東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「夜中に手がしびれて目が覚める」「親指の付け根の力が入りにくくなり、ペットボトルの蓋が開けにくい」。手根管症候群と診断された方から、こうしたお話をよくうかがいます。そして多くの方が悩まれるのが、「手術を受けるべきか、それとも手術以外の方法で様子をみるべきか」という点です。
結論から正直にお伝えします。2024年のコクランのレビューは、手術と手術以外の方法を比べた14件の試験・1,231名を検討したうえで、「現時点では、手根管症候群に対する手術の有用性ははっきりしていない」と結論づけています1。手術のほうが「よくなった」と答える方の割合は高い一方で、症状の重さや手の使いやすさの点数の差は臨床的に意味のある大きさには届いていないと評価されました1。
この記事では、装具(スプリント)や運動といった手術以外の選択肢について、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを整理します。なお、手術を受けるかどうかの判断そのものは主治医とご相談いただく内容であり、この記事はその材料をお伝えするものです。
手首の手のひら側には、骨と靭帯に囲まれた「手根管」というトンネルがあります。この中を、指を曲げる腱と一緒に「正中神経」が通っています。何らかの理由でトンネルの中の圧が高まると、この神経の働きが妨げられます。これが手根管症候群です。
【手術 対 装具(3か月より後の時点)】
「よくなった」と答えた人の割合:リスク比 2.10(95%信頼区間 1.04〜4.24)、3件・210名、確実性は中程度
症状の重さ(BCTQ、1〜5点):手術が0.26点良い(95%信頼区間 0.52点良い〜0.01点悪い)、確実性は中程度。レビューは「臨床的に意味のある差には届いていない」と評価
手の使いやすさ(BCTQ、1〜5点):手術が0.36点良い(0.62〜0.09点良い)、確実性は中程度。同じく「臨床的には小さい」と評価
生活の質(EQ-5D):0.04点(0.00〜0.08)、確実性は低い
再度の手術の必要性:リスク比 0.03(0.00〜0.21)、確実性は中程度
有害な出来事:手術群61%(60/98)、装具群41%(46/112)、リスク比 2.11(0.37〜12.12)、確実性は非常に低い
【手術 対 ステロイド注射】
「よくなった」割合:リスク比 1.23(0.73〜2.06)、確実性は非常に低い
手の使いやすさ:標準化平均差 -0.12(-0.80〜0.56)、確実性は中程度。大きな違いはないと考えられます
痛み(0〜100):手術が6点良い(1.55〜10.45点良い)、確実性は中程度。ただし「臨床的には小さい」と評価1
このレビューの著者らは、判断の仕方についても踏み込んで述べています。症状が重く、はっきりとした変化を早く望み、装具などを続けることが難しい方は手術という選択肢がある。一方で、症状が我慢できる範囲の方は、まず手術以外の方法から始め、必要になった時点で手術を検討するという進め方もある、という趣旨です1。
ここで重要な注意点があります。含まれた大きな2件の試験では、手術以外の方法に割り付けられた方の最大40%が、長期の評価時点までに手術を受けていました1。つまり「手術以外を選んだ人がずっと手術を受けずに済んだ」という意味ではありません。
手術以外の方法の中で、最も広く用いられているのが手首を中間位に保つ装具です。とくに夜間の装着がよく行われます。
夜間の装具(4週間後):症状の指標で加重平均差 -1.07(95%信頼区間 -1.29〜-0.85)、手の使いやすさで -0.55(-0.82〜-0.28)。ただし1件の試験のみに基づく限られた根拠です
超音波:2週間では差がはっきりせず、7週間後に -0.99(-1.77〜-0.21)、6か月後に -1.86(-2.67〜-1.05)
ヨガ(8週間、装具との比較):痛みで -1.40(-2.73〜-0.07)。限られた根拠
ビタミンB6:全体の症状に対してはっきりした差はみられませんでした
神経の滑走運動、磁気療法、カイロプラクティック、利尿薬などは、目立った差が示されていません
著者らは、含まれた21件のうち10件がバイアスのリスクが高いと判定し、また「介入から3か月以降の症状を主要な結果として測った研究は3件のみ」と述べています2。
このレビューは2003年のもので、内容としては古いものです。ただし、装具に関する比較的まとまった検討は現在も限られており、2024年のコクランのレビューでも装具は手術との比較対象として扱われています1。「装具は短い期間であれば症状の指標が動く可能性があるが、長く続けたときにどうなるかははっきりしていない」というのが、現在の正直な整理です1,2。
手根管症候群に対しては、腱と神経がトンネルの中で滑らかに動くことを促す「滑走運動」がよく紹介されます。ただし、この方法についての研究結果は、期待されるほど明確ではありません。
運動の内容は、各姿勢を5秒保持して10回ずつ、1日3回・6週間。両群とも夜間と反復動作時に中間位の装具を装着しました。
結果は、2群の間に意味のある差はみられませんでした。両群とも握力や症状の指標が動きましたが、滑走運動を加えた分の上乗せは確認できませんでした。装具のみの群でも、2週間の時点で症状の指標が動いています。
運動の実施率は85%、脱落は2名でした。著者ら自身が「追跡期間が短いことが本研究の限界」と述べており、より多い人数と長い追跡が必要としています3。
2003年のコクランのレビューでも、神経の滑走運動については目立った差が示されていませんでした2。「やってはいけない」という意味ではありませんが、滑走運動だけを行えば装具が要らなくなる、という根拠は現時点でありません。
2. 手術と「何もしない」「見せかけの手術」を比べた研究は存在しません。つまり、手術そのものの効き目を厳密に確かめた研究はまだありません1
3. 手術以外に割り付けられた方の最大40%が、長期の評価時点までに手術を受けていました1
4. 症状の重さの差(0.26点)は、レビュー自身が「臨床的に意味のある差には届いていない」と評価した大きさです1
5. 装具の根拠となった2003年のレビューの数字は、1件の試験に基づく限られたものです2
6. 同じレビューで、21件中10件がバイアスのリスクが高いと判定され、3か月以降の症状を主要な結果として測った研究は3件のみでした2
7. 滑走運動の試験は、追跡が6週間と短く、著者ら自身が限界として挙げています3
8. 仕事への復帰については、コクランのレビューに含まれた研究がデータを報告していません1
とくに2番目は見落とされやすい点です。「手術と装具では手術のほうが良い結果だった」という比較はあっても、「手術をすればこれだけよくなる」という絶対的な数字が確かめられているわけではありません1。
2. 数年単位で見たときにどうなるかが分かっていません。コクランの著者らが明確に課題として挙げています1
3. 装具をどれくらいの期間つければよいかが定まっていません。夜間のみか終日か、何週間続けるかも研究ごとに異なります2
4. 運動を加える意味がはっきりしていません。装具に上乗せした試験では差が出ませんでした3
5. 症状の重さごとの違いが十分に検証されていません。2003年のレビューでも、重症度による分類が不十分と指摘されています2
6. 仕事への復帰という、多くの方にとって大切な結果が報告されていません1
7. 妊娠中に生じた場合や、糖尿病・甲状腺の病気を併せ持つ場合など、背景ごとの違いが十分に分かっていません
・つまむ力が落ち、小さな物を落とすようになった
・しびれが一日中続き、手を振っても楽にならない
・小指まで含めて手全体がしびれる(別の原因の可能性があります)
・両手に同時に出ている、あるいは手以外にもしびれが広がっている
・急に症状が強くなった、けがの後から始まった
自己判断で装具や運動だけを続けることは避けてください。診断と重症度の確認は医療機関で行われるものです。
手術と手術以外を比べたレビューでは、症状の重さの差は臨床的に意味のある大きさには届いていないと評価されました1。一方で、装具を続けた方の一部は結果的に手術を受けています1。「どちらかが必ず正しい」と断定せず、症状・検査・本人の希望を主治医と共有して選択する必要があります。
滑走運動を装具に加えても差が出なかった試験がある点も説明します3。運動を強く勧める表現は、現時点の根拠とは合いません。
2. 手術と装具の比較では、「よくなった」割合はリスク比 2.10(95%信頼区間 1.04〜4.24)でしたが、症状の点数の差は臨床的に小さいと評価されました1
3. 手術と「何もしない」を比べた研究は存在しません1
4. 手術以外に割り付けられた方の最大40%が、長期の評価時点までに手術を受けていました1
5. 夜間の装具については短期の指標が動く報告がありますが、1件の試験に基づく限られた根拠です2
6. 滑走運動を装具に加えても、6週間の試験では差がみられませんでした3
7. 親指の付け根がやせる、つまむ力が落ちるといった変化があるときは、早めに整形外科でご相談ください
8. 仕事への復帰という結果は、研究で報告されていません1
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. O'Connor D, Marshall S, Massy-Westropp N. Non-surgical treatment (other than steroid injection) for carpal tunnel syndrome. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2003;(1):CD003219. PMID: 12535461. PMCID: PMC6486195.
3. Abdolrazaghi HA, Khansari M, Mirshahi M, Ahmadi Pishkuhi M. Effectiveness of Tendon and Nerve Gliding Exercises in the Treatment of Patients With Mild Idiopathic Carpal Tunnel Syndrome: A Randomized Controlled Trial. Hand (New York, N.Y.). 2023;18(2):222-229. PMID: 33855879. PMCID: PMC10035085.
