記事のテーマを表した生成イメージです。実在の利用者様や施術実績、個別の練習手順を示すものではありません。
田中 光(株式会社Journey Rehab代表、認定作業療法士、修士〈作業療法学〉、東京都立大学大学院博士後期課程在籍)
本記事は一般的な医療情報と当社サービスの案内を含みます。個別の診断や治療方針は医療機関にご相談ください。
先に結論
「環境エンリッチメントで脳卒中後の生活機能や気分が確実に良くなる」と言えるだけの研究は、まだそろっていません。一方で、活動の時間が増えたり、入院中の気分の指標が変化したりしたという報告はあります。
脳卒中のあと、リハビリの時間以外はベッドやソファで一人で過ごす時間が長くなっていませんか。「環境エンリッチメント」とは、身の回りの環境を整えて、身体を動かす・考える・人と関わる機会を自然に増やそうとする考え方です。この記事では、脳卒中後の環境エンリッチメントについて、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを正直に整理します1 。
目次
環境エンリッチメントとは何か
研究では何が分かっているか
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要か
自宅での取り入れ方と期間の目安
作業療法士の視点
よくある質問
参考文献
環境エンリッチメントとは何か
環境エンリッチメント(Environmental Enrichment)とは、道具や環境を整えることで、身体的(運動・感覚)、認知的(考える・頭を使う)、社会的(人と関わる)な活動を促す取り組みのことです1 。特別な訓練を追加するのではなく、「やってみたくなる環境」を用意して、ご本人が自分から活動しやすくすることを目指します。
もともとは動物の研究で、遊び道具や仲間のいる刺激の多い環境で過ごした場合に脳卒中後の回復が良かったという報告から注目されてきました。人を対象とした研究は、主に入院中のリハビリ病棟で行われています1 5 。
研究で使われてきた環境エンリッチメントの例
・共有スペースに、本・新聞・パズル・ゲーム・タブレット・音楽などを置き、いつでも使えるようにする ・ご家族に、発症前に楽しんでいた趣味の道具を持ってきてもらい、ベッドのそばに置いておく ・好きな音楽を聴ける機器を用意する ・食事や活動をみんなで集まって行う時間をつくる5
記事のテーマを表した生成イメージです。実在の利用者様や施術実績、個別の練習手順を示すものではありません。
研究では何が分かっているか
結論から言うと、「環境エンリッチメントで脳卒中後の生活機能や気分が確実に良くなる」と言えるだけの研究は、まだそろっていません。一方で、活動の時間が増えたり、入院中の気分の指標が変化したりしたという報告はあります。
コクランレビュー 2021年
脳卒中などの脳の損傷に対する環境エンリッチメントの研究をまとめたコクランレビューでは、条件を満たしたランダム化比較試験は1件だけ(オーストラリアの神経リハビリ病棟で行われた研究2 )で、分析の対象になった脳卒中の方は53人でした1 。退院時には、気分の落ち込み・不安・ストレスをまとめた尺度や、生活動作の運動面の尺度(FIM運動項目、平均差6.7点)で環境エンリッチメントのグループに良い結果が見られましたが、3か月後には差がなくなっていました。認知機能や生活の質の尺度には、はっきりした差は見られませんでした1 。著者らは「利益や危険について信頼できる判断をするにはデータが不十分」としつつ、「効果がないことの証明ではない」とも述べています1 。
入院中の活動量を調べた研究 2014年・2022年(オーストラリア)
リハビリ病棟の環境を整えた小規模な研究では、環境エンリッチメントのある病棟の方は、何らかの活動をしている割合が約1.2倍、頭を使う活動をしている割合が約1.7倍で、一人で何もせずに過ごす割合は低かったと報告されています3 。その後の4施設・193人の研究では、身体的な活動の時間が約9%、人と関わる時間が約6%増えた一方で、3か月後の生活機能などには差が見られませんでした4 。また、個人用の趣味の道具が手の届く場所にあったのは、全体の約4分の1の時間だけだったとされています4 。
ランダム化比較試験(予備研究) 2022年(アメリカ)
脳卒中後に片側の麻痺がある30人を対象に、音楽を取り入れたグループでの上肢の練習(1回45分・週2回・6週間)と、同じ量の自宅での運動プログラムを比べた研究では、音楽を取り入れたグループで気分の落ち込みの指標が軽くなり、自宅での運動プログラムのグループでは腕の機能の指標が向上したと報告されています6 。目的によって合う方法が異なる可能性を示した、少人数の研究です。
音楽を使ったリハビリについては脳卒中後の音楽療法について解説した記事 でも詳しく紹介しています。
⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと: 環境を整えることは、身体への負担が少ない取り組みです。ただし、研究の数はまだ非常に少なく、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。気分の落ち込みが続く場合は、環境づくりだけで様子を見ず、主治医に相談してください。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
エビデンスの質と限界
コクランレビューに含まれたランダム化比較試験は1件だけで、すべての結果の確実性は「非常に低い」と評価されています1 。この研究では、参加者もスタッフもどちらのグループかを知っている状態で、もともと脳卒中以外の方も含めて計画された研究でした1 。また、研究ごとに「環境エンリッチメント」の定義や内容がばらばらで、共通の考え方がまだ定まっていないことも指摘されています5 。
まだ分かっていないこと
・退院後の自宅での環境づくりに、どの程度の意味があるのか(研究の多くは入院中のものです) ・どのような道具や活動の組み合わせが、どんな方に合うのか ・どのくらいの期間続ければよいのか、長期的に生活機能や気分にどう影響するのか ・失語症や重い認知機能の低下がある方にも同じように当てはまるのか 現在の研究でも、これらは十分に分かっていません1 5 。
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
変わりやすいと報告されているもの
一人で何もせずに過ごす時間が減り、頭を使う活動や人と関わる活動の時間が増えたという報告があります3 4 。退院時点の気分の指標や生活動作の運動面の指標で、良い結果が見られた研究もあります1 。
変わりにくい・研究ごとに差があるもの
3か月後の生活機能・気分・認知機能・生活の質では、はっきりした差は示されていません1 4 。腕や脚の機能そのものへの影響も、まだ分かっていません。
記事のテーマを表した生成イメージです。実在の利用者様や施術実績、個別の練習手順を示すものではありません。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要か
検討する場面があるケース
・リハビリの時間以外は、テレビを見て過ごす時間が長くなっている方 ・発症前の趣味や楽しみから遠ざかっている方 ・人と話す機会が減り、気分が沈みがちな方 ・ご家族が、日中の過ごし方をどう支えればよいか迷っている方
注意が必要なケース
・気分の落ち込みや不眠が強く、日常生活に支障が出ている方(まず主治医への相談が必要です) ・疲れやすさが強い方(活動を増やしすぎず、休息とのバランスをとります) ・注意や判断が難しく、道具の使い方に危険がある方(刃物・火・電気製品などは配置に注意します)
脳卒中後の気分の落ち込みについては脳卒中後の気分の落ち込みとうつについて解説した記事 で、運動やリハビリとの関係を詳しく紹介しています。
自宅での取り入れ方と期間の目安
研究の量や下記の進め方は一般的な例です。個人に合う内容・量は、状態を評価した担当医や専門職と決めてください。
研究の多くは入院中のものですが、その内容から、自宅でも取り入れやすい工夫を考えることができます。ある研究では、個人用の道具が手の届く場所や目に入る場所に置かれていない時間が長かったと報告されており4 、「用意するだけでなく、使いやすい場所に置く」ことが大切だと考えられます。
1. 発症前に楽しんでいた趣味や、今やってみたいことを、ご本人と一緒に書き出す
2. その道具(本・パズル・楽器・園芸用品など)を、普段過ごす場所の手の届く位置・目に入る位置に置く
3. 好きな音楽を聴ける環境や、家族・友人と話す時間を1日の予定に組み込む
4. 疲れ具合を見ながら、活動と休息の時間を交互に入れる
5. 2〜4週間ごとに、日中の過ごし方や気分の変化を記録して見直す
どのくらいの期間続けるとよいかは、研究では分かっていません1 。無理なく続けられる工夫を、ご本人・ご家族・専門職で一緒に考えることが大切です。
作業療法士の視点
つまり環境エンリッチメントは、「機能を高める特別な治療」というよりも、「リハビリの時間以外の過ごし方を、活動的で人とつながったものにする工夫」と考えると、研究結果と合った理解になります。発症前の趣味を生活に取り戻す考え方は脳卒中後の趣味・余暇活動の再開について解説した記事 でも紹介しています。
記事のテーマを表した生成イメージです。実在の利用者様や施術実績、個別の練習手順を示すものではありません。
まとめ
・ 環境エンリッチメントとは、身の回りの環境を整えて、身体を動かす・考える・人と関わる機会を増やす取り組みです
・ 入院中の研究では、一人で何もせずに過ごす時間が減り、活動の時間が増えたという報告があります3 4
・ ただし、ランダム化比較試験は1件しかなく、3か月後の生活機能や気分への影響ははっきりしていません1
・ 自宅では、趣味の道具を手の届く場所に置く、人と話す時間をつくるなど、無理のない工夫から始めることができます
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。気分の落ち込みや生活上の困りごとが続く場合は、必ず主治医またはリハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点(2026年10月)のものであり、今後の研究により内容が更新される可能性があります。
田中 光(株式会社Journey Rehab代表、認定作業療法士、修士〈作業療法学〉、東京都立大学大学院博士後期課程在籍)
本記事は一般的な医療情報と当社サービスの案内を含みます。個別の診断や治療方針は医療機関にご相談ください。
よくある質問
Q. 環境エンリッチメントとは、具体的に何をするのですか?
本・パズル・ゲーム・音楽・趣味の道具などを使いやすい場所に用意し、身体を動かす・考える・人と関わる活動を自分から行いやすくする取り組みです1 5 。
Q. 自宅でもできますか?
研究の多くは入院中のものですが、趣味の道具を手の届く場所に置く、好きな音楽を聴く、家族と話す時間をつくるなど、自宅でも取り入れやすい工夫は多くあります。内容や量は、体調に合わせて専門職と相談してください。
Q. これで麻痺した手足は動きやすくなりますか?
腕や脚の機能そのものへの影響は、現在の研究では分かっていません1 。手足の練習は別に行い、環境づくりは日中の過ごし方を整える工夫として考えるのがよいでしょう。
Q. 気分の落ち込みに役立ちますか?
入院中の研究では、退院時点で気分の指標に良い結果が見られたという報告がありますが、3か月後には差がなくなっていました1 。気分の落ち込みが続く場合は、主治医に相談してください。
Q. 家族はどのように関わればよいですか?
発症前に楽しんでいた趣味や道具をよく知っているのはご家族です。研究でも、ご家族に趣味の道具を持ってきてもらう方法がとられていました5 。押しつけず、ご本人が選べるように用意することが大切です。
Q. どのくらい続ければよいですか?
最適な期間は分かっていません1 。2〜4週間ごとに日中の過ごし方や気分を振り返り、合わない活動は入れ替えながら続けるのが一つの目安です。
参考文献
1. Helen Qin, Isabella Reid, Alexandra Gorelik, Louisa Ng. Environmental enrichment for stroke and other non-progressive brain injury. The Cochrane database of systematic reviews. 2021.
PubMed DOI 公開本文
2. Fary Khan, Bhasker Amatya, Alaeldin Elmalik, Matthew Loweほか. An enriched environmental programme during inpatient neuro-rehabilitation: A randomized controlled trial. Journal of rehabilitation medicine. 2016.
PubMed DOI
3. Heidi Janssen, Louise Ada, Julie Bernhardt, Patrick McElduffほか. An enriched environment increases activity in stroke patients undergoing rehabilitation in a mixed rehabilitation unit: a pilot non-randomized controlled trial. Disability and rehabilitation. 2014.
PubMed DOI
4. Heidi Janssen, Louise Ada, Sandy Middleton, Michael Pollackほか. Altering the rehabilitation environment to improve stroke survivor activity: A Phase II trial. International journal of stroke : official journal of the International Stroke Society. 2022.
PubMed DOI
5. Anna Anåker, Maja Kevdzija, Marie Elf. Enriched Environments in Stroke Units: Defining Characteristics and Limitations. HERD. 2024.
PubMed DOI 公開本文
6. Anna Palumbo, Viswanath Aluru, Jessica Battaglia, Daniel Gellerほか. Music Upper Limb Therapy-Integrated Provides a Feasible Enriched Environment and Reduces Post-stroke Depression: A Pilot Randomized Controlled Trial. American journal of physical medicine & rehabilitation. 2022.
PubMed DOI 公開本文