
結論:脳卒中後に音楽を用いた支援を通常のリハビリへ加え、歩行やコミュニケーションの指標に良い変化を報告した研究があります。ただし、歩く拍リズム、歌唱、音楽を聴く方法は同じ治療ではなく、根拠の確かさも異なります。気分の落ち込みや失語症が音楽だけで治るとは言えません。本人が困っている生活場面と安全性を確認し、医療・リハビリの担当者と目的を共有して検討します。
「好きな歌なら声が出る」「音楽に合わせると歩きやすく感じる」「落ち込む日に音楽を聴きたい」。脳卒中のあと、音楽をきっかけにできることを探す方もいるでしょう。楽しめる活動は大切ですが、音楽を楽しむことと、症状を評価して行う専門的な療法は分けて考える必要があります。
この記事は、脳卒中後の本人・ご家族に向けて、歩行・気分・コミュニケーションへの研究を整理したものです。音楽を用いる方法の違いと研究の限界、暮らしへのつなげ方、相談のポイントを紹介します。個別の治療や練習量をこの記事だけで決めず、主治医や担当のリハビリ専門職と相談してください。
この記事で分かること
- 日常の音楽鑑賞と、目的・評価を伴う音楽療法の違い
- 歩行・気分・言葉の研究で良い変化があったことと、まだ分からないこと
- 家庭の会話や移動などの生活目標を考える方法と、安全な相談の進め方
音楽療法とは:鑑賞と専門的な支援の違い
楽しむ活動と、評価を伴う療法を区別する
専門的な音楽療法は、音楽療法の臨床的な訓練を受けた専門家が、本人の状態や希望を評価し、目標に合わせた活動を行い、変化を確かめる過程を含みます。一方、研究でいう「音楽を用いた介入」には、他の医療・リハビリ専門職が行う拍リズムの練習や、音楽を聴く方法も含まれます。すべてが同じ内容の音楽療法ではありません。[1]
日常に好きな曲を聴くことは、本人が選んで楽しむ活動として大切にできます。ただし、研究で行われた療法と同じ条件ではなく、それだけで歩行や失語症に同じ効果が出るとは言えません。音楽の好き嫌い、音への敏感さ、疲れやすさ、聴こえ方にも個人差があります。
目標によって使い方が変わる
歩行では拍を動きの手がかりにする方法、言葉では歌唱や抑揚を使って発声・発話を支援する方法、気分では聴く・歌う・音を作る活動などが研究されています。楽器を使う場合も、演奏の上達そのものを目標にするとは限りません。[1, 2]
まず「家の中を安全に移動したい」「家族に短い言葉で希望を伝えたい」「楽しめる時間を持ちたい」など、本人の目的を確認します。同じ曲を同じ時間使えば、別の困りごとにも一律に役立つというものではありません。
歩行への研究:拍リズムを使う練習が中心
歩く速さに良い結果がある
Mageeらの2017年コクランレビューは、後天性の脳損傷を対象とした29試験・775人を検討しました。そのうち、脳卒中だけを対象とした研究は25試験・698人です。全参加者を脳卒中の方と読み替えることはできません。[1]
歩行速度については、脳卒中後の9試験・268人で、リズムによる聴覚刺激を使う群は対照群より平均11.34m/分速いという統合結果でした(95%信頼区間8.40~14.28m/分)。この根拠は中程度の確かさと評価されています。研究全体の平均であり、本人の速さがこの数字だけ上がるという意味ではありません。[1]
歩行と音楽療法全体を同じにしない
歩くタイミングの手がかりに、規則的な拍を使う方法はリズム聴覚刺激(RAS)と呼ばれます。この方法の歩行速度に関する結果だけから、歌唱や自由な音楽鑑賞にも同じ効果があるとは言えません。拍リズムを用いた歩行練習の詳しい説明は、脳卒中後のリズム聴覚刺激(RAS)の記事で確認できます。
レビューには音楽を使う研究とメトロノームなどを使う研究のサブグループ解析もあります。しかし、別々の試験の結果を比較したもので、同じ条件の参加者を音楽とメトロノームへ直接割り付けた比較ではありません。「好きな音楽の方が必ず優れる」とは判断できません。[1]

コミュニケーションへの研究:歌うことと会話の違い
慢性失語症の歌唱試験で、生活の伝達に良い変化
2023年の比較試験では、失語症が続く54人が参加し、最初の評価を受けた50人を解析しました。募集された54人のうち53人は脳卒中、1人は外傷性脳損傷による失語症でした。発症・受傷から6か月を超え、歌う・ハミングする発声ができるなどの条件を満たす方が対象です。[3]
介入は、専門家が行うグループでの歌唱、歌の抑揚やリズムを用いた言葉の練習、家庭でのタブレット練習を組み合わせ、通常のケアに追加したものでした。最初の約5か月の比較では、本人・家族が評価する日常のコミュニケーションと、呼びかけに応じて言葉を繰り返す・名前を言う課題に良い変化が報告されました。[3]
歌いやすくなることだけで、自由な会話の改善を判断しない
同じ試験で、自然に話す課題や発音の動き、言葉の記憶、本人の抑うつの指標には明確な群間差がありませんでした。歌唱、言葉の練習、家庭練習のどの要素が結果に関わったかも、この試験だけでは分けられません。[3]
日常のコミュニケーションは本人・家族の報告を含み、介入を受けたことを知らない状態での評価ではありません。フィンランド語を使う小規模な集団の結果であり、日本語の失語症や、発声が難しいすべての方へそのまま当てはめることにも限界があります。「歌えたから会話も戻る」と急がず、言語聴覚士などと生活の伝え方を確かめます。

気分への研究:落ち込みの治療の代わりにはしない
音楽を加えた研究には、抑うつ得点の改善報告がある
2025年のレビューは、脳卒中後の抑うつに対し、通常の治療に音楽を加える研究をまとめ、抑うつの評価得点に良い結果を報告しました。ただし、含まれた研究はすべて中国語の研究で、割り付けを隠す方法や評価の盲検化が十分に報告されていません。治療や音楽の内容にも違いがあり、参加人数の記載にも不一致があります。効果の大きさを確かな数字として伝えるには注意が必要です。[4]
楽しめる音楽を選ぶことと、脳卒中後のうつを音楽だけで治療することは分けます。歌唱の試験でも、コミュニケーションの変化と気分の変化は同じではありませんでした。[3] 音楽が苦手な方や、聞くとつらい記憶がよみがえる方に無理に勧める必要はありません。
続く落ち込みは、医療機関へ相談する
落ち込み、意欲の低下、睡眠や食事への影響が続く場合は、主治医や医療機関に相談してください。楽しめる時間が増えても、処方薬や心理的な支援を自己判断で中止し、音楽に置き換えることは勧められません。自分を傷つけたい気持ちがある場合は、一人で抱えず、周囲の人と医療機関へ速やかに相談してください。
本人が話しにくいときは、家族が「いつから」「何が変わったか」「生活にどのような影響があるか」を具体的に伝えます。音楽で一時的に表情が変わることだけを、抑うつの診断や治療効果の判断に使わないことが大切です。
研究の限界:新しいレビューも結果の読み方が大切
音楽の種類と対象が異なる
2026年のレビューは、脳卒中後の21試験・1,029人を検討し、運動、歩行・バランス、日常生活動作、生活の質に良い変化を報告しました。ただし、拍リズム、楽器を使う練習、音楽を聴く方法などが含まれています。特定の音楽療法の方式だけが優れることを示したものではありません。[2]
歩行速度の解析では研究間の違いが大きく、介入の内容、対象者の状態、練習期間も同一ではありません。多くは介入直後の短期的な評価で、変化が長く続くかは十分に分かっていません。強い認知機能の障害がある方にどこまで当てはまるかにも注意が必要です。[2]
生活での改善や安全性を別に確かめる
検査得点や質問票の平均が良くなることと、自宅で一人で歩けること、希望を毎回伝えられること、生活のすべてが自立することは同じではありません。歌唱試験でも社会参加の変化は短期的で、長期に同じ変化が続くとは確認されませんでした。[3]
古いレビューでは有害事象の報告が十分でなく、歌唱の比較試験では、歌う活動で耳鳴りが誘発されたと報告した方が1人いました。[1, 3] 大きな事故が多く報告されていないことを、家庭でどのように行っても安全という意味にしないでください。
各レビューに重なる研究があるため、参加人数を足して独立した大集団の根拠として扱うことはできません。音楽は通常のリハビリへ加える選択肢として考え、効果の保証や、一律の曲・テンポ・頻度・時間の指定は避けます。
作業療法の視点:暮らしの目標から考える
「何を伝えたいか」「どこを移動したいか」を先に決める
作業療法の視点では、音楽を使うこと自体より、本人が続けたい生活の活動を先に考えます。例えば、食卓で飲みたい物を伝える、家族と好きな話題を共有する、居室からトイレまで安全に移動する、といった具体的な場面です。これは研究結果からの効果保証ではなく、支援の目標を整理する考え方です。
言葉の練習なら、歌の歌詞を言えたかだけでなく、練習のあとに生活で必要な言葉や別の伝え方を使えたかを確認します。短い言葉、指さし、写真などを組み合わせ、家族が返答を待つ時間や周囲の音量も調整します。具体的な方法は、担当の言語聴覚士や作業療法士と相談します。
負担と楽しさも含めて見直す
「曲を聴いたあとに食卓へ参加しやすかった」「逆に疲れて会話が減った」など、本人の感じ方と、実際の活動を分けて記録すると相談の材料になります。好きな曲を選ぶ場合も、家族の好みを優先せず、本人が続けたいかを確かめます。
疲れや音への不快感が増える、活動が負担になる場合は、曲や音量、場面を変えることや、音楽を使わない方法も検討します。音楽療法・言語療法の実施体制は、受診先や相談先に確認してください。

家庭で検討するとき:担当者と条件を共有する
専門的な支援を相談するときの確認
相談時には、脳卒中からの期間、麻痺や失語症の状態、聴力・耳鳴り、認知機能、疲労、痛み、心肺の病気などを伝えます。歩行に使うのか、発声・発話に使うのか、楽しむ活動として選ぶのか、目的を一つずつ明確にすると方法を検討しやすくなります。
「誰が評価して進めるか」「通常のリハビリとどう組み合わせるか」「何を見て変更するか」を確認します。言葉に関する支援は言語聴覚士など、歩行は担当の理学療法士などと連携し、音楽療法を含む適切な相談先を主治医やリハビリ担当者に尋ねてください。
研究の時間やテンポを家庭のノルマにしない
研究には複数の活動を組み合わせたものもあり、時間や頻度は一様ではありません。研究で使われた回数を、そのまま全員に必要な量とすることはできません。音楽に合わせるために無理に歩く速さを上げることも避けます。
家庭で楽しむ場合は、座って聞くなど負担の少ない場面から、本人の希望と状態を確認します。声を出すことを強要せず、音を止める・休む・別の活動へ変える選択ができるようにします。専門的な練習を始める場合は、方法、見守り、休み方、中止条件を担当者と決めてください。
中止と受診の目安:音楽の楽しさより安全を優先
歩行で拍リズムを使う場合も、補助具や介助を自己判断で減らさず、段差や交通がある場所で一人で試さないでください。周囲の音や声かけが聞こえにくくなる使い方は避け、立って歌う必要もありません。座位が不安定な方は、座っているときの支えも担当者に確認します。
めまい、ふらつき、息苦しさ、胸の痛み、強い疲労、耳鳴りや耳の痛み、声を出すときの苦しさがあれば中止してください。症状が強い・続く場合は医療機関に相談し、無理に曲の終わりまで続けないでください。
突然、片側の手足に力が入らない、顔がゆがむ、言葉が急に出にくい・ろれつが回らない、激しい頭痛、急な呼吸困難などがあれば、リハビリの変化と考えて様子を見ず119番へ連絡してください。[5] もともとの失語症があっても、普段と違う急な変化に注意します。
まとめ:音楽の使い方と生活の変化を分けて考える
脳卒中後の音楽を用いた支援には、歩行の拍リズム、歌唱を使う言葉の練習、気分への活動などがあり、研究で良い変化を報告した領域があります。ただし、方法・対象・根拠の確かさは同一ではなく、鑑賞だけで同じ効果が出るとは言えません。
本人の困りごとと希望を先に確認し、通常の治療・リハビリと組み合わせて相談します。楽しめるか、疲れないかに加え、日常の移動や伝え方にどのような変化があるかを確かめ、必要に応じて方法や目標を見直してください。
よくある質問
好きな音楽を聴くだけで、音楽療法と同じ効果がありますか?
日常の音楽鑑賞と、評価・目標・個別の方法を伴う専門的な療法は同じではありません。楽しむ活動として選ぶことはできますが、研究と同じ効果を約束することはできません。
歩行のリズムは、好きな曲に合わせればよいですか?
歩行に使う拍や速さは、本人の歩き方と安全性に合わせて確認する必要があります。曲に合わせて急いだり、補助具・介助を減らしたりせず、担当の専門職と相談してください。
失語症があっても歌う活動を検討できますか?
歌唱を用いた研究はありますが、発声ができるなどの条件を満たす方が対象でした。歌えることと自由な会話が改善することは同じではありません。担当の言語聴覚士などと目標や伝え方を相談してください。
音楽で気分がよくなれば、うつの薬をやめられますか?
自己判断で薬や治療を中止しないでください。気分への研究には限界があり、音楽だけでうつを治療できるとは言えません。落ち込みや生活への影響が続く場合は医療機関に相談します。
毎日、何分行えばよいですか?
一律の時間や回数を勧める根拠はありません。目的、聴こえ方、疲労、身体・言葉の状態、通常のリハビリとの組み合わせに応じ、担当者と方法・休み方・中止条件を決めます。
音楽が苦手でも、取り組んだ方がよいですか?
無理に取り組む必要はありません。本人の好みと負担を確認し、音量や活動を変えるほか、音楽を使わない練習や楽しめる活動も検討できます。
参考文献
- Magee WL, Clark I, Tamplin J, Bradt J. Music interventions for acquired brain injury. Cochrane Database Syst Rev. 2017;1:CD006787. doi:10.1002/14651858.CD006787.pub3. PMID:28103638.
- Liu D, Kang T, Liang Y, Tong C, Xue Y. Effects of music-based interventions on rehabilitation outcomes after stroke: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Front Neurol. 2026;17:1907080. doi:10.3389/fneur.2026.1907080. PMID:42729195.
- Siponkoski ST, et al. Efficacy of a multicomponent singing intervention on communication and psychosocial functioning in chronic aphasia: a randomized controlled crossover trial. Brain Commun. 2023;5(1):fcac337. doi:10.1093/braincomms/fcac337. PMID:36687394.
- Li Y, Peng Y, Ma S. The efficacy of music therapy for post-stroke depression: A meta-analysis. Medicine (Baltimore). 2025;104(43):e44949. doi:10.1097/MD.0000000000044949. PMID:41137304.
- 厚生労働省 上手な医療のかかり方「こんな時は迷わず119へ」確認日:2026年10月7日。
本文は一般的な情報です。個別の診断・治療・練習の可否は医療機関・担当者と相談してください。参考文献の確認日:2026年10月7日。