脳卒中後の運動と認知機能|記憶・注意への影響と研究の限界

· 自費リハビリ情報
田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
脳卒中後の運動と認知機能とは?運動が「頭の働き」に与える研究と限界を正直に解説

「体を動かすと、頭の働き(記憶や注意)も良くなるの?」——脳卒中の後、体だけでなく、物忘れや集中しづらさに悩む方は少なくありません。近年、運動が認知機能(考える・覚える・注意を向ける力)にどう関わるかが研究されています。この記事では、脳卒中後の運動と認知機能の関係について、研究で分かっていることと、まだはっきりしないことを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。結論から言うと、運動プログラム中に頭の働きが良くなったとする質の高い報告がある一方、その変化が長く続くかははっきりせず、「運動すれば認知機能が確実に良くなる」と言い切れる段階ではありません。

脳卒中後に自転車運動へ取り組む様子
この記事の要点
・認知機能とは、覚える・考える・注意を向ける・段取りするといった「頭の働き」のことです。脳卒中の後は、これらが低下することがあります。
・慢性期の方120名を対象にした質の高い試験では、6か月の運動プログラムを行った群で、頭の働きの検査成績が意味のある大きさで良くなりました1
・ただし、その変化はプログラム終了から半年後には差がみられなくなり、続かなかった可能性があります1
・多くの研究をまとめた大規模な総説では、運動が歩く力やバランスを後押しする一方、認知機能への影響は研究が少なく、はっきりした結論は出せないとされています2
・運動が脳の働き(神経のつながり)に良い変化をもたらす可能性を示す研究もありますが、結果はばらついています3
・運動は体・気分・全身の健康にも役立ちます。認知機能への効果は確実ではありませんが、続ける価値のある取り組みです1,2
SECTION 01
運動と認知機能の関係とは

認知機能とは、覚える・考える・注意を向ける・段取りをする・判断するといった「頭の働き」の総称です。脳卒中の後は、麻痺などの体の症状だけでなく、物忘れが増える、集中が続かない、複数のことを同時に処理しにくい、といった認知面の変化が起こることがあります。こうした変化は生活のしづらさや疲れやすさにもつながります。注意や記憶そのものへのリハビリについては脳卒中後の注意障害のリハビリについて解説した記事脳卒中後の記憶障害について解説した記事もあわせてご覧ください。

では、体を動かす運動が、この「頭の働き」に良い影響を与えるのでしょうか。運動は血流を増やし、脳の神経のつながりに関わる物質を刺激すると考えられており、こうした仕組みを通じて認知機能を後押しする可能性が注目されています3。ただし、これは「体を動かせば必ず頭が良くなる」という単純な話ではなく、研究の結果もまだ一致していません。ここからは、実際の研究を見ていきます。

SECTION 02
研究で分かっていること

結論から正直にお伝えすると、運動プログラム中に頭の働きが良くなったとする質の高い報告がある一方、その変化が長く続くかははっきりせず、研究全体としてはまだ結論が定まっていません。研究をみていきます。

研究から読み取れること
慢性期の脳卒中の方120名を、「運動」「コンピュータを使った認知課題+社会活動」「ストレッチ中心の対照」の3つのグループに分けた質の高い試験があります。週2回・1回60分・6か月間、それぞれのプログラムを行いました。その結果、運動グループは対照グループに比べて、頭の働きの検査(ADAS-Cogという指標)の成績が良くなりました。13項目版の成績では平均5.65点良くなり(95%信頼区間2.74〜8.57)、これは臨床的に意味があるとされる3点を上回る変化でした。研究者は「運動は慢性期の脳卒中の方の認知機能に、臨床的に意味のある良い変化をもたらしうる」と述べています1

一方、この良い変化は、プログラムが終わってから半年後(開始12か月後)には、グループ間の差がみられなくなりました。つまり、運動をやめると効果が続かなかった可能性があります1。また、75件の研究(約3,017名)をまとめた大規模な総説では、運動(とくに有酸素運動)が歩く速さやバランス、生活の自立度を後押しすることが示された一方、認知機能については「研究が少なく、結論を出せる十分なデータがない」と指摘されています2。運動が脳の神経のつながりに良い変化をもたらす可能性を、画像検査などで調べた研究もありますが、結果はばらついています3
エビデンスの質と限界
頭の働きへの良い変化を示した試験は質が高い一方、参加者は比較的軽い〜中等度の運動障害の方に限られ、途中で抜けた方も約2割いました。何より、効果がプログラム終了後に続かなかった点は大きな限界です1。大規模な総説が指摘するように、そもそも運動と認知機能を調べた研究の数が少なく、方法もばらついています2。脳の仕組みに関する研究も、測り方が研究ごとに異なり、どの程度・どんな運動が効くのかは定まっていません3。そのため、現時点で「運動をすれば認知機能が確実に良くなる」と一般化することはできません。
まだ分かっていないこと
現在の研究では、認知機能を後押しするために「どんな運動を・どのくらいの強さで・どのくらいの期間」続けるのが最も向いているのかは、十分に分かっていません1,2。効果を保つために運動を続ける必要があるのか、記憶・注意・段取りのどの働きに効きやすいのか、重症度や発症からの時期による違いも、これからの検証課題です。運動と認知課題を組み合わせるとよいのかも、はっきりしていません3
専門職の見守りで有酸素運動に取り組む様子
SECTION 03
何が期待でき、何ははっきりしないか

研究をふまえると、運動に現実的に期待できるのは、まず「体の力・歩く力・バランス・気分・全身の健康」への後押しです2。これらは認知機能の有無にかかわらず、生活の質にとって大切です。そのうえで、運動プログラムを続けている間は、頭の働きにも良い変化がみられる可能性があります1。体を動かす習慣は、認知機能そのものだけでなく、生活全体を支える土台になります。

一方で、「運動だけで記憶や注意が確実に良くなり、それが長く続く」ことは、現時点の研究でははっきり示されていません1,2。認知面の困りごとには、運動だけに頼らず、記憶や注意そのものへのアプローチ、生活の工夫(メモ・手順の単純化など)を組み合わせて考えるのが現実的です。注意を分けて使う練習については脳卒中後の二重課題トレーニングについて解説した記事もあわせて参考にしてください。

SECTION 04
どんな人に向いているか・注意したいこと

運動は、体調が安定していて、ある程度体を動かせる多くの方に向いています。歩く力・バランス・気分・全身の健康を支える意味があり、認知面への良い影響も期待の一つです。物忘れや集中しづらさが気になる方も、運動を生活に取り入れること自体には多くの利点があります。ただし、運動の内容・強さは、心臓や血圧の状態、麻痺の程度によって適切な範囲が異なります。

⚠ 気をつけたいこと
運動を始める前に、心臓や血圧の状態を主治医に確認しておくと安心です。胸の痛みや強い息切れ、めまい、急な血圧の変動があるときは中止してください。認知面に不安がある方は、複雑すぎる運動や、一人での負荷の高い運動は避け、安全な環境で見守りのある中で行うのが望ましいです。転倒の危険がある方は、支えられる環境を整えます。「頭の働きを良くしたいから」と無理に強い運動をする必要はありません。研究で示された良い変化も大きすぎるものではなく、効果を保証するものでもありません。運動の種類・強さ・頻度は、必ず主治医や担当のリハビリ専門職に相談して決めてください。
SECTION 05
生活での取り入れ方の目安

研究では「これだけやれば頭が良くなる」という決まった正解は示されていません1,2。参考として、頭の働きに良い変化がみられた試験では、週2回・1回60分・6か月という、比較的ゆるやかで続けやすい運動が行われていました1。大切なのは、強さよりも安全に楽しく続けられることです。有酸素運動(歩行や自転車こぎなど)、脚の力づくり、バランスの練習を、体調に合わせて無理のない範囲で組み合わせるとよいでしょう。

頭の働きへの効果はプログラム中にみられ、やめると続かなかった可能性があるため、「一時的に頑張る」より「細く長く続ける」ことが理にかなっています1。散歩を日課にする、家事や趣味で体を動かす、といった生活の中の活動も運動の一部です。認知面の困りごとには、運動と並行して、メモや手順の工夫など生活上の対策も取り入れます。具体的な運動メニューや強さの目安は、体の状態を確認したうえで、担当のリハビリ専門職と一緒に決めるのが安全です。

SECTION 06
Journey Rehabでの現場経験
当施設での経験
訪問の場では、「体を動かすと頭もすっきりする気がする」「散歩を続けていると調子がいい」という声を聞くことがあります。一方で、変化を実感しにくい方や、疲れが強く出る方もいらっしゃいます。私たちは、認知面の変化を運動だけに期待しすぎないようにしつつ、歩く力・気分・生活のリズムを整える意味も含めて、無理なく続けられる運動を一緒に考えるようにしています。物忘れや段取りの難しさには、運動と並行して、メモや手順を簡単にする工夫もご提案します。頭の働きを「良くする」ことを保証はできませんが、体を動かす習慣が生活全体を支える土台になると感じています。
Journey Rehabの訪問自費リハビリについて知りたい方へ
体の状態や生活のリズムを一緒に確認しながら、無理なく続けられるリハビリの内容を考えます。
免責事項
この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。診断、治療、医療行為の推奨ではありません。運動の種類・強さ・頻度は、心臓や血圧の状態、麻痺の程度によって異なります。胸の症状やめまい、血圧の変動があるときはとくに注意が必要です。実施の前に、主治医や担当専門職に相談しながら進めてください。認知面の困りごとについても、専門職への相談をおすすめします。研究知見は執筆時点の情報であり、今後変わる可能性があります。
田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍

経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中

研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表

論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
FAQ
よくある質問
運動すると物忘れは良くなりますか?
運動プログラム中に頭の働きの検査成績が良くなったとする質の高い報告があります。ただし、その変化はプログラム終了後に続かなかった可能性があり、研究の数も少ないため、「運動で物忘れが確実に良くなる」とは言えません。運動は多くの利点があるので取り入れる価値はありますが、認知面の対策は専門職に相談しながら組み合わせるのがよいでしょう。
どんな運動が頭に良いのですか?
研究では、有酸素運動・筋力トレーニング・バランス練習などを組み合わせた運動が調べられています。「これが一番」という運動は定まっていません。大切なのは、安全に無理なく続けられる運動を選ぶことです。内容は体の状態に合わせて専門職と決めてください。
どのくらいの頻度・時間で運動すればよいですか?
頭の働きに良い変化がみられた試験では、週2回・1回60分・6か月という、比較的ゆるやかな運動でした。ただし最適な量は定まっていません。強さより、安全に続けられることを優先し、体調に合わせて調整してください。目安は担当のリハビリ専門職に相談すると安心です。
運動をやめると効果はなくなりますか?
頭の働きへの良い変化は運動プログラム中にみられ、終了後には差がみられなくなった報告があります。そのため、一時的に頑張るより、細く長く続けることが理にかなっていると考えられます。無理のないペースで習慣にすることをおすすめします。
運動と頭を使う活動、どちらが良いですか?
ある試験では運動グループで頭の働きの成績が良くなりましたが、運動と認知課題を組み合わせるのがよいかは、まだはっきりしていません。どちらか一方に絞る必要はなく、体を動かすことも頭を使う活動も、生活の中で無理なく取り入れるとよいでしょう。困りごとの内容に応じて専門職に相談してください。
認知症の予防にもなりますか?
この記事で紹介した研究は、脳卒中後の認知機能への短期的な変化を調べたもので、認知症を防げるかどうかを示したものではありません。将来の認知症のリスクについては別の議論が必要で、断定はできません。気になる場合は主治医に相談してください。運動は全身の健康にとって意味のある取り組みです。
REFERENCES
参考文献
1. Liu-Ambrose T, Falck RS, Dao E, Best JR, Davis JC, Bennett K, Hall PA, Hsiung GYR, Middleton LE, Goldsmith CH, Graf P, Eng JJ. Effect of Exercise Training or Complex Mental and Social Activities on Cognitive Function in Adults With Chronic Stroke: A Randomized Clinical Trial. JAMA Netw Open. 2022;5(10):e2236510. DOI:10.1001/jamanetworkopen.2022.36510. PMID:36227593. PMCID:PMC9561961.
2. Saunders DH, Sanderson M, Hayes S, Johnson L, Kramer S, Carter DD, Jarvis H, Brazzelli M, Mead GE. Physical fitness training for stroke patients. Cochrane Database Syst Rev. 2020;3:CD003316. DOI:10.1002/14651858.CD003316.pub7. PMID:32196635. PMCID:PMC7083515.
3. Penna LG, Pinheiro JP, Ramalho SHR, Ribeiro CF. Effects of aerobic physical exercise on neuroplasticity after stroke: systematic review. Arq Neuropsiquiatr. 2021;79(9):832-843. DOI:10.1590/0004-282X-ANP-2020-0551. PMID:34669820.