
この記事の結論
「バランスの練習は、毎日たくさんやったほうがいいの?」「週に何回くらい運動すれば意味があるの?」。脳卒中のあと、ふらつきや転びやすさがあると、運動の「量」が気になることがあります。
バランスのための運動の「種類」についての研究は多い一方で、「どのくらいの量で行えばよいか」は、これまではっきりしていませんでした。この記事では、運動の量(強さ×時間×回数)とバランスの関係を調べた2026年のメタ分析と、2025年のコクランレビューをもとに、目安と限界を整理します。
目次
バランスのための「運動量」とは?
ここでいう運動量とは、運動の強さ(METs:メッツ)×1回の時間(分)×1週間の回数で表した、1週間あたりの運動の総量(METs・分/週)のことです1。METsは、安静にしているときの何倍のエネルギーを使う運動かを表す単位です。
たとえば強さが3METsの運動を1回30分、週3回行うと、3×30×3=270METs・分/週になります(計算の例)。同じ270でも、強さ・時間・回数の組み合わせはさまざまです。ただし数値が同じでも、安全性や練習効果が同じになるとは限りません1。
バランス練習の種類や進め方については、脳卒中後のバランス訓練について解説した記事で紹介しています。この記事では「量」に絞って整理します。

研究では、どのくらいの量がよいと分かっている?
結論から言うと、運動の量が増えるほどバランスの結果は良くなる傾向がありましたが、モデル上はある程度の量を超えると推定効果が低下し、「多ければ多いほどよい」わけではありませんでした1。
脳卒中の方を対象に、有酸素運動・筋力トレーニング・バランス練習・水中運動・中国の伝統的な運動(太極拳など)・高強度インターバル運動(HIIT)を、決まった運動をしない比較群(通常のケアは可)と比べた42件の研究をまとめ、週あたりの運動量とバランス(Berg Balance Scale)の関係を調べた研究です1。研究ごとの運動は週3〜10回、2〜19週間でした1。
モデルの推定値で改善の範囲がゼロを上回り始めた量は約270METs・分/週で、約1,200METs・分/週あたりまでは量が増えるほど良い傾向でしたが、それより多い量ではむしろ結果が下がる傾向がみられました(高い量のデータは少なく不確かさが大きい)1。著者らは、中くらいの強さの運動を週3〜5回行うことを提案しています1。
筋力トレーニングを、運動をしない比較群(通常のケアなど)と比べた27件のランダム化比較試験(平均62歳、多くは歩ける方)をまとめた研究です2。
バランスは、5件・190人の分析で標準化平均差0.45(95%信頼区間0.09〜0.80)と、わずかに良い結果でした(確実性は「低い」)2。脚・腕の筋力は良くなる可能性が高い一方、ふだんの歩く速さにはほとんど差がありませんでした2。研究全体では死亡の増加は確認されず、介入に起因する重大な有害事象も報告されていませんでした。ただし有害事象を報告したのは27件中11件で、筋肉の不快感や疲労はみられました。すべての方の安全を保証する結果ではありません2。
筋力トレーニングの基本については、脳卒中後の筋力トレーニングについて解説した記事で紹介しています。
ここで紹介した量は、異なる研究を組み合わせたモデル上の推定値です。270未満は無効、1,200を超えると危険という境界でも、個人への運動処方でもありません。体力や麻痺の程度、心臓・血圧の状態によって適した量は大きく異なります。急に量を増やすと、疲れや転倒の危険が高まることもあるため、主治医やリハビリ専門職と相談しながら決めてください。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないことは?
42件のメタ分析では、偏りのリスクが低い研究は36%、「いくつか懸念あり」が40%、「高い」が24%でした1。研究の多くは1群5〜56人と小さく、期間も短めで、生活期(発症から6か月以上)の方が中心です1。運動の強さを報告していない研究もあり、運動量の計算にずれが生じている可能性があります1。
結果の確かさは全体に低〜中程度で、HIITの推定には大きな不確かさがあります。運動の種類どうしを直接比べた研究がなく、共通の比較群を介した間接比較に依存する点にも注意が必要です1。コクランレビューでも、多くの研究は歩ける方が対象で、結果の確かさは不正確さや偏りのリスクのため限られていました2。
運動の種類によって、何が変わりやすい?
運動の種類別では、筋力トレーニングで最も大きな良い結果がみられ、水中運動や有酸素運動も中くらいの量で良い結果でした1。一方、HIITは結果が小さく不確かでした1。
水中での運動については、脳卒中後の水中運動療法について解説した記事でも紹介しています。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要?
研究の対象は、生活期で、ある程度歩くことができる方が中心でした1,2。量を目安にした運動は、ふらつきが気になりながらも、運動を続けられる体力がある方に参考になりやすい情報です。
・ふらつきや転倒への不安があり、運動の量を決める目安がほしい方
・発症から間もない方、重い麻痺がある方(研究が少ない)1
・すでに疲れやすい方(量が多すぎると、疲労などで続けにくくなる可能性が指摘されています)1
・一人で立つ・歩く練習で転倒の危険がある方
週にどのくらいの回数・時間で行う?
著者らは「中くらいの強さの運動を週3〜5回」を例示していますが、全員がこの回数から始めるという意味ではありません。開始量は体調や転倒リスクを評価して決め、疲れや動きの質を見ながら調整します1。
著者らは、量を増やすことだけを目指すのではなく、体の反応(疲れ・痛み)や動きの質を見ながら、少しずつ進めることを勧めています1。

作業療法士の視点
42件の研究のまとめからは、バランスのための運動には単純に「量を増やせば増やすほど良い」とは言えない可能性が示されました1。一方で、研究の多くは小規模で、生活期の歩ける方が中心のため、すべての方に同じ量が当てはまるわけではありません1,2。
大切なのは、研究の目安を参考にしながら、今の体力や生活のリズムに合った量から始めて、続けられる形で少しずつ調整していくことだと考えています。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。心臓病や高血圧などがある方は、運動の強さや量について必ず主治医にご相談ください。運動や練習を始める前、また内容を変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点(2026年10月)のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. 脳卒中後のバランスの運動は、週にどのくらい行えばよいですか?
A. 42件の研究のまとめでは、中くらいの強さの運動を週3〜5回行うことが提案されています1。体力や体調によって適した量は異なるため、主治医やリハビリ専門職と相談して決めてください。
Q. 運動は多ければ多いほど、バランスは良くなりますか?
A. 研究では、約1,200METs・分/週あたりまでは量が多いほど良い傾向でしたが、それ以上ではモデル上の推定効果が低下する傾向でした1。多すぎる運動は、疲れや続けにくさにつながる可能性もあります。
Q. METs(メッツ)とは何ですか?
A. METs(メッツ)は、安静にしているときの何倍のエネルギーを使う運動かを表す、運動の強さの単位です1。強さ(METs)に1回の時間と週の回数をかけた値で、1週間の運動量を表します。
Q. どの種類の運動がバランスによいですか?
A. 42件の研究で運動の種類を比べた分析では、筋力トレーニングで最も大きな良い結果がみられました1。水中運動や有酸素運動、バランス練習、太極拳などの運動でも良い傾向がありましたが、結果の確かさは低いものが多くあります。順位は間接比較によるもので、全員に筋力トレーニングが最適という意味ではありません。
Q. 筋トレをするとバランスも良くなりますか?
A. 2025年のコクランレビューでは、筋力トレーニングでバランスがわずかに良くなる可能性が示されました2。ただし結果の確かさは「低い」と評価されており、歩く速さにはほとんど差がありませんでした。
Q. 発症して間もない時期でも同じ量でよいですか?
A. 研究の多くは生活期の方が対象で、発症直後や重い障害がある方に適した量は分かっていません1。この時期は、医師やリハビリ専門職の判断に沿って量を決めることが大切です。