
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「陸上だと足がすくむが、水の中なら動きやすい気がする」「プールでのリハビリは脳卒中後に良いのか」——こうした疑問をいただくことがあります。結論から正直にお伝えすると、水中運動療法(プールの中で行う運動)は、水の浮力や抵抗を活かしてバランスや歩行の練習を行う方法で、研究ではバランスや歩く力で良い傾向が報告されています。ただし研究の質はまだ高くなく、生活上の意味の大きさははっきりしていません。この記事では、脳卒中後の水中運動療法について、研究で分かっていること、向いている人・注意したい人、取り組み方の考え方を、患者さんとご家族に向けて整理します。

・複数の研究をまとめた解析では、バランスや歩く速さ、移動の力で良い傾向が報告されています1,2,3。陸上の運動と比べて、バランスや歩行で良い傾向を示した解析もあります1,2。
・一方で、統計的に差があっても、生活でどれだけ意味があるか(臨床的な大きさ)ははっきりせず、結果は指標によってばらつくと指摘されています2。
・全体として研究の質はまだ高くなく、確実な根拠として確立されたとはいえない段階です1,3。
・専用のプールと、安全を見守る専門職が必要な方法で、自己流で行うものではありません。
水中運動療法(アクアセラピー、ハイドロセラピーとも呼ばれます)は、プールの中で、立つ・歩く・体重を移す・バランスをとるといった運動を行うリハビリの方法です。水の中には、体を浮かせる「浮力」、動きに逆らう「抵抗」、体を包む「水圧」という性質があります。浮力で体が軽くなるため関節や足腰への負担が減り、もし崩れても水がやわらげてくれるので、陸上では怖くてできない動きに取り組みやすい、という特徴があります。
脳卒中の後は、片側の麻痺やバランスの低下で「立つと不安定」「歩くのが怖い」「転倒が心配」といった困りごとが出やすくなります。水中では転倒の不安が少ない環境でバランスや歩行の練習ができるため、こうした場面に役立つのではないかと考えられ、研究が進められています。研究では、ハリウィック法やアイチー(水中で行うゆっくりした運動)など、いくつかの方法が用いられています1。専用のプールと見守りが必要なため、医療機関やリハビリ施設など、設備と専門職が整った環境で行うものです。
結論から正直にお伝えすると、水中運動療法はバランスや歩く力で良い傾向が報告されている一方、研究の質はまだ高くなく、生活でどれだけ意味があるかははっきりしていません。期待を一方向に強めすぎず、限界も合わせて知っておくことが大切です。
移動・バランス・生活の自立に注目した別の解析(19研究)では、陸上の運動と比べて、手を伸ばす距離・タイミングを測る歩行課題(Timed Up and Go)・歩く速さ・バランスの得点(Berg Balance Scale)で、統計的に良い傾向が報告されました。一方で著者らは、統計的な差はあっても臨床的な意味は不明確で、ばらつきが大きく、指標によって結果が変わると述べています2。28研究(961名)を集めた解析でも、何もしない場合と比べて歩行・バランス・生活の質などで良い傾向、陸上運動と比べてもバランス・歩行・筋力などで良い傾向が示された一方、現時点の根拠は確立されたとはいえず、今後の研究が必要と整理されています1。脳卒中後の水中理学療法をまとめた解析でも、多くの結果が水中運動の側に有利だったものの、参加者数の少なさなどから、さらなる研究が必要とされています4。

研究で良い傾向が見えやすいのは、バランスの指標や歩く速さ、移動の力です1,2,3。水中は転倒の不安が少ないため、陸上では怖くて取り組みにくいバランスや歩行の練習を行いやすい、という環境の良さが背景にあると考えられます。生活の自立(日常生活動作)については、陸上の運動と同じ程度という報告もあります1。
一方で、統計的に差があっても、生活でどれだけ意味があるか(臨床的な大きさ)ははっきりせず、指標によって結果がばらつくと指摘されています2。研究の数や規模、質にも限りがあり、確実な根拠として確立された段階ではありません1,3,4。また、水中で動きやすくても、その変化が陸上の生活にそのまま移るとは限りません。「水中での動きやすさ」と「陸上の生活動作」は分けて考え、最終的には陸上での生活につなげる視点が大切です。
陸上では「立つのが怖い」「転倒が心配で動きにくい」という方や、関節や足腰への負担を減らしてバランス・歩行の練習をしたい方には、水中運動療法は環境として向いている場合があります。浮力で支えられるため、陸上より動きの幅が広がることがあります。ただし、利用には専用のプールと見守りの体制が必要です。
研究で用いられた水中運動の内容や回数はさまざまで、最適な量はまだ定まっていません1,2。共通するのは、水温・水深を管理した専用のプールで、専門職が見守りながら行うことです。陸上のリハビリと組み合わせて行う形も研究されています3。慣れに合わせて、支えや水深、運動の難しさを少しずつ調整していきます。
大切なのは、水中運動はあくまで環境の一つで、最終的には陸上の生活につなげることを意識する点です。どんな施設で受けられるか、自分の身体や持病に合っているか、どのくらいの頻度が無理ないかは、主治医とリハビリ専門職に相談して決めていくことをおすすめします。水中で得た動きやすさを、陸上での歩行や生活動作の練習にどうつなげるかも、合わせて考えていくとよいでしょう。
こうしたとき大切にしているのは、その方が最終的に過ごすのは陸上の生活だという視点です。水中で得られる動きやすさは魅力ですが、陸上の歩行や生活動作にどうつなげるかが課題になります。私たちは、ご自宅という陸上の環境で、転倒の不安に配慮しながら、支えの量や課題の難しさを調整してバランス・歩行の練習を組み立てています。水中運動に関心がある方には、設備のある施設の情報や、持病との相性を主治医に確認することをおすすめしつつ、ご自宅での練習と無理なくつなげられるよう一緒に考えることを心がけています。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Iatridou G, Pelidou HS, Varvarousis D, et al. Evaluating the effectiveness of aquatic therapy on mobility, balance, and level of functional independence in stroke rehabilitation: a systematic review and meta-analysis. Clin Rehabil. 2020;34(2):147-157. DOI:10.1177/0269215519880955. PMID:31625407.
3. Saquetto MB, Burgos Burgos PA, Conceição Dos Santos N, et al. Effect of aquatic therapy on balance and gait in stroke survivors: A systematic review and meta-analysis. Complement Ther Clin Pract. 2020;40:101110. DOI:10.1016/j.ctcp.2020.101110. PMID:32379645.
4. Veldema J, Jansen P. The effect of aquatic physical therapy in patients with stroke: A systematic review and meta-analysis. Top Stroke Rehabil. 2021;28(7):504-516. DOI:10.1080/10749357.2020.1755816. PMID:32340581.
