
先に結論
運動と頭を使う課題を組み合わせた研究で、バランスなどに良い結果がありますが、一般的な運動に対する上乗せは小さいか不明確です。歩きながらの課題は転倒の危険も増やします。ふらつく方は一人で試さず、まず単独の動作の安全を専門職と確認してください。
「話しかけると立ち止まってしまう」「考えごとをしながら歩くとふらつく」――ご高齢の方やそのご家族から、こうした疑問をもつ方に向けて整理します。この記事では、歩く・立つといった運動と、計算やしりとりなどの頭を使う課題を同時に行う「二重課題トレーニング(デュアルタスクトレーニング)」について、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを作業療法士の立場から整理します。結論から言うと、二重課題トレーニングでバランスや動作の評価、転倒の回数が良い結果だったという研究は増えています。ただし、その差は小さいことが多く、一般的な運動と比べて特別に優れているとまでは言えません12。
この記事で分かること
- 研究の対象・比較条件・結果と、分かっていないこと
- 検査の評価と、生活場面でできることを分けて考える視点
- 生活での相談例と、安全上の注意・中止や受診の目安
二重課題トレーニングとは何か
日常生活では、「歩きながら話す」「信号を見ながら段差を下りる」「買い物の品物を考えながら歩く」など、2つのことを同時に行う場面がたくさんあります。年齢を重ねると、こうした「ながら動作」のときに歩く速さが落ちたり、ふらつきやすくなったりすることが知られています1。
二重課題トレーニングは、このような「ながら動作」そのものを練習する方法です。たとえば、次のような組み合わせがあります12。
このうち研究が多いのは「運動+頭の課題」の組み合わせです12。頭を使いながら体を動かすことで、注意の配分や切り替えの力を一緒にきたえられるのではないかと考えられています1。転倒対策としての運動全般の選び方は、高齢者の転倒対策の運動の種類について解説した記事で紹介しています。

研究では何が分かっているか
先にまとめると、二重課題トレーニングは「何もしない」「普段どおりの生活」と比べるとバランスや動作の評価で良い結果が出やすい一方、「一般的な運動」と比べたときの差は小さいか、はっきりしないことが多いです。
持病による大きな制限のない高齢者を対象にした44件の研究(2,782名)をまとめた研究では、二重課題トレーニングで、バランスの評価(Berg Balance Scale)が平均1.78点、立ち上がって歩いて戻るまでの時間(TUG)が平均0.73秒良い結果でした1。転倒の回数を調べた6件の研究でも、転倒が少ない結果でした1。ただし、バランスやTUGの差は、このレビューで用いられた臨床的に重要な差の目安(Berg Balance Scaleで3点、TUGで2.2秒)には届いておらず、根拠の確かさは「非常に低い〜中程度」と評価されています1。
健康な高齢者を対象にした58件のランダム化比較試験(3,745名、平均64.7〜86.9歳)をまとめた研究では、運動と頭の課題を組み合わせたトレーニングで、ふだんの歩く速さ・TUG・バランスの評価に小さな良い結果がみられました2。しかし、比較するグループが一般的な運動を行っていた研究に限ると、歩く速さの差はほとんどなく、TUGの差も小さいものでした2。また、「ながら歩き」の速さそのものについては、はっきりした差はみられませんでした2。
地域で暮らす高齢者を対象にした別の研究の統合でも、従来の転倒対策の運動と比べて、歩き方やバランス(動く中でのバランスは12週間以上の練習で)、転倒のしやすさに良い結果が報告されていますが、脚の筋力や転ぶことへの不安については結果が分かれています3。軽度認知障害や認知症のある方を対象にした研究の統合では、認知機能や歩き方、気分の落ち込みで良い結果が報告されています4。認知機能と運動の関係については、軽度認知障害(MCI)と運動について解説した記事もあわせてご覧ください。
⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと:
二重課題トレーニングは、あえて「ながら動作」の状態をつくるため、ふだんより転びやすい状況で練習することになります。ふらつきが強い方や最近転んだ方は、一人で歩行と頭の課題を組み合わせず、まず専門職に安全を評価してもらってください。座位での簡単な課題への変更も相談します。めまい、胸の痛み、息苦しさがある場合はすぐに中止し、主治医に相談してください。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
二重課題トレーニングの研究には、次のような限界があります。
最適な課題の組み合わせや難しさ、1回の時間・頻度・期間はまだ分かっていません1。「運動+運動」や「頭の課題+頭の課題」の組み合わせは研究数が少なく、どのタイプが最も合うのかは結論が出ていません1。持病のある方や、転倒をくり返している方にどの程度当てはまるのか、長期的に転倒がどのくらい減るのかも、今後の研究が必要です12。
研究全体では一定の傾向がありますが、対象者の体力や認知機能、練習の内容が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
何もしない・普段どおりの生活と比べると、バランスの評価、TUG、ふだんの歩く速さで良い結果が出やすいと報告されています12。転倒の回数が少なかったという報告もあります13。
一般的な運動と比べたときの上乗せの差は小さいか、はっきりしません2。「ながら歩き」の速さそのもの、脚の筋力、転ぶことへの不安については結果が分かれています23。
つまり、二重課題トレーニングは「特別な方法」というより、筋力やバランスの運動を行うときに、生活に近い「ながら動作」の要素を加える工夫の一つと考えるのがよさそうです。まずは運動そのものを続けることが土台になります。
どんな人に検討され、どんな人は注意が必要か
研究で主に対象になってきたのは、自分で歩ける地域在住の高齢者や、施設で暮らす高齢者です12。「話しかけられると立ち止まる」「考えごとをすると歩くのが遅くなる」といった、ながら動作での不安がある方では、日常の運動に取り入れることを検討する場面があります。軽度認知障害や認知症のある方を対象にした研究もあります4。
支えなしで立つのが難しい方、最近くり返し転んでいる方、めまいや血圧の変動がある方は、見守りのもとで安全を優先して行う必要があります。認知機能の低下が大きい方では、課題が難しすぎると混乱や疲れにつながることがあるため、課題のレベルを調整しましょう。

回数・頻度・期間の目安
以下は研究で採用された条件や集団向けの目安です。個人への練習処方ではありません。体調、合併症、評価結果に合わせて、始め方・量・中止基準を担当の医療職と決めてください。
2025年のメタ分析では、研究のデータをもとに、1回30分・週3回・4週間程度の中くらいの強さと難しさの練習を、予定どおりほぼ欠かさず行った場合に、バランスの評価で良い結果が出やすいと推定されています1。立ち上がって歩く動作(TUG)については、1回50分・週3回・13週間程度が目安として示されています1。
ただし、これは複数の研究を統計的に分析して導いた推定であり、実際にこの量で行った研究で確かめられたものではありません1。また、「ほぼ欠かさず続ける」ことが前提になっているため、現実には続けやすさの工夫も大切です1。自宅で本人が行う二重課題トレーニングを、一般的な運動と比べた研究も行われています5。運動を続けやすい実施形式については、高齢者の運動の実施形式について解説した記事で紹介しています。
中止・受診・救急の目安
ふらつく、足が止まる、課題で混乱する、疲れる、めまいや胸痛・強い息切れがあるときは中止してください。最近転倒した方や支えなしで立てない方は、一人で歩行と計算などを組み合わせないでください。屋外、階段、段差、濡れた場所でのながら歩きを練習にしないことも大切です。転倒後の頭部打撲と意識の変化、急な麻痺や胸痛があれば救急対応を優先し、日本では119番へ連絡してください。
作業療法士の視点と生活での工夫
生活の目標から考える
生活に近づける視点では、話しかけられたとき、荷物を持つとき、周囲を見るときに、どの動作が不安定になるかを専門職と確認します。まず一つの動作を安全にできる環境を整え、必要なら座位の簡単な課題から相談します。外を歩くときに会話をいったん止める、段差の手前で立ち止まることも安全のための工夫です。難しい課題をこなすことだけを目標にせず、靴、照明、薬によるふらつきや視力など、転倒に関わる要素も合わせて医療職と確認します。

ご自宅の生活やリハビリについて相談したい方へ
二重課題トレーニングは、体力や認知機能、転倒の危険を評価したうえで、課題を個別に調整して検討する方法です。一方で、研究では一般的な運動と比べた上乗せの差は小さく、「頭の体操を加えれば転ばなくなる」とは言えません。安全な環境を整えたうえで、筋力・バランスの運動と組み合わせ、その方の生活場面に近い練習を一緒に考えることが大切だと考えています。
まとめ
よくある質問
Q. 二重課題トレーニングとは何ですか?
Q. 二重課題トレーニングは転倒対策になりますか?
Q. どんな課題を組み合わせればよいですか?
Q. どのくらいの頻度で行えばよいですか?
Q. 認知症があっても取り組めますか?
Q. 自宅で一人で行っても大丈夫ですか?
参考文献
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