバランスだけでなく、夜間のトイレ動線、履物、眼鏡、段差、照明、急いで動く場面、買い物や入浴の手順を確認します。本人が続けたい生活を一律に制限せず、危険が高い工程に優先順位をつけて対策します。

中止基準と医療機関へ相談すべき症状

運動中に胸痛、強い息切れ、失神しそうな感覚、急な麻痺・しびれ・言葉の出にくさ、強いめまい、転倒、関節や背中の強い痛みが出た場合は中止してください。転倒後に頭を打った、意識がぼんやりする、嘔吐、抗凝固薬を使用している、立てないほどの痛みや変形がある場合は速やかに医療機関へ相談し、状況により救急要請を検討します。薬は自己判断で中止・変更しないでください。

転倒には、歩行・バランス、服薬、視力、足部・履物、血圧、住環境、行動上の要因などが重なります。運動だけに原因を求めず、本人が困っている場面を具体的に確認し、実行可能な対策を少数から始めて見直すことが重要です。

免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。転倒予防プログラムの導入可否については、必ず主治医またはリハビリ専門職・ケアマネジャーにご相談ください。紹介した研究データは執筆時点(2026年9月)のものであり、今後の研究により内容が更新される可能性があります。

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転倒への不安や生活環境について、身体の状態を一緒に確認しながらリハビリの内容を考えます。

執筆・確認と運営上の立場

本記事は、株式会社Journey Rehab代表の作業療法士・田中 光が執筆し、文献内容を2026年9月23日に再確認しました。研究結果は個人の転倒を防ぐことを保証するものではありません。急な体調変化や繰り返す転倒は医療機関へご相談ください。

田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表

執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
・2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
・第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
・田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1). 日本老年療法学会.

よくある質問

Q. 多因子的介入は具体的に何をするのですか?

歩行・バランス・視力・服薬内容・住環境などのリスクを専門職が評価したうえで、必要な対策(運動、住環境の改修、薬の見直しの提案など)を個別に組み合わせるプログラムです。内容は人によって異なります。

Q. 運動だけしていれば十分ではないのですか?

運動は転倒予防の中心的な要素として研究で支持されています。多因子的介入は、運動に加えて他のリスクも総合的に見ていく方法ですが、研究では運動単独と比べて明確に優れているとは示されていません。ご自身の状況に合わせて専門職と相談することが大切です。

Q. 脳卒中後ですが、このプログラムは受けられますか?

今回ご紹介したコクランレビューは脳卒中の方を対象に含んでいません。脳卒中後の転倒予防については別の研究蓄積があるため、脳卒中後の転倒予防を扱った記事もあわせてご確認のうえ、担当セラピストに相談してください。

Q. どこに相談すればリスク評価をしてもらえますか?

かかりつけ医、地域包括支援センター、リハビリ専門職などが窓口になります。転倒歴やお薬手帳を持参して相談すると、評価がスムーズに進みやすくなります。

Q. 1回転んだだけですが、対象になりますか?

1回の転倒でもリスク評価を受ける価値はあります。ただし、研究では繰り返し転倒している方でより効果が報告される傾向があるため、状況に応じて専門職が必要性を判断します。

Q. 薬の見直しも含まれると聞きましたが、自己判断でやめてもいいですか?

薬の変更・中止は必ず処方医の判断のもとで行ってください。自己判断での中断はかえって体調悪化のリスクがあります。

Q. 効果が出るまでどのくらいかかりますか?

研究では数ヶ月〜1年程度継続したものが多く、転倒回数への影響も緩やかです。短期間で劇的な変化を期待するものではなく、生活の中で少しずつ取り組んでいくプログラムです。

参考文献

1. Swarnalatha C, Wood L, Newell P, et al. Multifactorial and multiple component interventions for preventing falls in older people living in the community. Cochrane Database Syst Rev. 2026;9(9):CD012221. PMID: 42764178
2. Hopewell S, Adedire O, Copsey BJ, et al. Multifactorial and multiple component interventions for preventing falls in older people living in the community. Cochrane Database Syst Rev. 2018. PMID: 30035305(2026年更新版の前版。詳細な研究内訳・骨折リスクの補助データとして使用)
3. Dautzenberg L, Beglinger S, Tsokani S, et al. Interventions for preventing falls and fall-related fractures in community-dwelling older adults: A systematic review and network meta-analysis. J Am Geriatr Soc. 2021. PMID: 34318929(補助参考文献)

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