
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
多発性硬化症(MS)と暑さによる症状悪化(ウートフ現象)|体を冷やす工夫の研究と限界を正直に解説
お風呂に入ると足に力が入りにくくなる。夏の外出で歩きにくくなる。運動を始めて体が温まると、目がかすんだり、疲れが一気に強くなったりする。多発性硬化症(MS)では、暑さや体温の上昇によって、もともとあった症状が一時的に強く出ることがあります。これはウートフ現象(Uhthoff現象)と呼ばれます。
「では体を冷やせばよいのか」という疑問に対して、結論から正直にお伝えします。冷却ベストや事前冷却などで一時的に歩行や疲労感が変わる、という研究は複数あります。ただし研究の多くは少人数・短期間で、「どの方法をどのくらい行えばよいか」という具体的なところはまだ定まっていません。この記事では、システマティックレビューとランダム化比較試験をもとに、分かっていることと、まだ分かっていないことを分けて整理します。
なぜ暑さ・体温の上昇で症状が悪くなるのか
MSでは、神経のまわりを覆う「髄鞘(ずいしょう)」が傷ついています。髄鞘が傷んだ神経では、体温がわずかに上がるだけで信号の伝わり方が悪くなり(伝導ブロックといいます)、もともとあった症状が一時的に強く出ます。これがウートフ現象です3。
「暑さに弱いから運動を避けたほうがよい」と考える方もいますが、MSでは運動そのものには体力・歩行・気分などへの良い報告が多くあります1。運動を続けるために暑さ対策を組み合わせる、という発想が現実的です。運動の全体像は多発性硬化症の運動療法について解説した記事で整理しています。

体を冷やす方法にはどんな選択肢があるか
研究で検討されてきた主な方法は次のとおりです。大きく「身につける冷却」「前もって冷やす(事前冷却)」「環境を整える」「薬を使う」に分かれます。
保冷剤(相変化素材)を入れるタイプと、冷たい液体を管に循環させるタイプがあります。ベスト、上着、頭・首を覆うフード、太ももに巻くカフなどが研究されています1。
頭と首、手のひらは熱を逃がしやすい部位で、局所的に冷やす方法が調べられています5。
運動や外出の前に、涼しい部屋で過ごす、下半身を冷水につける、冷たい飲み物をとる、といった方法であらかじめ体温を下げておくものです4。
エアコンや扇風機、涼しい時間帯を選ぶ、涼しい室内で運動する、こまめな水分・冷たい飲み物。研究でも「涼しい室内でのトレッドミル練習」などが試されています。
運動前に服用して体温上昇を抑える方法が少数の試験で調べられています7。ただし後述のとおり研究は小規模で、自己判断での使用は勧められません。
実際の研究では、これらを単独ではなく組み合わせて使うものが多く、どれか一つだけの効き目を取り出すのは難しいのが実情です。
研究でわかっていること
冷却衣類が身体機能に与える影響をまとめたレビューです。冷却衣類は歩行能力と移動のしやすさを良くし、一部の研究では筋力やバランスの向上も示されました。一方で、手先の細かい動き(巧緻性)は変わりませんでした。深部体温・皮膚温・暑さの感じ方・自覚的な疲労も改善し、こうした変化は温暖な環境でも暑い環境でも、また運動を伴う場合も伴わない場合も見られました。いずれの冷却衣類も害はなく、特定のタイプが他より優れているとは言えなかったと報告されています1。
冷却衣類・冷却機器・涼しい部屋・事前冷却・冷水の摂取などの冷却法をまとめた解析です。冷却によって疲労が有意に軽くなり、身体活動量が増え、生活の質(QOL)も良くなったと報告されています。ただし解析には出版バイアス(良い結果が出た研究ほど発表されやすい偏り)の可能性を示すわずかな非対称が見られました2。
軽度から中等度の障害(EDSS 6.0未満)で暑さに弱い自覚のある方を対象に、液体循環式の冷却スーツを1時間着用しました。しっかり冷やす条件では、総合的な神経機能の指標がわずかに改善し(変化量0.076、p=0.007)、歩行速度や視力・コントラスト感度も改善しました。さらに1か月間、毎日1時間の冷却を続けたところ、日誌でも質問票でも疲労が軽くなったと報告されました。著者らは「客観的に測れるが、ささやかな改善」とまとめています3。
運動や活動の前に体を冷やしておく「事前冷却」に絞ったレビューです。液体循環式の冷却衣類、保冷剤入りの衣類、下半身の冷水浸漬などが用いられ、体温上昇による症状悪化を防ぐことができ、有害な影響は見られなかったと報告されています。ただし対象となった研究はごくわずかで、補助的な方法という位置づけです4。
個別の試験でも、頭と首を60分冷やすと深部体温が0.37℃下がり、6分間歩行とTimed Up & Goが良くなった(視力や握力は変わらず)5、冷却衣類を1回着るだけで10m・30m歩行や片脚立ち・タンデム立位が改善した6、といった報告があります。全体として「冷やしている間、あるいはその直後の、歩行と疲労に関する一時的な変化」が比較的一貫しています。
運動前にアスピリンやアセトアミノフェンを飲む方法をまとめた解析です。暑さに弱いMSのある方で、アスピリンの前投与により運動を続けられる時間がやや延び(p=0.013、ただし1件では差なし)、運動後の体温上昇も抑えられたと報告されています。ただし個々の試験結果にはばらつきがあり、アスピリンには出血や胃腸への影響などのリスクがあります。使うかどうかは必ず医師に相談してください7。
なお近年は、地球規模の気温上昇がMSのある方の症状や受診に影響しうるとして注目されています。2025年のレビューでは、選ばれた24論文のうち16論文(67%)が、環境の暑さがMSの症状や入院に影響したと報告していました8。暑さ対策は今後さらに重要になる可能性があります。
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
歩行距離・歩行速度、移動動作(Timed Up & Goなど)、自覚的な疲労、暑さの感じ方、暑い環境で運動や活動を続けやすくなること1,3,5,6。
筋力、バランス。良くなったとする研究もありますが、すべてで一致してはいません1。
手先の細かい動き(巧緻性)は複数の研究で変化なし1。視力は改善しなかった試験もあります5。
大切な前提として、冷却は病気そのものの進行を変える治療ではありません。ウートフ現象による症状悪化を一時的に和らげ、体温を下げている間に動きやすさを取り戻す、という位置づけです。効果の大きさは人によって差があり、まったく変化を感じない方もいます。疲労そのものへの対処は多発性硬化症の疲労とリハビリについて解説した記事もあわせてご覧ください。

エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
つまり、「MSの暑さ対策はこれが正解」と言い切れる段階ではありません。研究で示されている方向性(冷やすと一時的に動きやすくなりやすい)を踏まえつつ、自分に合う方法を試しながら見つけていく、という進め方が現実的です。
生活のなかでの取り入れ方
どの症状が(歩行・視界・疲労・力の入りにくさ)、どんな場面で(気温・時間帯・入浴・運動)強くなり、体を冷やすと何分くらいで戻るか。これが対策を組み立てる基準になります。
涼しい部屋で少し過ごす、ぬるめのシャワー、冷たい飲み物。研究でも運動前の事前冷却で症状悪化を抑えられたと報告されています4。
クーリングベスト、保冷剤入りのネックバンド、保冷タオルなど。頭・首や手のひらを冷やす方法も研究されています5。特定のタイプが一番とは言えないため1、装着感や重さで自分に合うものを選んでください。
エアコンや扇風機、日中の暑い時間を避ける、涼しい室内で運動する、こまめな水分と冷たい飲み物。屋外は日陰と休憩できる場所を先に決めておくと動きやすくなります。
暑さに弱いことは、運動を避ける理由にはなりません。冷やす工夫と涼しい環境を組み合わせて、無理のない範囲で続けることが大切です。バランスや転倒が気になる方は多発性硬化症のバランスと転倒対策について解説した記事も参考になります。
解熱鎮痛薬を運動前に使う方法は研究段階で、アスピリンには出血・胃腸のリスクがあります7。使うかどうかは必ず主治医に相談してください。
体を冷やしても症状が24時間以上戻らない、これまでにない部位の症状が出た、急に強くなって日常生活が大きく変わった。こうした場合は暑さによる一時的な悪化ではなく、再発の可能性があります。運動より先に神経内科へ相談してください。また、感覚が鈍い部位を保冷剤で直接冷やすと凍傷のおそれがあるため、タオルなどで包んで使ってください。

個別支援で確認する視点
実際の支援では、どの症状が暑さで強くなるか、冷やすと何分で戻るか、入浴や外出のどの場面が負担かを一緒に確認します。冷却グッズは装着感・重さ・手先の使いやすさを見て選び、事前冷却は生活リズムに合わせて組み込みます。運動は涼しい時間帯・涼しい室内で量を確保し、疲労やしびれの残り方を見ながら調整します。体温を下げても戻らない変化があるときは、リハビリを続けることより神経内科への相談を優先します。
本記事は一般的な医療情報の提供を目的としたもので、個別の診断や治療を代替するものではありません。多発性硬化症の症状の出方や暑さへの弱さには個人差が大きく、冷却の方法や運動の内容は一人ひとり異なります。開始前に主治医・リハビリ専門職へご相談ください。解熱鎮痛薬の使用は必ず医師に確認してください。掲載した研究データは執筆時点のもので、今後の研究によって解釈が変わる可能性があります。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
よくある質問
参考文献
2. Bilgin A, et al. The Effects of Cooling Therapies on Fatigue, Physical Activity, and Quality of Life in Multiple Sclerosis: A Meta-Analysis. Rehabil Nurs. 2022. PMID: 36044345.
3. Schwid SR, et al. A randomized controlled study of the acute and chronic effects of cooling therapy for MS. Neurology. 2003. PMID: 12821739.
4. Kaltsatou A, Flouris AD. Impact of pre-cooling therapy on the physical performance and functional capacity of multiple sclerosis patients: A systematic review. Mult Scler Relat Disord. 2019. PMID: 30544086.
5. Reynolds LF, et al. Head pre-cooling improves symptoms of heat-sensitive multiple sclerosis patients. Can J Neurol Sci. 2011. PMID: 21156438.
6. Nilsagård Y, et al. Evaluation of a single session with cooling garment for persons with multiple sclerosis--a randomized trial. Disabil Rehabil Assist Technol. 2006. PMID: 19260170.
7. Ibrahim IA, et al. Oral antipyretics for fatigue alleviation and exercise enhancement in adults with multiple sclerosis: a systematic review and meta-analysis. Neurol Sci. 2026. PMID: 42118325.
8. Berntsson SG, et al. Climate change impacts the symptomology and healthcare of multiple sclerosis patients through fatigue and heat sensitivity - A systematic review. J Neurol Sci. 2025. PMID: 40359743.
