
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
ご家族が認知症と診断されたあと、「運動をすれば物忘れの進み方はゆるやかになるのか」「歩く練習に意味はあるのか」は、よくある疑問です。インターネットには期待をあおる情報も多く、何を信じてよいか分かりにくいと感じている方も多いはずです。この記事では、認知症のある方への運動・リハビリについて、研究で分かってきたこと、そして「まだ分かっていないこと」を、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。

・一方で、記憶や見当識などの認知機能そのものについては、はっきりした差は確認されませんでした(標準化平均差0.43、95%信頼区間−0.05〜0.92)1。
・別の解析(8件・367名)では、有酸素運動を含む複数要素の運動を行った場合にかぎり、全般的な認知機能にごく小さな変化がみられました(効果量0.34、95%信頼区間0.08〜0.60)2。
・研究どうしのばらつきが大きく、証拠の確からしさは「非常に低い〜低い」と評価されています1。数字をそのまま一人ひとりに当てはめることはできません。
・重い有害事象の報告はなく、安全に配慮すれば取り組みやすい方法と考えられています1。
・研究の多くは施設で行われており、ご自宅で暮らす方に同じ結果が当てはまるかは、まだ十分に検証されていません1。
認知症は、記憶・判断・言葉・段取りといった認知の働きが少しずつ変化し、生活に支障が出てくる状態の総称です。アルツハイマー型、血管性、レビー小体型など原因はさまざまで、進み方も一人ひとり違います。ここでいう「運動療法・リハビリ」とは、歩く練習、椅子からの立ち上がり、体操やストレッチ、筋力づくり、バランスの練習、そして家事や身支度といった生活動作の練習などを、専門職が状態に合わせて組み立てて行うものを指します。
大切な前提として、運動は認知症そのものを治す手段ではありません。研究の場で主に検討されてきたのは、「認知機能の指標がどう変わるか」よりもむしろ、「着替えや移動といった日常生活動作をどれだけ保てるか」「気分や行動の様子がどう変わるか」といった、生活に近い部分です。なお、脳卒中のあとに運動と記憶・注意の関係を扱った研究もあり、脳卒中後の運動と認知機能について解説した記事もあわせて読むと、全体像がつかみやすくなります。
結論から正直にお伝えすると、「日常生活動作については良い方向の変化が期待できそうだが、認知機能そのものについてははっきりしない」というのが、現時点でのまとめ方になります。順にみていきます。
もう少し新しい解析として、持久力・筋力・バランス・柔軟性のうち2つ以上を組み合わせた「多要素運動」を扱った2022年のレビューがあります。8件の試験(合計367名、平均年齢約78歳)をまとめたところ、全般的な認知機能の指標にごく小さな変化がみられました(効果量0.34、95%信頼区間0.08〜0.60)。ただしこれは、有酸素運動が含まれていた場合にかぎられ、含まれない研究だけを取り出すとはっきりした差は出ませんでした2。
アルツハイマー型認知症にしぼった2021年の解析(28件・合計1,337名)では、日常生活の自立度を測るバーセルインデックス(平均差8.36点、95%信頼区間0.63〜16.09)や、6分間で歩ける距離(平均差84m、95%信頼区間44〜133)に良い方向の変化が報告されています3。また、施設で暮らす高齢者全般を対象にした2023年の大規模な解析では、週110〜225分の運動でもっとも良い傾向がみられ、週170分あたりが目安として示されています4。
また、対象となった方の認知症のタイプや重さ、運動の内容・時間・期間も研究ごとに大きく異なります。同じ「運動」といっても、2週間のものから18か月に及ぶものまで幅があり、これらを平均した数字が、そのまま目の前のご本人に当てはまるわけではありません1,2。
さらに、長期的にどうなるのかもよく分かっていません。生活の質(QOL)、施設入所までの期間、医療費といった「暮らしの先」に関わるアウトカムを調べた試験は、レビューの時点では見つかっていませんでした1。ご家族の介護負担については、家族が運動を見守る形で行った1件の試験(40名)で負担感が軽くなる方向の結果が示されていますが、たった1件であり、今後の確認が必要です1。

研究をていねいに読むと、比較的期待しやすいのは「体を使ってできる生活動作」の部分です。着替え・移動・トイレといった日常生活動作の自立度1、歩ける距離3、立ち上がりや歩く速さといった体の力4には、良い方向の変化が報告されています。これらは介護のしやすさや、ご本人が「自分でできた」と感じられる場面に直結するため、生活のうえでの意味は小さくありません。
一方で、変わりにくい・はっきりしないのが、記憶や見当識といった認知機能そのものです1。有酸素運動を含む場合にごく小さな変化が示された解析はありますが、認知症のある方だけを取り出すと統計的にはっきりした差とはいえませんでした2。気分の落ち込みについても、まとめた解析では差がみられていません1。「運動をすれば物忘れが元に戻る」という期待は、現時点の研究からは支えられていない、と正直にお伝えする必要があります。記憶そのものへの向き合い方は、脳卒中後の記憶障害とリハビリについて解説した記事で扱っている、覚え方の工夫や環境調整の考え方も参考になります。
研究で対象になったのは、多くが施設で暮らす、軽度から中等度の認知症のある高齢の方でした1。見守りや声かけがあれば、椅子からの立ち上がりや歩行、体操などに取り組める段階の方が想定されます。すでに歩くことが難しい段階の方でも、座って行う運動や、着替え・食事といった生活動作そのものを練習の場として使うことはできますが、内容は一人ひとり大きく変わります。
また、その日の気分や体調によってできることが変わるのは自然なことです。前の日にできたことができなくても、それはご本人の努力不足ではありません。無理に同じ内容をやり通そうとせず、その日にできる形へ切り替える柔軟さが、結果的に続けやすさにつながります。
研究で用いられた運動の量は、試験ごとにかなり幅があります。2022年の解析に含まれた試験では、8週間から52週間、週1〜7回、1回30〜90分と、まちまちでした2。施設で暮らす高齢者全般を対象にした2023年の大規模な解析では、週110〜225分の範囲でもっとも良い傾向がみられ、その中でも週170分あたりが目安として示されています4。これを1回30分に換算すると、週5回前後という計算になります。
ただし、「これだけやれば必ずこうなる」という決まった正解はまだありません1,2。現実的なのは、専門職の評価をもとに、安全に行える内容から始め、生活の中に自然に組み込める形にしていくことです。散歩、洗濯物をたたむ、食事の準備を一緒に行うといった、もともとの生活動作をそのまま練習の場にすると、本人にとって意味が分かりやすく、続けやすくなります。ご家族が見守り役になる場合は、どこまで手を出すか、どんなときに中止するかを、事前に専門職と決めておくと安心です。ご家族側の負担も無視できないため、介護される側とご家族の支援について解説した記事もあわせて確認しておくとよいでしょう。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Venegas-Sanabria LC, Cavero-Redondo I, Martínez-Vizcaino V, Cano-Gutierrez CA, Álvarez-Bueno C. Effect of multicomponent exercise in cognitive impairment: a systematic review and meta-analysis. BMC Geriatr. 2022;22(1):617. DOI:10.1186/s12877-022-03302-1. PMID:35879665. PMCID:PMC9316334.
3. López-Ortiz S, Valenzuela PL, Seisdedos MM, Morales JS, Vega T, Castillo-García A, et al. Exercise interventions in Alzheimer's disease: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Ageing Res Rev. 2021;72:101479. DOI:10.1016/j.arr.2021.101479. PMID:34601135.
4. Valenzuela PL, Saco-Ledo G, Morales JS, Gallardo-Gómez D, Morales-Palomo F, López-Ortiz S, et al. Effects of physical exercise on physical function in older adults in residential care: a systematic review and network meta-analysis of randomised controlled trials. Lancet Healthy Longev. 2023;4(6):e247-e256. DOI:10.1016/S2666-7568(23)00057-0. PMID:37182530.
