
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「家の階段が怖い」「玄関の段差が上れない」——脳卒中の後、階段の上り下りは、平らな道を歩くより難しく感じる方が多い動作です。「練習すれば階段を上れるようになるの?」というのは、退院前後によく聞かれる質問です。この記事では、脳卒中後の階段昇降の練習について、研究で分かっていることと、まだはっきりしないことを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。結論から言うと、脚の力をつける運動や動作の反復練習で、階段を上り下りする時間が少し速くなる可能性はありますが、その効果は大きくなく、証拠の質にも限界があります。

・脚の運動(筋力トレーニングや動作の反復練習)をまとめた解析では、階段を上り下りする時間が平均で約3.4秒短くなったと報告されていますが、証拠の質は非常に低い段階です2。
・課題を反復するサーキット型の練習を調べた質の高い試験では、階段テストの時間が短くなり、歩く速さや歩く距離も伸びました(ただし変化はわずかでした)1。
・体力づくり(有酸素運動)や筋力トレーニングは、歩く力や脚の力を後押しすることが示されており、階段動作の土台になります4。
・練習で得られる変化は大きくないことが多く、長期的にどれだけ続くかも分かっていません。転倒の危険がある動作のため、必ず安全を確保して行うことが大切です1,2。
階段昇降とは、階段や段差を上り下りする動作のことです。平らな道を歩くのに比べて、階段は一段ごとに片脚で全体重を支え、脚を高く持ち上げ、バランスを保ちながら重心を上下に大きく動かす必要があります。脳卒中の後は、麻痺した脚の力が入りにくい、膝や足首の動きがコントロールしづらい、片脚立ちのバランスが不安定になる、といった理由で、階段が特に難しく感じられます。
階段昇降には、脚を持ち上げる力、体を押し上げる力、片脚で支える安定性、そして「上る・下りる」という動作のコツが同時に求められます。そのため、練習では脚の力をつけること(筋力トレーニング)と、実際の動作を繰り返すこと(課題の反復練習)の両方が役立つと考えられています1,2。片脚で体を支える力については脳卒中後の立ち上がり練習について解説した記事、脚の力づくりについては脳卒中後の筋力トレーニングについて解説した記事もあわせてご覧ください。
結論から正直にお伝えすると、脚の運動や動作の反復練習で階段昇降が少し速くなる可能性は示されていますが、変化は大きくなく、証拠の質にも限界があります。研究をみていきます。
また、立ち座り・歩行・階段などの課題を反復するサーキット型の練習を、通常の個別リハビリと比べた質の高い試験(250名)では、階段テストの所要時間が短くなり(約14秒 対 約17秒、P=0.015)、歩く速さ(毎秒1.1m 対 0.89m)や6分間で歩ける距離(412m 対 354m)も伸びました。ただし、歩く速さの差は毎秒9cm、距離は約20mと、日常での実感としては小さい変化でした1。体力づくり(有酸素運動)や筋力トレーニングそのものも、歩く速さ・歩く距離・脚の力を後押しすることが、多くの研究をまとめた総説で示されており、階段動作の土台になります4。歩けない時期の方でも、練習量を確保する工夫(ロボットを使った反復練習など)で階段を上れる段階に届いた例も報告されています3。

研究をふまえると、階段昇降の練習に現実的に期待できるのは、「上り下りの動作に少し慣れて、時間が短くなる」ことや、「脚の力・歩く力といった土台が育つこと」です。階段そのものを安全に反復し、あわせて脚の力やバランスを養うことは、生活の中で段差を越えやすくすることにつながります1,2,4。片脚で支える安定性は、バランス全体とも関わります。バランスの練習については脳卒中後のバランス訓練について解説した記事もあわせて参考にしてください。
一方で、「練習すれば必ず手すりなしで階段を上れる」ことは、現時点の研究では示されていません1,2。変化は平均で数秒ほどと大きくないことが多く、どこまで上れるかは麻痺の程度やバランスによって大きく異なります。手すりの利用や、上りと下りの方法(下りは麻痺していない脚から下ろすなど)を工夫することも、安全に段差を越えるための現実的な手段です。
階段昇降の練習は、ある程度自分で立って歩ける方で、自宅や生活圏に段差・階段があり、そこを越える必要がある方に向いています。研究でも、比較的軽い〜中等度の方で成績の変化が報告されています1,2。まだ立ち歩きが不安定な段階では、いきなり階段を練習するより、立ち上がりや歩行、脚の力づくりから始めるのが安全です。
研究では「この段数を何回」という決まった正解は示されていません2。家庭で取り入れる場合の基本は、まず安全の確保です。手すりのある階段や、1段だけの踏み台などから始め、そばで支えられる人がいる状況で行います。最初は低い段差から、上るときは麻痺していない脚から上げ、下りるときは麻痺した脚を先に下ろす、といった手順を専門職に確認しながら覚えていきます。
階段そのものの練習だけでなく、脚の力づくり(立ち座りやスクワットのような運動)や体力づくりを組み合わせると、土台が整いやすくなります1,4。大切なのは、回数を無理に増やすことより、痛みなく・安全に・正しい手順で行うことです。疲れが出たら中止し、体調に合わせて量を調整します。段数を増やすタイミングや、手すりを減らせるかどうかは自己判断せず、担当のリハビリ専門職に相談しながら段階的に進めてください。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Nascimento LR, de Souza Oliveira AM, de Moraes GMSP, Boening A, de Menezes KKP, de Souza EM, Nunes GS, Michaelsen SM. Exercise improves stair climbing performance after stroke: A systematic review of randomized trials with meta-analysis. PM R. 2025. DOI:10.1002/pmrj.13373. PMID:40359389.
3. Hesse S, Tomelleri C, Bardeleben A, Werner C, Waldner A. Robot-assisted practice of gait and stair climbing in nonambulatory stroke patients. J Rehabil Res Dev. 2012;49(4):613-622. DOI:10.1682/jrrd.2011.08.0142. PMID:22773263.
4. Saunders DH, Sanderson M, Hayes S, Johnson L, Kramer S, Carter DD, Jarvis H, Brazzelli M, Mead GE. Physical fitness training for stroke patients. Cochrane Database Syst Rev. 2020;3:CD003316. DOI:10.1002/14651858.CD003316.pub7. PMID:32196635. PMCID:PMC7083515.
