
先に結論
脳卒中の方を対象にした研究をまとめた分析では、通常のケアと比べて気分の落ち込みや不安が軽くなる方向の結果が報告されています1。ただし、小規模な研究が中心で結果のばらつきも大きく、長い目で見た変化はまだ十分に分かっていません1。
「前のように動けない自分を受け入れられない」「先のことを考えると不安でたまらない」――脳卒中のあと、体のことだけでなく、こうした気持ちのつらさを抱える方は少なくありません。この記事では、つらい気持ちを無理に消そうとするのではなく、「自分が大切にしたいこと」に目を向けて行動していく心理的な方法「ACT(アクト:アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」について、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを作業療法士の立場から整理します。結論から言うと、脳卒中の方を対象にした研究をまとめた分析では、通常のケアと比べて気分の落ち込みや不安が軽くなる方向の結果が報告されています1。ただし、小規模な研究が中心で結果のばらつきも大きく、長い目で見た変化はまだ十分に分かっていません1。
この記事でわかること
ACTとはどんな方法か
ACTは、認知行動療法の流れをくむ心理的な方法のひとつです。気分の落ち込みや不安を「なくすべきもの」として戦うのではなく、そうした気持ちがあることを認めたうえで、自分が大切にしたいこと(価値)に沿った行動を少しずつ増やしていくことを目指します12。
ACTでは、次のような考え方を練習していきます。
脳卒中のあとは、体の動きや生活が急に変わり、「元に戻らなければ意味がない」と感じてしまうことがあります。ACTは、体の状態がすぐには変わらない時期にも「今の自分にとって意味のある行動」を見つけていく点が、リハビリの目標づくりと重なる部分があります。気分の落ち込みそのものと運動・リハビリの関係については、脳卒中後の気分の落ち込みとうつについて解説した記事もあわせてご覧ください。

研究では何が分かっているか
先にまとめると、脳卒中の方を対象にしたACTの研究をまとめた分析では、気分の落ち込み・不安・生活の質で良い方向の差が報告されています。一方で、研究の多くは小規模で、比べる相手(通常のケアか、別の心理的な関わりか)によって結果が変わる可能性があります。
脳卒中の方を対象にしたランダム化比較試験19件(合計1,704名)をまとめた分析では、ACT(単独、または通常のリハビリとの組み合わせ)を受けたグループは、通常のケアのみのグループと比べて、気分の落ち込み(15件、標準化平均差−1.37)、不安(標準化平均差−1.25)が軽く、生活の質(標準化平均差1.36)が良い結果でした1。心の柔軟さ、自分にもできるという感覚(自己効力感)、睡眠の質、日常生活動作についても良い方向の結果が報告されていますが、これらを調べた研究は数件にとどまります1。
発症2週間以内に入院し、軽い抑うつ症状がみられた脳卒中の方140名を、通常のケアにグループ形式のACTを加えるグループと、通常のケアのみのグループに分けた研究です。ACTは4〜8名のグループで、1回45〜60分・4週間で7回行われ、研修を受けた看護師が担当しました2。終了直後と3か月後の両方で、ACTを受けたグループの抑うつ症状が軽く、心の面の生活の質、睡眠の質、自信なども良い結果でした2。
イギリスで行われた小規模な研究(53名)でも、週1回2時間・4回のグループ形式のACTで、通常のケアと比べて抑うつ症状が軽くなる結果が報告されています3。一方、オランダで脳卒中や頭部外傷のある方72名を対象に行われた研究では、ACTと、心理教育とリラクセーションを組み合わせた別の関わりを比べたところ、主な評価では両グループとも同じように良くなり、グループ間の差はみられませんでした4。つまり、「何もしない場合」と比べた差と、「別の心理的な関わり」と比べた差は、分けて考える必要があります。
⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと:
ACTはリハビリの一部として取り入れられることもありますが、適切な研修と専門性をもつ医療・心理職が行う心理療法です。気分の落ち込みが2週間以上続く、眠れない・食べられない、「消えてしまいたい」と感じるといった場合は、自己判断で様子を見ずに、主治医や精神科・心療内科などの専門機関に早めに相談してください。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
ACTの研究には、次のような限界があります。
何回・どのくらいの期間行うのがよいか、個別とグループのどちらが合うのか、発症からどの時期に始めるのがよいのかは、まだ分かっていません1。また、失語症や認知機能の低下がある方は研究の対象から外れていることが多く2、こうした方にどう工夫すればよいかも今後の課題です。
研究全体では一定の傾向がありますが、対象者や比べる内容が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
気分の落ち込みや不安の程度、生活の質(特に心の面)で、良い方向の結果が報告されています12。睡眠の質や「自分にもできる」という感覚でも良い方向の結果がありますが、研究数は少なめです12。
手足の麻痺そのものや歩く力など、体の機能を直接変える方法ではありません。日常生活動作への影響を調べた研究は少なく、結果の確かさは高くありません1。別の心理的な関わりと比べた場合の差もはっきりしていません4。
つまり、ACTは「体を良くする方法」ではなく、「体の状態とつきあいながら、自分らしい生活に向けて動き出すための心の練習」と考えるのが実際に近いと思います。今この瞬間に注意を向ける練習については、脳卒中後のマインドフルネスについて解説した記事で紹介しています。
どんな人に検討され、どんな人は注意が必要か
研究で対象になってきたのは、脳卒中のあとに軽い〜中等度の気分の落ち込みや不安があり、会話でやりとりができる方です23。「元の体に戻ることばかり考えてしまう」「やりたいことがあるのに気持ちがついていかない」といった状態のときに、目標を考え直すきっかけになる可能性があります。
強い抑うつ症状や、自分を傷つけたい気持ちがある場合は、まず医師による評価と治療が優先です。抗うつ薬などを使っている方は、研究の対象から外れていたものもあります2。失語症や記憶・注意の障害がある場合は、言葉だけのやりとりが負担になることがあるため、ご家族と一緒に取り組む、書いて残すなどの工夫が必要です。

回数・頻度・期間の目安
研究で行われていた方法は、たとえば「4〜8名のグループで1回45〜60分、4週間で7回」2、「グループで週1回2時間を4回」3などです。まとめられた研究では、実施時間や期間に幅があり、短期間の介入が中心でした1。
最適な回数や期間は分かっておらず、上記はあくまで研究での一例です1。日々のリハビリでは、心理の専門職による関わりとは別に、本人が大切にしたいことを確かめ、それに沿った目標を一緒に決めることが、ACTの考え方と共通する部分です。目標の決め方については、脳卒中後の協働的な目標設定について解説した記事も参考になります。
作業療法士の視点
脳卒中のあとの気持ちのつらさは、「がんばりが足りない」から起きるものではありません。ACTの研究はまだ発展途中で、「この方法を行えば気持ちが楽になる」と言い切れる段階ではありませんが、つらさを抱えたままでも自分にとって意味のある行動を見つけていく考え方は、生活の場でのリハビリと相性が良いと感じています。気持ちの不調が強いときは、医師や心理の専門職と連携しながら進めることが大切です。


