
この記事の結論
「rTMSとtDCS、どちらを受ければいいの?」「病院によって勧められる方法が違うのはなぜ?」。手や腕の麻痺に対する脳刺激について調べていると、方法の多さに迷ってしまう方も多いと思います。
この記事では、手や腕の麻痺に対する脳刺激の「種類どうしの比較」に絞って、複数の方法を同時に比べたネットワークメタ分析をもとに、方法による違い、続けやすさと安全性、まだ分かっていないことを整理します。
目次
手の麻痺に使われる脳刺激にはどんな種類がある?
手の麻痺に対する脳刺激(非侵襲的脳刺激:Non-Invasive Brain Stimulation、NIBS)とは、手術をせずに頭の外から磁気や弱い電流を当て、腕や手の動きに関わる脳の働きを調整して、リハビリの練習を後押ししようとする方法です1,3。
一つひとつの方法については、脳卒中後のrTMS(反復経頭蓋磁気刺激)について解説した記事と、脳卒中後のtDCSと手の麻痺について解説した記事で紹介しています。
「ネットワークメタ分析」とは、AとBを直接比べた研究だけでなく、AとC、BとCのように共通の比較相手(偽の刺激や通常のリハビリなど)を持つ研究も組み合わせて、複数の方法を一度に比べる分析方法です1。

研究では、どの方法がよいと分かっている?
結論から言うと、28件の分析では、腕の運動機能でいくつかの方法が偽の刺激や通常のリハビリより良い結果でしたが、この評価での方法どうしの差は明確ではありません1。「順位」は出ていますが、確かな優劣とまでは言えない段階です。
手や腕の麻痺がある脳卒中の方を対象に、高頻度rTMS・低頻度rTMS・iTBS・cTBS・陽極tDCS・陰極tDCS・両側tDCSの7種類を比べた28件のランダム化比較試験をまとめた研究です1。
腕の運動機能(FMA-UE、66点満点)では、偽の刺激と比べて、高頻度rTMSが平均5.4点(95%信用区間0.96〜9.7)、低頻度rTMSが4.1点、陽極tDCSが3.8点高い結果でした1。「一番よい」確率が最も高かったのは高頻度rTMSでしたが、cTBSなど上位の方法との差は統計的にはっきりしませんでした1。日常生活動作(Barthel Index)では陽極tDCSが両側tDCSより良い結果でした。細かい手の動き(ARAT)ではiTBSが上位でしたが、これらは研究数が少ない結果です1。
発症から1か月以内に脳刺激を始めた37件の研究をまとめた分析では、高頻度と低頻度を組み合わせて左右の脳に行う「両側rTMS」が、刺激を終えた時点と3か月後の腕の運動機能、日常生活動作で最も上位でした2。
一方、脚の運動機能では、どの方法も偽の刺激との差がはっきりしませんでした2。両側rTMSは一部の方法より良い結果も示しましたが、TBSなど人数の少ない方法もあり、全員に最適と断定できません2。
手や腕の麻痺に対する脳刺激の55件・2,640人をまとめ、最後まで続けられた割合と副作用を比べた研究です3。刺激を受けた群の完了率は94.9%で、比較群(95.3%)とほぼ同じでした。ただし「完了」には全回参加のほか、80%以上の参加や最終解析への参加とする研究も含まれます3。方法どうしの完了率にも、はっきりした差はありませんでした3。
有害事象を報告した42件では、刺激を受けた群の推定割合は16.4%(比較群6.5%)でしたが、多くは軽い頭痛や皮膚のピリピリ感で、副作用のためにやめた方は1.1%でした3。重い副作用は1件の研究のみで、rTMSの群で2件のけいれん発作が報告されています3。
脳刺激は、それだけで手が動くようになる方法ではありません。研究の多くは、刺激と同じ時期に手や腕の練習を行っています1,2。また、「順位が上」であることは「その方法が確実に勝っている」という意味ではありません1,3。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないことは?
7種類を比べた分析では、28件のうち何らかの盲検化の方法が記載されていたのは13件で、方法によっては研究数が少なく(細かい手の動きは6件、筋肉のこわばりは9件)、結果が不安定になりやすいと著者自身が述べています1。方法どうしを直接比べた研究は少なく、多くは間接的な比較です1。
発症早期の分析でも、刺激の期間・場所、脳卒中の重さが研究ごとに異なり、TBSの参加人数は少数でした。また、この論文は抄録と本文で総人数の記載が異なります2。続けやすさの分析では、4つの方法が1件の研究だけにもとづいており、順位は「仮説を立てる手がかり」として扱うよう注意されています。有害事象の報告方法にも大きな違いがあり、単純な安全性の順位づけはできません3。
何が変わりやすく、何は変わりにくい?
研究をまとめると、「腕の運動機能(FMA-UE)」では多くの方法で良い結果が出ている一方、方法間の差は評価項目や発症時期で異なり、一律の優劣は決められません1,2。
腕の運動機能の評価(FMA-UE)やARATについては、脳卒中後の上肢機能の評価指標について解説した記事で紹介しています。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要?
研究の対象は、手や腕に麻痺があり、刺激と並行してリハビリの練習を続けられる方が中心でした1,2。どの方法を選ぶかは、実施できる医療機関や医師の判断によって決まります。
・発症早期から回復期・生活期まで、さまざまな時期の方で研究されています1,2,3
・頭痛や皮膚のピリピリ感が気になる方(研究をまとめた有害事象の推定割合はtDCSで26.6%、rTMSで11.1%。条件の違う研究の集計であり、この数字だけで安全性の優劣は決められません)3
・頭の中に金属がある方や、ペースメーカーなどの機器を使っている方
どのくらいの回数・期間で行う?
研究では、刺激を週4〜6回、2〜8週間ほど続ける方法が多くみられました1。方法によって1回の時間も異なります。
「どの方法か」と同じくらい大切なのが、刺激と組み合わせる練習の中身です。研究の多くは手や腕の練習を併用しています。生活で使いたい動作へのつなげ方は、担当者と個別に相談します1,2。

作業療法士の視点
手の麻痺に対する脳刺激は、いくつかの方法で偽の刺激より良い結果が報告されていますが、「rTMSとtDCSのどちらが優れているか」は、今の研究でははっきり決められません1。研究参加者の完了率は高い一方、けいれん発作の報告や有害事象の把握方法の違いがあり、安全性の個別評価は欠かせません3。
方法の名前にこだわりすぎるよりも、受けられる医療機関で医師と相談して決め、刺激の時期に合わせて「生活で使いたい手の動き」を練習していくことが大切だと考えています。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。脳刺激治療を受けるかどうか、どの方法を選ぶかは、必ず主治医にご相談ください。運動や練習を始める前、また内容を変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点(2026年10月)のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. rTMSとtDCSは、どちらが手の麻痺によいですか?
A. 紹介した28件の分析の腕の運動機能評価では、rTMSとtDCSの間にはっきりした差は示されていません1。どちらも偽の刺激より良い結果が報告されており、受けられる医療機関と医師の判断で選ぶことになります。
Q. いちばん効果が期待できる方法はどれですか?
A. 腕の運動機能では高頻度rTMSが「一番よい確率」が最も高い方法でしたが、他の上位の方法との差ははっきりしていません1。順位は目安であり、確実な優劣ではありません。
Q. 両側rTMSとはどんな方法ですか?
A. 損傷した側の脳を高頻度で、損傷していない側を低頻度で刺激する、2つを組み合わせた方法です2。発症1か月以内の研究では、腕の運動機能や日常生活動作で最も上位でした。
Q. 脳刺激の副作用はありますか?
A. 刺激を受けた方の約16%に副作用がみられましたが、多くは軽い頭痛や皮膚のピリピリ感でした3。副作用でやめた方は約1%で、rTMSではまれにけいれん発作の報告があります。
Q. 途中でやめてしまう人は多いですか?
A. 55件の研究をまとめた分析では、刺激を受けた方の約95%が最後まで続けられていました3。比較群とほぼ同じ割合で、刺激が理由で続けにくくなる傾向はみられませんでした。
Q. 脳刺激だけで手は動くようになりますか?
A. 脳刺激だけで麻痺した手が動くようになると保証できる研究結果は、今のところありません。研究の多くは刺激と同じ時期に手や腕の練習を行っており、練習と組み合わせることが前提です1,2。