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田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
軽度認知障害(MCI)に運動は役立つ?記憶・段取りへの研究と限界を正直に解説
内容確認日:2026年7月28日
「軽度認知障害(MCI)と言われた」「何かできることはないかと調べている」——このような場面で、よく候補に挙がるのが運動です。研究では、運動に頭を使う練習を組み合わせた形で検査の点数に良い方向の差が報告されている一方、運動の強度を上げても差が出なかった大規模な試験もあります。国際的なガイドラインも、根拠の確からしさは「非常に低い〜低い」と正直に述べています。この記事では、作業療法士の立場から、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを整理します。
この記事の内容
SECTION 01
軽度認知障害(MCI)とは何か
軽度認知障害(MCI)とは、ご本人やご家族が物忘れなどの変化を感じていて、検査でも記憶や段取りなどに実際の低下が確認できる一方で、日常生活はおおむね自立して送れており、認知症とは診断されない状態を指します2。研究では、この4つの条件(本人の自覚、検査での低下、生活の自立、認知症ではない)を満たすことをMCIの基準としています2。
「認知症の一歩手前」と説明されることが多く、不安を感じる方が少なくありません。ただし、MCIと言われた方が全員そのまま認知症に進むわけではありません。国際的なガイドラインでも、MCIのある方において運動が認知症への移行を遅らせるかどうかについては「不確かなままである」と、はっきり書かれています1。
そのうえで、そのガイドラインの専門家パネルは「MCIであることは運動を控える理由にはならない」という点で100%の合意に達しています1。認知面への働きかけが確実だからではなく、身体の健康ほぼすべての面に良い影響があるから、というのがその理由です。すでに認知症と診断された方への運動については、認知症の方への運動療法について解説した記事で扱っています。
無理のない歩行など、日常に取り入れやすい活動から始めます。
SECTION 02
研究で分かっていること
研究紹介|ランダム化比較試験(2023年・175名・20週間)
Montero-Odassoらの試験2は、MCIのある平均73.1歳の方175名を5つのグループに分け、週3回・1回90分・20週間のプログラムを行ったものです。運動(有酸素運動と筋力トレーニングの組み合わせ)を行った群では、認知機能の検査(ADAS-Cog-13)の点数が対照群と比べて1.79点良い方向へ動きました(95%信頼区間 −3.27〜−0.31、この検査は点数が低いほど良い)。さらに運動にコンピュータを使った頭の練習を加えると、運動だけの群よりもう1.45点の差がみられ(−2.70〜−0.21)、運動+頭の練習+ビタミンDの群では対照群と2.64点の差でした(−4.42〜−0.80)。一方、ビタミンDそのものには差が認められませんでした(0.35点、−0.93〜1.62)。
ただし、この試験には注意点があります。20週間の介入が終わってから6か月後(開始から12か月後)の時点では、点数の差は縮まり、統計的にはっきりした差ではなくなっていました2。また、新型コロナウイルスの流行で予定していた人数を集めきれず、途中で終了しています2。
もうひとつ、より大きな規模の試験を紹介します。Bakerらの試験3は、13の施設で、MCIのある平均74.5歳の方296名を対象に、中〜高強度の有酸素運動(週4回・1回45分)と、低強度のストレッチ・バランス・関節運動(同じ回数と時間)を12か月間比べたものです。結果は、認知機能の検査で両群に差はありませんでした(−0.078、p=0.3)。記憶や段取りの検査、脳の画像、血液や髄液の指標でも差は認められていません3。
興味深いのは、その中身です。この種類のMCIでは12か月のあいだに検査の点数が下がっていくことが通常予想されますが、この試験ではどちらの群でも低下がみられませんでした3。著者らは、その理由として、強度によらず定期的に体を動かすこと自体に意味があった可能性、両群とも週に何度も人と会う機会(年間およそ100時間)があったこと、もともと健康な方が参加していた可能性、の3つを挙げています3。この試験には「何もしない群」が置かれていないため、運動が低下を食い止めたのかどうかは確認できない、と著者ら自身が限界として明記しています3。
なお、脳卒中のあとに運動と認知面の関係を扱った研究については、脳卒中後の運動と認知機能について解説した記事で別途まとめています。
SECTION 03
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
エビデンスの質と限界
ここは正直にお伝えしたい部分です。複数の学会と市民団体が共同で作成した国際的なガイドラインは、MCIや認知症に対する身体活動・運動に関するすべての推奨について、根拠の確からしさを「非常に低い」または「低い」と評価しています1。それでも実施を推奨しているのは、認知面への働きかけが確実だからではなく、健康のほぼすべての面に利益があると考えられるためだと明記されています1。
また、ここで紹介した2つの試験は、いずれも「運動と何もしない状態」を比べたものではありません。片方は運動しない群も同じ回数だけ集まって体を動かしており3、もう片方の対照群も負荷を上げないバランス・体操を行っています2。そのため「運動をすると、しない場合に比べてどうなるか」を直接示したものではない点に注意が必要です。研究全体では一定の傾向がありますが、対象者や方法が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
また、ここで紹介した2つの試験は、いずれも「運動と何もしない状態」を比べたものではありません。片方は運動しない群も同じ回数だけ集まって体を動かしており3、もう片方の対照群も負荷を上げないバランス・体操を行っています2。そのため「運動をすると、しない場合に比べてどうなるか」を直接示したものではない点に注意が必要です。研究全体では一定の傾向がありますが、対象者や方法が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
まだ分かっていないこと
・MCIのある方において、運動が認知症への移行を遅らせるかどうかは不確かなままです1。
・どの運動の種類・強度が最も合うのかは決まっていません。ガイドラインは、併存する病気とご本人の好みに合わせて選ぶよう述べています1。
・「週に何分行えばよいか」という具体的な処方は、ガイドラインの本文には示されていません1。
・検査の点数に差が出ても、それが暮らしのなかで実感できる変化に対応するかは、はっきりしていません2。
・良い方向の差がみられた試験でも、介入を終えて半年後には差が縮まっていました2。続けなくても保たれるのかは分かっていません。
・参加者の多くは特定の地域・人種・学歴の方に偏っており、日本の方にそのまま当てはまるかは検証が必要です2。
・脳の画像や血液・髄液の指標に変化がみられるかは、まだ示されていません3。
・どの運動の種類・強度が最も合うのかは決まっていません。ガイドラインは、併存する病気とご本人の好みに合わせて選ぶよう述べています1。
・「週に何分行えばよいか」という具体的な処方は、ガイドラインの本文には示されていません1。
・検査の点数に差が出ても、それが暮らしのなかで実感できる変化に対応するかは、はっきりしていません2。
・良い方向の差がみられた試験でも、介入を終えて半年後には差が縮まっていました2。続けなくても保たれるのかは分かっていません。
・参加者の多くは特定の地域・人種・学歴の方に偏っており、日本の方にそのまま当てはまるかは検証が必要です2。
・脳の画像や血液・髄液の指標に変化がみられるかは、まだ示されていません3。
SECTION 04
何が期待でき、何は変わりにくいか
研究の並びを見ると、運動「だけ」を強くすることより、運動に頭を使う練習を組み合わせた形のほうが、検査の点数に差が出やすい傾向があります2。実際、運動に加えてコンピュータを使った注意や記憶の課題を行った群で、最も大きな差が報告されていました2。国際的なガイドラインも、運動単独より複数の要素を組み合わせた介入を重視しています1。
一方で、有酸素運動の強度を上げれば上げるほど良い、という結果にはなっていません。12か月にわたって中〜高強度の有酸素運動を行った群と、低強度のストレッチ・バランス運動を行った群のあいだに差はありませんでした3。「きつい運動でなければ意味がない」ということではない、と受け取ってよいと思います。
また、変わりにくい部分もはっきりしています。脳の画像で測る海馬の体積や、アルツハイマー病に関わる血液・髄液の指標には、12か月の運動で差が示されていません3。検査の点数に差が出たとしても、それが生活のなかでどう感じられるかは別の問題です。ここは期待しすぎず、正直にお伝えしておきたい部分です。
運動と頭を使う課題を組み合わせる場合も、安全を優先して難しさを調整します。
SECTION 05
どんな人に向いているか
研究で対象となってきたのは、MCIと診断され、日常生活はおおむね自立している60〜80代の方です2,3。特に、これまであまり運動の習慣がなかった方が対象に含まれています3。「今まで運動してこなかったから遅い」ということはありません。
また、ガイドラインの専門家パネルは「MCIであることは運動を控える理由にはならない」という点で全員一致しています1。体を動かすことは、転びにくさ、気分、生活習慣病の管理など、認知面以外の部分にも関わります。体を動かしながら同時に頭を使う練習については、二重課題トレーニングの進め方はこちらでも解説しています。
⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと:
物忘れの背景には、甲状腺の病気、薬の影響、うつ、睡眠の問題など、対応の仕方が変わる原因が隠れていることがあります。運動を始める前に、まずは物忘れ外来やかかりつけの医師にご相談ください。また、心臓や肺の持病がある方、血圧が不安定な方は、運動の強度について医師の確認を受けてから始めてください。研究で用いられたのは監督のもとで行われるプログラムであり、ひとりで強い運動を始めることを勧めるものではありません2,3。転びやすさがある方は、支えのある場所で、できればご家族の見守りのある時間帯に行ってください。
物忘れの背景には、甲状腺の病気、薬の影響、うつ、睡眠の問題など、対応の仕方が変わる原因が隠れていることがあります。運動を始める前に、まずは物忘れ外来やかかりつけの医師にご相談ください。また、心臓や肺の持病がある方、血圧が不安定な方は、運動の強度について医師の確認を受けてから始めてください。研究で用いられたのは監督のもとで行われるプログラムであり、ひとりで強い運動を始めることを勧めるものではありません2,3。転びやすさがある方は、支えのある場所で、できればご家族の見守りのある時間帯に行ってください。
SECTION 06
回数・頻度・期間の目安
研究で用いられた設定を並べると、週3回・1回90分(運動60分+頭の練習30分)を20週間2、週4回・1回45分を12か月3、といった形です。ガイドラインがまとめた研究の平均では、体と心を合わせて動かす運動が週3回・1回30〜90分、筋力トレーニングが週2回・1回およそ60分と報告されています1。
ただし、ガイドラインの本文には「週に何分」という具体的な処方は示されていません1。研究ごとに運動の種類・頻度・強度の記述が十分でなく、まとめきれなかったことが理由として挙げられています1。ですので、上の数字は「研究ではこのくらいだった」という参考であり、目標として設定するものではありません。
実際に取り入れるときは、続けられる形を優先することをおすすめします。研究でも参加率は8割前後と高く保たれていましたが2,3、これは通う場所と担当者が決まっていたからでもあります。ご自宅で行う場合は、曜日と時間を決める、記録を付ける、ご家族と一緒に行うなど、続く仕組みを先に用意しておくと現実的です。
靴・水分・見守りなど、続ける前の安全準備も大切です。
SECTION 07
専門職と一緒に確認したい実践上のポイント
専門職が確認する主な項目
まず、医師による診断と、物忘れの背景に別の原因がないかの確認が済んでいるかを伺います。次に、今の生活のなかで「困っている場面」を具体的に聞き取ります。財布の管理、薬の飲み忘れ、買い物の段取り、道順など、場面によって工夫の仕方が変わるためです。そのうえで、運動の内容(歩く・筋力・バランス)と、それに組み合わせる頭を使う課題を決めます。持病と転びやすさを踏まえて強度を決め、ひとりで行う日の内容は安全側に寄せます。最後に、記録の付け方とご家族の関わり方を一緒に決めておきます。
まとめると、MCIのある方への運動は、頭を使う練習と組み合わせた形で検査の点数に良い方向の差が報告されています2。一方で、有酸素運動の強度を上げた大規模な試験では差が示されず3、国際的なガイドラインも根拠の確からしさは「非常に低い〜低い」と評価しています1。それでも、体を動かすこと自体は健康の多くの面に関わるため、控える理由にはならないというのが専門家の一致した見方です1。ご自身やご家族の状態に合うかどうか迷うときは、まず担当の医師にご相談ください。
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、特定の治療・診断を推奨したり、医療行為に代わるものではありません。物忘れの背景には医学的な検査が必要な原因が隠れていることがあり、運動には転倒や体調変化のリスクを伴う場合があります。実施の前には、必ず担当の医師やリハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点のもので、今後の研究で評価が変わる可能性があります。
Journey Rehabの訪問自費リハビリについて知りたい方へ
生活のなかで困っている場面と身体の状態を一緒に確認しながら、運動の進め方を考えます。
執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
・2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
・第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
・田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1). 日本老年療法学会.
Q & A
よくある質問
Q. 運動をすれば認知症にならずに済みますか?
そのように言い切ることはできません。国際的なガイドラインは、MCIのある方で運動が認知症への移行を遅らせるかどうかは不確かなままである、と明記しています1。一方で、運動を控える理由もないという点では専門家の意見が一致しています1。
Q. どんな運動をすればよいですか?
研究では有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせた形が用いられています2。ガイドラインは、併存する病気とご本人の好みに合わせて種目を選ぶよう述べています1。続けやすいものを選ぶことが現実的だと思います。
Q. 強い運動でないと意味がないのでしょうか?
12か月にわたる大規模な試験では、中〜高強度の有酸素運動と低強度のストレッチ・バランス運動のあいだに、認知機能の検査で差はありませんでした3。強度を上げることが必須という結果にはなっていません。
Q. 頭を使う練習も一緒にしたほうがよいですか?
研究では、運動にコンピュータを使った注意・記憶の課題を加えた群で、運動だけの群よりさらに差がみられました2。ガイドラインも複数の要素を組み合わせた形を重視しています1。ただし、どの課題が最も良いかは決まっていません。
Q. ビタミンDのサプリメントは役立ちますか?
この試験では、ビタミンDの補充による差は認められませんでした2。ただし参加者の多くはもともとビタミンDが足りている状態だったと著者が述べています2。サプリメントの要否は主治医にご相談ください。
Q. どのくらい続ければ変化が分かりますか?
研究では20週間2や12か月3という期間で評価されています。ただし、差がみられた試験でも、終了して半年後には差が縮まっていました2。期間で区切るより、続けられる形を見つけることを優先されるとよいと思います。
Q. ひとりで自宅でもできますか?
研究で用いられたのは監督のもとで行うプログラムです2,3。ご自宅で行う場合は、転びにくい内容から始め、支えのある場所で行ってください。強度の設定や安全面については、事前に医師やリハビリ専門職にご相談ください。
Q. 家族はどう関わればよいですか?
研究では、定期的に人と会う機会があったこと自体が結果に関わった可能性が指摘されています3。一緒に歩く、声をかける、記録を見守るといった関わりは、続ける支えになります。責める言い方にならないよう気をつけていただけると安心です。
REFERENCES
参考文献
1. Veronese N, Soysal P, Demurtas J, et al. Physical activity and exercise for the prevention and management of mild cognitive impairment and dementia: a collaborative international guideline. Eur Geriatr Med. 2023;14(5):925-952. PMID: 37768499.
2. Montero-Odasso M, Zou G, Speechley M, et al. Effects of Exercise Alone or Combined With Cognitive Training and Vitamin D Supplementation to Improve Cognition in Adults With Mild Cognitive Impairment: A Randomized Clinical Trial. JAMA Netw Open. 2023;6(7):e2324465. PMID: 37471089.
3. Baker LD, Cotman CW, Thomas R, et al. Effects of exercise on cognition and Alzheimer's biomarkers in a randomized controlled trial of adults with mild cognitive impairment: The EXERT study. Alzheimers Dement. 2025;21(4):e14586. PMID: 40271888.
2. Montero-Odasso M, Zou G, Speechley M, et al. Effects of Exercise Alone or Combined With Cognitive Training and Vitamin D Supplementation to Improve Cognition in Adults With Mild Cognitive Impairment: A Randomized Clinical Trial. JAMA Netw Open. 2023;6(7):e2324465. PMID: 37471089.
3. Baker LD, Cotman CW, Thomas R, et al. Effects of exercise on cognition and Alzheimer's biomarkers in a randomized controlled trial of adults with mild cognitive impairment: The EXERT study. Alzheimers Dement. 2025;21(4):e14586. PMID: 40271888.
