
この記事の結論
「手のリハビリは早ければ早いほどいいのでしょうか」「退院してからでは遅いのでしょうか」。回復期の病院を退院する頃や、退院後の生活が始まる頃に、気になる点ではないでしょうか。
動物の研究では、脳卒中のあとに「練習によく反応する時期」があることが知られており、人でも同じような時期があるのかが調べられてきました。この記事では、手・腕の集中的な練習を発症からいつ行うとよいのかについて、ランダム化比較試験の結果をもとに、分かっていることと分かっていないことを整理します。
目次
回復しやすい時期(感受性期)とは?
脳卒中後の回復しやすい時期(感受性期・臨界期:sensitive period / critical period)とは、発症後の限られた期間に、脳が練習に特に反応しやすくなると考えられている時期のことです1。
ネズミの研究では、脳卒中の数日後から前足の練習を始めると、時期を遅らせて同じ練習をした場合よりも大きく回復することが報告されています1。こうした結果から、人でも「同じ量の練習でも、行う時期によって効果が変わるのではないか」と考えられるようになりました1。
なお、ここで扱うのは「通常のリハビリに上乗せする集中的な練習」をいつ行うかという話です。通常のリハビリを発症2〜3か月まで待つという意味ではありません。発症から6か月以降の回復の可能性については、発症6か月以降の経過について解説した記事で紹介しています。

研究では何が分かっている?
結論から言うと、「発症2〜3か月ごろの上乗せ練習が最も大きな差を示した」という試験がある一方、別の試験では時期による差が長く続かず、早すぎる高強度の練習ではかえって変化が小さかった試験もあります1,2,3。
アメリカのリハビリ病院で、腕に中程度の麻痺がある72人を、通常のリハビリに加えて20時間の手・腕の練習を「発症30日以内」「発症2〜3か月」「発症6か月以降」に行う3つの群と、通常のリハビリのみの群に分けて比べた試験です1。練習は、本人が選んだ生活の課題を少しずつ難しくしながら繰り返す方法で行われました1。
腕の機能(ARAT:Action Research Arm Test、57点満点)を1年間追跡し、開始時点や評価時期などを調整した解析では、発症2〜3か月の群が通常のリハビリのみの群より6.87点高く、臨床的に意味のある差の目安(5.7点)を超えていました1。発症30日以内の群も5.25点高い結果でしたが目安には届かず、発症6か月以降の群(2.41点)では統計的な差はみられませんでした1。
発症5〜30日の100人(最後まで参加したのは80人)を、手に重点を置いたバーチャルリアリティ・ロボットの練習(1時間×10回)を「発症1か月目」に行う群、「2か月目」に行う群、同じ時間だけ通常の練習を追加する群、通常のリハビリのみの群に分けた試験です2。
発症4か月の時点では、2か月目に練習した群のほうが1か月目の群よりARATの変化が大きかったものの、この差は続かず、発症6か月の時点ではどの群も他の群より明らかに良い結果ではありませんでした2。発症1か月以内に指をしっかり伸ばせた方は、6か月後の手の機能が高い傾向がありました2。
発症から平均約10日の52人を対象に、麻痺していない手を制限して麻痺側を集中的に使う練習(CI療法)の量を変えて比べた試験です3。2週間、通常の作業療法(1日2時間)、CI療法(1日2時間の練習+ミトンで6時間制限)、高強度のCI療法(1日3時間の練習+起きている時間の9割を制限)の3群に分けたところ、高強度の群で発症90日の腕の機能の変化がかえって小さい結果でした3。著者らは、特に発症早期には「練習量が多いほど良い」とは限らないとまとめています3。
これらの研究は「特定の時期を過ぎたら練習しても意味がない」ことを示したものではありません。CPASS試験の発症6か月以降の群は20時間の上乗せでは差がみられませんでしたが、著者らは、より多い練習量なら生活期でも変化を引き出せるかを今後調べる必要があると述べています1。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
CPASS試験は1つの施設で行われた第II相試験(小規模な段階の試験)で、1群あたり16〜20人でした1。著者ら自身が、結果を確かめるにはより大規模な多施設試験が必要だと述べています1。
2025年の試験では、評価者がどの群か分かる状態で評価していたことが限界として挙げられています2。また、発症後早い時期は自然な回復も大きく、上乗せした練習の効果を見分けにくいことも指摘されています2。研究ごとに練習の内容・量・対象者が異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
何が変わりやすく、何は変わりにくい?
現在の研究からは、「同じ20時間の上乗せ練習でも、発症2〜3か月で行うと差が出やすく、発症6か月以降では20時間では差が出にくい」という傾向が示されていますが、確定した結論ではありません1,2。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要?
研究の対象は、腕に中程度の麻痺があり、練習に参加できる方が中心でした1,2。2025年の試験には一定の重度麻痺も含まれましたが、腕の運動機能が評価尺度で10点未満の方や、課題の実施を妨げる失語・半側空間無視などがある方は対象外だったため、結果をそのまま当てはめることはできません1,2。
・指示を理解して練習に参加できる方2
・皮膚の感覚が保たれている方(2025年の試験)2
・半側空間無視や認知機能の低下が練習の理解・実施を妨げる場合(参加条件の制約)1
・腕がほとんど動かない重い麻痺の場合(研究の対象外)2
手の麻痺の回復の見通しについては、手の麻痺の予測ツールについて解説した記事で紹介しています。
どのくらいの量・頻度で行う?
研究では、通常のリハビリに「10〜20時間」の手・腕の練習を数週間かけて上乗せする方法が用いられましたが、時期ごとの最適な量はまだ分かっていません1,2。
退院後に自宅で練習量を確保する工夫は、上肢麻痺の自主トレとリハビリ量について解説した記事で紹介しています。

作業療法士の視点
発症2〜3か月ごろに集中的な手・腕の練習を上乗せすると、1年間の腕の機能の推移を調整した解析で差が出たという試験がある一方、別の試験では時期による差は長く続きませんでした1,2。人にも「練習によく反応する時期」がある可能性は示されていますが、まだ研究段階です。
日本では発症2〜3か月ごろは回復期の入院中や退院の前後にあたることが多く、この時期に練習量をどう確保するかは大切なテーマです。一方、時期を過ぎたからといって練習の意味がなくなるわけではなく、その時々の状態に合わせて練習の量と内容を調整していくことが大切だと考えています。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。運動や練習を始める前、また内容を変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. 手のリハビリは発症後いつ集中的に行うのがよいですか?
A. 72人の試験では発症2〜3か月で始めた上乗せ練習が最も大きな差を示しましたが、別の試験では時期による差は長く続きませんでした1,2。最適な時期はまだ確定していません。
Q. 発症から6か月を過ぎたら、手の練習をしても意味はありませんか?
A. 意味がないとは言えず、CPASS試験の6か月以降の群は20時間の上乗せでは差がなかったものの、より多い練習量での検証が必要とされています1。生活期の練習の考え方は、状態に合わせて担当の専門職と相談してください。
Q. 発症直後からたくさん練習したほうがよいですか?
A. 発症早期の高強度のCI療法で、かえって90日後の変化が小さかった試験があります3。早期は量を増やしすぎず、体調や疲労をみながら調整することが勧められます。
Q. 研究ではどのくらいの量を上乗せしていましたか?
A. 通常のリハビリに加えて、合計10〜20時間の手・腕の練習を上乗せしていました1,2。CPASS試験では、本人が選んだ課題を少しずつ難しくしながら繰り返す方法でした1。
Q. 重い麻痺の場合も同じ時期が当てはまりますか?
A. 重い麻痺の方に同じ時期が当てはまるかはまだ分かっておらず、研究の対象は中程度の麻痺の方が中心でした1,2。2025年の試験では、腕の運動機能が評価尺度で10点未満の方や、課題を行う妨げになる失語・半側空間無視がある方は対象外でした1,2。
Q. 退院後に練習量を確保するにはどうすればよいですか?
A. 自主練習の内容を決めて記録する、生活の中で麻痺側の手を使う場面を増やすなどの工夫が考えられます。具体的な内容は、状態に合わせて担当のリハビリ専門職と相談してください。