東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
歩行の見通しはどこまで分かるのか、研究と限界を正直に解説
「歩けるようになりますか」——脳卒中の発症後、ご本人やご家族から最も多く出る問いのひとつです。答える側も、簡単には言えません。断言すれば嘘になり、はぐらかせば不安だけが残ります。
この記事では、脳卒中後の歩行の見通し(予後予測)について、研究で何が分かっていて、何がまだ分からないのかを整理します。結論を先に言えば、「歩けるようになりやすい人の特徴」は複数の研究で共通して挙がっている一方、一人ひとりについて「いつ・どのくらい歩けるか」を正確に言い当てられる段階には至っていません。見通しは、確定した予言ではなく、話し合いの出発点として使うものだと考えています。
最終更新日:2026年8月19日
最新レビュー日:2026年8月19日
ここで紹介するのは、集団を対象にした研究から得られた傾向です。個々の方の見通しは、脳の損傷の場所と大きさ、合併症、発症からの時期によって大きく変わります。ご自身やご家族の見通しについては、必ず主治医と担当のリハビリ専門職にご確認ください。「研究ではこう言われている」ことと「あなたがどうなるか」は別の話です。
予後予測とは、発症後の早い時期に測れる情報から、数か月後の状態を統計的に見積もる作業です。「当たる・外れる」の占いではなく、「同じような条件の方が、これまでどうだったか」を集めたものと考えると分かりやすいと思います。
2. 歩行速度:一定の距離をどのくらいの速さで歩けるか
3. 歩行距離:6分間などの決まった時間でどれだけ歩けるか
4. 生活の中での歩数:万歩計や加速度計で測った実際の活動量
5. 自宅への退院:どこで生活を続けられるか
これらは似ているようで別のものです。「歩ける」ことと「生活の中でよく歩いている」ことは一致しません。研究でも、この二つは別々に検討されています1。上肢(手・腕)についても同じような見通しの研究があり、脳卒中後の上肢麻痺の予後予測について解説した記事で扱っています。
歩行の見通しについては、複数のシステマティックレビューが報告されています。ここでは3件を紹介します。
急性期を経て回復期のリハビリ病棟に入院した脳卒中の方について、「自宅へ退院できるか」を予測する身体機能の要因を調べたレビューです。45件の研究、20万人を超える規模で、そのうち71.2%が自宅へ退院していました。統合の結果、入院時の運動面のFIM(日常生活動作の自立度を測る指標)が高いほど自宅退院のオッズが上がり(オッズ比1.23、95%信頼区間1.12〜1.35。他の要因で調整した場合1.16、95%信頼区間1.07〜1.26)、総合のFIMでも同様の関係が確認されました(オッズ比1.34、95%信頼区間1.14〜1.57)。ただし研究間のばらつきは非常に大きく(I²=96〜99%)、結果の解釈には注意が必要です。
退院時に測った何が、6か月後の歩行や活動量とつながっているのかを調べたレビューです。6件の研究、1,433名が対象でした。歩行に関する4件(1,342名)では、認知機能が6か月後の歩行の自立度(調整済み決定係数0.424〜0.454)と歩行への参加の程度(同0.497〜0.613)に関係していました。活動量に関する2件(91名)では、6か月後の一日の歩数や活動の頻度に年齢が関係し(同0.31〜0.32)、活動の強さには歩行距離・発症前の活動量・遂行機能が関係していました(同0.76)。バイアスリスクは全研究で低いと評価されています。一方で研究数が6件と少なく、測定方法と時期がばらばらだったため、統合した数値は算出できませんでした。
発症から1か月以内に歩けていなかった方が、その後に独歩自立に至るかを調べた15件の研究(2,344名)のレビューです。3か月後の独歩自立と関係していた要因として、年齢が若いこと、皮質脊髄路(脳から脊髄へ運動の指令を伝える経路)が保たれていること、脚の筋力が保たれていること、認知機能の低下がないこと、半側空間無視がないこと、排泄が自立していること、座位が安定していること、日常生活動作が自立していることが挙げられています。6か月後については、年齢、排泄の自立、座位の安定が関係していました。12か月後については、データが足りず結論が出せなかったと報告されています。
3件を並べると、「脚の力そのものだけでなく、座っていられるか、認知面はどうか、といった全身の状態が見通しに関わっている」「発症時期や測るタイミングによって、関係する要因が入れ替わる」という構図が見えます。座位の安定や立ち上がりの練習が土台になる理由については、脳卒中後の立ち上がり練習について解説した記事もあわせてご覧ください。
まず、一人ひとりについて「いつ・どのくらい歩けるか」を正確に言い当てる方法は確立していません。研究が示しているのは、集団としての関連の強さです。ある要因が揃っていても歩けるようになる方はいますし、その逆もあります。
次に、長期の見通しについてはデータが足りていません。発症から1か月以内に歩けなかった方の12か月後については、研究が足りず結論が出せていないと報告されています3。「1年経ったらどうなるか」を裏づける研究は、思ったより少ないのが現状です。
また、「歩けること」と「実際に歩いていること」のつながりも十分に分かっていません。退院時の何が6か月後の活動量を決めるのかを調べた研究は、条件を満たしたものが6件しかなく、測定の方法も時期もばらばらでした1。
そして、これらの研究の多くは入院中や退院時に測った情報を扱っています。発症から時間が経った方について、「今から何が変わりうるのか」を予測する研究は限られています。見通しは一度決まったら終わりではなく、状態が変われば見直されるものです。
2023年のレビューは20万人を超える規模を統合しており、情報量としては豊富です。ただし研究間のばらつきが非常に大きく(I²=96〜99%)、米国の研究が45件中14件と偏っていること、急性期の入院期間が医療制度によって異なることが限界として挙げられています2。日本の回復期リハビリ病棟の仕組みは海外と異なるため、そのまま当てはめることはできません。
2024年のレビューは、組み入れた6件すべてでバイアスリスクが低いと評価されている一方、脱落に関して2件が中程度、交絡の調整に関して2件が高リスクと評価されています。研究の人数も36名から1,023名まで幅があり、追跡時期も4週間から6か月までまちまちでした1。
2021年のレビューでは、15件のうち7件がバイアスリスク低、8件が中程度と評価されています。各要因の統合は2〜4件ずつの研究で行われており、一つひとつの数値の根拠は必ずしも厚くありません3。
脳卒中後の状態は、損傷の場所と大きさ、合併症、年齢、発症前の生活によって大きく異なります。これらの研究結果を、すべての方に同じように当てはめることはできません。
以下は研究で報告された関連要因の紹介であり、個々の方の見通しを判定するものではありません。「これがないから歩けない」と読まないでください。
2. 皮質脊髄路(脳から脊髄への運動の伝達路)が保たれていること
3. 脚の筋力が保たれていること
4. 認知機能の低下がないこと
5. 半側空間無視がないこと
6. 排泄が自立していること
7. 座位が安定していること
8. 日常生活動作が自立していること
2. 年齢:一日の歩数と活動の頻度に関係
3. 歩行距離:活動の強さに関係
4. 退院前の活動量:活動の強さに関係
5. 遂行機能:活動の強さに関係
2. 入院時の総合のFIM
3. その他、バランス(Berg Balance Scale)、体幹の制御、移乗・寝返りの能力などが各研究で検討されている
注目したいのは、年齢や損傷部位のように変えられない要因と、筋力・バランス・活動量のように働きかけの余地がある要因が混ざっている点です。研究者らも、変えられる要因を見極めることが臨床上の意味を持つと述べています。歩行そのものへの働きかけについては脳卒中後の高強度歩行トレーニングについて解説した記事もご覧ください。
研究からは細かい生活指導の根拠までは得られません。ここでは、上記の研究の範囲を超えない形で、実務上おさえておきたい点を整理します。
2. 「歩ける」と「歩いている」を分けて考える。この二つは別々に研究されており、必要な働きかけも違います1
3. 脚の力だけを見ない。座位の安定、認知面、排泄の自立など、一見すると歩行と無関係に見える要素が挙げられています3
4. 時間が経てば見直す。研究の多くは入院中や退院時の情報を扱っており、その後の変化は別に評価する必要があります
5. 数字を聞いたら、「それは何を意味する数字か」を確認する。オッズ比や決定係数は、個人の見通しをそのまま表すものではありません
歩行の練習中に、めまい、強い息切れ、胸の痛み、新しい麻痺やろれつの回りにくさが出た場合は、直ちに中止して医療機関に連絡してください。また、見通しを聞いて気持ちが大きく落ち込んだ状態が続くときは、一人で抱えず主治医やリハビリ専門職に伝えてください。脳卒中後は気分の落ち込みが起こりやすく、それ自体が対応の対象になります。
歩行の相談を受けたときは、①発症からの時期と、これまでどう変わってきたか、②座位・立位のバランスと脚の筋力、③認知面・注意の状態、④どこを歩きたいのか(屋内か、屋外か、どの距離か)、⑤現在の一日の活動量と生活動線を確認します。そのうえで、主治医や既存のリハビリ担当者の方針と矛盾しない範囲で、次に取り組むことを一緒に決めます。
Journey Rehabでは、見通しの話を避けないことを大切にしています。ただし、断定もしません。研究で何が言われているのか、それが今のご自身の状況とどう重なるのか、重ならない部分はどこかを、できるだけ具体的にお伝えするようにしています。
目標は「歩けるかどうか」だけに置きません。どこへ行きたいのか、そのために何が必要なのかを分解し、歩行以外の手段(歩行補助具、環境調整、移動サービスの活用)も含めて選択肢を整理します。見通しは、状態が変われば見直します。
一度の評価や一つの数値だけで見通しを決めず、立ち上がり、バランス、下肢機能、認知面、疲労、生活環境を確認し、経過に応じて目標を見直します。「歩けるか」だけでなく、自宅や屋外でどのように移動したいかを本人・ご家族・医療チームで共有することを重視します。
脳卒中後の歩行の見通しについては、年齢、脚の筋力、座位の安定、認知機能、排泄の自立、日常生活動作の自立といった要因との関連が複数の研究で報告されています。自宅への退院についても、入院時の日常生活動作の自立度との関連が20万人規模のデータで示されています。ただし研究間のばらつきが大きく、長期の見通しについてはデータが不足しています。また、「歩けること」と「実際に歩いていること」は別の問題であり、後者を扱った研究はまだ少ないのが現状です。見通しは確定した予言ではなく、状態が変われば見直されるものとして受け取ってください。ご自身の見通しについては、必ず主治医と担当のリハビリ専門職にご確認ください。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、診断・治療・医療行為を推奨するものではありません。ここで紹介した研究結果は集団を対象とした統計的な傾向であり、個々の方の見通しを判定するものではありません。ご自身やご家族の見通しについては、必ず主治医と担当のリハビリ専門職にご確認ください。歩行練習中に新しい症状が出た場合は、直ちに中止し医療機関を受診してください。研究知見は執筆時点の情報であり、今後変わる可能性があります。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
