
この記事の結論
「有名なリハビリの方法を受けたほうが、手は良くなるのでしょうか」「どのリハビリを選べばよいか分からない」。退院後のリハビリを考えるときに、こうした疑問を持つ方もいるでしょう。
この記事では、研究の知見を集めて作られた課題指向型の特別なプログラムを、通常の作業療法と比べたアメリカの大規模試験(ICARE試験)を中心に、「練習の内容」と「練習の量」についてどこまで分かっているのかを整理します。
目次
課題指向型プログラム(ASAP)とは?
課題指向型プログラムとは、ご本人にとって意味のある生活の課題(物をつかむ・運ぶ・道具を使うなど)を、難しさを調整しながら繰り返し練習する方法です1。ICARE試験で使われたASAP(Accelerated Skill Acquisition Program:加速的技能習得プログラム)は、こうした考え方をまとめたプログラムです1。
ASAPは、麻痺の改善を重視し、課題に特化し、集中的で、本人が意欲的に取り組めること、セラピストとの協働、自分で練習を進める力、本人中心であることを原則として、1時間の練習を週3回・10週間(合計30回)行うように設計されていました1。
課題指向型の考え方そのものについては、課題指向型アプローチの進め方はこちらで紹介しています。

研究では何が分かっている?
結論から言うと、ICARE試験では「特別なプログラム」も「同じ時間の通常の作業療法」も「より少ない通常の作業療法」も、1年後の腕の機能には差がありませんでした1。
アメリカの7つの病院で、腕に中程度の麻痺があり、指を自分で伸ばせる361人(平均60.7歳、発症から平均46日)を、外来で①ASAP(30時間)、②同じ30時間の通常の作業療法、③通常の作業療法(時間は指定せず経過の確認のみ)の3群に分けた試験です1。実際に受けた時間は、①が平均28.3時間、②が平均26.7時間で、③は平均約11時間でした1。
1年後の腕の機能(WMFT:Wolf Motor Function Testの動作時間)の変化は3群とも同程度で、統計的な差はありませんでした1。手の機能について本人が感じる評価(SIS:Stroke Impact Scaleの手の項目)で大きく良くなった人の割合も、73%・72%・69%と差はありませんでした1。
同じ361人について、生活の中での手の使いやすさ、体の力、移動、社会参加、自信(自己効力感)、生活の質など、本人が感じる幅広い結果を解析した研究です2。
ASAPの群は、練習期間中に多くの項目でほかの2群より大きく良くなっていましたが、1年後には多くの項目で3群が同程度になりました。ただし本人が感じる筋力や生活の質など、一部では差が残っていました2。著者らは、ASAPの群は同じ水準に平均で約8か月早く到達したと述べています2。これは各評価時点の経過をまとめた追加解析であり、全員の回復が8か月早まるという意味ではありません。
課題を繰り返し練習する方法を調べた33件の試験(1,853人)をまとめた研究では、通常のケアなどと比べて腕の機能(11件・749人)や手の機能(8件・619人)にわずかに良い結果がみられました3。ただし結果の確かさは「低い」と評価され、練習量や発症からの時期によって効果が変わるかははっきりしませんでした3。
この結果は「課題指向型の練習に意味がない」ことを示したものではありません。比べた相手の通常の作業療法も質の高い内容だった可能性があり、どの群でも腕の機能は変化していました1。「特別な名前のついた方法かどうか」より、ご本人に合った練習を続けられるかが大切だと考えられます。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
ICARE試験は7施設・361人の第III相試験で、評価者がどの群か分からない状態で評価する、規模の大きい試験です1。一方、通常の作業療法の内容は施設ごとに異なり、研究が進む中で通常の作業療法自体が根拠にもとづく内容に近づいていた可能性があると、著者自身が述べています1。
時間を指定しなかった群の実際の練習時間は0〜46時間と幅が大きく、「量の違い」を正しく比べられていない可能性もあります1。練習中に実際に手を動かした時間(練習の密度)も測られていません1。対象は中程度の麻痺が中心ですが、軽度の方も約21%含まれていました。すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。本人は受けたプログラムを知っていたため、追加解析の本人評価には期待の影響も考えられます。
何が変わりやすく、何は変わりにくい?
ICARE試験の結果をまとめると、「1年後の腕の機能」には練習の方法による差がなく、「本人が感じる生活の中での変化」は特別なプログラムで早く現れやすい、という結果でした1,2。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要?
ICARE試験の対象は、外来でリハビリを受けられる、腕に中程度の麻痺があり指を自分で伸ばせる方でした1。認知症の可能性がある方や、麻痺が軽すぎる方は対象外でした1。
・腕に中程度の麻痺があり、指を自分で伸ばせる方1
・週に数回、通院して練習を続けられる方1
・重い認知機能の低下など、参加条件を満たさない方1
・発症から長い時間がたった生活期の方(対象は発症後早い時期)1
試験の期間中には、3群あわせて109人に168件の重い有害事象が起き、入院143件、脳卒中の再発42件などでした(分類には重複があります)1。群の間に差はなく、練習との関連が考えられたものは2件(血圧の上昇と手首の骨折)でした1。練習の前後には体調の確認が欠かせません。
どのくらいの量・頻度で行う?
ICARE試験では「1時間×週3回×10週間(合計30時間)」が設計されていましたが、約11時間の群とも1年後の差はなく、量と効果の関係はまだはっきりしていません1。この結果だけで、ご自身の練習を減らしたり中止したりすることは勧められません。
退院後に自宅で練習量を確保する工夫は、上肢麻痺の自主トレとリハビリ量について解説した記事で紹介しています。作業療法の全体像は、脳卒中後の作業療法について解説した記事もあわせてご覧ください。

作業療法士の視点
ICARE試験では、課題指向型の特別なプログラムは、同じ時間の通常の作業療法や、より少ない通常の作業療法と比べて、1年後の腕の機能に差を示しませんでした1。一方で、本人が感じる生活の中での変化は、特別なプログラムで早く現れていました2。
方法の名前にこだわるよりも、ご本人にとって意味のある課題を選び、続けやすい形で練習を積み重ねていくことが大切だと考えています。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。運動や練習を始める前、また内容を変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. 特別な名前のリハビリ方法のほうが、通常の作業療法より手は良くなりますか?
A. ICARE試験では、課題指向型の特別なプログラムと通常の作業療法で、1年後の腕の機能に差はありませんでした1。どの群でも腕の機能は変化しており、方法の名前より練習の続け方が大切と考えられます。
Q. 練習時間を増やせば、手はもっと良くなりますか?
A. ICARE試験では、約28時間と約11時間の群で1年後の腕の機能に差はみられませんでした1。ただし時間を指定しなかった群の練習時間にはばらつきが大きく、量と効果の関係はまだはっきりしていません1。この結果だけで、ご自身の練習を減らしたり中止したりすることは勧められません。
Q. では、課題指向型の練習には意味がないのですか?
A. 意味がないとは言えず、課題の反復練習は全体として腕や手の機能にわずかに良い結果が報告されています3。ICARE試験でも、特別なプログラムの群は本人が感じる変化が早く現れていました2。
Q. ICARE試験の対象はどのような方でしたか?
A. 発症から平均46日で外来リハビリを受けている、腕に中程度の麻痺があり指を自分で伸ばせる361人でした1。指の随意伸展がない方や、重い認知機能の低下などで参加条件を満たさない方は対象外でした1。
Q. 自宅で手の練習を続けるときのポイントは何ですか?
A. ご本人にとって意味のある生活の課題を選び、難しさを調整しながら続けられる形にすることがポイントです。具体的な課題や量は、状態に合わせて担当の作業療法士と相談してください。
Q. 練習の効果はどのくらい続きますか?
A. 課題の反復練習の研究では、練習後6か月までは良い結果が報告されていますが、それ以降の効果は確認されていません3。練習をやめたあとの経過は、まだ十分に分かっていません。